2008年03月18日

「デューラー版画展図録」西武美術館 1980年

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(聖カタリーナの殉教 木版)

かつて、お金がいっぱいあって日本が12000円割れなんて、嘘のような株価が想像できなかった頃に存在した西武美術館による版画展の図録です。

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(ヨハネの黙示録 福音記者ヨハネの殉教 木版)

実際の展示は、見ていないのですが、先日どこぞの古書市で発見して購入したものです。

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(ヨハネの黙示録 神の御座の前のヨハネと24人の長老 木版)

いやあ〜、これだけ充実したデューラーの版画というのは、なかなか見ることができないんじゃないかと思うくらいの圧倒的な量です。確認してみると、この図録に載ってる図版の数だけで200点あるようです。

す、凄い!!

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(ヨハネの黙示録 第六の封印切り 木版)

少しだけ、ここで紹介していますが、木版画に銅版画、エングレービング等々。それぞれに違った味わいがあって、実に楽しくありませんか?

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(ヨハネの黙示録 太陽の女と七頭の龍 木版)

しかもしかも、そこに示されている象徴としての図像が殊更に関心を惹かずにはいられません。こういうのって、スキ♪

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(大受難 十字架のキリスト 木版)

膨大な図版を見ているだけでも十分に楽しいのですが、本書の冒頭に書かれている解説がまさに目から鱗でした!

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(マリアの生涯 受胎告知 木版)

デューラーは、単なる技術の巧みな職人としてではなく、当時有数の教養人・文化人の第一人者としても看做されていたなんて、知りませんでした〜。

デューラーはレオナル・ダ・ヴィンチと同様、人体をより美しく表現する為に「比例論」を生涯に渡って研究し続けたそうです。それこそダ・ヴィンチ・コードではないが、ウィルトルウィルスなどの研究も行っていたんだそうです。

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(マグダラのマリアの法悦 木版)

そして彼のドイツ芸術における影響力としては、実際の作品よりも彼の美術的理論の方がはるかに、その後のドイツ芸術の水準を高めるのに役立ったというのは、驚き以外の何物でもないです。

私は、全然そんなこと知りませんでした。へえ〜。

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(三王礼拝 木版)

従来と異なり、デューラー作品を見る視点が変わりました。ホント。

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(書斎の聖ヒエロニムス エングレーヴィング)


大変勉強にもなったし、何よりも見ていて楽しい図録でした。是非、この展示を再度やって欲しいなあ〜。切に思いました。

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(皇帝マクシミリアンの凱旋門)

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「ルターの首引き猫」森田安一 山川出版社
町田市国際版画美術館 企画展「カラフル・ワールド! 版画と色彩展」
「ヴィッテンベルクの小夜啼鳥」藤代幸一 八坂書房
国立西洋美術館、平成14-18年度新収蔵版画作品展
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2008年02月09日

「庭園の世界史」ジャック・ブノア=メシャン 講談社

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私も何気に『庭』が好きで、京都の寺社仏閣巡りの楽しみの一つに庭園巡りが必須の要素となっていたりする。勿論、海外での名所旧跡巡りでも庭園は欠かせない要素だと思っている。

そんな訳で大いに興味を持って、本書を読んだ。著者は心底、庭好きらしく世界中の庭を題材に自らの経験と読書で得た知識を元に自らの思う事を述べている。

その視点は、単純な『庭園』だけに止まらず、それを生み出した民族・文化・思想・時代など、非常に多くの要素を加味した総合的な観点であり、読んでいてなかなか興味深く、面白い。

実際、著者は可能な限り自分で現地に足を運んで見たうえで書いているので、その点でも文章に熱がこもっているのを感じる。

庭好きなら、読んでいて十分に楽しめるし、それを生み出した人々・地域・文化・時代などに対しての関心も深まると思う。その一方で、著者の見解は、必ずしも同意できるものばかりではない。

解説でも訳者が書かれているが、それとは別な点から見ても、日本の庭に関する文章は、かなり疑わしい記述が散見する。率直に言って、種々の制約があったのだろうが、誤解と無知に基づくと思われる。もっとも別な見方をすれば、逆によくぞあそこまで調べてという評価もできることを付言しておく。

また、グラナダのアルハンブラ宮殿に著者はとりわけ関心を持っていたと思われる。私自身も、海外で見た『庭』の中では間違いなく第一に推すし、丸々二日間、アルハンブラ宮殿に入り浸っていたので自分自身の思いとしても並々ならぬものがあるのですが、そういった気持ちからすると、著者の文章では全然物足りない! というか、どんなに書いても書き足りないし、アーヴィングの「アルハンブラ物語」を超える文章を今まで他の本でも見た覚えがない。

まあ、それは仕方ないといえば仕方ないのだが、著者はアルハンブラ宮殿は個々の閉ざされた空間が個々に魅力的な点を強調し過ぎていないだろうか? 私は、あえてあの壁の脇などの裏道っぽいところなどに入り込み、下からあの赤い壁(アルカサル)などを見上げたりしてみたが、そこで見た姿も含めてあの空間全体、アルハンブラ宮殿およびヘネラーリフェ庭園を一体化したあの『場』そのものが余すところ無く、魅力的であると私だったら強く言いたい!!

そういえば、先月アルハンブラ宮殿に関する本を入手してまだ読んでいなかったことを思い出しました。改めて、是非読まねばと意を強くしました。
【目次】
1グラナダを訪れてふたたび庭への情熱をかき立てられる
2原始の庭・魔法の庭
3中国の庭
4日本の庭
5ペルシアの庭
6アラブの庭
7トスカーナの庭
8地獄の庭ボマルツォ
9フランスの庭
10ふたたびの庭
庭園の世界史―地上の楽園の三千年(amazonリンク)

ブログ内関連記事
アルハンブラ宮殿の思い出(2002年8月)
NHK世界遺産 光と影の王宮伝説 〜スペイン・アルハンブラ宮殿〜
「アルハンブラ」佐伯泰英 徳間書店
「三大陸周遊記」イブン・バットゥータ 角川書店
「サファイアの書」ジルベール シヌエ 日本放送出版協会
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2008年02月03日

週間朝日百科 世界の美術 ゴシック美術

昭和53年に毎週一冊で全14巻140分冊予定で販売されたもの一つです。

まずは、非常に大きな紙面にたくさんの写真が載っていて視覚的にかなりのインパクトがあります。内容ですが、紙数の制約を考慮すれば、ちょっとした美術全集並みの水準になっています。

そもそも執筆者が私も何冊もその著作を読んでいる御馴染みの方々ばかりなんですけどね。馬杉氏、柳氏、前川氏等々、その筋の専門家が書かれています。

従って、限られた文字数でそれなりの解説が書かれているのですが・・・私は執筆者達の本を何冊も読んでいるので、その解説が何を指して言っているのか理解できましたが、全く予備知識の無い方が、この解説を読んで分かるのかというとはななだ疑問です。

文章自体は、平易で誰でも読めるのですが、そこに表現されている内容はとてもじゃないが、一言で説明できるようなものではなく、まともに理解しようとしたら、それだけで数十頁が必要だと思うのですが・・・。

単純に美術や建築が好きな人が予備知識無しにこの解説を読んでも、字面を追うだけで執筆者が本当に意図している事を掴むのは、無理だと思います。それぐらい、深い説明とも言えるのですが、一方で私的には物足りないなあ〜というのが率直な感じです。

写真も悪くはないのですが、改めてみると、いろいろと不満が・・・。まあ、無いものねだりばかりしても仕方ないですね。私的には、ある程度知っている人が確認として読むのに良い本(雑誌)かと思います。

まあ、写真がそこそこ入っているので、それを眺めるだけでも楽しいかもしれません。但し、ステンドグラスの写真は、やっぱり駄目です。あまり綺麗とは言い難いし、そもそものデザインが判別できないものもある。それだけ写真デステンドグラスを撮るのって難しいんですけど・・・。

ブログ内関連記事
「ゴシックの図像学」(上)エミール マール 国書刊行会
「ゴシックの図像学」(下)エミール マール 国書刊行会
「ゴシックの芸術」ハンス ヤンツェン 中央公論美術出版
「ゴシック建築とスコラ学」アーウィン パノフスキー 筑摩書房
「ゴシックということ」前川 道郎 学芸出版社
「ゴシックとは何か」酒井健 著 講談社現代新書 
「SD4」1965年4月 特集フランスのゴシック芸術 鹿島研究所出版会 
「大系世界の美術12 ゴシック美術」学研 
「図説世界建築史(8)ゴシック建築」ルイ・グロデッキ 本の友社 
「図説 大聖堂物語」佐藤 達生、木俣 元一 河出書房新社 
「大聖堂のコスモロジー」馬杉宗夫 講談社 
「ステンドグラスの絵解き」志田政人 日貿出版社 
「フランス ゴシックを仰ぐ旅」都築響一、木俣元一著 新潮社 
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2008年02月01日

