2008年03月15日

「シエナ」池上俊一 中央公論新社

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最近読んだ都市に関する文章としては、実に興味深いものでした。
イタリア有数の観光都市で、TVの映像などで何度か見たことはあるものの、まだ行ったことがなく、今後行ってみたい場所の一つでした。本書を読んでその思いを益々強くしました。

歴史や風土、宗教や習俗など実に多面的な側面から、この都市を採り上げています。都市の地下を25キロにも渡って流れている地下水路の話など、ちょっと普通じゃ知らないままで終わってしまう話などが実に楽しい♪

また日本でいうなら、お祭りなどで班を作る隣組みたいなものでしょうか?「コントラーダ」という組織を中心に人々が生活全般を過ごしており、イタリア人としてよりも、またシエナ市民としてよりもまず最初に自分が生まれ育ったコントラーダの出身としての自負が人々の人生を大きく規定している点が興味深いです。以前、NHKの世界遺産の番組でそういえば芋虫のコントラーダやってたっけ。

中世以来の手厚い福祉施設には、驚くばかりです。今頃日本で話題になっている「赤ちゃんポスト」とかは、既に中世のシエナでは捨て子入れ盤があったんだそうです。巡礼者へ旅の宿と食事を提供するのは、当時一般的ではあったものの、施療院や孤児院などの充実ぶりには目を見張るものがあります。

勿論、他のイタリア都市の例に漏れず、美術を初めとした芸術の都でもあるのですが、本書ではそれらだけでなく、食の文化としてお菓子などの説明まで書いてます。

もし、貴方がシエナに観光で行かれるなら、是非目を通しておくべき本の一つでしょう。私も行く時には、本書を必ず持っていこうと思いました! そこそこお薦めです。

ただ、著者がイタリア、特にシエナに対して熱い思いを抱かれているせいか、その想い故に都市の魅力が増す反面、そりゃエミール・マール先生が聞いたら、一笑に付されるような記述もままあります。イタリアでいくらゴシックと言ってもねぇ〜、フランスのゴシックには絶対にかなわないでしょう。シャルトル以上のゴシック建築をイタリアで見た記憶がありませんもの、私。

マリア崇拝もどちらが上とか優劣の比較をできるものではないでしょうが、少なくともシエナがそれほど抜き出ているとは思えないんですが・・・まあ、これは実際に行って見た時のお楽しみにとっておきたいと思います。

こういう感じの本が、いろいろな都市毎にあったら素敵なのになあ〜って思いました。
【目次】
第1章 自然の力と人間の匠
第2章 都市の宇宙空間
第3章 コントラーダ
第4章 芸術のリリシズムと誇大妄想
第5章 神秘か邪教か
第6章 快楽のトポス
シエナ―夢見るゴシック都市(amazonリンク)

ブログ内関連目次
「動物裁判」池上 俊一 講談社
「魔女と聖女」池上 俊一 講談社
「狼男伝説」池上俊一 朝日新聞
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2008年03月02日

「アルハンブラ散策」Edilux

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イスラム建築の精華ともいわれる世界遺産「アルハンブル宮殿」を扱った本です。出版企画はスペインですが、日本語で印刷されたものがあります。

嬉しいことに日本語版の為、おそらく対象読者は、観光客としてくる日本人でしょうが、およそそこいらにある観光ガイドの水準をはるかにしのぐ立派な歴史・文化の解説書になっています。

私がアルハンブラに行った時には、お土産屋さんや普通の本屋にも行ったけど、本書を見かけたことはありませんでした。だいぶ、アルハンブラ宮殿関係の資料は探したんだけどね。英語でもたいしたもの見つからなかったもん!

帰国後も折りに触れてアルハンブラ宮殿の書籍や雑誌は探していましたが、美しい豊富な写真、詳しい解説共に本書以上のものをありませんでした。本書は、最高だと思います!!

