2005年10月07日

「トリノの聖骸布―最後の奇蹟」イアン・ウィルソン 文芸春秋

この本もいつかは目を通さなければ・・・と思っていた本の一冊だったのですが、先週末に高田馬場の穴八幡宮の古書市があり、そこで購入してきたもの。しばらく本は買わないつもりだったのに、視界に入ってしまったんではしょうがないです。値段も手頃だったし。

でもねぇ~、きっと理由があって私の手元に来たことが分かりました。だって、コレ面白いって!! マジにお薦め。いろんな雑誌やホームページでこの『聖骸布』のことは採り上げられてるし、私もある程度は読んでいてその真贋論争のことは知っていましたが、この本ってずいぶんときっちりと書いてある印象を受けました。著者が新聞記者というので、読む前は大丈夫かなあ~?と不安もありましたが(メディア関係の人間には、根強い不信感があります)、どうしてどうして実に理路整然と書かれています。この本だけ読むと、絶対に本物じゃないかと思ってしまいます(確か、この本以外の情報では炭素の年代測定が推定されるものと異なり、問題になっていたはず?)。そういったことは抜きにしても、知っておきたいことが満載の本だったりする。

まず、基本的な本書のスタンスがイイ。事実は事実として、科学的な分析の結果や歴史上の文献に出てくる記述、それに対する仮説は可能な限り客観的に説明されており、少なくとも不公正に歪曲しないようにと意識している著者の姿勢がうかがえます。実際に、聖骸布を分析して分かったことの説明は興味深い内容が多くとっても楽しい♪ これを読むと次の聖骸布公開時には、どうやっても見に行かねばと思わずにはいられません。それっくらい、魅力的な聖遺物だったりする(満面の笑み)。

本書の中では、科学的な分析結果の解析と合理的に考えられる仮説の部分と、歴史上の中からその存在の証拠になるものを探し、その背景や事情を説明できる仮説をしていく部分に大きなポイントを占めている。どちらも興味深い考察がたくさんのあるのですが、ここでは私が特に関心を持ったことをメモしておく。

聖骸布から読み取れるはりつけ時の釘の打ち込み位置。これがなんと言っても興味深い。最近では知っている人も多くなったが、この聖骸布では手のひらではなく、手首に釘が貫通している。というのは、手のひらでは全体重を支えきれず肉がさけてしまうので、イエスが十字架刑にされた当時は一般に手首に釘が打ち込まれたのが普通だったそうです。この事実はつい最近の研究で分かったことであり、教会に描かれるイエスの磔刑図が軒並み手のひらに釘が打たれているのは、誤解に基づく構図と知られている。もしこれが偽造によるものであるならば、その製作者はよほどの知恵者であり、そこまでを見通してわざわざ手首に釘を打ち込んだ図を描いたと考えるしかないそうです。

うおお~と思っちゃいます。この釘の話は映画の「スティグマータ」でも出ていて、その時に初めて知ってメチャクチャ感動しちゃった覚えがあるんですが、まさか聖骸布にも当てはまるとは思いもしませんでした。ますます、聖骸布はまっちゃいます(ニヤニヤ)。

あとね、聖骸布表面から取った物質の中に花粉が含まれており、それが死海及びネゲプ砂漠周辺のパレスティナ地方一帯に見られる塩生植物のものでこの植物は、そこにしか生育しないそうです。つまり、イエスがいたであろう地域にこの聖骸布があったことを肯定できるそうです。わざわざ、そこまで行って花粉を取ってきて付けたりしなければね(偽造者が)。

そしてこれら以上に面白いのがその歴史。誰から、どんなルートを経て現在のトリノに至ったかの系譜がまさに&まさにミステリー。これだけで映画作れますって、本当に。それっくらい怪しいんです。

現在の所有者であるサヴォイ公の御先祖さんルイ公爵が入手してから、華々しく脚光を浴びるようになったそうで、これだけの聖遺物なのに、なんと歴史上で直接遡れるのは、サヴォイ公にそれを譲ったフランスの騎士の妻であるド・シャルネル家までらしいんです。14世紀までの間、歴史上に一度も現れないなんて、これほど貴重な聖遺物にしては不自然極まりなく、当然、贋物の疑いが濃厚になるのですが・・・。

これについて、とっても面白い説が出されています。美術史的な話になるので、それが一般に支持されている説(仮説)なのかどうか?門外漢の私には分かり兼ねますが、とにかく面白いのでご紹介します。

