2007年09月09日

愛書会で購入したもの(in 東京古書会館)

明治大学の中央図書館で写本とかを展示していると聞いたので、出掛けてみた。正直かなり・・・期待外れだったので、意気消沈したまま、いつものように古書会館で何かやってるかと覗いてみた。

基本的に土日は、だいたい何かやってるからね、ココ。

ここしばらく顔出していても欲しい本はあまりないのだが、今回に限って欲しいものが実にたくさんあった!(笑顔)

あまり出回らなさそうな本が多く、しかも安い♪ 調子に乗ってpick up してたら、あまりに重くなり、重ねていたら本が倒れそうになってきた。う〜ん、馬鹿だねこりゃ?

しかたないので購入候補から、ドンドン外していく。
 中国の切手帖・・・千円
 ヒッタイト(洋書)・・・200円
 世界の不思議物語(洋書、少年少女用)・・・300円
 吉原関係の本
 美術史に関する本、等々

中国の切手は、非常に美しいデザインのものがたくさん入っていて見ているだけで楽しくなるのだが、買っても使い道が無いし、場所を取るからなあ〜泣く泣く諦めて戻す。

ヒッタイトは鉄器を最初に使った騎馬民族で有名だが、それ自体は興味があまりないのだが、100年近く前のもので実に装丁(表紙・造本)が綺麗。元々の所有者が教養のある方だったようで、書き込みが結構あり、それがかえって面白い。また、蔵書印なども含めてデザインがいいので手元に置いておきたかった・・・。でも、読まないで終わりそう・・・、それで断念。

世界の不思議物語は、それほど古くないが装丁が革っぽくてしっかりしているうえに古いのに非常に綺麗で、中のイラストが色鮮やか。アラビアの話とか、ギリシア・ローマの話とか内容も面白そうでこれも後ろ髪をひかれたのだが、何しろ立派過ぎて本が重い。自宅で邪魔になりそうだし、物理的に持って帰れないので諦めました。

送料払って宅送するくらいならそのお金でもう一冊、本を買うほうを選びますね、私だったら。う〜ケチだね。

結局、最終的に残ったのは以下の本。
[9月8日購入分]

「能勢に潜幸された安徳天皇」野木圓之助 平成4年・・・600円

「日本名著選集 怪談名作集」 昭和2年・・・200円

「大満州國建設録」駒井徳三 中央公論社・・・3500円 昭和8年

「京都の伝説」 角川書店 昭和51年・・・400円
これらは、絶対に見つけたら買わずにいられない部類なんで嬉しい反面、重くて嵩張るので何気に憂鬱な面持ちで購入してきました。

安徳天皇はご存知、壇ノ浦の合戦で3歳で入水自殺したはずなのですが、実は生き延びていた・・・という、実に怪しい義経伝説みたいな本です。その割に相当金をかけて作られていて、タイトルなんて金地に盛り上がった文字ですもん。装丁もしっかりしているし、外見で箔をつけようとしたように見えてなりません。読むのが楽しみ♪

満州の本は、満州国の経済全般を担当していた政府高官自身により書かれた本らしく、内容が実に生々しく興味深い。巻末には満州国の法律の条文まで載っていて、ウキウキしますね。専門書を当たればあるのでしょうけど、一般書で満州国の法令をそのまま載せているのって滅多にないと思います。しかも当然著者は立法者でもあるわけで、その点からだけでも更に興味が増します。

古書はどうしても黴臭いのでさっきからお天道様の下、除菌の為、アルコールスプレーで綺麗にお掃除してました。やっと、終わったので部屋に持ち込み、ブログにメモっと。

さて、外出するかな。
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2007年09月08日

「ゴシックの図像学」(下)〜メモ

先日読んだ「ゴシックの図像学」(下)エミール マール 国書刊行会より、抜き書きメモ。
『マギの礼拝』:

「コレクタネア」の中でベーダは次のように記している。

 「マギたちの先頭に立つのはメルキオールである。彼は白髪を長く伸ばし長い髭を蓄えた老人である・・・。聖なる王位の象徴である黄金を捧げたのは彼である。二番目のマギはガスパールという名で、若く、髭が無く、血色がよく・・・。彼はイエスに香を贈って崇めたが、香はイエスの神性を示す捧げ物である。三番目のマギはバルタザールという名で褐色(fuscus)で肌をしていて髭を顔中に蓄え・・・、沒薬を捧げることで<人の子>が死すべきことを証したのである。」(P25)
これらの伝承の中で最も出色なのは「カナの婚宴」であろう。この伝承は極めて古くベーダの書物に既に記されているが、福音書がほとんど何も語っていない花婿と花嫁の名前をこの伝承は明言していた。花婿は聖ヨハネ、花嫁はマグダラのマリアだというのである。そしてこのこの婚宴へのイエスとその母の出席を、次のような巧妙なやり方で説明している。聖母とその「子」はマリアの姉であり、聖ヨハネの母であるサロメによってそこに招かれていた。即ち、彼らは花婿の親戚として来ていたというわけである。
 伝承はさらにこう付け加えている。聖ヨハネは結婚の当日に妻を捨てた。食事の後、主イエスは彼に「この妻をここに残してわたしに従え」と命じ、童貞であることを選んだヨハネは主に従ったというのである。(P36)
マグダラのマリアって、人気というか実にモテモテですね。イエスと結婚していたとか、ヨハネと結婚していたとか・・・。う〜む、そもそも結婚していたことはあるのだろうか? 

この伝承ではサロメがマグダラの姉になっているが、伝承によってはマルタが姉というものもあったし・・・。

まあ、あくまでも数ある伝承のうちの一つではあるんでしょうけどね。
もしわれわれが13世紀のステンドグラスと写本挿絵に関する「大全(手引書のようなもの)」を持っていたなら、同種の興味深い例を多数数え上げる事ができたであろう。そしてまた、中世の芸術の全ての規範を再発見し、13世紀の「絵画便覧」の各種をほぼ正確に再現することができたであろうに。

 このようなわけだから、書かれた伝承だけでは中世芸術のすべてを説明することはできない。そのためには芸術的伝統と呼びうるものをも考慮に入れなければならないのである。一方また、単なる工房の伝統でしかないものを外典の伝承と思い違いしないようにも注意しなければならない。(P52)
『聖母の奇蹟』

・聖母は絶望的な訴訟の「弁護士」であった。慈悲のあらゆる恵みは彼女の手中にあった。

・中世の聖母はまさに女性そのものであった。彼女は善悪を斟酌せず、愛によってすべてを許す。彼女の讃歌「アヴェ・マリア」の半分だけを毎日唱えれば、それで十分なのである。サタンがいくら精妙な論理を展開しても無駄である。最後の瞬間、聖母はその愛らしい優雅さとガリア的な巧妙さによって、サタンのスコラ的論法を壊滅させるのだ。彼女は姿を変えて、悪魔が予期していない場所に突然現れる。彼女は魂の計量に参加し、天秤を善の側に傾かせることができるのである。
マリア崇拝は今は亡き前教皇も熱心であったことで有名ですが、現教皇はどうなんでしょう? 神学的には、なかなかすんなりと評価しにく感じもするんですけどねぇ〜。
シャルトルでは、ステンドグラスと彫像が先を争って、カルヌーテス族の国の最初の証聖者たちを称賛している。「生み出す処女(virgini pariturae)(シャルトルの丘の頂上の「強き者の泉」はドルイド神官たちが集会を行う場所であったが、その傍らに地母神像が祀られていて、その台座にこの文字が刻まれていたという)に何世紀も前から捧げられていたという洞窟の上に教会を建てた聖ポタンティアン、ローマ総督のクィリヌスの娘でありながら、父親によって他の殉教者と一緒に井戸に投げ込まれた聖女モデスト、聖ドニのように自分の頭を運んだという聖シェロン、シャルトル司教になる羊飼いの聖リュバン、ル・ペルシュの森の修道士、せいローメル修道院長などである。(P172)
この井戸ですねぇ〜、現在地下ツアーで見れるところって! 次回行った時には絶対見に行きたいなあ〜。
シャルトルもまたコンスタンティノープルからの聖遺物の一部を受け取っている。1205年、ブロア伯がオリエントから聖女アンナの頭部をノートルダム大聖堂に送ったのである。特許状の一項は「母の頭は大いなる歓喜の中で娘の教会に迎えられた。」と記している。

 大聖堂北扉口は13世紀初頭に着工されたが、その彫刻群の一つは、この貴重な聖遺物の取得を記念するもののように思われる。中央扉口の中央柱を背にして立っているのは、通常のように聖子を抱く聖母ではなく、聖母を抱く聖女アンナなのだからである。この異常さは大聖堂内部においても繰り返される。北薔薇窓の下に置かれた格子の中のステンドグラスの一つにも、腕に聖母を抱いた聖女アンナが現れているのだ。

 人々がこのような独特な仕方でマリアの母を讃美しようとしていたことは明らかである。教会に聖女アンナの頭部が秘蔵されているという事実のみが、彼女が占めている場所の異常さを説明し得るであろう。