「ロマネスク彫刻の形態学」柳宗玄 八坂書房

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序文より本書の扱う内容について。タイトルは様式を超えた総合的な形態を扱う意図による。
美術作品に認められるそれ固有の表現方法を様式と名付けて様式の研究を美術史の中心問題とすること
・・・
中世芸術について言えば、とくに重要な要因は時代の宗教感情である。
・・・
中世美術の研究は、単なる様式論であってはならない。
・・・
作品の形態をそれそのものとして、様式から精神さらに素材にいたるあらゆる問題を含む総合的な生命の表現として、扱うべきであろう。その意味での形態学である。
エミール・マールの本の訳者であり、中世美術で知らない者がいないであろう、柳氏の本で雑誌「みづゑ」に連載されたもの(1964年)をまとめたものである。本書の出版は40年後の2006年だけど・・・。通常のロマネスク美術の本では、およそ見かけないような珍しいロマネスク彫刻の作品がたくさん&大きな写真で紹介されています。

写真も著者自身が撮影したものが大部分なようで、個別に見ると、大変レアで面白いです。解説も個人的には当たり外れがあるものの、時々大変そそられる内容であったりします。

他方、ロマネスク自体が地域差や差異性の著しいもので、一概に評して言えるものではないと共に、ゴシック美術に見られるような、明確で怜悧な論理による説明もなかなか難しいものがあるようです。それでも読むに値する本だと思います。

本書で初めて知る図像の意図が、必ずあると思います。中世図像学に興味のある方は、目を通しておくべきでしょう。

以下、抜き書きメモ。
ロマネスク聖母子像においては、母と子は会話をしない。二人はむしろ神的栄光に輝く一なるものとして信徒に対する。会話は聖母子とこれを見る者との間に行われる。
ルネサンス期の母子が互いに見つめ合うものとは、明らかに異なっている点を指摘されてます。
キリスト教建築の内部空間はすべて明瞭に一つの核心を持っている。つまり祭壇がこれである。・・・祭壇の位置は十字架形をなす平面プランを考えると、磔刑のキリストの頭部に当たる。かくてこの祭壇上に聖母子像が置かれる時、その像は全建築空間を支配する事になる。
こういう視点を意識してみるのとみないのとでは、全く物の見方が異なってくるでしょう。
中世の教会は百科全書的であって宗教的知識はもちろん、時間、空間に関する様々な知識がそこで得られたのである。神は、宇宙、あらゆる土地、そこに住む生物を創造したが、教会はこの全宇宙であったのだ。動物学は同時に地理学であり、動物図層は広大なる世界の空間性を表現するものであったのであろう。
 怪獣はしたがって遠き異国を示すものであった。異国とはまだキリストの福音の光が及んでいない土地である。しかしその土地は単に物質的な意味での遠国に止まらない。異国は、また人々の心の中にもある。
これって、私的には「おおっ、そうだったんだ! だから、怪しげな怪獣みたいなのが、聖なる空間にいてもいいんだね。」って初めてその存在の正当性に納得した次第です。個人的にはずっと&ずっと、いいのかなあ〜。こういうの存在してて・・・と疑問に思っておりました。
およそロマネスク時代の人々ほど植物にとり憑かれた人間はいなかったであろう。ゴシックの大聖堂の彫刻家が、柱頭彫刻その他において植物への深い愛情を示した事はよく知られている。しかし彼等は自然主義的様式によって(つまり対象の自然の形を忠実に写そうとして)植物を表したため、その植物の種類も自然界のそれを超えることはなかった。
 これに対して、ロマネスク彫刻家は自然の対象に縛られる事はない。
・・・
作者は自然界の植物の形を真似ようなどとはいささかも考えなかったのだ。そしてさらに空想力に任せて勝手に植物を生み出したのである。
ご存知、シャルトル学派などは、まさに自然主義的視点に立っていましたが、ロマネスク彫刻との違いがこの点にあるという指摘も改めて、ふむふむと頷いてしまいました。
彫像としてのキリスト像は単独像と聖堂入口の高浮彫に大別される。図像学的に言えば、前者はほとんど磔刑像に限られるに対し、後者は受難関係の図像よりはむしろ全能者、絶対者としての図像が選ばれている。
・・・
キリストの神性と人性とは、全能者と贖罪者という二つの概念を導き出す。
・・・
教会建築そのものが全能者と贖罪者という両概念を視覚化したものと考えられる。贖罪者キリストという概念は、聖堂内部の祭壇においてさらに具体化される。
・・・
これに対して聖堂入口では、聖堂全体の意味、神の支配する宇宙としての意味が示されねばならない。
う〜ん、この点はいま一つ実感が湧かないです。この点を意識して、今度実物を見る機会があれば、改めて自分の感性で確認してみたいですね。頭での理解も大切ですが、現物を見て実感が伴わなければ、こういうのって心底納得なんてできないですし。
中世人にとっては、動物という概念は私たちのもつそれとは異なる。彼らが動物に関心を持ち、それを研究するとすれば、それは動物生物学ではなく動物表徴学ないし動物神学の立場からである。
・・・
中世人は動物の背後にひそむ真義を解明しようとする。その意義ゆえにこそ動物は存在理由をもつと考えるのだ。
この辺りの論理は納得しやすいですね。
中世は芸術を教育と考えた。宗教の教義、世界創造以来の歴史、道徳や学問、あるいは自然の秩序から職業的知識に至るまで、人間にとって必要な秩序すべてが図像化され、それが、教会に彫刻や絵ガラスとして表現された。教会美術は視覚化された庶民の聖書であると同時に百科全書であった。これは当時の神学者たちの著書が単に神学だけでなく、あらゆる学を包括していたのと一致する。暦は民衆にとってまことに必要な知識であった。次にその暦が何故に労働によって表現されたか。労働は中世の神学者にとっては、原罪を贖うための業であった。それは奴隷の行為ではなく、人間を罪の重荷から解放する聖なる行為であり、かくてこそ、中世の教会では、王侯貴族が貧しい席しか与えられないのに、ほとんどありとあらゆる職業の民衆が、表現されているのだ。
(by エミール・マール)
時祷書に描かれる『暦』もこの視点で捉えると、また違った見方ができそうです。
本来、ロマネスク聖堂入口は、その内部空間の縮図としての意味を持ち、やはり小宇宙を象徴するものと解してよかろう。半円型のいわゆるティンパヌムはそのまま宇宙の象徴であり、したがって神ないし、キリストの座である。このティンパヌムを囲むアーチおよびまぐさ石は先ず天使と使途が占める。アーチは建築構造上、原則として数層に重なるが、天使の外側は聖人、さらにその外は地上の生活に直接関係した像―善と悪、暦となる。
・・・
建築各部が比例的に縦に伸びたせいか、聖堂入口における宇宙の秩序はティンパヌムを中心とする放射形をとらず、むしろティンパヌムを頂点とする上下の形式をとるようになっている。
ここまで進んでくると、ゴシックまで一直線という感じもしてきます。個人的には、ロマネスク建築は良い意味でのカオス(混沌)だと思っていましたが、ここで挙げられている論理性は、私的にはゴシックのものだと感じるんですけど・・・。まあ、あくまでも私個人のイメージですけどね。
聖堂正面入口の高窓を円型にし、それを車輪状あるいは華文状に表現したのは、明らかに太陽を象ったものである。さらにそれらの「ばら窓」の構成を詳細に見ると、中心から放射状に出ている光が、それぞれ柱によって支えられる柱頭までを具えたアーチをなしている場合が多いのに気がつく。これはスツィゴウスキーのいう古代イランのアーチ信仰と関係しているものと見てよいだろう。窓は教会内部に光を入れる場所であり、内部空間にとっては光の源である。窓は時には太陽に象られるが、時には「聖なるアーチ」として象られるのも、そのような意味で理解される。
バラ窓の捉え方なんだけど、「初めに光あり」だしなあ〜。ステンドグラスによる光とバラ窓による光の違いって、なんだろう? 同種のものでいいのかな? ちょっと気になってきた・・・。
門を飾る首:
 アイルランド南部のロマネスク教会クロンフェルト大聖堂入口の破風である。これは12世紀の建物だが、もともと聖ブレンダン修道院に属し、その起源は古く、八世紀に遡り、爾来幾度か火災や破壊の難にあった。その間、幾たびも建て直された建築は多かれ少なかれ、古い伝統を残したと考えられるが、その入口の破風は、その異様な彫刻装飾によって異教あるいは原始社会の神殿を見るの印象を与える。
ここで実際に写真が挙げられていて、見るとギョっとする! 破風の部分に首(の彫刻)が多数飾ってあったりするのだから。

古代ケルトの首に特別な力が宿る、という信仰などが説明され、その伝統を引き継ぐものではと解説されているが、実に&実に面白い!! 聖ブレンダン系統という由来と合わせて二重に関心をひいた。その辺の話も是非もっと知りたいなあ〜。なんかいい資料ないものか???