TBS「世界遺産」のアルハンブラも良かったし、DVDも買ったけど、本書の方が上でしょう。何よりもイスラム建築の解説が実に詳しく、分かり易い。本書はEU内かスペイン国内で賞をとっているそうですが、さもありなん、って感じです。スペインの誇りにかけてきちんと書かれていると思います。

例えば、ライオンの中庭とベネディクト派修道院の回廊との類似性の指摘と、当時イスラムとカトリック間の文化交流の時代的背景の説明など、実に勉強になるし、興味深いです。

また、現在の建物のどこが元々の姿を保った部分で、どこが修復された部分かなど、ただ観ているだけでは分からない部分への言及が実に頼もしい。

鍾乳石飾りについても、構造としてのパーツの組み合わせの話だけでなく、イスラム教において預言者ムハンマドがコーランのインスピレーションを授かった、非常に重要な場所としての意義からイスラム教文化の中でどのように位置づけられてきたかなど、知れば知るほど、興味深いのです。こういうのが欲しかった。

久しぶりに大満足の一冊です。もし、現地で本書を見つけた方、是非&是非、ご購入をお薦めします。たったの8ユーロですから。

日本国内にもないか調べてみたのですが、どうやら取り扱っていないようです。参考までにISBNコードは、8487282008。これでググってみましたが、スペイン語版を見つけただけでした。 

こんな素敵な本は、日本国内でも売って欲しいですね。実に素晴らしい本でした。

ブログ内関連記事
アルハンブラ宮殿の思い出(2002年8月)
NHK世界遺産 光と影の王宮伝説 〜スペイン・アルハンブラ宮殿〜
「アルハンブラ」佐伯泰英 徳間書店
「庭園の世界史」ジャック・ブノア=メシャン 講談社
「サファイアの書」ジルベール シヌエ 日本放送出版協会
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2008年02月14日

「ルネサンスの活字本」E.P.ゴールドシュミット 国文社

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印刷の文化史的なものや写本などの装飾に興味があり、そういったものを期待して読んだ本です。本の装丁や口絵、図版などがいかにも私の関心をそそりそうだったので読んでみたのですが・・・結果的に外れでした。

特に第1章は、非常に細かい事項を巡る話であり、印刷関係者でもない私には、退屈以外の何物でもありませんでした。う〜ん、うまくいえないのですが、本書で言及している細かい点が印刷文化史の中でどういった意義があるから、問題とする価値があるとか、その辺の基本的な説明がないまま、いきなり最初から最後まで知っている人向けの内輪の議論に終止していて、どうにも話題に入っていけません。

何が言いたいのか、ポイントが全然分かりません。私の知識不足のせいでしょうが、他の一般の方が読んでも恐らく同様な感想を抱くのではないでしょうか? 

また、第二章に入り、ようやく図版が出てくるかと期待したのですが、ここでも図版の解説のポイントが私の期待していたものと全く違いました。図版自体の何が描かれているいるかという視点は、ほとんど無いので解説がつまらないし、私的にはどうでもいいことばかり解説されていて、耐えられなくなりました。

結局、二章の半ば以降は、流し読みに変えましたが、やはりあえて読むに値する部分は見つけられませんでした。

専門家には、意義があるのかもしれませんが、まあ私のような一般読者には、退屈極まりない本です。お薦めしません。読んでても登場する本に、全然、興味が湧かないんだもん。個人的には図像学的な説明を期待したかった! 書誌的な視点ともまた違うような気がしました。

とにかく私的には、時間の無駄でした。
【目次】
序文

第一章 活字体
 書物の伝播
 「人文主義書体」と「ゴシック書体」
 「能書術」と「人文主義写本」
 「ゴシック体活字」対「ローマン体活字」
 印刷技術による古典的著作の普及
 刊本の普及と書籍販売業者のネットワーク
 書物の戦い」
 人文主義サークルと印刷技術
 ローマン体活字と「碑銘研究」
 「アルファベット論考」
 「ゴシック体活字」から「ローマン体活字」へ

第二章 挿 絵
 中世写本とギリシア・ローマ神話
 ブルゴーニュ公の宮廷と中世写本
 木版画挿絵と中世ロマンス
 「トロイア伝説群」
 古典古代神話の図像と『アルブリクス』
 ボッカッチョ『名士の没落』『名婦伝』等の挿絵
 古典的著作の刊本と挿絵
 木版画挿絵の伝播
 古典テクストと「記憶術」
 古代遺跡・遺物と『ポリフィロの夢』
 ダンテ、ペトラルカの挿絵本とフィレンツェの木版画
 デューラーとホルバインの挿絵本