 こうした種類の多くの謎は、もし13世紀にシャルトルの大聖堂が所蔵していた全ての聖遺物のリストが存在するなら、容易に解決する事であろうに。

 例えば、南扉口の聖テホドルスの大きな彫像は長い間、聖ヴィクトのものと看做されてきた。ティドロンはヘラクレイアのギシリア兵士よりもローマ軍団兵の方がフランスの諸教会ではよく知られていたと考えたのである。その頃にはまだ、聖テオドロスの頭が1120年にローマからシャルトルに運ばれてきたことを誰も知らなかったからだ。それが知られるようになったのは1862年に公表された特許状によってなのである。この時初めて、聖ゲオルギオスの像と一対をなしている美しい騎士の像の名を確実に言う事ができるようになったのだ。(P182)
そう、これこれ! 聖アンナの聖遺物って今、触れられている本ってほとんどないんだけど、どうなってしまったのでしょう? あの忌まわしきフランス革命(法律を学んでいた時は、素晴らしい人間の理性の勝利だと確信していたのだが・・・)のどさくさで失われたのでしょうか・・・。心が痛まないではいられません。ステンドグラスが残っただけでも奇蹟かもしれませんが・・・。
三百年以上もの間、聖人伝は芸術家の尽きる事無き材料であリ続けた。聖人伝は西欧においては聖書に次いで芸術に最も深い影響を与えた書物だったのである。(P200)
「黄金伝説」を知らないでいにしえの名画を理解できる訳はないってことを痛感します! ところで美術評論家ってみんな「黄金伝説」とかは最低限読んで頭に入っているのだろうか? 素朴な疑問なんだけど???
13世紀は16世紀とほとんど同じくらい古典主義的であるが、わずかにシャルトルの大聖堂において古典古代の大作家たちの姿が見られるに過ぎない。(P242)
これって、12世紀に盛んだったシャルトル学派の存在が大きいんでしょうね。
宗教芸術の黄金時代である13世紀においては、王も貴族も司教も普通は寄進者の資格においてしか大聖堂中に描かれることはなかった、と。そして、その場合においても、彼らはほとんど常に聖者たちとは明確に区別された態度で描かれていたのである。(P221)
中世が表現した地獄の姿もまた、スコラ的聖書注解から生まれたのである。13世紀のほとんどすべての「最後の審判」図では、炎を吹き出す巨大な口が開いており、そこに呪われた者たちが投げ込まれている。15世紀末の悪魔たちが出てくるのも、もっと節目も多く機能的になっているが、やはり同じような口からなのである。
 このようなイメージが中世全体を通じて忠実に伝えられていったのは何故だったろうか。その本当の理由は、このイメージが芸術家の気紛れな想像からではなく、聖書のテキストから生まれたことにある。地獄の口は「ヨブ記」の語るレヴィアタンの口なのだ。(P269)
私が持っている時祷書にも出てきてましたこの『地獄の口』!!
〜聖ペトロは象徴に過ぎず、イエスがこの初代教皇に与えるという形で与えた縛る権能とほどく権能を象徴しているのである。聖ペテロを天国の戸口に置く事によって芸術家たたいが示そうと望んだのは、ただカトリック教会のみがその秘蹟によってわれわれを永遠の生命の中に入らせる力を持つということなのである。(P274)
聖堂は一つの書物なのだ。中世芸術のこの百科全書的性格が最もよく示されているのは、シャルトルにおいてである。「鍵」の各章がそれぞれの場を持っている。シャルトルの大聖堂は視覚化された中世思想そのものなのだ。そこには本質的なことは何一つ欠けていない。そこに描かれたり、彫られたりしている一万もの人物像は、ヨーロッパ唯一の総合的な全体を形作っているのである。(P285)
エミール・マールは著者の中で、シャルトル大聖堂が一番と何度も力説しています。
教会の彫像はステンドグラスによって、中世の聖職者たちは信者はできる限り多くの真理を教えようと努めた。彼らはまだ幼く蒙(くら)い魂たちに対する芸術の強い力をよく知っていた。詩篇編集もミサ典礼を持たず、キリスト教については自分の目で見たことしか覚えていない無学な大衆に対しては、観念を物質化し、視覚的な衣をまとわせねばならなかったのである。12世紀と13世紀においては、教義は典礼劇の登場人物と扉口の人物像のうちに肉体化されている。キリスト教思想は、感嘆すべきエネレギーによってみずからの道具を創り出した。(P267)
サン・ドニ修道院長がまさにゴシックを生み出した所以ですね!
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2007年09月03日

食玩フィギュア〜エア・ギア、涼宮ハルヒの憂鬱

ヤフオクやフィギュアショップで買ってしまった食玩フィギュア達です。掃除してたら、出てきた。デジカメの試し撮り用として撮ったので、記念にブログにアップ。

ちょっと、オタっぽい? みんなアニメだけど、もう終わってるのばっかり・・・古い(涙)。でも、これぐらいなら会社の机に飾っといても普通だしなあ〜今時の会社は。

あと、らき☆すたの『かがみん』が欲しい! エヴァのりっちゃんも見つからないんだけど・・・。当然、眼鏡バージョンね!(笑) 

エア・ギア 林檎

エア・ギアの林檎。

エア・ギア スク水仮面

こっちは同じくエア・ギアの林檎、スク水仮面バージョン。

エア・ギア シムカ

こちらは、渡り鳥のシムカ。

涼宮ハルヒの憂鬱 長門ゆき

涼宮ハルヒの憂鬱の長門ゆき。しっかり眼鏡をかけているのがお気に入り。あ〜企画書の直し中なのに・・・現実逃避してる私。ふう〜、徹夜だあ〜。
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2007年09月02日

淑徳大学公開講座〜シャルトル大聖堂 輝くシャルトルブルー〜 

淑徳大学公開講座:シャルトル大聖堂〜輝くシャルトルブルー〜
[ポイント]
 北フランスの古都シャルトルの中心にそびえるノートルダム大聖堂は、フランスが生み出 した芸術の中で、もっとも偉大でもっとも奥深い作品です。
  ロマネスクとゴシックの二つの様式が調和した壮麗な建築。西、北、南の三つの扉口を飾る見事な人物円柱の彫刻。中世の信仰世界を詳細に表現するタンパンの浮彫の数々。シャルトルブルーの輝きの中に聖なる物語を描き出す膨大なステンドグラス。
  この講座では、講師が撮影した多数のスライドの映像をつうじてシャルトルの大聖堂の歴史を探り、建築を考察し、浮彫やステンドグラスの図像を読み解きながら、そこに展開する壮麗な中世芸術の世界を隅々まで味わい尽くします。

[講座内容]
1. 10月4日 シャルトルへの道―パリのノートルダムからシャルトルのノートルダムへ
2. 10月18日 大聖堂とは何かーその歴史と建築
3. 11月1日 図像を読むー「諸王の扉口」の浮彫
4. 11月15日 図像を読むー南北の扉口の彫刻
5. 12月6日 輝くシャルトルブルーーステンドグラスの世界

■ 講座番号 A-003
■ 講 師 池田 健二(いけだ けんじ)
1953年広島県生まれ。上智大学文学部史学科卒。同大学院博士課程修了。専攻はフランス中世史、中世美術史。上智大学・茨城キリスト教大学などで中世史や美術史を講じる。20年間、ヨーロッパ各地のロマネスク教会の詳細な調査を続ける。
【共訳書】『ヨーロッパの中世─芸術と社会』、『ロマネスの図像学』、『ゴシックの図像学』、『中世とは何か』『中世の身体』など。
■ 定 員 30名
■ 回 数 5回
■ 曜日・時間 木曜日  15:00〜16:30
■ 期 間 平成19年10月4日〜12月6日
■ 受講料 10,000円
■ 会 場 淑徳大学池袋サテライト・キャンパス
今、非常に悩んでいます。ちょうどこの講座の講師の方が訳された「ゴシックの図像学」読了したばっかで結構、感動しているうえに大・大・大好きなシャルトル大聖堂に関する講座なんですよ〜。しかも、池袋なら通勤途中だし・・・アクセスも良い。

で、でも冷静になって考えると、平日の夕方でしょ。毎月1回半休でもとって早退するっきゃないジャン! う〜、それって勤め人にはかなり酷。土曜とかなら分かるけど・・・、普通では無理。

料金は一万円だし、高くはないと思いますが、問題は講義の内容だったりする。実際、どんなレベルなんでしょう? 会社を休んだり、早退して本を読んで分かるレベルだったら、キレちゃいそう。つ〜か、号泣ものでしょう。

でも、この時間に公開講座で受講されるのって、私も大して変わらないかもしれませんが、時間と暇を持て余して、ちょっと旅行先で見て気になり、ゴシック建築に興味を持った有閑マダムとか??? 

だったら、講師がいくら専門知識があっても当然そのレベルまで講義の水準を落とすだろうから、金と時間の無駄になりそうで本当に怖い!

本とは異なる付加価値を見出せるのか? う〜ここんとこ、ずっと悩んでいます。既に資料請求はしてあり、後はお金を振り込むだけなんですけど、決断しかねてます。どうしよう???

一万円あれば、「ゴシックの図像学」上下2冊がちょうど買えるんだけど・・・。e-laearnigで3千円ぐらいでやってくれると嬉しいんですけどねぇ〜。費用も安いし、時間的な制約もないし、ビデオで撮った映像を流すだけでいいんだけど・・・。ふう〜。

さて、どうしようかな? 
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2007年08月23日

ゴシックの芸術〜メモ

読了した「ゴシックの芸術」ハンス ヤンツェン 中央公論美術出版より、書き抜きメモ。
空間印象の全体性は、空間限界の構造によって規定される。(P3)
空間限界:(P4)
内陣頭部をも含んでその長さの全体にわたっての主廊の限界付けを意味する(=長堂)
空間限界の分析は「ディアファーンな構造」にかかわっており、(駆体的―彫塑的に形づくられた)壁とその背後にある空間部分との関係は、基本的に<駆体と地の関係>として現れる。即ち、長堂の駆体全体の限界付けとしての壁は、空間の地がなければ捉えられないのであって、空間の地によってその作用価値を保持している。(P7)
ゴシックの光空間はロマネスク建築の空間とは本質的に正反対である。ロマネスクの礼拝空間は闇そのものであるのに対し、ゴシックは「明るい」。(P11)
壁にうがたれた窓の面積とか、物理的な側面のみにあらず、ロマネスクがクリプト的な暗闇の中での幻想的な面を持つのに対して、ゴシックは相対的に合理的・開明的な明確さという面を持つという違いがあるらしい。
ディアファーンな壁の構造には空間効果に対して、どのような特別な表現的意味があるのか。

鋭く立ち上がるゴシックの空間の体験を特徴づけるところの、礼拝的に心を魅了するためのもっとも効果的な手段をあらわすのだ、と。
 確固としたものが、作用方法の非駆体性によって、自然な環境世界を奪い去られ、重さを取り去られて、上昇させられる。こうして、キリスト教的中世はこの空間によって、キリスト的出来事に対してまったく新しい象徴形態を創造したのであり、この象徴形態はその源がわれわれには隠されている敬虔性から成長したものなのである。(P21)
こればかりは自分で経験しない限り絶対に理解できない感覚である。しかし、体験をした人ならば、その超自然的な象徴空間の与える心理的影響について、無視する事はできないだろう。私が思いっきりはまったのが、まさに心理的影響だと思っている。
1144年モン・サン・ミッシェルのロベールの記述;
「この年はじめて、信仰篤い人達が自分自身を石や樹や穀物や、そのほか大聖堂の工事に必要なものを積んだ荷車につないだのが、シャルトルで見られた。魔的な力によって、その諸塔が天に向かって伸びた。そのことはここだけでなく、フランシア、ノルマンディその他の場所の、ほとんどいたるところで起った。いたるところで人々は謙虚になった。いたるところで彼らは悔い改めた。いたるところで彼らは敵を許した。男も女も沼地を通って重い荷物を引っ張って神が彼らの眼の前で行ったもうその奇蹟を歌を歌って讃えるのがみられた。」(P25)
しばしば引用される記述だが、ちょっと違う点がある。「いたるところで〜」とかいうフレーズは、他の本では見たことないような気がする。
古典的大聖堂:
シャルトル、ランス(「フランス教会堂の女王」)、アミアン(<すぐれてオジーブ式の教会堂>)(P30)
本文では触れられていないが、シャルトルだって「凍れる音楽」とか称号なら不足はない。おしなべて古典たるだけの格があるのだ。
シャルトルの新しい建築におけるトリビューンの放棄の理由:

礼拝上の諸行為を一空間にまとめておいて、それに共通なヴォールトをかけ、信徒達をトリビューンから降ろして、長堂において光り輝く内陣頭部という目標に視線を集めるという試み(P55)

←ロマネスクとゴシックの差異は礼拝式への参与の差異であり、ゴシックは救済の真理にもっと直接的に参与しようとする。
「信徒達それに向けて駆り立てた一つの宗教的な動きが彼らを捉えた。聖体を拝領することが、少なくとも肉体的な眼で見ることが、あえて試みられたのである。この<直視の要求>は、司祭がホスチアを手にとり、それを奉挙し、それを聖別し、そしてそれの聖変化を告げる、その瞬間に集中した。東方教会の典礼においてもっとはっきりと見られる奉献奉挙は、当時、ローマ教会のミサにおいても儀式として強調されるようになっていた。」
そうそう、この観点については、最近になってようやく私知るようになりました。ミサって日々奇蹟を行っているんですよね。その奇蹟を生じさせる舞台作りというか環境こそが、まさにこのゴシック建築で採用されたものなんですね。ふむふむ。
ゴシックの光

 第一に、ゴシックの光が自然な光ではないことを示しており、第二に「非自然な」光が建築のもつ魅惑する力とかかわって「超自然な」光として体験されるということを示している。ゴシックの空間は暗色で赤紫色の光で満たされており、その神秘性は記述しがたい。とりわけ、それが<一つの>光源から発するのでなく、自然の外界の天気に応じて、その輝くの価値があるときは増大し、あるときは減少し、またその色彩は薄明においては信じ難いほどの輝きに高まって、たえず変化するように見える。ヴォルフガング・シェーネは、そこでは透明な光のようなものではなく、現象的にいって窓が直接的に光源のように感じられるということなのだ、と強調している。そこで彼はガラス窓の像の光を、「(濃色、明色、暗色として)同じく最高度の能力にまで高められた色彩と結ばれて最高度の能力にまで高められて形成された固有の光」と記述している。(P100)
光の空間と像の世界

 シャルトル大聖堂の赤―紫色の光が、内部空間の協同のもとで、どれほどに「忘我状態」という印象を決定しているかについて既に言及した。しかしながら、この大聖堂を設計した工匠が空間限界として「壁」を整えたその高身廊の巨大な窓は、側廊及び周歩廊の窓と同じく建築を光の空間に変える手段を形成したに過ぎないのではなく、像世界がこの光に溶け込んでおり、この像世界は大聖堂の内部空間に作用してゴシックの建築空間の超地上的な力に決定的に関与している。
 人物像のない色ガラス板が窓に嵌め込まれていたいたとすれば、その効果が同じであるかどうかが問われよう。しかしながら、この問いはすでに答えられている。人物像がともに作用しあっているのである。その彫像柱において人物像が浮遊した姿勢で外部に向かっている彫刻より以上に、ステンドグラスの絵の形姿が直接的体験において超地上的なものの印象を与える。なぜなら、これらの形姿は呪術的に燃えるように輝くシンボルであるかのように空間限界の層の中へはめ込まれている非物質的なものとして、光を本性としたものとして存在しているからである。(P200)
窓が光を放つ、空間が光に包まれて同化する。世俗から、一気に神の世界へと近づくことを許されたような、あの感覚。私は他のゴシック聖堂では味わったことがないが、シャルトルにおいてだけ、一度味わった覚えがある。心の底から、この説明に同意する!
信仰の神秘は、ミサ聖祭のしきたりの歴史的に変化する異なった諸形態において受け取られる。まさに、初期中世の諸世紀におけるおける典礼構成の変遷における豊かな精神生活は、教会建築の変化が礼拝的出来事のための枠組みとして理解できるものとなることを示している。(P212)
13世紀のドゥランドスによる

「聖書において多様な意味、すなわち歴史的意味、アレゴリー(寓意)的意味、トロポロジー(比喩)的意味、ならびにアナゴジー(神秘)的意味を確認する。
 第一のものは事物と出来事を、報告されている文字通りに理解する。アレゴリーは語られていることがその語の通常の自然的な意味に従ってもっているのとはちがった他の意味を与える。それに対し、トロポロジーは道徳的な語りの仕方をいい、自然な意味において道徳的視点に従って、他の何かを述べる語についての解釈である。アナゴジー的意味はアレゴリーと密接に触れ合っており、超地上的なものとであれ、教会とであれ、形而上的なかかわりをテキストにおいて求める。」
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2007年08月17日

夏の古本まつり〜西武池袋本店

mokuroku.jpg

結論だけ言うと、毎年行ってるけど、正直たいしたことない。これは近年、どこの古書市に行っても言えることである。

私自身の趣味嗜好が年々マニアック化しているのと、古書がすべからくデータベース化されてネットで買えるご時勢の影響だろうが、その一方でいわゆるメジャーな流通ルートからもれている(地方のみ or 特定の関係者内向けの本etc.)と思しき変わった本もまれにあったりする。

また、タイトルだけでは内容が想像できず、実際に本の中身を見て初めて使える本であることに気付く場合もあったりする。

そういった偶然の出会いを求めて、ついつい古書市があると顔を出してしまったりするんだよねぇ〜。うんうん。

で、今回も一度は何も買わないで帰ってきたりする。それ、昨日のこと。そして今日も飽きずに顔出してみると、見逃していた本を見つけたりする。

「佐渡の順徳院と日蓮」ISBNもないし、発行所が新潟日報事業者だもん(新潟日報って新潟の人ならすぐ分かりますよね!)。どう考えてもトーハンとかの流通ルート通ってない本ですね。これがなかなか面白そうだったりする。書評は読み終わってから書くつもりですが、こういう本と出会えるから、古書市行っちゃうんだよなあ〜(って、最後に肯定しちゃう奴)。

そうそう、昭和2年に発行された小学生向けの本が実に興味深いです。「明治大帝」とか「世界一周旅行」あの当時の世界観、価値観が如実に出ていて結構そそったりする。値段も安いしね。買おうと思って、カゴに入れたけど、後で邪魔になるのが目に見えていて結局、戻してしまった。う〜ん、ちょっと心残り。

それと、ちくまの世界名著シリーズだったかな? 巷でも良く見るけど、非常に綺麗なものが一冊300円ぐらいで売っていた。普通だともっと汚れているのが600〜800円ぐらいで売っているから、これは「買い」でしょう! 個人的には「コーラン」と「ヘロドトス」に非常に心惹かれたけど、うちのすぐ近くの図書館にあるんだよなあ〜。

宗教改革のルターは、図書館で読んだ後、結局買って再読したけど、う〜ん、手元に置いておきたい一方で邪魔だったりする。これもカゴに入れた後、戻してしまった・・・・。

実はこの後、図書館に行ってエミール・マールの「ゴシックの図像学」(上下巻)を借りるので、バッグが重くなるのは極力避けたいんだよね。一冊5千円の2冊だと、異様に重いしね。なんとか休み中に読破しちゃうつもりなんで、そちらを優先です。

まあ、結局、今回は前述の一冊のみ。もう一度、古書市行けたら、「コーラン」買おうかと思ってますけど、残ってるだろうか???
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【こちらは古書市全般に関する独り言なんで、一応分けておきます】

確か先月も古書市の目録が来ていたが行き損なったのがあったなあ〜、浅草の松坂屋かなにかの古書市だったと思うんだけど・・・。

最近、欲しい本はネットで探して買ってしまうので古書市に出掛けるパワーが衰えている感じがします。行っても何も買わないで帰ることが増えているのも原因かな?

値段もさることながら、読みたい本はあるんだけど、滅多に古書市では出てこないというのも一因かもしれない。だったら、ネットで検索して買うか、あちこちの図書館のデータベースを検索して近場の図書館まで足を運ぶのも手だろう。

以前からの話ではあるが、切実な悩みは本当に本の置き場がないことに他ならない。買う時に一番ためらうのは、つまらない本だった時に手元においておくリスクだったりする。

昨日も友人からレアな本をもらって嬉しくて喜んでいたのだが、かなりの重さと厚みがあって、どこにしまおうか頭を悩ませている。いくら数ヶ月に一回は、ダンボール箱数箱分処分してもいっこうに減らないのは何故なのだろうか? いささか鬱である。

そんなこんなで交通費を費やしても図書館の本ならば、手元に残らないのがなんとも嬉しい♪ 最近、一冊5千円とか一万円の本などで読みたいものがあり、買って後悔するなら、交通費で千円から二千円かけてもいいだろうと思ったりするのだが・・・。その本が実に素晴らしい本だったりすると、悲しい結末になる。気に入った本は、私は手元に置きたい人なので、結局買ってしまうのだ。う〜ん、手間と時間とお金をかけた分、不毛の気がするけど、しかたがない。

上でも書いたが、図書館で借りてきたエミール・マールの「ゴシックの図像学」だが、これきっと後で買ってしまうと思う。内容がいいんだもんなあ〜。困った! 英語版もあるようだから、安ければそちらも検討するが、日本語の本の方がいいなあ〜。直接フランス語から訳されているしね。

でも、「ロマネスクの図像学」(上下)と「中世末期の図像学」(上下)も結局買ってしまいそうで、出費金額と占有する場所を思うと涙が出そうです。

おまけに、先週だったかな? 新宿区か文京区の図書館で前川道郎氏の訳による 「ゴシックの芸術―大聖堂の形と空間」を見つけてしまった!! これ一冊9千円だよ〜、高〜い。値付けは個人を対象にして欲しいと切に思うが、価値はそれぐらい十分にありそう。中身を見ると、読まずにはいられない内容です。速攻、カード作って借り出そうかと思ったもん、まじに。近いうちにこちらにもチャレンジする予定だけど、これも買いたい本だったりする。