現在に至るイエスの肖像ですが、聖骸布に描かれたものとも共通点が非常に多く、これが6世紀ぐらいにまで類似性・特徴を持って遡れるんだそうです。逆に、それ以前になると多種多様なものとなってしまう。ということは、6世紀になんらかの事柄が起こった、そしてそれ以来、そのパターンを真似て肖像画を描いたのではないかという説を述べています。6世紀に起こった事、それこそ聖骸布が陽の目を浴びたのではないかというのです。

いやあ~なかなか壮大なスケールの話になってきました。凄いでしょ! これまでは14世紀以前の歴史的資料がないと思われていた聖骸布ですが、上記の事を考えると出てくるんですなあ~歴史上にその姿が。トルコの南西にあるエデッサという都市ですが、現在は完全なイスラム教徒の町にもかかわらず、古代においては有名なキリスト教都市だったそうです。そしてこの地に聖骸布がもたらされ、イエスの肖像画(=マンディリオン)として大切にされていたそうです。

都市を守る聖遺物として長年大切にされてきた後、それがコンスタンティノープルに渡り、有名なコレクションの一つとしてリストの中に挙げられている。しかしながら、この辺りまではなんとか歴史から推測されうるものの、いつのまにかコンスタンティノープルから消え失せてしまう。先ほどのフランスの騎士のところに現れるまで100年以上もの間、歴史からその姿を消すのである。

そしてその謎を解く秘密は・・・。

で、出ました~《テンプル騎士団》だという仮説を出しています。あっ、念の為に言っておきますが、どこかのトンドモ本とは違うと思います。テンプル騎士団というと、私も含めてすぐそっち(オカルト)を思い出してしまいますが、幾つかの理由を挙げながら、仮説を述べてますので真面目に読む価値はあると思います。正しいかどうかは、不明ですが、その論旨はそれなりに説得力があります。個人的にはすっごく惹き付けられちゃいました(笑顔)。

当時のテンプル騎士団は十字軍としても大きな活躍をしており、コンスタンティノープル征服にも当然従軍していました。そして何よりもキリスト教への強い信仰心を持った集団でした。彼らが聖骸布を手に入れ、密かに保持し続けていたのではないかというのが驚くべき仮説です。この仮説を裏付ける理由にいろいろ挙げられていましたが、特にテンプル騎士団が異端としてつぶされる原因にもなった偶像崇拝がポイントらしいのです。

深夜に恐ろしい顔をした首を崇拝するその姿が異教崇拝やマホメット崇拝ではないかとの邪推を招き、政治的理由と共に濡れ衣をかけられてしまうのですが、彼らが密かに崇めたものこそ、彼らキリスト教徒が求めてやまないイエスのお姿ではなかったかというのです。もう

ここでダ・ヴィンチ・コードの記述を思い出しました。『バフォメット』って小説の中でどう書かれていたか分かります?テンプル騎士団が異端と疑われた原因にもなった、異教の神。ラングドンがもともと豊穣の神であったといい、二本の角を生やしたその姿が悪魔崇拝と誤解されたとか説明してたけど・・・。

まさにそれが聖骸布崇拝であり、それ故に異端と嫌疑をかけられたというんです。もう、私なんかこの説読んで、思わず拍手喝采したくなりました。舞台観てると、たまに出る「ブラボー」とか叫びたくなりましたよ、ホント。いやあ~、この説はとっても面白いです。

この本にはその辺のことがもっと詳しく例証挙げつつ、説明しているので是非、お好きな方は読んでみて下さい。それだけの価値ありますって。他の人の書評とか見たけど、この事に触れているのは読んだことないなあ~。絶対に、見逃せないって感じなのに!!

ダ・ヴィンチ・コードの関連本に入れたいくらい(笑)。テンプル騎士団しか関係しないけどね。ダ・ヴィンチ・コードよりも「レンヌ=ル=シャトーの謎」の方がもっと関係してくるね。アレ読んでると、さらにこの話が面白くなります。レンヌ~を読んだ方、是非&是非、これ読んでみて。いやあ~、すっごく楽しいです。

私の書評だと、なんかトンデモ本みたいに思われそうですが、そんなことはなさそうなんで聖骸布に興味ある方には一読をお薦めします。読んで損はないと思いますよ~。グッ、ジョブ!
って感じ。 

トリノの聖骸布―最後の奇蹟(amazonリンク)

関連サイト
トリノの聖骸布-その布はイエスを包んだか 有名なX51ORGさんのサイト
聖骸布 聖骸布に関するニュースが満載
最後の奇蹟─トリノの聖骸布 本からいろいろとまとめてあります

