2005年10月02日

「モンタイユー 1294~1324〈上〉」エマニュエル ル・ロワ・ラデュリ 刀水書房

こ、こいつは期待以上に面白い本でした。異端カタリ派に関する資料的な本を読みたいなって思っていて、翻訳者の渡邊昌美氏に関係する本を探していて見つけた本です。しかしながら当初、予想していた異端に関する本とは異なり、14世紀におけるピレネーふもとの小さな村落を舞台にした中世社会をこれ以上無いってくらい、具体的に描き出しています。人口わずか200人ぐらいで戸数50戸程度の、ごくごく小さな村なのにそこの人びとの生活から浮かび上がるリアルな中世は、衝撃的ですらあります。

宝島や三才ムックあたりによくあるアンダーグラウンド社会を暴いたような本よりもはるかに面白い!! あんなの目じゃないっす!(っていうことは、私あの手の読んでるってことだけど…不問にして下さい)

何故、この本がそんなにも面白いかと言うと、何よりも書き手がタダ者ではない。その人物とはジャック・フルニエ。普通の庶民レベルから一つ一つ階段を登り詰め、最後には教皇ベネディクト12世(在位1334-42年)にまでなった人物で非常に有能であり、異端審問官として多大な功績を為し遂げた人物でした。

この人物が異端が大多数を占める異端の巣窟のようなこの地において、類い稀なる訊問技術と執拗に過ぎる異様な情熱を持って異端審問の任に当り、拷問によることはほとんどないままに村人達の口から集めた供述調書がまさにこの本であったりします。彼の非凡なる点は、通常であるなら異端の判断に留めるべき調書にありとあらゆる証言を削除することなく、詳述に記載し、当時の社会風俗その他を知る為の超一級の歴史風俗資料ともなっている点にも現われています。また、彼にとってもこのモンタイユーでの仕事は輝かしい実績であり、教皇になるとその調書を清書したものをバチカン図書館に大切に収めたので今日までもそのほとんどが残っており、現在に至ってこうして出版されているのだそうです。

しかもこのフルニエという人物は、シトー会から成り上がっていった人物だけあり、きわめて真面目で情熱的。当時、この地にいた司祭やさらに上級の司教が堕落し、情婦を抱えるわ、金がらみで情実裁判をするわで、清廉潔白なカタリ派に人心がなびいているのも当然な状況下、徹底した異端審問を行い、地元の有力者で司祭(実は二重スパイみたいな奴で裏ではカタリ派信者を勧誘してた)であったものさえ、厳に有罪するのだから、ある意味ご立派。その司祭の身内が様々な人脈と金を使い、審問官たるフルニエに圧力を加えるもののことごとく跳ね除けて、処罰するんだからねぇ~。すごい&すごい。

もっとも、有能な官僚さんとかにありがちなように、その職務に熱心な余り、彼はこれまで税金(教会の10分の1税)の対象外であった牧羊やチーズ等にまで課税対象にして、人々を苦しめてしまうのだから困ったものです。従って、その熱心な職務ながらも彼を向かい入れる地元の村での評判は悪い。今までは、地元の有力者(代官や司祭)が彼ら自身もカタリ派であり、なにかあってもなあなあで誤魔化してきたのですが、それが通用しなくなって大騒ぎになったりします。まるで日本の行政改革みたいなもんです。どことは申しませんが、道路公団の副総裁が汚職で捕まったのと大差無いですね。

前置きが長過ぎたかもしれませんが、本の内容に少し入ってみると。
当時のこの地の人々がいかに、『家』(この場合、家屋=家族の意味である)に縛り付けられていたかが分かる。すべては『家』の存続が基準であり、その思考がよく現われている例に婚姻が挙げられている。家がギリギリの経済状態で余裕がない場合、長男にほとんどすべてが譲られ、次男以下の男子は羊飼いになったり、雇われ労働者になったりすることで家の資産の保全が図られた。女子の場合は、婚姻に際して婚資(一定の財産)が必要になる為、外に嫁に行かず、うちわの近親相姦によって婚姻の代わりにしたことが述べられている。これは資産が多い場合にも見られ、より積極的に資産保持に利用されたりもした。

現代的な感覚からいうと、異常とも思えるが、実はこの手の話はそれほど奇異なものでもない。卑近な例だと、日本の農村部でも資産家が財産保持の為に、親戚縁者の中で限りなく近親相姦に近い婚姻を繰り返す例が知られており、私個人もその実例をいくつか知っている。そもそも近親婚自体は古来より知られており、神聖な血筋の為、兄と妹が結婚するエジプト王家が有名であり、世界中においてもしばしば見られることである。

やや話がそれたが、その辺りの『家』を巡る人々の考え方・行動も興味深いです。たった200人足らずの村なのに、しっかりと豊かなものとそうでないものがおり、また貴族と庶民がいるのだが、その間に断絶がなく、複雑に交流しているのも面白いです。

村一番豊かな家からは一人が代官になり、もう一人が司祭になって協力しながら、自らの地歩を固めていく姿は、まさに田舎の社会であり、どこの国に行っても、いつの時代でも変わらない人間という業の深い生き物がよく現われています。また、権力をカサにきて手当たり次第に下女や村の女性達に関係を迫る姿も普遍だなあ~と感心してしまいますね。他にも夜這いや同性愛など、どこも一緒としか思えません。こういった村の生活は映画「楢山節考」と全く変わりがないです。『個人』という考えが実に、近代以降の発想であるか実感しますね。