あ〜あ、物欲だけは衰えませんね。俗物である我が身を思い知らされます、トホホ。今月、デジカメを買ったばかりだし、また旅に出るのに・・・ふう〜。
タグ:古書市
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2007年08月16日

8月夏祭り、イベント等メモ

今週初めに作成したんだけど、メモとして。
【8月夏祭り、イベント】
とげぬき地蔵 縁日 14日
深川八幡祭り 11日(土) 〜15日(水)
長瀞船玉まつり 15日(水)
西武リブロ古本まつり 15日(水) 〜21日(火)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Red Brick Cafe with HEARTLAND in 横浜赤レンガ倉庫2007 4日(土) 〜19日(日)
下北沢名物阿波おどり 17日(金) 〜19日(日)
ヨコハマカーニバル ハマこい踊り炎舞2007 18日(土) 〜19日(日)
三茶フェスティバル2007 18日(土) 〜19日(日)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
麻布十番納涼祭り 24日(金)〜26日(日)
浅草サンバカーニバル 25日(土)
ひがしまつやま花火大会 25日(土)
大井どんたく  25日(土)〜26日(日)
東京高円寺阿波おどり 25日(土)〜26日(日)
円朝寄席  8月18日(土)18:00〜
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2007年07月22日

未読本、途中本リスト〜2007年7月22日

未読本をまた購入したりするリスクを軽減する為の自己用メモです。

未読:
キリストの遺骨(上下)
真紅の呪縛
女盗賊プーラン(上下)
影のオンブリア
カーマスートラ
房中秘記
ダ・ヴィンチ・コード・デ・コーデッド


読みかけ:
パルジファルの復活祭
EX-LIBLIS
MONT SAINT MICHAEL AND CHARTRES
MARY MAGDALENE
SEのためのネットワークの基本


やっばいなあ〜、やっぱり洋書が読めていない。ほとんど10数頁で挫折してんじゃん(欝)。しかも安いからと数百円で買った洋書ばかりじゃん・・・。電車内だとかさばって読めないからなあ〜。

寝る前に読むのは、美しい時祷書か黄金伝説にしてるんだけどなあ〜。
タグ:書籍
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2007年07月21日

池袋西武リブロで洋書セール

以前、読んだ本に「錬金術と神秘主義」という題名の本があります。頁が711頁もあって、めちゃくちゃ大部。ただ、非常に珍しい&貴重な図版がたくさん入っているので、気になってはいたものの、定価が4000円で高くてねぇ〜。買わないでいました(つ〜か、買えなかっただけ)。

先日、いつもうろついている池袋西武のリブロで洋書セールをやっていて、なんとそこで半額の2000円で売っていました。この手の本をいろいろ出していて有名な出版社であるTASCHENの25周年イベントの企画物らしい。

表紙カバーがイマイチっぽくなったが、中身は従来品と同じです。日本語だし、これで2千円なら、絶対に買っておいて損はないと思います。とにかく図版が素敵。発色は少し好みじゃないけど、これだけの図版はなかなか手に入りませんって! (買ってしまうと、結構愛着出てきたりしてゲンキンな私)

洋書セールは確か22日までだったので、もし、このブログを読んだ池袋近辺の方、買っておいた方がいいですよ〜。amazonとかでも安く売ってるのか、まだ未確認ですけど。

一応、いつもブログを読んでくれている方にご報告まで。

そうそう、あのナポレオンが作成させた本として非常に有名な「エジプト史」の本も半額の2千円でした。こっちは買わなかったけど、少し惹かれたなあ〜。

あとMOLISH ARTだったかな? スペインのアルハンブラ宮殿とかの写真が載っていて現在思案中。こちらは英語ですが、何冊か洋書で持っているんですけど、アルハンブラ宮殿って今でも大好きで綺麗な写真が載っているとつい買っちゃうんですよねぇ〜。う〜欲しい!!

さあ、今日はこれから文京区の朝顔市&ほおずき市でも行こうか。

関連ブログ
「錬金術と神秘主義」アレクサンダー・ローブ タッシェン・ジャパン
アルハンブラ宮殿の思い出(2002年8月) 
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2007年07月08日

PCのHD交換

hdchange.jpg

私のデスクトップPCは今年になってから購入したもので、一応デュアルコアだし、メモリーも1GB積んでいて普通に使うには問題がないのですが、ハードディスクはそれほど使わないだろうと80GBしかありませんでした。

USB外付けの250GBHDDをその後、購入し、まあ、問題ないかと思っていたのですが・・・、最近映画やらアニメやらの動画をよく見るので、いつのまにか250GBでも足りなくなり、大切なデータのBACKUP用にDVDに焼いて保存していたら、今100枚ぐらいあるのですが、かなり物理的に邪魔になり、頭を抱えていました。

そんなわけで根本的な対策をするべく、ハードディスクの増設を決意しました。と言っても、単純に秋葉をうろついていたら、バルクの内蔵型HDが320GBで8千円で売っていて飛びついた!、というのが真相だったりする。

まあ、それを購入したのは良かったですが、実はその後、いろいろなトラブルがあり、結局先週の購入から丸々一週間、その解決に時間をとられる羽目になりました(涙)。

SATA接続なのは、自分PCの仕様と覚えていましたが、まさかデスクトップなのにHD増設スペースが無いとは思わなかった。PCの説明書を見てもHDの交換は書いてあるのに、増設の項目が見つからなくておかしいなあ〜って思ってたんですが、実際にPCケースをあけてみていざ増設しようとしてハタと気付いたのでしたので、増設スペースないじゃん!(DELLのC521)

ショックで、よろめきつつもせっかく購入したHD320GBを生かすべく外付けにすることにしました。ネットでいろいろ調べて外付けケースとUSB接続用ケーブル&電源ケーブルがセットのもの(武蔵のGW3.5AI-SU2)を3千円で購入。デスクトップPCの80GBHDDを外してこれに接続する一方、購入したものを代わりにPC内部に置き換えてみると、見事に両方とも認識したのでした(笑顔)。

でもね、置き換えた320GBのHDからOS等起動させるには、OSやOFFICE他、たくさんのソフトを一からインストールし直すのも考えただけで憂鬱。今まで使ったことのないバックアップソフトを使って簡単にできないかと考えました。


まずは体験版がいろいろダウンロードできるので、Acronics社のTrue image10.0でやってみた。まずは外付けのHDにバックアップファイルを作成し、その後、起動ディスク(CD-ROM)を作成。実際に、バックアップファイルを作成するのもかなりの時間がかかあるのだけど、問題はもっと別なところにありました。

せっかくHD交換したのにバックアップを取る為に再度元に戻すことに。80GBのHDに戻してソフトをインストール後、バックアップ作成。改めてHDを320GBに交換してから、残りの外付けHDに保存していたファイルから、復元したのですが・・・。

よりによって、途中でフリーズしてしまった。使えねぇ〜。普通に復元しても一時間半以上かかるみたいですが、マジ参りました。一番定評のあるソフトなのですが、なんでだろう? 体験版のせいかな?

しかたないので、HDを80GBに再び戻してTrue imageをアンインストール。今度はSymantec社のbackup exec system recoeryの体験版で試してみた。体験版では実は起動用CD-ROM作れないんだけど、別途入手してROM作成。ソフトをインストールしてプログラムを起動すると・・・。

今度は起動もせず、エラーが出て途中で止まってしまう。これは相当へこんで嫌になりました。しかもそのエラーがメーカーのサポートサイトでも解説ないし、泥沼。でも、ネットが偉大だなあ〜と思ったのは、エラーコードを入れてgoogleで検索したら、2件ヒット! PCに関するフォーラムに私と同じような事例が挙がっていました。

英語で書かれていたので、ちょっと抵抗ありましたが、有益な情報がありました。エラー内容は「ファイルへのアクセス権限がない」というものでしたが、admini権限は当然与えています。そのサイトによるとイベントログのサービスが有効になっていないとそのエラーが出るようです。

私の場合、可能な限り使わないサービスは止めていたのですが、それが原因だったようです。実際、サービスを有効にしてソフトを起動したら、正常に動きました。で、やっとバックアップを取り、再・再・再度HDを交換して、romより起動したもので復元しました。

今回は約1時間20分程度で完了。CD-ROM起動から、HD起動に変えてからHDで起動。ネットも使えたし、ようやく通常環境にすることができました。

今回の作業の為に、15時間以上かかっているような・・・。先週末からだし。まあ、PCの良い勉強になりましたが、結構面倒なもんです。PC自体は、いろいろな作業の効率性を高めてくれますが、PC自体があることで増加するこうした作業量を考えると、う〜ん、どっちがいいのか悩んじゃいますね、本当。

今週はおかげで本読まなかったけど、まあ、そんな週があっても良いでしょう。でも、疲れた・・・ふう〜。

あっ、写真はHD交換の為、この状態でPCの設定とかやってました。

【補足】
実は、これで一段落したのですが、更に作業があったりしました。HDを入れ替えたら、カリカリとするシーク音がちょっとうるさかったりする。ネットで調べたらHDの作動音を静かにする方法があるので早速試してみました。

HDのメーカーサイト(hitachi)にFToolというのがあるのですが、これで設定を変更できるみたい。実際にやってみると、確かに音は小さくなった。へえ〜、面白いんだけど、PCって面倒。嫌いじゃないけど、もっとなんでも自動でできるといいんだけどなあ〜、家電並みの操作性を希望。

やっぱりあると便利なんでBACKUPソフトも改めて製品版を購入予定です。なに買おうかな?
タグ:PC HD交換
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2007年07月01日

amazon.comより洋書(時祷書)が届いた

yousho20070701a.jpg yousho20070701b.jpg

先週の水曜日辺りに届いた米国amazonから届いた洋書3冊のこと。実は、既に「The Hours of Catherine of Cleves」は初版を持っているのだが、アメリカのamazonを見ていたら、バーゲン価格(64%off)で新品が売られているので思わず購入してしまった。

初めから持っていた初版は、装丁がレザー仕様なんで保存版としておいて、普段眺める日常用にこちらを使うつもり。友人で時祷書好きな人がいるので一冊はプレゼント用で新品を2冊注文。

どうせなら、まとめた方が送料が安くなるだろうと装飾写本で日本で買うよりもはるかに安いものを探して更に一冊追加して計3冊の注文になりました。それぞれの価格は以下の通り。

"The Golden Age: Manuscript Painting at the Time of Jean, Duke of Berry"
Marcel Thomas; Hardcover; $18.96

"The Hours of Catherine of Cleves: Introduction and Commentaries"
John Plummer; Hardcover; $16.99・・・これを2冊ね!