本書内で挙がっていた本:
サン・ヴィクトールのフゴーの著「教会の神秘の鏡」
ジャン・ジャベル「大聖堂の建築者たち」(1961)
原著の文献一覧がないので、タイトルが分からない。残念だ。
【目次】
1 聖母
2 空想の怪獣
3 天年と悪魔
4 植物
5 キリスト
6 鳥獣
7 庶民の生活
8 抽象の形
9 謎の顔
10 人像円柱
11 柱頭の福音書
ロマネスク彫刻の形態学 (柳宗玄著作選)(amazonリンク)

ブログ内関連記事
「ロマネスクの美術」馬杉 宗夫 八坂書房
「ロマネスクの図像学」(上)エミール マール 国書刊行会
「図説 ロマネスクの教会堂」河出書房新社
「ロマネスクの園」高坂知英 リブロポート
「ロマネスクのステンドグラス」ルイ グロデッキ、黒江 光彦 岩波書店
とんぼの本フランス ロマネスクを巡る旅」中村好文、木俣元一 新潮社
「世界の文化史蹟 第12巻 ロマネスク・ゴシックの聖堂」柳宗玄 講談社
「スペインの光と影」馬杉 宗夫 日本経済新聞社
「フランス中世美術の旅」黒江 光彦 新潮社
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2008年01月22日

「物語 大英博物館」出口 保夫 中央公論新社

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この本は日経か朝日新聞の書評で知った本です。是非、読んでみようと思っていました。結論は、読んで正解! 大変面白いです。

以前、ヨーロッパに行ったことのない頃、ロンドンに行ったら何はなくとも大英博物館に行ってみたいと心の底から思っていた過去の自分を思い出しました。いろいろと訳有って、実は未だに行ったことがないままなのですが、図書部が独立&統合した大英図書館こそが一番行きたいところかもしれません。

まあ、それはさておき、大英博物館って民間人の収集品がスタートだったとは本書を読むまで全く知りませんでした。ルーブル美術館のように当然王室コレクションが元だと信じて疑ってなかったのでそれだけでも驚きです。

更に、マホガニーの書棚に以前は、本が傷まないように革まで張られていたとは、いにしえの栄光ある『大英帝国』を彷彿とさせる凄さです。円形のリーディング・ルーム、是非&是非、見てみたいものです。

本書ではタイトル通り、大英博物館がどのようにして始まり、発展して現在に至るのかを250年にも渡る歴史を通して紹介しています。王室の保護以上に、いかに民間人が多大なる情熱を注いで収集し、寄付していったか、その情熱や想いが大変素敵ですし、面白いです。

やっぱり思うのですが、この世にある非凡なものには、それを生み出し&支えた非凡なる情熱が必ずあるものなんだなあ〜って思います。

それと同時に、それを利用する人々の描写がまたたまらなく私を惹き付けます。有名な南方熊楠のリーディング・ルームでの喧嘩のエピソードなども興味深いですが、ここを利用する市井の人々の何気ない生き方に、なんか心をぎゅっと掴まれた感じがします。
1960年代のはじめの頃、毎日わたしの机の近くに座り、机上に積み上げた何冊もの書物に目を通しながら、熱心に何やらメモを取っている老婦人がいた。彼女のいでたちがあまりにも異様なので、その存在がすこぶる印象的だった。まるで浮浪者のような風体で、肩からズダ袋を下げてやって来る。

 その外見からすれば、老女が幸せな家庭の人ととはとても思えない。彼女の年齢でリーディング・ルームに毎日通えるということからすれば、生活の困窮者とはいえまい。だがその異形の外見からすれば彼女はとても学問的探求の人とみなすことはできないだろう。

 あるとき私は、彼女が席を外している際に、机上の書籍の小山を目撃して驚いた。それこに山積みにされていた本は、すべてエジプトの象形文字ばかりだったのである。だいたい象形文字ばかりで書かれた書籍自体が驚きだったのに、あろうことか浮浪者まがいの老女が、そんなヒエログリフの本を探査していたのである。

 この種の人は大英博物館のリーディング・ルームでは決して珍しい事例ではなかった。
その紳士は背が高く、物腰は柔らかで人品も卑しくない。いつもきまってノース・ライブラリーへ行く通路側の机のうえに、本を積み上げている。
 
(中略)それは1920年代のことで、その後数年を経てふたたび大英博物館に通いだすと、相変わらずその人は朝早くから夜の閉館まで、毎日読書室のおなじ机のまえに座っている。
 たぶんこの人は、いずれ大著をものにするに違いないと思っているうちに、30年代も終り、あの忌まわしい戦争に突入した。大英博物館もひどい戦禍を蒙った。

 あの悪夢のような大戦が終わって、ふたたび大英博物館に通いだすと、例の紳士の姿があったが、その髪は白髪となり、容姿はすっかり老け込んで見えるが、昔日の威厳は失われていない。相変わらず、毎朝早くから、リーディング・ルームの同じ机に陣取り、夜遅くまで読書とノート取りをつづけている。いつの間にか30年が過ぎ去ったが、彼の新しい著作が加えられる事はなかった。この間、くだんの紳士は生業についたとは思われないが、さほど金持ちとも思えない。彼はこの30年間のほとんどすべて、大英博物館の一室で時間を費やしたのである。

いやあ〜、私の晩年の姿もそんなふうでありたいと心から思いました。飽きず、弛まず、淡々と通い詰めて読書を続ける。メモを取りながら、一心不乱に読書している姿はまさに『至福』の時かもしれません。

何の役にも立たないまま、一人自分の為だけに勉強を続ける。およそ生産的とは言えないかもしれませんが、そういう生き方や勉強の仕方があってもいいように思います。

私もこのブログで効率的な読書法などの本を読んでコメントしてたりしてますが、『効率的』などという観点を意識している自体、薄っぺらな読書法だなあ〜と思う気持ちをアンビバレンツなまま抱えている矛盾した自分を改めて感じました。

働かないと食べていかれない庶民としては、最低限の妥協は必要なのかもしれませんが、自分の一番したいこととの本末転倒だけは避けるように気をつけたいと強く思いました。

いろんな意味で凄く面白かったです。少しでも大英博物館という名称に惹かれるもののある方、読んでいて間違いはないと思います。ミーハーに人に説明するだけでも価値があるかも?(笑)
【目次】
序章 新しく甦った大英博物館
第1章 創立とハンス・スローン
第2章 草創期とウィリアム・ハミルトン
第3章 ロマン派時代とギリシア彫刻群
第4章 ヴィクトリア時代の光と影
第5章 中興の祖オーガスタス・フランクス
第6章 大英博物館を訪れた人びと
第7章 困難な時代―ふたつの大戦をはさんで
終章 大英博物館のさまざまな至宝
物語 大英博物館―二五〇年の軌跡(amazonリンク)
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2008年01月14日

「中世末期の図像学〈下〉」エミール マール 国書刊行会

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「中世末期の図像学(上)」からの続きです。

やっぱりこの本も読むと、目から鱗が落ちてきます。実に興味深い!

初版が1907年でとても百年前の著作とは思えません。私が物を知らないだけかもしれませんが、私にとってエミール・マールの著作以上に美術関係で学ぶ所の大きかった本はありません。このシリーズは間違いなく名著です!! 日本語で読めて本当に良かった。訳者陣に感謝&感謝です。でも、いつか原書で読むぞ〜。

以下、いつものように本書より抜き書きメモ。
キリスト教的芸術というものが存在して以来、芸術家たちが表現してきた人生の観念は結局同じであった。人生は戦いであり、人間は絶えず自分自身と戦わねばならないということである。世代が代わっても、同じ事が繰り返される。個人の進歩はあるが、全体的進歩と言うのはない。それゆえ、古い教会の壁の悪徳と美徳の像の語る言葉はいつまでも力を失わない。父親が学んだ事を今度は息子が学ぶ。それぞれが神の助けを得て自らに打ち勝たねばならないことを学ぶのだ。
十四世紀末ごろにには新しい世界に入ったことが感じられる。芸術家達はそれまでとは違って、それほど高尚ではなく晴朗でもないが、感じやすい魂を持つようになる。イエス・キリストの教えよりも、その苦しみの方がより深く彼らの心を打つ。芸術はじめて苦痛を表現するようになる。芸術が死を表現しようとするのもそれとほとんど同じ時期である。新しい中世がシャルル五世の治世の終わりごろに始まったということができるであろう。

 この根本的な変化は、十三世紀と十四世紀の托鉢修道会の歴史が書かれることによってはじめて完全に理解されるであろう。フランシスコ会士とドミニコ会士は感性に訴えることによって、キリスト教徒の気質を変えるに至った。ヨーロッパ中でイエス・キリストの傷口に対して涙を流せたのは彼らであった。死について語ることによって大衆に恐怖を抱かせ始めたのも彼らであった。

