
また、ヨハネ・パウロ2世の教皇就任当時、イタリアの大銀行アンブロシアーノの倒産についてバチカン銀行(IOR)のなんらかの関与が疑われており、事実としてバチカン銀行はこの倒産に関して2億5千万ドルを支払っている。
また、この本には書かれていないが、つい最近CNNやBBCのニュース記事にもなっている事実としてアンブロシアーノ銀行の元頭取が変死した事件については、殺害を行ったとされるマフィアの関係者が捕まったそうです。
上記の事実を理解したうえでヨハネ・パウロ1世の死亡については、当初から暗殺説が噂され、それが長年に渡ってバチカンの未来を暗黒が覆っていたらしい。また、バチカン特有の秘密主義や巨大組織故の事無かれ主義等も相俟って、ますます世間からの評判を落とす、そんな状況だったそうです。
本書は、そうした状況をなんとか改善しようとするバチカン側からの意図があり、以前は新学校にも通っていたジャーナリストで20年以上も前にカトリックを離れた著者がヨハネ・パウロ2世のお墨付きを受けたうえで内部の関係者から直接インタビューし、情報を集めたうえで書かれている。その点で伝聞や憶測だけに頼り、せいぜいがいい加減な周辺関係者からの証言を歪曲したうえで書かれたこれまでの記事や小説よりもはるかに信憑性は高いだろうと思う。
この事件についてはあちこちで取沙汰されているらしいが(残念ながら私は読んでいない)、本書で書かれているのを信用する限りでは、やはりこの本が一番役に立ちそうな気がする。但し、この本でさえ、私自身が比較も何もしていないのでうのみするのは危険であると述べておく。
あくまでもこの本は著者が教皇様の許可を得たという特別な状況下で、可能な限り生の証言を集めようとしたものであり、ヨハネ・パウロ1世の急死の謎を解明して結論付けるところまではいっていない。実際に、死亡診断書を書いた人でインタビューに応じるよう上から指示があっても最後まで会おうとしない人までおり、長い時間の経過で直接の関係者で亡くなっている者がいることも合わせて非常に困難な調査を行っているのが分かる。
また、それ以上にバチカンが世界に影響力をもたらしうる巨大官僚機構であり、そこに勤める人達も普通の人間であり、否応無く官僚組織の有する悪弊(臆病・隠避・責任回避等々)が蔓延しており、それが真実へ至る道をひどく険しく一向に光明の見えない闇の世界にしてしまっているのが如実に現われている。
その辺りが非常に生々しい証言によって知ることができるだけでも、素晴らしい労作だと感じた。安易に結論を出さず、分かる範囲での状況証拠を出している点にも非常に好感が持てる作品です。また事実であっても、それを捉える人によってもその見え方はずいぶんと異なった様相を見せるものであり、一概に言えない。そういったことを分かったうえで、著者が直接インタビューを通して証言を集め、それらを照合して一致点と相違点を見出し、相違点については誰が誤解しているか(偽証しているか?)を多角的に推測し、確認していくその手法はまさに正統派ジャーナリズムの王道でしょう!
この事件に関して興味のある人には読んで損はないでしょう。但し、どの証言を採用し、どの証言が嘘であるのかを判断するのは読者に委ねられています。たくさんの証言があるが、矛盾するものがたくさんあり、その真偽の判定はなかなか困難です。その帰結としての結論を考えるのも貴方次第、そういう本です。
この本が世界中で非常に評判になり、ベストセラーになったのも分かるような気がします。発売当初、イタリアでは売り切れ店が続出し、コピーしてまで読まれた。そんな話も故無い訳でもないでしょう。
ちなみに筆者は、そのインタビューに際して巷で噂される暗殺説やP2の件、フリーメイソンに関することまで率直に尋ねているが、本書の中ではそれらに関しては確たる証拠が出ていない。それらを期待するなら、読むべきではないと思う。その代わりに本書を読んで浮かぶのは、神に仕える聖なる組織といえども人が営むものはなんであれ、政治から離れては存在しないこと。「人は3人いると派閥ができる」とも言うが、自らの保身に汲々とするその姿には、小役人の悲哀を禁じえない。
亡くなったヨハネ・パウロ1世に対する評価が、本書では仮借ない表現で述べられているのにも驚いた。関係者が本音で言っていたとすると、まさに悲劇だろう。田舎の純朴で信仰に生きる人に、巨大で政治的過ぎる官僚組織の運営は無理だったというその証言の数々には、選ばれた者の苦悩と選んでしまった者達の苦悩が生々しい。
ビジネスの世界にも往々にしてあるが、人として素晴らしい&いい奴だという評価と有能で一緒に仕事をしたい人という評価は、一致しない場合が多い。恐らく世界を相手に活躍する多国籍企業のような巨大官僚組織バチカンのトップにはジャック・ウェルチ(元GEの会長)のような人物でなければいけなかったかもしれない。
そういう観方でみるなら、組織論のサブテキストぐらいには使えるかも本書?いかにして部下は情報を隠し、真実を伝えないか?とかビジネス誌によく書かれている問題点がいっぱい出てきて面白いです。
ヨハネ・パウロ2世についても少々触れられており、本書の調査を後押ししたのは亡き教皇様でしたが、ポーランドの連帯に対しての資金供与疑惑にもさらっと触れられている。政治は政治として、理解しないと世界情勢を見誤るなあ~と改めて確認させられた一冊でした。
【追記1】
こういう本ですから、原著の文章がどれだけ真実か気になる一方で訳者さんも気になります。何故なら、この本を訳されている方、他にも多数の本を訳されてますが、こういってはなんですが非常に胡散臭い本が多い。明らかにトンデモ本である「契約のハコ(字が出ません)」等も先日購入したけど、これもまさに失笑物みたいだし・・・。どうしてもちょっと意識してしまうな、そういう点も。
【追記2】
実は知り合いと話をしていて思ったんですが、ダン・ブラウン氏の「天使と悪魔」。この本を読んでいるんじゃないかなあ~と思います。だって、バチカン内のフリーメイソン陰謀説や侍従とか、地下の部分の話って他から調べようがないでしょう、おそらく。勿論、これだけではないでしょうが、結構重要な情報源として使われているような気がします。
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「教皇の銀行家」殺害で4人を起訴
「世界を支配する秘密結社 謎と真相」 新人物往来社
法王の銀行家 2002年の映画
「天使と悪魔」ダン・ブラウン 角川書店