ちなみに購入前、価格シミュレーションもしたのでここに書いておく。
米国amazonnの場合、本の重さに比例して送料も高くなるみたいです。

キャサリン・ド・クレイブ 1冊だと送料11.48ドルで計28.47ドル。
同じく2冊だと、送料15.97ドルで計49.95ドル。
これにゴールデン・エイジを加えると送料20.46ドルで計73.40ドル

送料がどうしても高いけど、日本の某洋書店さん(○善)とかだとキャサリン一冊で定価の5千円ぐらいしてたから、それに比べれば許せるかと思います。

そうそう、到着したものについて。確かに本の中身はまぎれもない新品ですが、カバーが汚れてる。背表紙の天地が少しつぶれかけてる。裏面の値段のところにデカデカとしたbargain preiceとかシール貼ってあるのは、ご愛嬌?(アメリカ故のおーざっぱさ?) 日本人の愛書家には、かなり抵抗感を覚えること間違いないでしょう。私は速攻でシール剥がして、消毒用アルコールで綺麗に汚れも含めてふき取りましたけどね。

実際のところ、シール以外の汚れ等は、発送時の問題か、shipping時の問題か不明なのですが、頼むならそれは覚悟しておきましょう。いろいろと言いたいことはあるものの、とにかく安いし、日本で手に入らないものが買えるなら、ヨシとすべきかもしれません。ハードカバーのアート系の洋書が三冊。日本だとめちゃくちゃ高くなりますからね!

なんだかんだ言いましたが、それなりに満足です。クレジットカードをお持ちの方、直接海外のamazonで買うのは使えますよ。海外の古書店だとちょっと信頼性に不安が残るけど・・・。

あと肝心の本の内容等について。
キャサリン・ド・クレイブは、既に書評があるのでそちらを見てもらうとして2002年版の紙質とかについて。初版の1966年とはちょっと違うかもしれない。経年劣化のせいかな? どちらにしても紙質は悪くないです、というか上質です。表紙部分ですが、タイトルの文字などが違う他、私の持っている初版のレザー・バインディングとは明確に異なり、2002年版は普通の厚紙にコーティングされています。

知らなければ、2002年版でも普通の本として全く問題ありませんが、比べるとちょっと不満があるかもしれません。

そしてゴールデンエイジの方。基本はベリー公の時祷書とかからの図版ですが、他の写本からも引用されています。図版の数は、数十枚とそれなりの量があり、見開きの片面が一枚の図版で対面がその解説になっています。かなり大判のハードカバーで紙質も印刷も相当良いです。印刷はスイスとなっています。とにかく写本好きなら、これも押さえておくべき一冊でしょう♪ 買っておいて損のない本です。

具体的な書評については、後で読了後に別途書くつもりです。とりあえず、自分の覚書として。

amazonからは、注文時の他に発送時にも以下のような案内がきます。基本は日本のamazonと一緒ですね。在庫のある状態で注文してアメリカから一週間から10日かからずに届きました。
The following items have been shipped to you by Amazon.com:
-------------------------------------------------
Qty Item Price Shipped Subtotal
-------------------------------------------------
Amazon.com items (Sold by Amazon.com, LLC):
1 The Golden Age: Manuscript... $18.96 1 $18.96
2 The Hours of Catherine of ... $16.99 2 $33.98

Shipped via Standard Intl Shipping (estimated arrival date: 02-July-2007).
-------------------------------------------------
Item Subtotal: $52.94
Shipping & Handling: $20.46

Total: $73.40

Paid by Visa: $73.40
------------------------------------------------
関連ブログ
「The Golden Age: Manuscript Painting at the Time of Jean, Duke of Berry」Marcel Thomas George Braziller
Hours of Catherine of Cleves 獲得までの経緯
「The Hours of Catherine of Cleves」John Plummer George Braziller
「Les Tres Riches Heures Du Duc De Berry」Jean Dufournet
「美しき時祷書の世界」木島 俊介 中央公論社
「ケルズの書」バーナード ミーハン 創元社
「中世の美術」アニー シェイヴァー・クランデル 岩波書店
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2007年05月15日

澁澤龍彦没後20年 「裏」美術史を極める 

澁澤龍彦 日経記事
【上記の画像をクリックすると、記事の内容が読めます】
 

日経新聞の2007年5月12日朝刊の記事に載ってた。

5月20日までの会期なのに、何を今頃のこのこと時代遅れに掲載しているのかと思ったりもしたが、一応、切り抜いておいたのでブログ上でメモ。

日本の経営者は、日経で読む芸術系の記事が好きで結構よく見ていたりする。これ見て、少しは展覧会の人出も増えたのだろうか? だといいのだけれどネ。

記事の内容は、たいしたことないので特にコメントしないが、別に澁澤さんは裏でも表でもないと思うのだけれど・・・。まあ、こういう切り口が記事としては扱い易いのだろうなあ〜と思ってしまう。

正直未だに、澁澤さんをサド裁判ごとき印象(アレはまさに予定調和の戯画でしかないだろう)で見ている人もいないだろうが、黙って本読んで合うか、合わないかだけのことのような気もするのだが・・・。

まあ、いろんな人がいて良いのでしょう♪

全然、関係ないけど、今日国立国会図書館でシステムがダウンしたようで、利用していて不便だった。既に登録してあるのだけれど、入場に際して紙に手書きだし、検索端末も全面的にダウン。資料請求も一つ一つ紙に書いてというのは、実に懐かしい経験だった。10年以上前の時も、確かこんな紙だったような? 

しかし、たかだか図書館内のシステムだと思うが、少なくとも日本を代表する図書館にしては、お粗末な感じがしないでもない。サブ・システムも使えなかったのだろうか? 職員全員に一切の端末処理を中止する場面まであり、なかなか興味深かった。自分の担当しているシステムだったら青ざめるけどね。

ただ、えらいなあ〜と思ったのは、たとえ紙を利用した手作業であっても、なんとか資料の提供という業務を果たしていたこと。本が出てくるまでの時間はかかったが、万が一に備えて、マニュアルがきちんとできていたんだろね。そこは逆にいうと大変立派だと思った。システムダウンして、顧客からのクレームの嵐でえらい目にあったことがあるからね(苦笑)。

まあ、いい経験しました。滅多にないことなんでこれもここにメモしておこうっと。
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2007年04月30日

東京古書会館〜書窓会

毎週末、神保町の古書会館で古書市をやっているわけですが、今回は亀戸天神の藤祭りを見に行く待ち合わせの時間で、さらっと古書をチェックしに行きました。

いろんな種類の本で、普通では見ないようなマニア度の高い本が時々見つかるので最近は古書店よりもこちらを覗くことが増えてきましたが、今回も何冊か発見!

未読の本がまた溜まりだしたので、手にとったうち2冊を残して元の棚に戻す。他でも買えそうな本は、できるだけ控えないと・・・。

で、厳選した2冊は以下の通り。
「ステンドグラス」小川国夫 平凡社 1977年 300円 
「エ”ニスの商人」坪内逍遥 中央公論社 昭和8年 200円

ステンドグラスの方は、だいぶ日に焼けていてボロボロなんですが(その割に300円は高いような?)、シャルトル大聖堂のこととか書かれていたので仕方ない購入しておきました。滅多に見ない本ですしね。

ベニスの商人

次は「エ”ニスの商人(ベニスの商人)」。昔は「エ」に濁点だったんですね。小さな版型の本ですが、装丁にも味があるし、このカラー印刷も楽しそうだったのでついつい購入。

ベニスの商人

舞台で使用されることも考えてト書きとかも注意して入れたと序文で書かれているのが興味深いです。

ブックオフなら、捨てられていたなあ〜と思いつつ、ちょっと手元に置いておきたくなる本です。

ベニスの商人 第4幕 第1場 法廷の場

他にもロミオとジュリエットとかシェークスピア全集がバラで売られていました。さすがにかさばるので一冊だけ綺麗なものを選んで購入。

他の現代語で訳されたものは、だいぶ前に読んだことがありますが、昔の訳で読むとまた違った味わいがありますね。なかなか面白いもんです。
タグ:古書
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2007年04月25日

Hours of Catherine of Cleves 獲得までの経緯

エリザベートとマリア、ヨハネとイエス

神田の古書店で偶然見つけて「おおっ!これだ!これっきゃない!」と思いました。それぐらい彩色写本好きには、堪らない一品です。値段は18,000円。革装丁(ベラム?)で手に持った時の感触がなんとも心地良く、160頁もの彩色図版が入っていて右が図版で左が図版の内容説明という見開き対面構成。たぶん初版の1966年の発行で40年以上経過しているのにもかかわらず、全然古くなっていない。紙もいいものを使っているし、印刷も極美ってな感じ。

Hours of Catherine of Cleves

その本を最初に見つけてくれた連れは、見るのは初めてだけど、以前にもメールでこの本のタイトルを送ってくれていて、大変有名な本であることを教えてくれました(英語圏のキリスト教徒でインテリなら、結構知っている本らしい)。う〜ん、メールで教えてもらった時はあまり意識していなかったので全然記憶に無い。まあ、私って非キリスト教徒だし、日本語圏の人だから・・・という言い逃れを別にして、こんな素敵な本に無知であったことは恥ずかしい限り。しかも教えてもらっていたのにね(赤面)。


東方の三博士

ただ、値が張っているのも事実。ご存知のように神田は、確かにいい本多いけど、通常の相場より高いからね。本自体の書誌的な情報や価格の相場を知ってから、買おうと思い、その日は買わないで我慢。どうせすぐには売れないだろうとタカをくくっていたのが甘かった!これが後の後悔に繋がるのだけれど・・・、神ならぬ私には分かりませんでした。