関連ブログ
『トリノの聖骸布』の印影は復活の時のものか
スティグマータ 聖痕 <特別編>(1999年)
「テンプル騎士団 」レジーヌ・ペルヌー 白水社
「レンヌ=ル=シャトーの謎」 柏書房 感想1


posted by alice-room at 02:34| 埼玉 ☔| Comment(6) | TrackBack(0) | 【書評 宗教A】 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちわ!
この本、ちょっと目を通してみたくなりました。週末は神田あたりに物色しに行こうかな。
「レンヌ・ル・シャトーの謎」は読破するのに大変だったけど、その分「ダ・ヴィンチ・コード」よりも丁重に書棚に置かれています。
Posted by cafenopir at 2005年10月07日 10:28
cafenopir さん、こんにちは。実は私もレンヌ~は読破するのにだいぶ苦労しました(苦笑)。勿論、それだけの価値ありましたが。

この本も久々に面白かったです。レンヌ~を知っていると、ふむふむと深読みできて更に楽しいと思います。内容を詳しく書き過ぎて興醒めにならないか不安でしたが、その説明の過程自体がなかなか面白いので大丈夫かと思い、いつも以上に詳しく書いてしまいました。
神田で綺麗且つお手頃の見つけて下さい。私が探していた時は700~1000円ぐらいでいくつかありました。これは525円だったので、大当りでした(笑顔)。
Posted by alice-room at 2005年10月07日 15:39
トリノの聖骸布のコピーをこの間ケルンで見ました。良く出来たコピーでしたよ。本物も数年前にトリーアと言う街の大聖堂に来た事があって大変話題になったけれど、残念ながらいけませんでした。この布の端を少しずつ切り取って研究者が調べていますよね。Flury-Lemburgというテキスタイル部門の専門家がこの布はキリスト後1世紀のものであると言える発見をしたといいますし、それからしてもキリストの遺骸を来るんだ布だと言えない事は無いともいってます。当時の織物はジグザクに織られているのが通常でこの布も同様。布のたたみ方も当時の方法なのだそうですよ。しかし16世紀に火事での被害-焼け焦げと煤-のために布が傷み、煤は未だに布を痛め続けているので心配らしい。レンヌ・ル・シャトーの謎読んでみたいですが、高いなあ。。。とためらっています。今度日本に行く頃に中古ででているかどうか?高田馬場の穴八幡懐かしい!私西早稲田に住んでいた事がありますから。。。。
Posted by seedsbook at 2005年10月07日 18:12
seedsbookさん、西早稲田だったんですか~? なんかちょっと意外な感じです。じゃあ、きっと古書店街なんて詳しいのじゃないですか?今度、日本に来られたら、本探しますか? 神田でも高田馬場でもお手伝いしますよ~。でも英語版は1000円前後でしたから、ドイツ語版の方も安いのではないでしょうか? 日本語のは高過ぎですよ~(涙)。

ケルンでコピー見られてるんですね、いいなあ~羨ましい!! そういえば、こないだは時祷書見たでしょう。ずっる~い!!
すみません、言いがかりつけて(御辞儀)。でも本当に羨ましいです。今度トリノで公開する時には見に行きますよ、きっと。

おっしゃられているように、聖骸布いろんな角度から科学的に分析されているようですね。その辺の説明もちょっと難しいけど、結構面白かったです。しかし、現代にもたくさんの謎があって楽しい&嬉しいですね。

これもまさに『奇蹟』なのかもしれませんね、本当に。
Posted by alice-room at 2005年10月07日 19:36
こんにちは!今、私は「聖骸布血盟」という小説を
読んでいます。そこにも出てきます、テンプル騎士団(笑)「トリノの聖骸布―最後の奇蹟」が種本になっているのかも。イタリアの警察とトルコ領旧エデッサのキリスト教徒の末裔、そして現代のテンプル騎士団が三つ巴の戦いを展開しています。何だかクリムゾンリバーみたいなノリですが小説として面白いです。
Posted by 羽村 at 2005年10月13日 17:52
羽村さん、こんばんは。題名だけは知っていたんですが、中身を全然知らなかったので教えて頂いたら、また食指が・・・。なんか心惹かれますねぇ~。<読みたいリスト>に入れさせて頂きます。その前に未読の山が~(笑)。
情報どうも有り難うございました。うっ、読みたい!!
Posted by alice-room at 2005年10月13日 19:02
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