
さ、さすがは「トマスによる福音書」を書かれ、日本のグノーシス派の権威・荒井氏によるユダの福音書の解説本です。ナショナル・ジオグラフィック社の本も勿論、読みましたが、あちらよりも本書の方が、きちんと整理されていて論理的に説明されています。
四福音書との比較や外典で既に知られているものをも視野に入れて、一つ一つ論拠を挙げて説明されているので大変勉強になるし、実に興味深いです。
本書では、各福音書におけるユダの記述を比較することで、それぞれの福音書記者が福音書の記述にあたって意図して点を明らかにしつつ、具体的にどのように記述が異なっているかを明示しています。
またユダが従来、イエスを銀貨で「売り渡す」とされた記述も、元々のギリシア語の意味に遡って必ずしもそのような意味ではなかったことを示し、他の福音書でも「売り渡す」という記述はしていない点を指摘されています。
また、ユダのその後についてもユダ自身が「後悔」した結果としての自殺なら、自殺自体は問題であっても懺悔していることで既に許されている可能性を指摘していて、天罰で罰せられたという記述とは意味が異なってくることを述べられています。
読んでいると、本当にふむふむを頷かないではいられないほど、実に面白いんですよ~、これが!
時期的に「ユダの福音書」の出版に便乗したのは事実でしょうが、内容的には決してそれに乗じたような安易な本ではなく、さすがは岩波、さすがは荒井氏という感じです。従来の学問的成果の元での「ユダ」の位置付けが本書の主題であり、「ユダの福音書」そのものへの言及は、全体からしたらごく一部でしかありません。
その代わり、ナショナルジオグラフィック社の本「原典 ユダの福音書」ではよく分からなかった、ユダがイエスがバルベロから来たという点。それがもう明白なグノーシス的な特徴であることなどを説明されています。う~ん、勉強になる。
他にも私的には興味深いことがいっぱいあったのですが、あまり時間がないので取り急ぎ、一部だけメモ。後は時間がある時に別途メモしておこうっと。
パピアスの断片(P119)実に、実に興味深いです。
ユダは首をくくって死んだのではなく、窒息する以前に下におろされて生き延びた。そして、使徒行伝は、彼はふくれあがり、腹が破裂してその内臓が流れ出た、と述べている(一18)。この点を弟子バビアスは、「主の言葉の説明」の中で次のように述べて、一層明瞭に報告している。
「ユダは不信仰の代表的見本として、この世で生を送った。彼の肉体は大層ふくれあがったので、車が容易に通り抜けるところを、彼は、その頭すらも通り抜ける事ができないほどであった。彼の目のまぶたは大変はれあがったので、彼は光を全く見ることができず、また医者が器具を使って彼の目を見ることもできないほどであったという。彼の恥部はあらゆる恥ずべきものよりも不愉快、かつ大きく見えた。そして、それを通して身体中から流れ集まる体液とうじ虫とが、ただ(身体の)必要性によって運び(出され)て、恥ずべき有様(となっていた)。彼は多くの責苦と(罪に対する)むくいと(をうけた)後で、自分自身の地所で死んだといわれる。その土地は(彼の)においのゆえに、今に至るまで荒れていて、人が住まない。また今日に至るまで誰も、鼻を手でふさがないでは、そのところを通り過ぎる事もできない。彼の肉を通して、地上で、このような流出がおこったのである。
巻末のある「ユダの図像学」というのも、一見の価値有り。私がユダが縊死している彫刻を初めて写真で見たのは、サンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路にある寺院の彫刻でした。その写真が非常にインパクトがあってずっと気になっていましたが、それが本書のような説明を読むことでまた違った見方で見られるような気がします。
本書は実にしっかりした内容の本ですので、胡散臭い表面的な本ばかりが多い中では、強くお薦めできる本です。とにかく面白い♪ 但し、ニ資料仮説とかぐらいは知っていた方が、すんなり理解できると思います。前提条件となる予備知識があった方が無難です。
【目次】
ユダの共観表
Ⅰ原始キリスト教とユダ
1イスカリオテのユダ―名称の由来とその意味―
2イエスとの再会―マルコ福音書のユダ―
3銀貨30枚の値打ち―マタイ福音書のユダ―
4裏切りと神の計画―ルカ文書のユダ―
5盗人にして悪魔―ヨハネ福音書のユダ―
Ⅱ使徒教父文書、新約聖書外典と「ユダの福音書」のユダ
6正統と異端―使徒教父文書と新約聖書外典のユダ「
7十三番目のダイモーン-―ユダの福音書」読解―
Ⅲユダとは誰か
8歴史の中のユダ
ユダの図像学
ユダとは誰か―原始キリスト教と「ユダの福音書」の中のユダ(amazonリンク)
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ユダの福音書(試訳)
NATIONAL GEOGRAPHIC (ナショナル ジオグラフィック) 日本版 2006年 05月号&「ユダの福音書を追え」
「原典 ユダの福音書」日経ナショナルジオグラフィック社
『ユダの福音書』4月末に公刊
イスカリオテのユダ、名誉回復進む!
ユダの福音書の内容は、確実にじらされることを約束する