Hours of Catherine of Cleves

その後、自宅でいろいろ調べてみると、NYのモーガン・ライブラリーがオークションで購入し、そこから「Hours of Catherine of Cleves」という本が出版されたことが分かりました。あ〜あ、ミュージカルは良かったけど、想像よりも期待外れだったメトロポリタンのせいでもう二度とNYに行く気は無かったけど、また行く必要が生まれました。是非、本物の写本を見てみたいですね! 事前に知っていたら、無理してでも都合をつけてモーガン・ライブラリー行ってたと思いましたが、初めてNY行った時には中世の写本とかって興味無かったもんなあ〜。しかたないです。

それは置いといて。この「Hours of Catherine of Cleves」って何度か増刷されています。初版は1966年で次は1975年、2002年にも出てます。種類もハードカバーとペーパーバッグの他に革装丁のものがあったりします。ただ、この革装丁っていうのもちょっと複雑なんですけど・・・これは後で触れます。

2002年発行のものについては、新刊で買えます。国内なら、丸善や紀伊国屋書店で売っていたことを確認。確か5千円前後。古書だと異様に高くて8千円近かったけど、これは確か1975年の発行。みんなハードカバーの値段です。

で、私の欲しかった革装丁のものなんですけど、さきほどの古書店に2週間後にもう一度見に行ったら無かった!! 見て考えて、場合によってはその場で買ってしまうかと思ったんですけど・・・。「な、・・・ない!?」店の人に聞いても在庫無いって言われてショック!他にもあれこれ手を尽くしてみたのですが国内で探した限りでは、革装丁のものは見つかりませんでした。あ〜あ。

Hours of Catherine of Cleves

で、ベタな話、日本のamazonで見るとハードカバーの新刊が2200円だった。え〜って絶句!!しかも発行が1966年。40年前のものが新刊であると思います?売れ残り?どちらにしても有り得ない話だ。これ絶対に入力ミスだと思う。まだ2002年発行なら分かるけどね。お届けは4〜6週間後とあったが、即座に注文した。案の定、3月に注文して4月になっても届かず、amazonよりメールが来る。「商品が用意できないから、あと一ヶ月待て。待てないなら、金の請求してないからキャンセルしろ」って奴。以前、別な洋書を頼んだ時もこういうの来てたなあ〜。amazonは便利だけど、機械的に処理せざるを得ないせいか、この手のはかなりいい加減だったりする。でも、本当に用意できるのか興味があるので、今回はあえてキャンセルせず、待っている。そしてもうすぐその一ヶ月の期限が来るのだが、amazonがどう対応するのかが見物だろう。

その一方で、たぶんamazonから詫びのメールが来るだろうとの予測のもと、国内に無ければ海外ということで、海外の古書店などをあちこち探しまくってみました。英国、米国、カナダ等々。すると、結構あったりする。ただ、どれもこれもハードカバーならあるんだけど、革装丁ないんだよねぇ〜ふぅ〜(タメ息)。英語のサイトばかり見ていて、いささか参ってきた時にようやくそれらしいものを見つけ、本の状態も良さそうなので購入することにしました。(最悪amzonとダブっても知り合いにプレゼントしてもいいし、自分で2冊持っててもイイ)

貝やカニが枠を囲っている

しかし!・・・海外発送の送料ってやっぱりかなりするよね。昔に比べれば、それでも安いんだろうけどさ。ただ、届くまで時間がかかるかと思ったら、思ったよりも早かった。約1週間ちょっと。2週間もかからずに届きました。値段は送料込みで4千円ちょっと。や、安い〜。感激して涙が出るくらい!

届いた本を見ると、本の状態もメチャクチャにいい。経年劣化さえもほとんど見られないくらい。いい紙使ってるよ、やっぱ。中を良く見ると、写真のオフセットはオランダらしい。初版はロンドンとあるが、私の持っているのもロンドンでいいのかな? う〜ん、いろいろとゴチャゴちゃしてて分かりにくい。まあ、いいけどね。

ただ、装丁に問題あり? 私が他のところで見たハードカバー(1975年)の装丁は、本当に単なる厚紙みたいな感じで私の手元のものとは確かに違うのですが、18,000円の革装丁とも違う。私の本の装丁は、内側が厚紙で外側が革っぽい感じなのですが、売れてしまった本は内側が柔らかいんですよ。で、外側のものの手触りがずっと良かったりする。まあ、私のも悪くは無いけど、負けてる〜!

この点の疑問を元に海外の古書店サイトで調べてもはっきりしませんでした。1966年ものの状態として leatherette や leather、vellum 等々いろんな表現がされており、いっこうに要領を得ません。ISBNコード以前の話なので、なかなかユニークに特定できず、より一層状況は複雑だったりします。まあ、版数はsecond editionやthird edition と書かれているので分かりますが、それ以外は難しいようです。なんとも残念。

ワイン絞り器に挟まれたイエス様が血を流して、それが絞り口にあるカリス(聖杯)に集まっている図

ただ、今はようやく入手した宝物って感じで大切に&大切にカバーをして読んでいます。手触りも悪くないんだけど、汚れるのが嫌だから、カバーしてるんだけどね。でも、この本って本当に所有するだけで、読まなくても眺めるだけで嬉しくなる本です。単なる印刷本でこの気持ちですから、世界に唯一の一品物の手彩色写本だったら、殺人事件にでもなるだろうなあ〜。しかも、その本に書かれた内容に世界の秩序を根底から崩す価値があるならば。「薔薇の名前」を思い出してしました。この原本にも秘密があったりして・・・(笑顔)。

本書のレビューは改めて写真入りで書きますが、内容がとにかく素晴らしいので写本好きならば、どんなに無理してでも絶対に買いましょう♪

The Hours of Catherine of Cleves(amazonリンク)
Hours of Catherine of Cleves(amazonリンク)
なんかね、微妙に登録が違うんだよね。発行年や出版者も違うし、混乱が見られるような・・・?

関連サイト
The Morgan Library & Museum

関連ブログ
「The Hours of Catherine of Cleves」John Plummer George Braziller
本の内容についてはこちら。
タグ:古書 時祷書
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2007年04月23日

池袋西口公園古本まつり&新宿展

池袋西口公園古本まつりは21〜27日まで。東京古書会館新宿展は22〜24日まで。

池袋の古本祭りは何度か行ってるけど、あまり買うほどのものはない。もっとも最近は、どこの古書市行ってもイマイチなんだよねぇ〜。ネットによる古書検索が進んだおかげで、私が欲しいと思うようなマイナー系の本ってそちらで探した方が確実に見つかるし、効率が良かったりする。値段も比較的手頃。

ただ、まれに格安の掘り出し物やそもそもその存在さえも知らない素晴らしい本を現物を見ることで初めて気付くことがあるので、ついつい古書市や古本祭りに出掛けてしまう・・・。

今回もそんな感じで掘り出した物をメモ。
・「フローリアの告白」100円 以前読んだことがあるんだけど、結構面白かったし、安かったので。内容はアウグスティヌスのかつての愛人が書いた手紙(架空のもの)を翻訳したものという設定。
・「イスラム・スペイン建築の旅」300円。アルハンブラ宮殿とか出てくる。
・「西ゴート王国の遺産」150円。近代スペイン成立への歴史。
・「ロマネスクの園」1000円。これは写真が多いし、なんか当たりの予感が・・・!

そして古書ではなくて、池袋西武で洋書ア−トブックフェアのセール品で安くなっていたのをGETしたもの。
・「LES TRES RICHES HEURES DU DUC DE BERRY」1995円。
うわあ〜安い!!これって、そうベリー公の時祷書の奴。タイトルはフランス語だけど、中の文章は英語だからなんとか読めそう。印刷はイタリアのベローナだって。う〜ん、国際的ですね。

あっ、気がつくとお金がない・・・。他にもネットで買った古書の支払いも残っているのに・・・。それ以上に、部屋がまた狭くなる(涙)。好きな本に囲まれて嬉しいのか、悲しいのか、とっても微妙な気持ち。


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ついでに手元にある未読本リスト。
・世界の名著 ルター
・中国怪食紀行
・闇の超世界権力 スカル&ボーンズ
・フランシスカニズムの流れ
・秦の始皇帝
・闇の城
・半身
・モンサンミッシェルとシャルトル
・黒魔術の娘
・シバの女王

他にも山ほどあるけど、鬱になるから書き出すの中止。
図書館から借りてる本も3、4冊あるし、そちらを先に読もうか。漫画も溜まっていたりする。あ〜あ、PERLで途中の本もあった。ヤバイ・・・。
タグ:古書
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2007年04月07日

「凍れる音楽−シャルトル大聖堂」〜メモ

ちょっと前に読んだ「凍れる音楽−シャルトル大聖堂」 からのメモ。
ローマ時代には、アウトリクムと呼ばれたシャルトルは紀元前からケルト族の一支族カルヌーテースが住まいしてガリア人の宗教的中心であった。ドルイド教を信仰した彼らは、カエサルの「ガリア戦記」によれば(ガリアとはフランス一帯の古名)ガリア人は「一年間のある時期にガリアの中心の地と思われているカルヌーテース族の領地の神聖な場所に会合する」という。このカルヌーテース Carnutaes が Chartres という地名のもとになった。
実際にガリア戦記を読んだ時に、この記述は確認しました。その時は、あまり意識していなかったけど。
シャルトルに関する文献5個:
1)「聖母の奇蹟」
1190年から13世紀にかけての大聖堂建設についての物語。シャルトル大聖堂の建設資金を求めて聖王ルイ9世の時代1262年に著されたもの。

2)「フィリピッド」(1220年)
ギョーム・ル・ブルトンの詩

3)「意見書」(1316年)
建築技術者による修理に関するもの

4)「パルテニ、いとも荘厳なるシャルトルの御堂の歴史」(1609年)
セバスティアン・ルイアールによる1609年の記録

5)「シャルトルの荘厳にして崇敬すべき御堂」
ヴァンサン・サブロンにりょう1671年の記録。古代からの伝承を伝えて詳しい。
サブロンによると、イエスの死後まもなくこの地に福音が宣べられており、早くから聖母信仰が始まった。少なくとも4世紀末には、キリスト教がシャルトルに根付いていた。
伝承によると、

 この地の信仰の中心としたドルイド僧は「ウィルゴー・パリトゥーラ」(生むべき処女)に祭壇を捧げていた。イエスの受肉以前に彼らはイエスの生誕を予兆する処女を信仰していたというのであり、キリストの福音を受けたケルト人たちは彼らの処女信仰の洞窟を聖母マリア信仰の場「地下の聖母」に変えたのだという。