 これから検討する「死の舞踏」を最初に思いついたのもフランシスコ会やドミニコ会の説教師たちであったと、わたしは確信している。(P86)
「死の舞踏」に関する本は、以前も読んだことがあるのですが、本書と比べると雲泥の差があります。一流の学者の著作は、やはり違いますねぇ〜。
十三世紀と十四世紀にあれほど有名で、繰り返し書き写された『三人の死者と三人の生者の物語』が
・・・
この説話が実際に芸術に表現されるようになるのは・・・十四世紀末のことである。
・・・
わたしは1400年ごろに作成されたベリー公の時祷書の一冊の中にこの説話を発見した。この主題は公のお気に入りであったに違いない。なぜなら、1408年、公はレ・ジノサン教会の扉口にこの主題を彫刻させ、そこに自分の墓碑が置かれる事を望んだからである。それ以降、この説話は芸術家たちの創作意欲を刺激して止まなかった。(P88)
本書を読む前と後では、ベリー公の時祷書の捉え方が全く変わっている自分に気がつきます。綺麗であるだけでは、対象物を満足に理解しているわけではないんだなあ〜と心の底から思いました。
中世には、みずからの血で羊皮紙に呪文を書いたうえで自分を鏡に映してみると、自分の死後の姿を見ることができると信じられていた。(P99)
これって、もっと詳しく知りたいな♪ 意識して資料を探したいかも。
1470年頃に書かれた『リンゴの噛み痕』と題された詩である。奇妙なことに、この遅い時期の作品は「死の舞踏」の原作にまでわれわれを立ち返らせる。その冒頭の部分はまるで説教のようであるが、そうした構想は十四世紀に、役者たちが演ずるよりも前に、フランシスコ会やドミニコ会の説教師が発展させたものであった。

 この詩人は、われわれの始祖が罪を犯したその瞬間に、地上の楽園に死神が生まれたと説いている。天使は地上の楽園からアダムとエバを追放する一方で、三本の長い矢と神の印璽をつり下げた一枚の小勅書を死神に引き渡した。この小勅書では、神は君主のように語り、彼が死神に全権を委ねることを皆に知らせている。それゆえ、死神はこの文書に定められている自分の仕事を平然と開始しているのである。

 カインが自分の弟を殺したとき、死神がその傍らにいるが、アベルを打ち倒しているのはこの死神である。そして死神は一方の手に小勅書を、もう一方の手に矢を持って、世界を横切って去ってゆく。彼にはいくらでも仕事があったのである。(P117)
『死神』という存在の定義を初めて知りました。勅書で権限が与えられているとは・・・、いやはや面白いです(笑顔)。
中世末期の地獄の表現:
「聖パウロの幻視」が図像の着想源になった。
死者の国への旅の話は、いずれもアイルランドからわれわれに伝えられてきたものである。
―聖ブランダンの旅、オーウェンの旅、チュンダルの旅
まさかこんなところで聖ブランダン(ブレンダン)が出てくるとは思いもしませんでした。ユダの記述のところで、アレレ?と思ったらやっぱりブランダンだったとは。いろんな知識が、複雑に絡まっているのがとっても楽しい♪
実際、中世の芸術の原則は、ルネサンスのそれとは反対であることを認めなくてはならない。終わろうとしていた中世は、苦しみや諦めや神の意思の全き受容といった、霊魂のあらゆる惨めな側面を描き切ってしまっていた。

 聖人や聖母、そしてキリスト自身でさえ、しばしば十五世紀の貧しい人々のようなひ弱な姿で描かれ、霊魂からの輝きしか持っていなかった。この芸術はこのうえなく謙遜な芸術であり、真のキリスト教精神がそこにはあった。

 ルネサンスはこれとは完全に異なっている。その隠された原則とは慢心である。人間はもはや自身以外のものを必要とせず、みすからを神にしようとする。この芸術の最高の表現は衣服をまとわない人間の肉体の表現である。(P256)
ルネサンスに対して以前は全面肯定的な捉え方をしていた私ですが、既に何度か書いてますが、中世を知れば知るほど、ルネサンスとは距離を置いた見方をしている自分がいます。
中世の伝統を滅ぼしたのはルネサンスではなく、宗教改革であった。
宗教改革はカトリック教会にその思想のあらゆる面を監視することを余儀なくさせ、厳しく自己規制を行わせ、あの詩情と幻想の伝統に終止符を打たせたのである。(P258)
かくしてキリスト教美術のあれほどまでに豊かな『美』は過去のものになっていってのかと思うと、実に切ないです。憤りさえ、覚えてしまうのですが、それでもラファエロのマドンナを見た時の感動もまた、真実なので困るのですよ・・・私は。
【目次】(上巻)
序言

第一部 説話的芸術
第1章 フランスの図像とイタリア芸術
第2章 芸術と宗教劇
第3章 宗教芸術は新しい感情―悲壮感―を表現する
第4章 宗教芸術は新しい感情―人間的優しさ―を表現する
第5章 宗教芸術において聖人たちは新たな姿で登場する
第6章 古い象徴主義と新しい象徴主義
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(下巻)・・・本書の内容
第二部 教訓的芸術
第7章 芸術と人間の運命―人生、悪徳と美徳
第8章 芸術と人間の運命―死
第9章 芸術と人間の運命―墓
第10章 芸術と人間の運命―世の終わり/最後の審判/刑罰と褒章
第11章 中世の芸術はいかにして終焉を迎えたか
そうそうデューラーによる黙示録の図像が「ヴィッテンベルク聖書」を通して、広く受容され、お手本化していったそうだが、先日読んだ本にもこの図版がたくさんあったなあ〜。

ベリー公の時祷書にしろ、『キャサリン・ド・クレーブスの時祷書』にしろ、バラバラになっていた知識が本書を通して有機的に関連付けられていくのはなんとも言えず楽しい限りです。木版画や活版印刷術など、全ては結び付くんですね。本当に勉強になります。

中世末期の図像学〈下〉 (中世の図像体系)(amazonリンク)

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「ヴィッテンベルクの小夜啼鳥」藤代幸一 八坂書房 
「聖ブランダン航海譚」藤代幸一 法政大学出版局
「屍体狩り」小池 寿子 白水社
「ヨーロッパの死者の書」竹下 節子 筑摩書房
「Les Tres Riches Heures Du Duc De Berry」Jean Dufournet
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2008年01月04日

「The Golden Age of Dutch Manuscript Painting」James Marrow  George Braziller社刊

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去年、神田の古書市で購入したもの。たま〜に眺めていたりするのですが、地の文は実は少ししか読んでいない。

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以前購入した「Hours of Catherine of Cleves」のように一頁毎に図像の説明がされていたのとは異なり、本書はたくさんの装飾写本を紹介しているものの、個別にその図案の解説をしているのものではなく、写本自体の概要ぐらいになっています。

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それもそのはずで、NYのモーガン・ライブラリーで開催された15世紀オランダの装飾写本の企画展の為に、世界中から集められた一級の美術作品を紹介しているのが本書だったりします。

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逆に言うと、本書の一番のウリは大変綺麗なカラー図版となります。前回、少し紹介したのでそれらとできるだけ重複しない範囲で選んだものをいくつか載せておきますね。

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実際に見てもらえると分かりますが、実に綺麗です。これで個々の図版にエミール・マール氏の解説でもあったら最高なんですけど・・・(それだったら定価の倍でも価値ありそう!)

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とにかく実に美しいです。見てるだけで十分に楽しいです。出版社はアメリカの会社ですが印刷は西ドイツとなっています。賢明だよねぇ〜。アメリカでなくて良かった!(オイオイ)

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そうそう、ついでに言うと本書から図版を借りて去年のクリスマスカードを作成していたりする(うっ、ネタばらしちゃったよ)。

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あと、本書の欠点というと、本書の写本の中でも中心になるのはやっぱり Hours of Catherine of Cleves。従って、そちらを既に持っている方には図版が重複しちゃうのが欠点ですね。まっ、しょうがないですけど。この点と解説の点がマイナスですが、写本好きなら買っておいて損は無いものでしょう。

今年もいろいろな写本絡みの本欲しいなあ〜。
遅ればせながら、本年のお年玉として目の保養になれば幸いです。

The Golden Age of Dutch Manuscript Painting(amazonリンク)

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2008年01月03日

「中世末期の図像学〈上〉」エミール マール 国書刊行会

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本書が扱うのは14世紀以降、1563年のトリエント公会議まで。
本書の中心課題は15世紀の新しい図像の研究。

中世末期芸術の示す二つの相
1)物語的芸術・・・キリスト教の歴史、聖人たちや殉教者の物語、聖母、とりわけイエス・キリストの物語 ← 13世紀の象徴主義から強い感情を伴う物語性へ
2)教育的芸術・・・芸術が人間に義務を教えている
中世の作品は美術館ではなく、その現場において見なければならない。美術館はたくさんの興味深い事実を教えてくれるが、心の躍動は与えてくれない。芸術作品はその地方の風景や森や水や、しだや牧草の匂いと結び付いていなければならないのである。

芸術作品は街道を通って遠くから訪ねてゆくべきものである。そして、それを見た帰り道では、何時間もその感動を心の中で暖めるのだ。するとそれは心の内部のすべての力を活動させはじめる。芸術作品がその秘密のいくつかをわれわれに打ち明けてくれるのはそれからなのである。(P12)
著者のこの揺るぎない信念がある限り、読者は強い共感と感動を免れ得ないだろう。
十四世紀の終りまでは、劇作家たちはイエス・キリストの生涯を上演する際、その着想を「福音書」―正典であれ外典であれ―と「黄金伝説」にしか求めなかった。しかし、彼らはついにあの驚くべき書物に頼ることを思いついた。それは、それまで知られていなかったわけではないが、成立からすでに百年以上たっていながらも何の影響も与える事のなかった偽ボナベントゥーラの「イエス・キリストの生涯についての瞑想」である。