第三章 装 飾
 ルネサンスと挿絵本・装飾芸術
 愛書家と「個人的標章」
 「タイトルページの縁飾り」と「印刷技術者の商標」
 タイトルページとローマ建築様式の「拱門」等の装飾
 古代ローマの建築と「建築理論書」
 古代ローマの「メダル」「コイン」
 「ローマのメダル集成」と「装飾デザイン規範集」
 「印刷技術者=出版業者の商標」と「寓意画」
 ホラポロン『象形文字』とアルチャーティ『エンブレム集』
ルネサンスの活字本―活字、挿絵、装飾についての三講演(amazonリンク)

ブログ内関連記事
「キャクストン印刷の謎」ロッテ ヘリンガ 雄松堂出版
印刷革命がはじまった:印刷博物館企画展
「グーテンベルクの謎」高宮利行 岩波書店
プランタン=モレトゥス博物館展カタログ
「グーテンベルクの時代」ジョン マン 原書房
「印刷に恋して」松田哲夫 晶文社
「美しい書物の話」アラン・G. トマス 晶文社
「中世ヨーロッパの書物」箕輪 成男 出版ニュース社
「本の歴史」ブリュノ ブラセル 創元社
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2008年02月04日

「物語チェコの歴史」薩摩秀登 中央公論新社

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プラハに行ったことはあるものの、私はチェコの事を何にも知らなかったんだなあ〜と改めて思い知らされた一冊です。歴史を無味乾燥な事件の羅列で説明するのではなく、その時代時代で活躍(それなりに時代的評価を得た人物?)した人物を中心にして、チェコの辿ってきた複雑怪奇な歴史を紹介しています。

普通、こういうのって読んでるとかなりだるく(眠く)なる場面が多いのですが、珍しいことには本書ではそういうことがほとんどありませんでした。

古くからの名門大学プラハ大学を持ち、神聖ローマ帝国の首都であったり、フス派の本拠地だったり、怪しげな錬金術やゴーレムの街といった断片的な知識(?)はあるものの、本書を読んで初めて私の中でチェコという国が一つの線で結ばれたような気がします。

私のような初心者には、まさにうってつけの本でした。チェコに関心のある人、これからチェコ(プラハ)に行く人、是非&是非、目を通しておいて欲しい本だと思います。

本書を読むことで、観光名所を何十倍にも楽しむ事がきっとできると思います。プラハ市内にあるシナゴーグ、種々の迫害を受けつつ、ああして残っている歴史的な意義をようやく初めて知ることができました。
ゴーレムの土塊があるだけではないんですね。ふむふむ。

そして、クレメンティウム。悔やんでも悔やみ切れないけど、やっぱり行っとくべきでした。あそこって決まった時間に案内する人がいて、その案内でないと見学できないようだったので、とにかく拘束されるのを嫌う私は、もういいや!って感じで見るの止めちゃったんだけど・・・本書を読んで益々見たくなりました。

あれってイエズス会の学校だったんですね。プラハ大学関係で教育監督の覇を争っていたとか、全然知らなかったので本書を読んで実に惜しい事をしたのに気付きましたよ〜。今度行く機会があれば、忘れずに見なければ!!

とにかくいろんな意味で面白いです。出版業者なんかの話も私には、とっても面白かった。

そうそう、本書でさらっと出てくるのですが、スウェーデン軍がプラハ侵略の為、戦闘を行い、講和後、撤退する時にルドルフ2世が集めた文化財や芸術作品の数々が略奪されたらしい。こ、これなんですよ! うちのブログでも以前に採り上げた「悪魔の聖書」が略奪されたのは。

で、去年数百年ぶりに里帰りしてプラハで公開され、大いに話題になってのって!

いやあ〜、こういうふうにいろんな出来事が結び付くのは、本当に楽しいです♪(満面の笑み) 

「悪魔の聖書」絡みで調べていても、スウェーデン軍が略奪とか言っても前後関係が分からず、???だったのですが、歴史的な経緯が分かるとまた捉え方が全く変わってきますね。チェコの人々が大いに話題にするのは、この歴史的経緯を理解して初めて納得がいきます。ただ、悪魔の絵があって珍しいから・・・な〜んて考える私のような理解ではダメなんですね。反省。