 中世以来、この地下の礼拝堂において木彫りの「黒い聖母」像が崇敬されてきた。サブロンは元の像を、ドルイド僧がその祭壇に捧げたものだと信じて「聖処女は腕にその子を抱いて玉座に座す。シャルトルの聖処女のあらゆる像と同じく、彼女は色が黒いかムーア色である。彼女は我らの国よりも、はるかに太陽の輝く国から来たのであるから、ドルイド僧は彼女にこの色を与えるべきだと考えた」という。

 彼はドルイド僧が聖像を崇拝したというが、それは誤解であり、12世紀に製作された像が近世まで崇められてきたのである。この像は大革命の際に燃やされてしまい、現在クリプト(地下祭室)の北廊に安置されている黒い聖母は、1857年に作り直された像である。
ドルイド教絡みだとむしろ、マリアの母である聖アンナ崇拝の方ではないでしょうか? それだったら、もともとのケルト人の神がそのままキリスト教にスライドしていくのでドルイド僧が崇拝する可能性もありそうな気がしますが・・・さてさて?
「柱の聖母」
ルアールによると、信者の口づけで石の柱に穴があいていると述べるほどに敬虔な人々の祈りを神にとりなしてきた。1510年の作といい、もとは内陣の祭壇に置かれていた。
現在は地下の聖母よりもこちらの方が古いんだよね。元々クリプトにあったのを、聖なる井戸の崇拝を止めさせようと無理して引き離した訳だし。
876年にフランス王シャルル1世(禿頭王)がこの大聖堂に「聖母の御衣」を寄進した。「聖母の奇蹟」によれば、「聖母が神の御子を産みたまいし時、着用しておられた」衣であるというが、一説には大天使ガブリエルがマリアに受胎を聖告した時に彼女が身につけていた衣であるともいう。
サブロンによれば、

 臨終の際に聖母は使徒たちに向かってイエスの死後ずっと彼女に仕えてきた正直な未亡人にそれを与えるよう命じたのであるが、それが人手を経たのち、ビザンチン皇帝ニケフォルス1世とその妻イレーネの手にわたっていたのを、シャルルマーニュ帝がコンスタンティノポリスを訪れた際に拝受してアーヘンに持ち帰っていた。そして彼の子孫で西フランクの王になったシャルル1世に譲られていたのである。
(この布はササン朝ペルシアの産と判断されている)

 シャルルV世(単純王)がフランス王位にあった911年にロロの率いるノルマン人がフランス各地を劫掠し、シャルトルを包囲した時、司教ゴスランは聖衣を御旗として敵を打ち破ることができたという。

 この衣は聖母マリアの処女懐胎にちなんで子宝の授与と安産の信仰の対象となり、16世紀にはフランス王アンリV世が往時ルイーズ・ド・ロレーヌとともに世継ぎを求めていくたびとなくここに巡礼し聖母に祈願している。
十字軍がコンスタンティノープルに侵略して以来、たくさん聖遺物が西欧に流入したきたけど、強奪する前に譲り受けたものなんですね。

大聖堂のクリプトの一隅に「サン・フォール」(強く聖者)と呼ばれる井戸がある。この場所はガロ・ロマン朝(前1世紀にガリアがローマの支配下に入って以来のローマ文化の時代)の市壁に近い位置にあってもとは「リュー・フォール」(強き場所)と呼ばれていたというが、のちにこの井戸がその名を得るに至った。

 クリプト自体はおおむね11世紀、司教フュルベールの時のものであるが、カロリング期の石積みの他、ガロ・ロマン期に遡る石積みも確認されている。深さ33mに達するというこの井戸はプレカロリング期のものであり、4世紀にまで遡るともみられているが、ここに古くからの泉信仰があったものと思われる。そのケルト起源を確認することはできないが、少なくともローマ時代にはここに井戸の存在したことが伝えられている。
サブロンによれば、

 シャルトルの地に定着したキリスト教が次第に盛んになって聖母マリアに捧げられた地下の洞窟で多数の信者が日々に祈りを捧げつつあったのを耳にしたこの町の為政者ローマ総督クィリヌス(クラウディウス帝時代:41〜54年)は、彼の娘モデスタまでも洗礼を受けて改宗したのを知って怒りに狂い、彼らがこの聖所集まっている時を狙って兵を遣わし、彼の娘ともども数多くのキリスト教徒を虐殺してこの井戸に投げ込んだという。

 「サン・フォールの井戸」という呼称はこれに由来する。殉教者たちの流した血からキリスト教が成長し、そこに聖母が花開くことになる。聖女モデスタは今日なお、北袖廊扉口の西面の台座に刻まれたサン・フォールの井戸の彫刻の上に立っている。

 この井戸は聖水の病を癒す力を信じる巡礼者たちによって久しくにぎわっていたが、聖水信仰を否定した17世紀の啓蒙的な聖職者たちは黒い聖母子ぞの像を地上の聖堂に持ち上げ、井戸を埋めてグロットを壁でふさいでしまった。今日クリプトの聖母子像の近くにみられる井戸は1905年に再発見されて修復されたものである。
以前に行った時には、この聖なる井戸を見学しそこなって惜しいことをしてしまいましたが、今も水あるのかな?さすがに枯れ井戸かな? 

聖なる泉を崇めるアミニズムは、ケルト由来の古い信仰ですし、ケルト人は聖なる湖や泉に貴金属などを奉納したそうですが、ここの井戸の底に何かありそうな気がするんですけどねぇ〜。

聖杯とか沈んでないのかな?(笑顔) 

関連ブログ
「凍れる音楽−シャルトル大聖堂」建築行脚シリーズ 6 磯崎新 六耀社
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2007年03月17日

「世界の名著 67 ホイジンガ」中央公論新〜メモ

先日、読んだホイジンガの「中世の秋」からの覚書。
パリの牢獄で判決のおりる前に死んだテュルリュパン派異端の某説教師の遺体は、14日間、石灰の樽につめられて保存された。ある異端女と一緒に焚刑に処するためであったという。

 これは当時、一般に広まっていた風習であったが、その生地から遠く離れたところで貴人が死ぬと、その遺体はこまぎれにされ、肉が骨から分離するまで、気長に煮詰められる。そして、骨は綺麗に洗われて、箱につめられ、故郷に送られてておごそかに埋葬される。一方、内臓と煮出し汁とはその地に葬られるのである。

 このやり方は、12、13世紀に大流行し、国王は勿論、司教についてもしばしば行われた。

 1299年、さらに重ねてその翌年、ボニファティウス8世はこの風習に対し、厳しい禁令を発している。これは「少なからぬ数の信者によって無遠慮にも、恐るべきやりかたをもって実修されている、忌むべき野蛮の風習」である、と。だが、14世紀には、この禁令に関する法王特免がしばしば出されているし、15世紀に入ってもなお、イギリス、フランスにおいてはこの風習はいぜん重んじられていたのである。
貴人に限らず、聖人が亡くなるやいなや、聖人の遺体は霊験あらたかなる奇跡を期待する人々によって、もぎ取られ、引き千切られ、バラバラにされたうえで指一本、骨一本、髪の毛までもが聖遺物として珍重されたという話もよくいろんな本でみました。まさに狂気の沙汰でしかありませんね。もっとも現代でもアイドルの身に付けたものを高値で取引する人々がいるわけで、そういう意味では人間の普遍的な性向なのかもしれませんが・・・。いやはや、凄まじい限り。
ある未刊の15世紀の著作は、天の花婿、つまりキリストと魂との神秘の結婚を、まるで市民の結婚話のでもあるかのような言葉づかいで語っている。

イエスは父なる神にいう、「もしよろしかったら、わたしは結婚し、子供や身寄りをたくさん作りたいのですが」父なる神は、異議を唱えた。子なるイエスが、黒いエチオピア娘を花嫁に選んだからである。つまり、この話は、雅歌の一節「わたしは黒い、けれども美しい」を下敷きにしているのだ。

 父なる神はいう、これは不釣合いだ、家族にとっての不名誉だ、と。ここで、取り持ち役に天使が登場、花婿の為に弁ずる。「この娘は黒いことは黒いですけれど、にもかかわらず、彼女はしとやか、肢体はよく均整がとれ、たくさん子供を作る能力をもっています。」父なる神は答えていう、「わが息子は、彼女が黒く、ブルネットだ、といった。正直なところ、私は息子の嫁が若く、上品で、かわいらしく、しとやかで、美しく、整った肢体をもっていて欲しいのだ。」そこで、天使は彼女の顔つき、体つきを大いに褒め称え、魂の美徳のあらわれだ、といった。父なる神は、ついに折れ、子なるキリストに向かっていうには。
 
 その娘をとれ、彼女は美しく、
 いとしの夫を、よく愛するだろう。
 また、われらの財宝から豊かにとれ、
 とって、豊かに彼女に与えなさい。

 この作品のまじめで敬虔な意図については、いささかも疑念を差し込む余地はない。これは、つまりは野放しの状態に置かれた想像力というものが、どんなにつまらぬことを考えつくものであるかということを示す、一つの例証なのである。
これも冷静に考えると、かなり奇異な話なのですが・・・。だってイエスが独身者とは考えていないわけでカトリックの教会側がこの作品をおよそ認めるとは、考えられないでしょう。こんなのが刊行されたら、まさに禁書目録にでも載ってたところでしょう。
中世末期、舞台前面に華やかに登場した14人の救難聖者崇拝のケース。民衆のイメージの中では、この14人は神から特別の権能を与えられている、だからこのうちのだれかに祈願しさえすれば、さしさまった危険をさけることができるということになっていた。

・・・・・・

聖者は神より全権を委託され、その効験のほどはきわめてあらたかであったのだから、その聖者が単なるとりなし役でしかないという考えは民衆にとっては、とうてい受け入れがたいものであったに違いない。救難聖者たちは、神の全権代理人ということになっていたのだ。

 実際、14救難聖者の礼拝式文をふくむ、中世末期のミサ典書にしてからが、この聖者たちのとりなしというはたらきが、きわめて強い性格のものであることを、はっきり表明していたのである。例えば、15世紀末のバンベルクのミサ典書の一節はいう、「神よ、あなたはあなたの選ばれた聖者たち、グレゴリウスその他を、他の聖者にまさる特別の権能をもって、飾られました。かくて、すべて、難儀に際して、彼ら聖者に援助を求めるものは、あなたの恩寵の約束に従って、その請願の幸いなる成就に到達するのです」

