2008年01月22日

「物語 大英博物館」出口 保夫 中央公論新社

daieimu.jpg

この本は日経か朝日新聞の書評で知った本です。是非、読んでみようと思っていました。結論は、読んで正解! 大変面白いです。

以前、ヨーロッパに行ったことのない頃、ロンドンに行ったら何はなくとも大英博物館に行ってみたいと心の底から思っていた過去の自分を思い出しました。いろいろと訳有って、実は未だに行ったことがないままなのですが、図書部が独立&統合した大英図書館こそが一番行きたいところかもしれません。

まあ、それはさておき、大英博物館って民間人の収集品がスタートだったとは本書を読むまで全く知りませんでした。ルーブル美術館のように当然王室コレクションが元だと信じて疑ってなかったのでそれだけでも驚きです。

更に、マホガニーの書棚に以前は、本が傷まないように革まで張られていたとは、いにしえの栄光ある『大英帝国』を彷彿とさせる凄さです。円形のリーディング・ルーム、是非&是非、見てみたいものです。

本書ではタイトル通り、大英博物館がどのようにして始まり、発展して現在に至るのかを250年にも渡る歴史を通して紹介しています。王室の保護以上に、いかに民間人が多大なる情熱を注いで収集し、寄付していったか、その情熱や想いが大変素敵ですし、面白いです。

やっぱり思うのですが、この世にある非凡なものには、それを生み出し&支えた非凡なる情熱が必ずあるものなんだなあ~って思います。

それと同時に、それを利用する人々の描写がまたたまらなく私を惹き付けます。有名な南方熊楠のリーディング・ルームでの喧嘩のエピソードなども興味深いですが、ここを利用する市井の人々の何気ない生き方に、なんか心をぎゅっと掴まれた感じがします。
1960年代のはじめの頃、毎日わたしの机の近くに座り、机上に積み上げた何冊もの書物に目を通しながら、熱心に何やらメモを取っている老婦人がいた。彼女のいでたちがあまりにも異様なので、その存在がすこぶる印象的だった。まるで浮浪者のような風体で、肩からズダ袋を下げてやって来る。

 その外見からすれば、老女が幸せな家庭の人ととはとても思えない。彼女の年齢でリーディング・ルームに毎日通えるということからすれば、生活の困窮者とはいえまい。だがその異形の外見からすれば彼女はとても学問的探求の人とみなすことはできないだろう。

 あるとき私は、彼女が席を外している際に、机上の書籍の小山を目撃して驚いた。それこに山積みにされていた本は、すべてエジプトの象形文字ばかりだったのである。だいたい象形文字ばかりで書かれた書籍自体が驚きだったのに、あろうことか浮浪者まがいの老女が、そんなヒエログリフの本を探査していたのである。

 この種の人は大英博物館のリーディング・ルームでは決して珍しい事例ではなかった。
その紳士は背が高く、物腰は柔らかで人品も卑しくない。いつもきまってノース・ライブラリーへ行く通路側の机のうえに、本を積み上げている。
 
(中略)それは1920年代のことで、その後数年を経てふたたび大英博物館に通いだすと、相変わらずその人は朝早くから夜の閉館まで、毎日読書室のおなじ机のまえに座っている。
 たぶんこの人は、いずれ大著をものにするに違いないと思っているうちに、30年代も終り、あの忌まわしい戦争に突入した。大英博物館もひどい戦禍を蒙った。

 あの悪夢のような大戦が終わって、ふたたび大英博物館に通いだすと、例の紳士の姿があったが、その髪は白髪となり、容姿はすっかり老け込んで見えるが、昔日の威厳は失われていない。相変わらず、毎朝早くから、リーディング・ルームの同じ机に陣取り、夜遅くまで読書とノート取りをつづけている。いつの間にか30年が過ぎ去ったが、彼の新しい著作が加えられる事はなかった。この間、くだんの紳士は生業についたとは思われないが、さほど金持ちとも思えない。彼はこの30年間のほとんどすべて、大英博物館の一室で時間を費やしたのである。

いやあ~、私の晩年の姿もそんなふうでありたいと心から思いました。飽きず、弛まず、淡々と通い詰めて読書を続ける。メモを取りながら、一心不乱に読書している姿はまさに『至福』の時かもしれません。

何の役にも立たないまま、一人自分の為だけに勉強を続ける。およそ生産的とは言えないかもしれませんが、そういう生き方や勉強の仕方があってもいいように思います。

私もこのブログで効率的な読書法などの本を読んでコメントしてたりしてますが、『効率的』などという観点を意識している自体、薄っぺらな読書法だなあ~と思う気持ちをアンビバレンツなまま抱えている矛盾した自分を改めて感じました。

働かないと食べていかれない庶民としては、最低限の妥協は必要なのかもしれませんが、自分の一番したいこととの本末転倒だけは避けるように気をつけたいと強く思いました。

いろんな意味で凄く面白かったです。少しでも大英博物館という名称に惹かれるもののある方、読んでいて間違いはないと思います。ミーハーに人に説明するだけでも価値があるかも?(笑)
【目次】
序章 新しく甦った大英博物館
第1章 創立とハンス・スローン
第2章 草創期とウィリアム・ハミルトン
第3章 ロマン派時代とギリシア彫刻群
第4章 ヴィクトリア時代の光と影
第5章 中興の祖オーガスタス・フランクス
第6章 大英博物館を訪れた人びと
第7章 困難な時代―ふたつの大戦をはさんで
終章 大英博物館のさまざまな至宝
物語 大英博物館―二五〇年の軌跡(amazonリンク)
posted by alice-room at 20:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 【書評 美術】 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください

この記事へのトラックバック