2008年01月13日

「アレクサンドロス大王東征記 上」フラウィオス アッリアノス

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世界史に残る英雄として、カエサルや始皇帝、チンギス・ハーンなどいろいろな名前が挙がると思いますが、このアレクサンドロス大王(アレキサンダー大王)が抜けることはないでしょう。

私も歴史の教科書などでよく名前を見ましたが、直接この英雄に関する本を読んだのは初めてです。その点では、どうしてこんなにも広大な領土を獲得するに至ったのか? いかにしてそれが可能になったのか? 大変興味深いです。

逃げる敵をどこまでもどこまでも執拗なくらい追い詰める性格や気性。それを部下に対して率先して実行に移す行動力と人心をまとめあげるカリスマや魅力。何にもまして強力な自制心などなど、本当に魅力的な人物であったことが分かります。

単なる歴史上の偉人としてより、この人の処し方、生き方は今にも通じる普遍性があるなあ~と感じました。なかなか面白いです。ただ、カエサルの「ガリア戦記」には負けてますけどね。

以下、上巻内での記述を元に感じたことをメモ
アレクサンドロス大王は確かに偉大であったが、彼がその力を振るう基盤を作り上げたピリッポス二世の存在なども初めて知った。

ピリッポス二世の国家改造:
・国内各地への都市の建設 → 新たな生活基盤の確立(法や慣習の下での安定した生活)
・市民的共同体に基づく国民軍=王の軍隊
・伝統的な地域支配から中央集権的な統合へ
=従来の部族王、貴族の特権の縮小・廃止
→不満はピリッポス二世の暗殺へ

アレクサンドロス大王の飛躍を支える背景であるこれらの重要点について、私は歴史で習った覚えがない。結果の羅列に過ぎない歴史に意味があるとは思えない。むしろ、その結果を生み出した背景・過程・手法等にこそ、歴史を学ぶ価値があると考える。
・・・現代でもちやほやされる『改革』は常に後ろ向きの抵抗勢力がそれを阻み、実効を挙げ得ないのは周知の通りである。時代は変わっても、それは普遍的な真理だろう。

個別具体的な戦闘における布陣や戦術等が詳しく書かれている。

ロジステクス(兵站)にも十分な意を汲んでいることが分かる
征服地であっても要所要所に守備兵を残し、後続部隊の安全を確保したり、物資の補給にも留意している。湾岸戦争の「山が動く」だったかな?あの本に書かれている本質をアレクサンドロス大王は理解していたのだろう。ナポレオンのロシアでの失敗とは違うようだ。

降伏者には寛大な処置を与え、敵対勢力には断固徹底した武力鎮圧&殺戮をした一方で人質となったものであっても、決して恣意的な扱いはせず、王族等であればそれに応じた扱いをした(征服者としての虐殺や暴行などは極力自制)。
→ 信義ある人物として味方・敵方を問わず、高い評価を受ける

最高司令官自身が常に前線にあり、戦闘していたと同時に何度も負傷しながらもそのまま戦闘を続けた点など、まさにリーダーとしてあるべき姿を示している。

同僚や部下を仲間として扱い、褒章だけではなく、個々の人間の誇りを尊重する一方で必要に応じて果断なる処罰も行い、まさに強く指導者そのものだった。

敗走するダレイオス王の追跡劇がまた凄まじいの一言に尽きる!
どれほどの馬を乗りつぶし、馬の乗り換えて一心不乱に追って&追って&追いまくる。夜を次いでの追跡の描写は圧巻です。次々に脱落していく配下の部隊達。戦闘無しでも崩壊しかけていく自軍を尻目に、徐々に精鋭を絞りながら、その都度その都度、適切な指示を与えて所期の目的達成を果たします。

昔読んだ本に書かれていたアレクサンドロス大王関係のエピソードを思い出しました。本書内でも後で出てくるかもしれませんが、インドに達した時に王があれほど信頼していた仲間である部下達がもうこれ以上は進みたくない、故郷に戻りたいと訴えた気持ちが切々と思い浮かびます。「一将校成って万骨枯る」とは、まさにこういうことなのかもしれないと思いました。そういえば、ダイエーの創業者中内功氏を描いた「カリスマ」にもこういうのあったなあ~。ダイエーの飛躍的発展を支えた幹部たちは次々と倒れ、ダイエーを去っていったそうですが、ここが歴史上の偉人と一般人の超えられない溝なのかもしれません。かの聖人マザー・テレサもそうだったらしいですよ~。彼女と一緒に働いていた人は熱があって仕事を休みたいというと、激怒されたそうですし、過労か否か、ばたばた亡くなったいう話です。皆さんも出来る人の側にいる時は、ご注意を!!

