2008年03月03日

「聖徳太子鑚仰」四天王寺編 中外日報社

shoutokutaisisanngyou.jpg

どっかの古書市でたったの300円で売られていた本です。非売品らしいのですが、聖徳太子所縁(ゆかり)の四天王寺が研究者や専門家に寄稿を依頼した論文集という形式で編まれた本です。各章毎にそれぞれ異なった人物によって書かれています。

聖徳太子に対しては歴史の教科書程度の知識しかなかったので、本書を読んで正直目から鱗になりました。聖徳太子が何であれほどちやほやされてるのか(←すみません、無知な私の表現です)不思議だったんですが、聖徳太子って単に日本に仏教を広めて定着させただけの人ではなかったんですね!

聖徳太子は、救世観音が姿を変えて現れた化身であり、転生していろいろな姿で絶えず現れて衆生を教化すると考えられたからこそ、日本仏教界の錚々たる人物、空海や親鸞等々が聖徳太子を崇敬したという記述の意味がようやく分かりました。

というか・・・今の今まで何にも知らない私も情けないお話なんですけどね。

また、先日東京国立博物館の映像で観た「聖徳太子絵伝」って、まさにこの「聖徳太子伝暦」を絵解きしたものだと思うのですが、そう思うと実に興味深いです。

「聖徳太子伝暦」は、当時、聖徳太子に関する種々の伝説・俗説が広まっている中で、多くのものを取り込んで集大成したもので後世、聖徳太子のお話は、この伝暦を元に語られるようになっていったそうです。

な~んか面白いですね。私としては、中世キリスト教の聖人伝を集大成した「黄金伝説」を思い浮かべました。あれも元々は、巷に流布していた伝承諸々をまとめたものなのですが、それ以後は「黄金伝説」を元にステンドグラスや彫刻で図像化され、更に聖人伝が庶民に浸透していく過程の類似性を感じます。

ちょっと話がそれましたが、いろんな意味で興味深い本です。売ってくれたらいいのにねぇ~。数を限って、関係者間に配られたのでしょうか? 実に魅力的な本です。本書を読んだうえで改めて「聖徳太子伝暦」を読んでから、「聖徳太子絵伝」観たいなあ~。今度、関西行ったら、四天王寺にも是非行ってみようっと。今まで、全然知らなかったし、興味なかったのですが、もったいないことしてましたよ~ホント。

聖徳太子好き(どんな人だ?)には、お薦めの一冊でした。

そうそう、一言だけご忠告を。一読してすぐに分かる部分と、難解な仏教思想に関する部分があり、後者は相当難しい・・・というか私にはほとんど理解できませんでした。だから、一般販売しないのかな? 一応、入手を目差す方はご注意を。
【目次】
第一篇
興隆三宝と聖徳太子
聖徳太子の国家理想
日本文化と聖徳太子
聖徳太子と日本仏教
聖徳太子と大陸仏教
聖徳太子

第二篇
勝鬘経義疏のこころ
維摩経義疏のこころ
法華経義疏のこころ

第三篇
憲法十七条奉讃

第四篇
四天王寺本願縁起と太子信仰
法隆寺金堂釈迦三尊と薬師如来の光背銘について
天寿国繍帳銘
聖徳太子伝暦
聖徳太子和讃と聖徳太子講式
聖徳太子絵伝と太子像
和国教主考
聖徳太子の浄土思想
聖徳太子の教育理念
聖徳太子の社会福祉思想の根源
四天王寺
法隆寺
聖徳太子廟の信仰
聖霊会の由来と舞楽法要
四天王寺勧学院の沿革と現状
四天王寺学園の沿革と現状
四天王寺福祉事業団の沿革と現状
聖徳太子年譜
ブログ内関連記事
TNM&TOPPANミュージアムシアター「国宝 聖徳太子絵伝」in 東京国立博物館
「聖徳太子信仰への旅」日本放送出版協会
「聖徳太子信仰への旅」~メモ
「聖徳太子はいなかった」谷沢永一 新潮社
日本最古の建設会社、1400年の歴史を持つ金剛組


posted by alice-room at 20:19| Comment(6) | TrackBack(1) | 【書評 宗教B】 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。
聖徳太子さん、お札だったころには馴染み深かったですが、最近はあまり縁がないです(笑)
大阪の四天王寺は一度行ったことがありますが、歴史があるのに京都のような古い建物が残ってないので、ちょっとがっかりしますよ。
Posted by 大阪のマリア at 2008年03月05日 15:19
大阪のマリアさん、こんばんは。

>歴史があるのに京都のような古い建物が残ってないので、ちょっとがっかりしますよ。

えっ、そうなんですか? 勝手なイメージで渋い古刹的ものを想像してたんですが・・・。
そうですかあ~。火事か何かで焼けちゃったのかもしれませんね。
期待はほどほどにして、他の用事と合わせて行くことにします。情報有り難うございました。
あやうく、期待いっぱいでそれだけを目的に行きそうになってましたのでとっても助かりました(お辞儀)。
Posted by alice-room at 2008年03月05日 21:31
がっかりさせて申し訳ないですが、たびたび火災や天災・戦災などにあっているようですね。
中心伽藍はほとんどコンクリート製。第二次大戦後に建てられたものだそうです。
写真で見ると、法隆寺や薬師寺みたいに見えるんですけどね~(笑)
Posted by 大阪のマリア at 2008年03月06日 18:26
そうなんですかぁ~。戦災で焼けたんでしょうね。建築基準法のせいで、ある程度以上の規模だと木造では建築許可が出ないそうで戦後の寺社仏閣はみんな鉄筋コンクリートみたいな構造らしいです。
そのせいで、風情のないコンクリートなんでしょうね。う~ん、残念です。
都内の寺社もそういったせいで木造のは少ないようです。写真で撮ってごまかしてみようかな?(笑)
Posted by alice-room at 2008年03月07日 00:01
alice-roomさん、こんばんは
TBありがとうございました。
>空海や親鸞等々が聖徳太子を崇敬した
親鸞が六角堂で百日参籠を行ったとき、夢の中に聖徳太子が現れたとう話は有名ですね。
当時は、夢も一つの生と考えていたので、それを本気にして、親鸞は法然の元に向かいます。
もし、聖徳太子の夢告がなかったなら歴史が変わっていたかもしれませんね。
現代人には、理解できませんが、聖徳太子の存在感というものは、相当大きかったのだと思います。
Posted by lapis at 2009年01月27日 22:28
>当時は、夢も一つの生と考えていたので、それを本気にして、親鸞は法然の元に向かいます。

夢は決して夢物語ではなかったようですね。おっしゃられるように。今、観音巡礼の霊場の縁起譚などを読んでいますが、まさに夢のお告げに従って行動したら、観音様に出会ったり、ご利益があったりといった話が満載です。毎晩、少しづつ読んでいますが、大変興味深い話が多いです(笑顔)。

江戸以降(?)の太子講なども面白いですね。うちの周りには、当時作られたのだとおぼしき石版碑とかを未だに見たりしますが、感慨深いです。

コメント&TB有り難うございました。

Posted by alice-room at 2009年01月28日 20:14
コメントを書く
コチラをクリックしてください

この記事へのトラックバック

井波・瑞泉寺と聖徳太子ご絵伝-絵解きの世界
Excerpt: 大谷大学博物館において、2008年の10月から11月にかけて、「聖徳太子伝の世界-えがかれた和国の教主-」展が開催された。 この時、開館5周年記念の記念講演として竹部俊恵氏(富山 妙蓮寺・住職)..
Weblog: カイエ
Tracked: 2009-01-27 22:12
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。