それはまさに劇作家を魅了するものであった。事実、「瞑想」の著者は演劇的感覚をもっており、説教を身振りで行いクリスマスの物語を演じた聖フランチェスコのまがうことなき弟子であることを示している。その師のように、著者は登場人物を行動させ語らせずにはいなかった。彼はヨセフとマリア、イエスと弟子たち、イエスとその母の間で交わされる多くの会話を想像した。彼の本の中ではすべてが語り始める。神も天使も徳も魂も。

「瞑想」は絵画的であると同時に演劇的である。この二つの要素のおかげで、この本は聖史劇の作家たちを大いに魅惑したのである。彼らはそこに舞台と対話を同時に見出した。とりわけ、想像、詩情、情熱といったドラマを生き生きとさせるすべてのものを発見したのである。(P60)
あの黄金伝説でさえ、当時の民衆には足りなかった具体性がこの「瞑想」という本により埋められていったらしい。
洗礼者ヨハネの物語はイエス・キリストの公生涯と密接に結びつけられている。十五世紀の初頭から「ヘロデの饗宴」の場面に、それ以前の芸術家の知らなかった一つのエピソードが現れる。聖ヨハネの頭が食卓に運び込まれたとき、ヘロディアがその刀を彼の額に突き刺すのである。1413年以前にランブール兄弟が彩色したベリー公の「いとも豪華なる時祷書」は、私の知る限り、このエピソードの描かれた最も古い例である。それは十六世紀にアミアン大聖堂の内陣周壁を飾る浮彫の中にふたたび現れる。
・・・・
福音書の中にはこうしたことは一切書かれていないし、イタリアの芸術の中にもそれは全く見られない。
・・・・
最初にヘロディア刀の一突きが語られたのはどこにおいてであろう。それは聖史劇においてである。メルカデに帰せられる「アラスの受難劇」の中に、次のようなト書きがある。「ここで娘は、ヘロデの食卓にいる母親に洗礼者ヨハネの首をもってゆく。ヘロディアは小刀でその首を打つ。彼女は首の目の上に傷をつける。」(P86)
聖史劇のト書きに残っているとは、本当に驚きです。それを見つけた著者の熱意もさることながら、実に興味深いです。

さりげなく出てくるベリー公の時祷書も、本書の中ではずいぶんたくさん紹介されていて、そこに描かれた写本のデザインがランブルール兄弟のアイデアではなく、イタリア由来、さらにはビザンティン由来であることが説明されています。それを知っただけでも私には大いなる驚きでした。
十三世紀ほど芸術がキリスト教の真髄を的確に表現したことはなかった。シャルトル、パリ、ブールジュ、ランスの彫刻家たちは、いかなる神学者よりも明快に、福音書の奥義が、その究極の言葉が、愛であることを説いたのである。
十五世紀にはこの天上的輝きはとっくに消え去っていた。現存するこの時代の作品の大半は陰惨で悲劇的であり、芸術はもはや苦しみと死のイメージしか描き出そうとはしない。イエスはもはや教えを説くことなく、苦悩している。
・・・・
この時からキリスト教の奥義を宿す神秘の言葉は、もはや「愛する」ではなく「苦しむ」であるように思われる。それゆえ、われわれがこれから取り組もうとしている時代が特に好んだ主題は「キリストの受難」である。
・・・・
以前は知性に訴えかける教義であったイエス・キリストの死が、今や心に語りかける感動的なイメージとなったのである。(P124)
私が強烈な印象を受けたあのシャルトルは、そういう意味では紛れもなく知性と心の奥底に訴えかけるものであったと思いました。
「憐れみのキリスト(悲しみの人)」像の15世紀流行の理由:
教皇によって、大きな贖宥と結び付いていた為
神秘の葡萄絞り機:
葡萄絞り機の下に横たわったイエスが押しつぶされて桶の中にその血を流している。
「生命の泉」同様、キリストの血への信仰と関係している
→当初の「受難」の象徴的表現から、16世紀のプロテスタンティズム(=聖体の秘蹟を否定)に対するカトリシズムの教義確立の意図の下、「聖体の秘蹟」の表象となっていく。(P165)
この手の象徴主義的図案にすっごい惹かれてしまう私。うっ、読んでいてゾクゾクします。手元にある「カトリーヌ・ド・クレーブの時祷書」の挿絵などにも共通するものがあり、それを眺めつつ、本書を読みました。
神に近づくこと。これこそはまさに十三世紀末頃からキリスト教徒の心を奪い始めた欲求である。こうして人々は少しづつ神を自分たちのところまで引き降ろしていったのである。(P200)
【本文より要約】
人々は、聖人にとりなしを願い、聖人はそれを聖母に取り次ぐ、聖母はキリストにとりなし、キリストが神にとりなす。・・・・この繋がりが『聖人崇拝』ということらしい。
こ、この連鎖ってすごくないですか? 『とりなし』自体は知っているつもりでしたが、本書を読むまで聖人が直接神かイエスにとりなすのだと思っていました。
十五世紀と十六世紀のほとんど全ての象徴的作品が「貧者の聖書」あるいは「人間救済の鏡」から生まれたことについては、もはや議論の余地はないと思われる。(P330)
意味は分からずともそれらの2冊を傍らにおき、お手本としていたそうです。
古代の異教徒達のキリスト教世界における位置付け:
「真の神は異教徒から顔をそむけなかったばかりでなく、彼らに特別な啓示を与えさえした。キリスト教のすべての教義がかいまみられ、時には古代の賢者たちによってそれらが明瞭に語られたこともある。プラトンとアリストテレスは聖三位一体について語り、アプレイウスは善良な天使と邪悪な天使がいることを知っていた。そして、キケロは復活を予言した。神の息吹に満たされたシビュラと呼ばれる処女たちは、救世主の到来をギリシア、イタリア、小アジアに予告した。シビュラの書に学んだウェルギリウスは、世界の様相を変えようとする神秘な子供を詩に歌った。」
・・・by『権威ある異教徒によって証明されたキリスト教信仰』(P340)

ラファエロはすべての教会博士を集めた「聖体論議」と向かい合わせに、哲学者たちが一堂に会した「アテナイの学堂」を描いた。彼はこうしてヴァチカン宮殿のただ中にあって、古代思想は神聖であり、哲学者は神学者の正当な先祖であり、ギリシアの知恵とキリスト教信仰はつまるところ同一のものでしかないと断言していたのである。
これも結構ショックです。バチカンは2度行ったし、この絵もしっかり見たけど、全然そんなこと知らないでぼお〜っと見てた。エミール・マールの本を読むといつも思うのですが、私は目が開いていても何も見ていなかったことを痛感せずにはいられません! やぱり、原書で読みたいなあ〜エミール・マールの本は。う〜ん・・・素晴らしいです。
【目次】(上巻)
序言

第一部 説話的芸術
第1章 フランスの図像とイタリア芸術
第2章 芸術と宗教劇
第3章 宗教芸術は新しい感情―悲壮感―を表現する
第4章 宗教芸術は新しい感情―人間的優しさ―を表現する
第5章 宗教芸術において聖人たちは新たな姿で登場する
第6章 古い象徴主義と新しい象徴主義
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(以下、下巻)
第二部 教訓的芸術
第7章 芸術と人間の運命―人生、悪徳と美徳
第8章 芸術と人間の運命―死
第9章 芸術と人間の運命―墓
第10章 芸術と人間の運命―世の終わり/最後の審判/刑罰と褒章
第11章 中世の芸術はいかにして終焉を迎えたか
中世末期の図像学〈上〉 (中世の図像体系)(amazonリンク)

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2007年12月16日

「金刀比羅宮の美術」伊藤大輔 小学館

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NHKの新日曜美術館をみて、速攻で読破した本です。本自体は、知ってたのに一度も読まないでいました・・・(オイオイ)。これだよ〜。

NHKで紹介されていた前半から30分ぐらいまでの内容はほぼ本書でも説明されています。番組よりかなり詳しく、綺麗で大きな写真なんでこれは大いにお薦めです。

七賢の間に暴漢が侵入して、お顔のところに墨をぶちまけた話とか、若冲の「花丸図」は現在、金砂子の地の上に描かれているように見えるけど、書かれた当初は白紙の上に描かれていてずいぶんと印象が違ったであろう・・・という話など、実に魅力的で面白い話が書かれています。

あと素晴らしいなと思うのは、各『間』がどのようにつながっているか間取り図が書かれていること。絵師達がいかにその間取りを踏まえた空間芸術を意識していたのかを理解できるようになっています。

TVでは映像だったので、その空間感覚が非常に分かり易く、それが何よりも素晴らしかったかも? 是非、本書と合わせて番組見るといいかも。

内容からすると値段も手頃でしょう。手元に置いておきたい本ですね。この本いいと思います(笑顔)。著者は新日曜美術館の番組内で解説されていた方だし。さて、夜も再放送見ようっと!
【目次】
はじめに―金刀比羅宮の文化財について
 表書院・奥書院の平面図

表書院
 鶴の間、虎の間、七賢の間、山水の間、富士の間、表玄関

奥書院
 柳の間、菖蒲の間、春の間、上段の間

まだまだある金刀比羅宮の宝物
 高橋由一、金毘羅祭礼図

現在の参道
 金刀比羅宮の境内概要
金刀比羅宮の美術―思いもよらぬ空間芸術(amazonリンク)

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三の丸尚蔵館第40回 花鳥−愛でる心、彩る技 <若冲を中心に>
「伊藤若冲」新潮社
「澁澤龍彦ー幻想美術館ー」展、埼玉県立近代美術館
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2007年11月29日

「キリストの聖なる伴侶たち」エミール マール みすず書房

本書はエミール・マールの著書「Les saints compagnous du Christ」の全訳。

キリスト教の聖人たちを採り上げているが、ポイントは聖人の解説ではなく、キリスト教図像学の解説に他ならない。従って、本書のカテゴリは「宗教」ではなく、「美術・図像学」となるので要注意!