酒に酔って大切な人を殺してしまった自らの過ちから逃げる事もせず、かといって更に進んで悪徳に身を投げることもなく、人である以上、過ちを犯すことがあることを認めることで人間としての度量の大きさが現れた。

軍団中でも最有力且つ中心である騎兵部隊だったかな? ずっと共に闘ってきた親友に指揮を委ねるのだが、あまりにも精強であった為、信頼はしていても反乱や独立の可能性をなくす為、わざわざ組織を二分し、異なる人物に指揮させる手法など、銀英伝のNO.2不要論ではないが、まさに組織論としても興味深い。組織自体の永続性を考慮すると、常に上の代わりがいることが望ましいが、代替可能性は一面で組織トップのカリスマ性を減少させ、求心力、ひいては強烈な組織自体の活力の減退にもつながりかねないだろう。
以下、アレクサンドロス大王の有名な伝説の一つを本文中より抜粋
ところでゴルディオンに到着したアレクサンドロスは、ゴルディオスおよびその子ミダスの王宮がある城砦へ登って、ゴルディオスの荷車とその荷車の轅(くびき)の結び目を見たいという願望にとりつかれた。かの荷車については、近在の住民たちのあいだに広く流布したひとつの話があった。

伝えによるとゴルディオスは、プリュギアの老人連中の中でも貧乏な男で、彼の財産といってはほんのわずかな耕地と二対の牛しかなかった。ゴルディオスはそのうちの一対を使って畑を耕し、もう一対には荷車を曳かせていたという。

あるとき、彼が畑を耕していると、一羽の鷲が舞い降りてきて轅の上にとまり、牛を解き放つ夕暮れに時になるまでずっとそこにとまったままだった。ゴルディオスはその様子に肝をつぶし、この異象についてテルミッソス人の占師たちのところへ相談に行った。テルミッソス人たちは異象を解き明かす術に長じていて、彼らのあいだいには代々、女子供にいたるまで予言の能力が伝えられていたからだ。

彼がテルミッソス人の住むとある村に近づくと、たまたま水汲みにゆく少女に出会ったので、鷲の一件が自分の眼にどんな風に映ったかをその少女に語って聞かせた。すると少女は、彼女もまた占師の家筋だったので、異象が起こったその場所に立ち戻って、王なるゼウスに犠牲を捧げるようにと勧めた。そこでゴルディオスは彼女に、自分と同行して、供犠の仕方を指図してくれるよう頼んだ。ゴルディオスは彼女に教えられるままに犠牲を捧げると、この少女と結婚して、ニ人のあいだにミダスという名前の男の子をもうけた。

 ミダスが成人してすでに立派な若者となったそのころ、プリュギア人たちはたまたまお互いのあいだの内戦で苦しんでいた。そこで彼らに下された神の託宣は、一台の荷車が彼らのために王を連れてくることになろう、そしてその男が彼らの内戦をとり鎮めてくれよう、というのであった。人びとがまだそのことについてとかく評議している折りも折り、ミダスが父親母親といっしょに町にやってきて、荷車ごとその寄り合いのそばに立ち停まった。人びとは神のお告げをこの男の様子と考え合わせて、神が自分たちに、荷車が連れてこようと言われたのはまさにこの男のことだと衆議一致し、ミダスを王位につけたのだった。ミダスは彼らのために内戦をとり鎮め、父親の荷車は鷲を遣わされた王なるゼウスへの謝恩の捧げ物として、これを城砦に奉納したというのである。これに加えてこの荷車には、さらに次のような話も語り伝えられていた。

つまり、誰であれ、この荷車の轅の結び目を解いた者こそは、アジアを支配する定めにある、というのだ。

轅(ながえ)を結わえた紐はミズキの樹皮でできており、その先端は元も末も結び目のうわべには見えなかった。アレクサンドロスはその結び目を解きほぐすすべを見つけ出すことができず、さりとてほどけないままでこれを放置するのも、その結末が民衆のあいだに何らか不穏な動きをひき起こしはしないかと思われて不本意だったので、一説によれば、彼は剣で斬りつけて結び目をばらばらにし、これで解いた、と言ったと伝えられている。

しかし、アリストブロスが語るところでは、アレクサンドロスは轅を貫通して結び目を固定している留め釘の木片を引き抜いて、轅からから軛(くびき)をはずしたことになっている。この結び目をめぐってアレクサンドロスがいったいどんな風にやってのけたものか、実際のところは私にも確信できない。しかしいずれにせよ彼自身も側近たちも、結び目を解くことについて託宣が求めるところは達せられたとして、荷車から立ち去ったのであった。事実その日の夜に起こった雷鳴と稲妻こそは、それを諾(うべな)う天来のしるしであった。翌日、アレクサンドロスはこれにこたえて、その兆(きざ)しと結び目を解くすべとを、神威によって顕わし給うた神々のために、[謝恩の]犠牲を捧げたのである。
そうそう、最後にあの稀代の戦略家『石原莞爾』が戦史研究の対象として、カエサルの「ガリア戦記」並びにアレクサンドロス大王の戦記を選んでいることを付言しておく。その価値はあると私には思われた。

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posted by alice-room at 08:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 【書評 歴史A】 | 更新情報をチェックする
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