それでいて、この村の人びとは農奴状態ではなく、職業や移転の自由があり、必ずしもそれ以降の時代の人々よりも不自由であったわけではないというのもまた、不思議です。彼らには、中世から私達が想像する以上の自由を持っていたのも事実です。

その例で一番際立っているのが貧しき羊飼いです。放牧地から放牧地への場所を転々としながら、大した財産も有せずにわずかな賃金で働く賃金労働者ですが、意外や意外。彼らは土地にも縛られず、嫌になると自ら牧羊契約を破棄して自由に雇い主を選べる選択権を有した自由人だったりするんです。極論すると、労働条件が悪かったり、自分がしばらく休みたいなあ~と思えば自由に、契約を変更したり、止めたりできたんです。

現代のサラリーマンよりもよほど自由かもしれません。いうなれば、派遣社員みたいなもんでしょうか?勿論、ある程度腕のいい羊飼いという評判・実績を持っていればこそできたのでしょうが、まるでフリーランスで働いている報道カメラマンみたいです。それともネットワーク系のエンジニアみたいなもんかな? 腕がいいから、いつでも雇い主見つかるんだそうです(羨ましい)。

彼らは移動するという職業特性上、かさばる財産をもつことはできませんでしたが、衣食住には困らず、また自由に各地を放浪できた為に、その発想がきわめて自由主義的です。現世の欲に囚われて身動きの出来ない俗物を冷ややかな目で見つめていると同時に、人と人との結びつきを大切にし、なによりも人生を楽しむ楽天主義者。彼らに関する調書を通して描かれる姿は、現代人の一つの憧れかもしれません。もっとも、それには種々の危険と貧困等のマイナス面も付き纏うのですけど。

とにかく、これだけ楽しい本には久しぶりに出会いました。個人的には大・大・大好きな本です。しかし、普通の人にはどうでしょうか? 歴史や民俗学っぽいことが好きな人には十分お薦めできますね。そうじゃない方には、特殊過ぎるかも? 分量も多いしね。とあるフランス一地方の中世の村がぎゅっと凝縮している本です。そこいらの小説に太刀打ちできない本物故の素晴らしさ・面白さですが、高いねぇ~。下巻も高かったし。買うならば一冊づつ買った方がいいでしょう。

という私は、まだ上巻だけです。下巻はこれからゆるゆると読む予定。そうそう、異端カタリについての資料としては、どうなんでしょう。実際にどういった状況で村に広がり、村人達に信仰されていたのか、そういったものを知りたければ参考になるでしょうが、「カタリ派とはなんぞや?」とかそういう事を知りたいなら、参考になりません。別な本を読まれて方がいいでしょう。じゃないと泣きます。私は予想が外れて、別な意味でとっても評価してますけどね、この本。満足&満足!
【 目次 】
序章 異端審問から民俗誌へ
第1部 モンタイユーの生態学―家と羊飼い(環境と権力
家ないし家族―ドムスとオスタル
クレルグ一族―支配者の家
貧しい羊飼い
大規模移動放牧
ピレネー牧羊の民俗
羊飼いの気質)
第2部 モンタイユーの考古学―身振りから神話へ(身振りと性
クレルグ家の愛欲
かりそめの縁
結婚と愛情の役割
結婚と女性の立場)
付録 モンタイユーのおもな家族一覧・系図

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モンタイユー―ピレネーの村 1294~1324〈下〉(amazonリンク)
楢山節考(amazonリンク)

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posted by alice-room at 18:19| 埼玉 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 【書評 歴史A】 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
alice-roomさん、こんばんは
アナール派は、わりと好きですし、目次を見ると面白そうです。しかも、今回は絶版でないので、Amazonで、思わずショッピングカートに入れそうになりました。先立つものが足りないのに困ったものです。(苦笑)
まずは、図書館で、探してみます。
下巻のレビュー期待していますので、よろしくお願いします。
Posted by lapis at 2005年10月02日 22:50
面白そうな本ですね!
当時の一般の人がどんなことを信じてたのか…とても興味深いです。気になります。
目次だけで映画が作れそうな気配が(笑)
カタリ派の概要も知りたいですが、こういうフィールドワークみたいなのは、もっと
素敵ですね。
Posted by 羽村 at 2005年10月03日 02:04
lapisさん>アナール派の本だとよくご存知ですね。さすがはlapisさん。実はそういう学派の名前だけ知りながら、内容を知らない私だったりします(苦笑)。
それは置いといて、これは結構読み応えあって且つ楽しめると思います。是非、図書館で探してみて下さい。研究者用の資料としても定番みたいですが、普通に読んでも十分に楽しいです♪

羽村さん>これはなかなかいけます! おっしゃる通り、変なフィールドワークより微に入り、細に入り詳しく書かれた調書のようで、宗教的情熱ってのはすごいなあ~って、別な意味で感心させられてしまいます。真実の歴史だけに、迫力が違います。ほんと映画とかも作れそうですね。
Posted by alice-room at 2005年10月03日 15:27
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