あの中世図像学の碩学エミール・マールの著者だから、当然と言えば当然なのですが、本書も学ぶべき事がぎっしり詰まった充実した内容となっています。

但し、あの偉大な定番「ゴシックの図像学」「ロマネスクの図像学」等々に比べると、さすがにパワーは落ちてますけどね。その代わり、著者がイタリアで教鞭をとるようになった以降のものですので、フランスばかりではなく、イタリアに関する図像が非常に多く採り上げられています。その点が従来と異なる点です。

私もまだ全部読み終えてません。やっと半分近くかな? 残りはいつ読めるのか分からないので、とりあえず読んだ範囲でメモ。
聖ヨハネと聖エリザベツに関して西方教会にある独自の伝説。
13世紀末、聖ボナヴェントラ作とされていた「イエス・キリストの生涯についての瞑想」で具体的な伝説が新たに生まれた。聖史劇への影響。
→ 自分の周りで二人の幼子を遊ばせている聖母の図像はこれに起源を有する
→ レオナルド・ダ・ヴィンチの「岩の聖母」が最古の例。後にラファエロの「美しい庭師と聖家族」
私も実物を見たことありますが、そんな経緯があったとは知りませんでした。この時が初めて図案だったんですね。へえ〜。
聖ヨハネはフィレンツェの守護聖人。どこよりもこの都市で手厚く崇拝された。
みんな知ってるんですね、これぐらいのこと。私は二度も行ってて全然知らなかったけど、友人に有名じゃんと言われて落ち込んでます。
イエスの受洗の意義の変遷
1)西暦初期、洗礼は復活を意味していた
2)中世、崇高さに満ちた神秘の出来事
3)トリエント公会議後、謙遜の神秘
ヨハネに関して流布していた伝承:

 ヘロディアはヘロデの王宮内に聖ヨハネの首をそのまましまいこんでいたというのである。それは世の終りに至って聖ヨハネが肉体の復活をするのを妨げるためであった。なにしろ首と胴体とが切断されているのだから。後に、ローマ皇帝がこの聖なる首をもらい受けてきて、コンスタンティノープルに美しい教会を建てて、そこに奉納し、崇拝をささげた。

 十字軍が1204年コンスタンティノープルを攻略したとき、王宮も教会も容赦なく、荒らしまわった。敗北した敵に暴力をふるうことを辞さず、町のあちこちに火を放った。この時の火事で半ば消失したとある教会に、アミアンの司教座聖堂参事会員でヴァロン・ド・サルトンと名乗る人が、箱に入れられた一つの首を、洗礼者聖ヨハネの名を刻んだ銀製の皿に載せられた首を発見したのだった。

 「主に先立つ者」のあまりにも有名な聖遺物発見の経緯はこんな具合だった。この人はいそぎフランスに向けて出発、首を持ち帰った。長途の旅行費用を支弁するため、銀の皿は売却せねばならなかった。アミアンの教会関係者たち一同から凱旋将軍のように歓迎された。大聖堂内に安置された聖遺物は間もなく、数知れぬ巡礼者たちの群れを招き寄せることとなった。

 洗礼者ヨハネの首がアミアンに到着したのは1206年のことである。12年後、1218年大火が起こって首の安住の地、アミアンの古い町は烏有に帰した。まさにこの時、かつての教会堂ではあまりに小さ過ぎ、巡礼者聖ヨハネの祝日に押し寄せる大群衆を容れることができぬとかねて見究めていた司教は、フランスの全司教座聖堂中、最大のものを建てる決意を固めたに違いない。そうでなければ、新しい教会堂の驚くべき広大さの理由はとても説明がつかない。

 王家も競って長い行列をつくり、続々この地に巡礼を重ねた。聖ルイ、シャルル5世、王妃イザボー・ド・バヴィエールなどが姿を見せた。王妃イザボーは壮麗な黄金の皿を寄進し、首はそこに納められた。のち、ルイ11世はその皿をいくつもの見事なルビーで飾らせ、このあと、私人で王の範にならう人々が続出し、皿は値段のつけようもない財宝となった。

 フランス革命の時、イザボーの皿の宝石は剥ぎ取られて溶かされてしまった。首はアミアン市長が自宅へ持ち帰って隠匿し、信仰が回復したのち、教会へ返した。
アミアンの大聖堂の聖遺物なんて、この本読んで初めて知りました。そっかー、大聖堂は聖遺物箱だもんね。シャルトルもしかり。
アミアン大聖堂の内陣仕切り内にある浮彫に描かれたもの:

 ヘロデの脇で食卓についているヘロディアのところへ首が運ばれてきた。ヘロディアはいきなりナイフをとると、洗礼者ヨハネの額めがけてそれを突き刺す。前面ではサロメが卒倒し、召使いの人の腕に倒れかかり、今しも鳥料理を運んできたもう一人の召使いは仰天して足を止める。

→この伝説はアミアンで生まれたもので、実際、大聖堂に保存されている首の左眼上方には、一つの穴が観察できた。アミアンでは、巡礼者たちに対し、この傷の説明として、ナイフで刺されたとの伝説を語ったのである。

また、サロメの卒倒は地方的な伝承と考えられる。洗礼者聖ヨハネの聖遺物のもとへ治癒を求めて集まった病人達の中には癲癇患者が多くいた。そして当時、癲癇のことを「聖ヨハネ病」と呼んでいた。
最初に現象があって、伝説は後追いで作られていくんですね。
【目次】
洗礼者ヨハネ
聖ラザロ
聖マリア・マグダレナと聖マルタ
聖ペテロと聖パウロ
聖アンドレ
聖大ヤコブ
聖ヨハネ
聖トマス
残りの弟子たち
キリストの聖なる伴侶たち(amazonリンク)

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2007年11月05日

「芸術新潮 2007年04月号 イギリス古寺巡礼」

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いつも思うが、芸術新潮は写真が大きくて綺麗なのがイイ♪ また写真の選択基準が普通の美術雑誌とは異なった独自の視点なのがポイントかと思う。

この号は「大特集 イギリス古寺巡礼―中世を訪ねる旅―」というテーマだったが、より具体的に言うと、イギリス国内のあまり知られていないロマネスク建築を訪ねる旅だった。

素朴だが、地元の人々にしっかり愛されている生きている歴史遺産。そんな感じで、いささかマイナーっぽいのを選んでいるセンスがなかなか素敵。

写真も普通ロマネスクなら、まず建築から入るものだが、かなりの部分が彫刻(洗礼盤含む)で占められているのは珍しい。また、ラザロとマグダラのマリア、マルタが共に描かれた「ラザロの復活」に関する彫刻などもなかなか楽しい。

文章はエッセイに紀行文が混ざったような感じで、予備知識無しに誰でもが歴史への旅として気軽に読めるようになっている。非常に間口が広い。だからこそ、今時雑誌が売れない時代にこれだけの値段を設定できるのだろう。

その反面、まともにロマネスクに関心を持って読むと、知的好奇心を満たすだけの水準には程遠いのも事実だ。想定読者層が明らかに異なるのだから、これは無いものねだりかもしれない。

あくまでも割り切って眺める分には大変楽しいと思う。ただ、料理の記事は、いかがなものか? 個人的にはかなりうざいんだけどなあ〜。料理のことは、料理の本読めばいいと思うのだけど、総合誌の辛いところでしょうか・・・。

芸術新潮 2007年 04月号(amazonリンク)

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「芸術新潮1994年9月」特集血まみれ芳年、参上
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「ロマネスクの図像学」(上)エミール マール 国書刊行会
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2007年10月30日

「ロマネスクの図像学」(上)エミール マール 国書刊行会

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ゴシックではないからなあ〜と軽い気持ちで最初は読んでいました。また、初めの方は勉強にはなるものの抽象的な退屈さもあって、読んでるうちに眠気を誘うのですが・・・。

2章、3章と進んでいくにつれ、より具体的な図像(写本、ステンドグラス、柱頭の彫刻等)を採り上げた解説になってくると、グイグイと引き込まれいきます。

私が大好きなシャルトルのステンドグラスや彩色写本の図像が題材なのだから当然と言えば当然ですが、それがどのような歴史的な伝統を引き継いだものなのか、また中世に入ってそれがいかなる修正を受けた図像なのか、そこに秘められた深い象徴性故に大変面白いのです!!