 かくて、教会はトリエント公会議を機として、14救難聖者のミサを禁止するにいたったのである。それというのも民衆が、魔除けのお札の迷信よろしく、この信仰に執着する危険があったからだ。事実、既に不幸な最後を迎えないように守ってくれる魔除けとして、聖クリストフォロスの画像や彫像を毎日拝むことが行われていたのである。

・・・・・・

いまや災厄ということになれば、そこに必ず出てくる神の怒りという強烈な観念は、はっきりとしたイメージをもつ聖者たちの上に、いとも簡単に移植されたのであった。神のはかりしれぬ正義が疾病の原因なのではない。聖者の怒りが疾病をひきおこすのだ。そしてその怒りは、なだめられるまでやまないのだ。いったい聖者が病気をいやすならば、どうしてそれをひきおこさないはずがあろうか。
聖者崇拝が、行き過ぎを通り越して、いきつくところまで行ってしまっていますね。神への『とりなし』どころか、聖者教とでもいうべき別な信仰にすり替わってしまっているように感じます。もっとも、民衆にとってはおよそ抽象的で理解しにくいイエス像よりも、より身近な聖者の方がよりリアルな存在であったのかもしれません。

 この21世紀になっても聖人崇拝はなくなっていないし、プロテスタント、カトリックを問わず、聖者のメダイなどは人気有りますからね。かくいう私もマグダラのマリアやルルドの聖母、聖クリストファーとかのメダイを何十種類も持っていたりする。全然、信者でもないのに・・・。まあ、神社でキティちゃんのお守りを買うよりは、ご利益ありそうな気がするんだけど・・・? どっちもどっちかな?(苦笑)

関連ブログ
「世界の名著 67 ホイジンガ」中央公論新〜中世の秋
オタクの守護聖人
「聖遺物の世界」青山 吉信 山川出版社
「守護聖者」植田重雄 中央公論社
「中世の奇蹟と幻想」渡辺 昌美 岩波書店
黄金伝説 〜聖人伝〜 ヤコブス・デ・ウォラギネ著
黄金伝説 Golden Legend コロンビア百科事典による
タグ:中世 歴史 聖人
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2007年03月09日

「天国と地獄の事典」〜メモ

先日読んだ「天国と地獄の事典」の中で、とっても気になった箇所があったので抜書きメモ。
【アグリッパ】Agrippa

 アグリッパとは古代の秘密や儀式、魔法の呪文が記された魔術師のための本である。書名は16世紀の哲学者ハインリヒ・コルネリウス・アグリッパ・フォン・ネッテスハイムの名にちなんでつけられたもので、この哲学者は地獄の権力者たちと手を結び、暗黒世界の研究を行っていたと言われている。人の肉体は、「魂を運ぶ乗り物」であり、霊魂はその殻から遊離して自由に他の世界へ移動することができるというのが彼の信条であった。伝説によると、アグリッパは魂が地獄とこの世の世界を行き来する際に用いられ、「各々の頁には地獄の劫火の熱を怒りがこめられている」という。

 アグリッパは膨大な巻数に及び、全巻を積み上げると5フィートを超えた。各々の頁は人間の皮膚でできているという。各巻には、ありとあらゆる悪魔の名前が列挙され、悪霊を呼びだすための呪文が記されている。黒魔術の儀式でアグリッパを用いると「硫黄臭い息」と「地獄の煙」のにおいが祈祷者の髪の毛や衣服にしみつく。書物そのものが生きている悪鬼とみなされており、悪霊の怒りにふれないよう取り扱いには、慎重を期さねばならない。使わない時は鎖で縛り、悪霊が逃げ出さないよう、空き部屋の梁にぶら下げておく。

 素人魔術師が愚かにもこの悪霊の教科書に中途半端に手を出すと恐ろしい報いを受けることになる。各々の本は所有者との間に密接且つ親密な関係が結ばれており、無断でこれを用いた者に手酷い仕打ちを与えるのである。言い伝えによれば、アグリッパは人を狂気に陥らせたり、美貌を損なわせたり、場合によっては死をもたらすという。若い魔法使いの弟子が師匠の技を会得しようと練習し、手足をもがれてしまったという話は、魔術師の弟子達の間で何世紀にもわたって語り継がれている。

 アグリッパの持ち主が死ぬと、その本は主を失ったことを察知する。膨大な巻数にのぼる本たちは、主の死によってその恐ろしい力を解放され、大暴れする。このような場合しばしば死んだ持ち主の家族や友人たちが不可解な病に冒されたり、不慮の事故にあって死ぬことがある(主の死を嘆き悲しんだアグリッパが持ち主の家を自力で倒壊させ、家の中にいる妻と子供達を生き埋めにしたという話もある。崩れ落ちた建物はあっという間に炎に包まれ、誰も脱出することはできなかった。煙がおさまると、焼け焦げた骨や建物の焼け跡の間から、傷一つないアグリッパが発見されたという。)

 アグリッパの怒りを鎮める唯一の方法は、悪魔祓いをすることである。―本を全巻焼き払い、その灰を神聖な土地にまくのだ。
アグリッパという名前だけは聞いたことがありますが、初めて詳しい話を知りました。へえ〜、実に面白そうな話です。もっと詳しい文献ないかなあ〜。悪魔学とかかな?ジャンル的には。

う〜ん、プラハの図書館か、バチカンの禁書目録の中にでもありそうな本ですね(笑顔)。しかも本の素材がヴァラムでは無くて、人の皮膚とか言うし・・・表紙の装丁とかも気になるなあ〜。1巻あたりの頁数が666頁とかね(オイオイ)。

さて、この項目の元ネタが気になるところですね?
タグ:魔術書
posted by alice−room at 21:21| 埼玉 ????| Comment(5) | TrackBack(0) | 【備忘録A】

「世界大百科事典」平凡社(1998年)〜メモ

一般的な記述として百科事典よりメモ。
【シャルトル大聖堂】
フランス北部シャルトルにある大聖堂。正称はノートル・ダム Notre-Dome。
建築、彫刻、ステンド・グラスなどのほとんどが12〜13世紀の面影をそのまま伝える貴重なゴシック建築で、彫刻家ロダンは<フランスのアクロポリス>と絶賛した。
 大聖堂の建つ場所には聖なる泉があり、キリスト教化される以前からガリア人の信仰を集めていた。クリプタ(地下祭室)には今なおその井戸が残る。
 876年カール禿頭王がシャルトル大聖堂に<聖母マリアの御衣>を寄進して以来、シャルトルは聖母マリア(ノートル・ダム)信仰の中心地となり、広く西欧全体に知られ、多くの巡礼を集めた。
 非対称の双塔が比類なき美を見せる西正面は、1134年の火災ののちに再建された12世紀の部分を残す。また、その晴朗な輝きから<シャルトルの青>との呼び名を生んだ西正面の三連窓のステンド・グラス、および西正面の三つの扉口側壁で稚拙な微笑を浮かべて並ぶ旧約聖書の王たちも12世紀初期ゴシック芸術の粋である。1194年の猛火がシャルトルの町を襲い、同大聖堂は民衆の情熱に支えられて再建され、わずか26年後の1220年にはほとんどが完成した。献堂式は1260年、聖王ルイ(9世)臨席のもとにおこなわれた。身廊はアーケード、トリフォリウム、高窓の3層構成で天井はリブ・ボールト(筋骨穹窿)に統一され、堂内は盛期ゴシック建築の到来を告げている。
 南北袖廊扉口を飾る彫刻群も盛期ゴシック時代(13世紀)の作で、北袖廊扉口にはキリスト生誕までの旧約聖書の世界、南袖廊扉口には新約聖書の世界が表現される。ステンド・グラスは12世紀のものを除き、三つの薔薇窓をはじめ大部分が1210−1240年の短い期間に完成されたため、均一な質を見せている。
 身廊の床には、直径12mの迷宮(ラビリントス)が彫られているが、これは一説には聖地エルサレムに至る苦難の道を表すと言われる。
【シャルトル学派】
シャルトルに形成された中世哲学の学統。シャルトルはパリの南西部にあり、6世紀に修道院がおかれ、司教フルベルトゥスFulbertus(960頃ー1028年)のときに付属学校が開かれて自由学芸の活発な展開を見、12世紀には当時のプラトン研究の中心をなすまでになった。
 シャルトルのベルナールはプラトンの<ティマイオス>に従って自然有機体説を唱え、ベルナルドゥス・シルウェストリスはこれに生命を与える<宇宙霊魂>を神的なものに高めて汎神論的傾向を帯びるに到った。
 このプラトン主義のゆえにイデアの実在が説かれ、ギルベルトゥス・ポレタヌスとソールズベリーのヨハネスはこれを主張したが、同時にアリストテレス主義に従って個体概念の成立にも関心を示した。
 ヨハネスはこの学派の中心人物で古典に基づく人文主義を掲げ、修辞学を盛んにしたほか、叙任権闘争においては自然法を実定法に優先させる考えを示して、これに反する君主を抹殺すべきことを説いた。
「十二世紀ルネサンス」伊東 俊太郎 講談社
こちらの方が説明分かり易いね。でも、個人的に関心があるのは、この学派の合理主義的思考方法がゴシック建築へどのように影響を与えたのか?・・・この一点に尽きる!
【シャルトル Chartres】
 ローマ時代にはケルト人カツテヌス族Carnutesの中心集落がここにあった。シャルトルという名称はこの部族名に由来。当時から交通の要地でパリとブルターニュ地方を結ぶ街道とオルレアンからルーアンにいたる街道の交点に位置した。
 シャルトルの名を世界的なものにしているのは、宗教の分野における歴史的重要性である。すなわち、同地の泉は古くより聖所としてガリア人の崇拝を集め、キリスト教化された後も同地はマリア信仰の中心地として多くの巡礼者が訪れた。シャルトル大聖堂はフランス有数のゴシック建築として知られ、現在は数多くの観光客を引きつけている。1146年には第2次十字軍を準備するための公会議が同地で開かれ、また1594年にはアンリ4世の戴冠式がシャルトルの司教の手で行われた。
カエサル著「ガリア戦記」の記述が大変有名。
【ベルナール(クレルボーの・・・)】Bernard 1090-1153年
 フランスのキリスト教思想家、聖人。その人柄の魅力、文体の美しさゆえに<甘蜜博士Doctor mellifleus>と称される。
 ディジョ