更に&更に、今までも分かったような気でいた図像が正確に理解していなかったことを痛感させられます。著者のエミール・マール氏により、図像が意図する本来の象徴を、具体的な資料と論理的で明解な説明で学べるのは本当に喜び以外の何物でもありません。まさに目から鱗と言っても良いでしょう♪ 表面的なガイドブックの説明を見て分かったような気でいた自分が情けないというよりも、悔しいというか、なんともったいないことをしていたのかと反省することしきりです。

それぐらい本書の説明は、私のような無知蒙昧の輩の目を開かせてくれます。シュジェールの言でいうならば、
 「愚鈍なる精神は物質を経て真実にまで昇る」
ということで愚鈍な私も少しは真実に近づいたでしょうか?

さて、本書の内容ですが、まず4〜6世紀のキリスト教美術には大きく二つの流れがあり、以下の二つがあった。
 1)ヘレニズム的キリスト教美術
 2)シリア的キリスト教美術
それらが写本等を通して、ヨーロッパのキリスト教美術に取り入れられたとする。

十二世紀のキリスト教美術は、ビザンティンを通り越してそれ以前のニ系統の伝統を継承したものと言える。中世を通しても、伝統的な図像はお手本に対して忠実に守られていった一方で、その一部は修正を受けたものもあった。

そういった大きな枠組みを説明したうえで、個別具体的な例証を挙げて説明していきます。勿論、大きな流れも大切ですが、私的には具体的な意匠の意図の説明が何にも増して有用でした。

例えば、「エッセイの木」とかね。典礼劇の影響をどのように受け、それがどのように反映しているのかとか。当初はイエスの玉座の系統樹を示していたものが、聖母崇拝の高まりに応じて、聖母の系統樹と変質していく視点など、なんとも示唆に富む解説ばかりで改めて手持ちの資料等を見直したぐらいです。

後でそういった個別の説明部分は、抜き書きメモを別途載せますが、
本書を読んでから、ステンドグラスや彫刻見た時、ただでさえ胸を打つ感動は更に数百倍以上に増大すること請け合いです。

私は知らないで見ても、シャルトル大聖堂に心を揺さぶられましたが、本書を理解してから見たら、更にどれほど感動できるか、想像できないくらいです。写本もきっと同じでしょう。

手元にある中世の時祷書の本も、ただ綺麗だなという一線を越えて、深いその象徴性に気付くと全然違った見方ができると思います。象徴性を理解するには、絶対に知識が必要であることを再認識させられました。

本当に素晴らしい本です。エミール・マール氏の本を読むといつも感動させられますが、本書も間違いなく良書です。ただ、分量が多いので読むのにはかなりの気合が必要なのと、いつもながら図版は数があるものの、小さくてよく分からないのが大きな欠点です。図書館等で巨大な美術全集とか建築全集で可能な限り、図版を確認するとベストです。

本当に勉強になり、視点が変わる一冊です。でも、下巻を読むの大変そうだなあ・・・。実は上巻も読破するまでも結構時間かかってます。

具体的な記述については以下に抜き書き。
「ロマネスクの図像学(上)」〜メモ
【目次】
<上巻>
第1章 モニュメンタルな大彫刻の誕生と写本群の影響
第2章 十二世紀の図像の複合性―そのヘレニズム的・シリア的・ビザンティン的起源
第3章 フランスの芸術家たちによるオリエントの図像の修正
第4章 図像の多様化―典礼と典礼劇
第5章 図像の多様化―シュジェールとその影響
第6章 図像の多様化と聖人たち
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<下巻>
第7章 図像の多様化―イタリアの巡礼起源
第8章 図像の多様化―フランスとスペインの巡礼路
第9章 芸術における百科全書的性格―世界と自然
第10章 修道院の刻印
第11章 図像に飾られた十二世紀の扉口
ロマネスクの図像学(上) (中世の図像体系)(amazonリンク)

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「ヨーロッパのキリスト教美術―12世紀から18世紀まで(下)」エミール・マール 岩波書店
「The Hours of Catherine of Cleves」John Plummer George Braziller
「ロマネスクのステンドグラス」ルイ グロデッキ、黒江 光彦 岩波書店
「ステンドグラスの絵解き」志田政人 日貿出版社
「ロマネスクの美術」馬杉 宗夫 八坂書房
「図説 ロマネスクの教会堂」河出書房新社
「ルターの首引き猫」森田安一 山川出版社
「フランス中世美術の旅」黒江 光彦 新潮社
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2007年10月18日

「夜の画家 ジョルジュ・ド・ラ・トゥール」ピエール・ローザンベール、ブルーノ・フェルテ 二玄社

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かなり大判の画集。最初の説明は、ちょっと分かり難くて退屈。

でも、一枚一枚大きな頁で絵の全体が図版として入っていて、対面頁に細部を拡大した図が入っているのは、見やすくていい。個々の絵の説明は、読んでいて勉強になりますし、面白いです。

改めて、ラ・トゥールって忘れ去られた後に、再評価された画家であることを痛感しました。実際に西美の展覧会でも見たし、ルーブル他、外国でも見たけど、私のように何も知らない人だとそのまま見過ごしてしまうなあ〜。ルーブルの『常夜灯のあるマグダラのマリア』は結構好きなんですけどね! 

と同時にこれだけ評価が高いラ・トゥールの作品『聖トマス』をよく西洋美術館が入手できたもんだと感心しました(拍手)。予算それほどないだろうに・・・。ご苦労様です。

と同時に、他にもラ・トゥールの本物が日本に一時あったそうです(驚愕の事実)。現在は所有者が変わってスペインのプラド美術館(?)の所有らしいですが、日本に作品があったというだけでも驚きですね。是非、見たかったなあ〜。

などといっぱしのラ・トゥールファンを装っていながら、画集で見た限りでは、好きな作品はそんなに多くない。『聖トマス』も西美で頻繁に見る割に、イマイチ好きになれないでいたのですが、本画集を見る限りでは、結構いい方の部類かも? ゲンキンな性格してます私。

レゾネではないのですが、たくさんの作品が紹介されてますのでお好きな方には良いかもしれません。でも、大きくて重いうえに高過ぎるなあ〜。それと印刷の発色というか色合いが、ちょっと違和感を覚えます。

図書館かどこかで眺めるものかなあ〜、これは。私的には買ってまで欲しくはない画集でした。
【目次】緒言(ピエール・ローザンベール)
ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの世界(ブルーノ・フェルテ)
ラ・トゥールの作品
作品総目録
生涯
主要参考文献
展覧会
夜の画家 ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(amazonリンク)

関連ブログ
美の巨人たち ラ・トゥール『常夜灯のあるマグダラのマリア』
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展 国立西洋美術館
ルーブル美術館 〜パリ(7月4日)〜
タグ:アート 書評
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2007年10月08日

「エジプト大遺跡」荒俣宏 リブロポート

フィラエ島の大神殿柱廊下部にある彩色浮彫り
[フィラエ島の大神殿柱廊下部にある彩色浮彫り]

ナポレオンが国家の威信をかけて実施した、多数の科学者達を同伴したエジプト調査。その成果をまとめた『エジプト誌』に精密な記録図として入っていた多色刷り銅版画などをまとめた図録集。

エジプト誌 第2版の扉絵
[エジプト誌 第2版の扉絵]

彩色された図版はそれほど多くないが、実に美しいです。先日、町田の版画美術館で本物を見て是非、もっと知りたくて本書を読みました。見ていて実に楽しい♪

フィラエ島の大神殿柱廊の内部
[フィラエ島の大神殿柱廊の内部]

モノクロの銅版画なら、たくさん入っています。ただ、その精密さがちょっと分かりづらいかな? 論より証拠でいくつか気に入ったものを挙げておきますね。

テーベ西岸のメヒネット・ハブ宮殿南列柱回廊にある彩色レリーフ
[テーベ西岸のメヒネット・ハブ宮殿南列柱回廊にある彩色レリーフ]

なお、町田で見た『エジプト誌』のものは、全てこの本に入っていました。重複するから、ここに挙げていませんけどね。

エドフ 大神殿柱廊の内部
[エドフ 大神殿柱廊の内部]

モノクロの図版はここから。本書に入っているのは圧倒的に多くがモノクロです。

カルナック 神殿の内部
[カルナック 神殿の内部]

私の好みでここに挙がっているのは考古学篇の図版だけです。博物学篇の図版もたくさん入っています。

エスナ 神殿の内部
[エスナ 神殿の内部]

見ていて面白いのは確かだけど、手元に置いておく方がいいかは難しいところ。大きいから嵩張るんだよね。このシリーズ(FANTASIC DOZEN)って。私が現在持っているのは、『怪物誌』と「バロック科学の驚異』の2冊のみ。自宅近くの図書館に全巻あるから、わざわざ買う必要がないような・・・気がしたりする。

もし、引っ越すなら、国会図書館近くがいいなあ〜。ふとそんなことを思う今日この頃です。
【目次】
『エジプト誌』―ナポレオンと古代の復活

<考古学篇>
 アスワン周辺(上エジプト南部)
 テーベ周辺
 デンデラ周辺〈上エジプト北部〉
 ベニ・ハッサン周辺〈中部エジプト〉
 メンフィス周辺〈下エジプト〉

<博物学篇>
 古代遺物
 哺乳類
 両生・爬虫類
 魚類
 水生無脊椎動物
 植物
エジプト大遺跡(amazonリンク)

関連ブログ
町田市国際版画美術館 企画展「カラフル・ワールド! 版画と色彩展」
「バロック科学の驚異」 荒俣宏 リブロボート(図版3枚有り)
「怪物誌」荒俣宏 リブロポート(図版13枚有り)
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2007年10月05日

「ステンドグラス」宮本雅弘 美術出版社

ステンドグラスの写真というのは、なかなか綺麗に写らないらしく、私が見た限りでは、ステンドグラスの写真集とかでも本当に綺麗なものは、ごく一部しかありません。

この本は、頁のほとんどを四分の三以上をステンドグラスの写真で占めていますが、そこそこ綺麗に写っている方に入ると思います。ただ、もう20年以上前の本であり、紙質のせいか印刷のせいかは不明ですが、発色自体はそれほどよくありませんでした。

その代わり、写真そのものは非常にはっきりと明瞭にデザイン・色合いを識別できるものが多く、その点では有用な部類に入ると思います。ステンドグラスだけ写っていても肝心のデザインを特定したり、判別したりすることができないと、本来のステンドグラスの面白さが半減しちゃいますし、せっかく図像学を学んで意味なくなっちゃいますから!

発色というか色合いは、いささか平板なのですが、十分に使えるステンドグラスの写真集だと思います。個人的には結構OK(笑顔)。

ただ、問題もあります。本書はこの手の本としては、尋常ではないほどステンドグラスを生み出した中世の歴史的・社会的背景に関する説明がついています。

プロの写真家ではあっても、その筋の専門家ではない著者が非常にたくさんの本を読んで勉強されて書かれているのは、そこの挙がってくる文献名から分かります。それらの文献は私も読んだことがある本が何冊もあり、著者が書きたいことも分かるのですが、時々明白に間違いではないか?と思う箇所があります。

途中までは、ふむふむと納得しながら読んでいると何故か結論がおかしいのです。例えば、「ゴシック建築を物質的な要素が大きく、キリスト教的に異端だ」とか著者は主張しますが、決してそんなことはありません。どうらや光の形而上学に関しては文献を確認されていないようです。文献を挙げられずに著者の思い込みで書かれている部分に、どう考えても誤りだろうと思われる部分が多いです。

著者はご自分の体験に引きずられてしまい、必要以上に民衆や職人に思い入れ過多となって、彼らが大聖堂建設の主役と位置づけているのですが、それも違和感を覚えずにいられません。勿論、宗教的情熱の高揚は必要な条件ではあったのでしょうが、それはロマネスク建築の教会で事足りたでしょう。何故、ゴシック建築なのか? それを裏打ちするキリスト教会側の論理をあまりに軽視しているように感じられてなりません。

正直言って、あまりその辺の知識の無い人が読んでうのみにしたら、まずいような誤りが多過ぎます。

その一方で、著者は現代における職人達を取材した体験や、ステンドグラスについての修復についての取材を通して得た貴重な情報も書かれています。これはまさに価値ある情報だと思います。

実に惜しいのですが、著者のゴシックに関する説明は、全て削って残りの体験や取材部分だけだったら、もっと良い本だったと思います。もし、本書を読まれる方はその点を注意して読まれた方がいいと思いました(老婆心ながら)。

でも、写真は本当にいいと思います。ベストではないですが、かなりベターな部類ですので機会があれば是非ご覧下さい。
【目次】
ゴシック大聖堂には民衆のキリスト信仰の魂があり、ステンドグラスがその存在を守っている

甦る新しい信仰が過去に類例の無い聖堂を生み出した

信仰に人間性を求めた聖母マリア崇拝

グラスの輝きを創造した庶民と職人

「よきソマリア人の窓」視覚的で現代的でさえあるステンドグラスの釉彩絵の構成

カンタベリー大聖堂と遍歴の建築家集団

教権が世俗権力より優位に立つべきことを主張して暗殺されたトマス・ベケット

ボーヴェー大聖堂、ゴシック建築の偉大な失敗

ザンクト・クニベルト教会

城館のステンドグラス

聖遺物崇拝と聖書外典

現代のインテリア・デザインの先駆を示すサント・シャペル

「施しの窓」生き生きと描かれた中世の人々の表情と生活

中世人を支配した世界終末思想

釉彩を緻密多彩にしたシルバー・ステインとヴェール・ドウブレ技法

ルネッサンス 釉彩専業職人の出現

グラスもまた風化による消滅の道を辿っている

明るくモダンでさえある草創期のグラス

現代のステンドグラス

大衆信仰を輝きに凝縮させた職人たち

遍歴修行をする職人たち

風化と破壊で消滅の道を辿っているステンドグラス

アトリエ・グリベール アトリエ54
ステンドグラス―大衆信仰を輝きに凝縮させた職人たち(amazonリンク)

関連ブログ
「ステンドグラスの絵解き」志田政人 日貿出版社
「ステンドグラスによる聖書物語」志田 政人 朝日新聞社
「ステンドグラスの天使たち」志田 政人 日貿出版社
「世界ステンドグラス文化図鑑」ヴァージニア・チエッフォ・ラガン 東洋書林
「Stained glass(ステンドグラス)」黒江 光彦 朝倉書店
「ロマネスクのステンドグラス」ルイ グロデッキ、黒江 光彦 岩波書店
「シャルトル大聖堂のステンドグラス」木俣 元一 中央公論美術出版
ゴシックのガラス絵 柳宗玄〜「SD4」1965年4月より抜粋
「聖なるものの形と場」頼富本宏 法蔵館
「Chartres Cathedral」Malcolm Miller  Pitkin
ゴシックということ〜資料メモ
「中世思想原典集成 (3) 」上智大学中世思想研究所 平凡社
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2007年09月28日

「ゴシック美術」馬杉宗夫 八坂書房

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馬杉氏の本は、結構読んでいるものの本書は未読だったのでずっと読もうと思っていた本でした。先日エミール・マールの本を読んで、再び中世ゴシックに関する関心が湧き上ってきたので早速読んでみることにしました。

う〜ん、馬杉氏の他の本に書いていることと重複する事が非常に多い。特にシャルトル大聖堂の本で既に詳述している内容を繰り返している部分が多く、あちらを読んでいると同じ本を読んでいるような気分になってしまう。

シャルトル大聖堂自体が中世ゴシックのまさに代表格であり、最初のゴシックといわれるサン・ドニとの密接な関連性からも当然ではあるものの、それでも重なり過ぎの感が否めない。

馬杉氏の著作の中で、本書の差別化できる特徴としては、サン・ドニのシュジェール修道院長の件や、ゴシック彫刻における最初とサン・ドニを認められるか等の考察などがあるが、同じ内容についてなら、前川道郎氏の本の方がはるかに詳しく、整理されているのでそちらの方をお薦めする。

ゴシックの図像やステンドグラスにおける『光』についても、同じく前川氏やエミール・マールの著作の方が本書と比べると面白い。

ただ、馬杉氏は当然それ以前の研究を踏まえて考察を加えられているので、エミール・マールの解釈も時代的な批判(=その後、判明した文献・資料などがあり、研究が進んだ成果による)も含めて問題点などを指摘されているのでその点は興味深いところがある。

また、大聖堂に床にある迷宮とそこに建築家の名前が遺された例を挙げて、中世は後のルネサンスのような自己主張がされない無名の人々による神への奉仕の時代という、従来の評価は誤りという指摘が著者からなされている。

エミール・マールなどはその著作で明確にルネサンスの嫌らしいほどの自己顕示欲の時代に対してある種、蔑むような態度を示し、対照的に中世のつつましい神への栄誉のみを称える時代を称賛しているいるが、それと著者の意見は、正反対のものだ。

私は、建築家の名前が記されている事例は知っていたものの、馬杉氏の主張には衝撃を受けた。私も中世こそ、俗っぽい自己顕示欲や『個人』主義がはびこるルネサンスとは異なる時代とずっと思っていたので。

確かに建築家の名前が残されているものの、私には、あれは神の栄誉を称える為の『奉仕者』としての栄誉であって、世俗の人々に対する自己顕示とは異なる感じがしてならない。う〜む・・・? 実際はどうだったのだろう?

他の馬杉氏の本を読んでいる時には、あまり感じなかった違和感を本書ではところどころで受けた。これってエミール・マールの本を読んだ