私のような誤解をしない為にも、チェコに関心があるなら、読んでおくべき本でしょう。他にもいい本があるかもしれませんが、私は知らないので入門書としてお薦めします。
【目次】
第1章 幻のキリスト教国モラヴィア―キュリロスとメトディオスの遠大な計画
第2章 王家のために生きた聖女―聖人アネシュカとその時代
第3章 皇帝の住む都として―カレル四世とプラハ
第4章 「異端者」から「民族の英雄」へ―教会改革者フスの業績と遺産
第5章 貴族たちの栄華―ペルンシュテイン一族の盛衰
第6章 書籍づくりに捧げた生涯―プラハの出版業者イジー・メラントリフ
第7章 大学は誰のものか―プラハ大学管轄権をめぐる大騒動
第8章 大作曲家を迎えて―モーツァルトとプラハの幸福な出会い
第9章 博覧会に賭けた人たち―チェコの内国博覧会
第10章 「同居」した人々、そしていなくなった人々―スロヴァキア人、ドイツ人、ユダヤ人
物語チェコの歴史―森と高原と古城の国(amazonリンク)

ブログ内関連記事
NHK世界美術館紀行 プラハ国立美術館
魔女と錬金術師の街、プラハ
「THE GOLD 2004年3月号」JCB会員誌〜プラハ迷宮都市伝説〜
「悪魔のバイブル」、350年ぶりにチェコに里帰り
悪魔のバイブル(Codex Gigas)に関するメモ
「ヨーロッパの歴史的図書館」ヴィンフリート レーシュブルク 国文社
「異端審問」 講談社現代新書
「謎の蔵書票」ロス キング 早川書房
「変身 他一篇」カフカ 岩波書店
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2008年01月26日

「富士講と富士詣 特別展図録」豊島区立郷土資料館

豊島区立郷土資料館で行った企画展の図録らしい。だから、厳密に言うと本ではないが、とりあえず書評してみた。

かなり薄くて写真はあるけど、正直めぼしいものはない。ただ、普段あちこちの神社や庭園を歩いていて富士塚をしばしば目にするので、その由来とかに関心があったので読んでみました。

私が読んで価値があったのは1章の歴史と教義のみ。5、6分で読み終わる程度。

でも、面白かったので抜き書きメモ。
富士講の基礎を築いた藤原角行。

 1541年、肥前国の長崎で生まれ、幼名を竹松、成人して長谷川左近藤原武邦となりました。十八歳の時に治国斉民祈願の修行のため諸国霊場巡拝の旅に出て、この修行中に富士に行けとお告げを受けます。

 角行は富士西麓の人穴に籠もり、四寸五分角(14センチ角)材木の切り口の上に立って、一千日の立行をおこないました。それ以後も各地を巡り、水行をおこないました。1620年江戸に”つきたをし”という奇病が流行しました。

 角行は人穴を出て江戸に行き、”おふせぎ”(呪符)人に授けて多くの病人を助けました。これによって角行は信者を大幅に拡大し、関東から東海の農村にかけて富士の登拝組織を編成し、富士講の基礎をつくっていきました。

 角行の布教は”おふせぎ”(除災)による治病という効験によるもので、その教義は富士の仙元大日が万物の根元であって、これを信仰することで天下の太平や無病息災が得られるというものでした。これは”お身抜”、”お伝え”として伝えられました。

 角業の教えは弟子に代々伝えられました。そして三代目の弟子の弟子である食行身禄によって富士講は教義・組織共に大きく発展をし、確立します。
ここで書かれている修行方法としての立行のこと、もっと詳しく知りたいですね。キリスト教などでもあったという柱頭行者と同様のものだと思いますが、それらの東西宗教文化の関連とかってどうなんでしょう?
食行身禄は伊勢国に1671年に生まれ、本名を伊勢伊兵衛といい、13歳の時江戸に出て油商を営んだと伝えられています。そして商人としてかなりの資産をつくったにもかかわらず、これを人にゆずり、自身は膏の行商と信心にはげみました。

 身禄によって確立された教義は角行とは大きく異なります。身禄はそれまでの富士講の行っていた修験的な呪術・祈祷を否定し、信仰を信者の主体的・内面的なものとしました。

 身禄によれば仙元大菩薩は米と農業を助ける万物の祖神で、人々はこれを信仰し、生業にはげむことによって幸福が得られるというのです。また、商業を積極的に肯定し、勤労を尊重し、職業倫理を展開しています。これは結局、富士講の中に通俗道徳を取り入れたことに他なりません。それだけに民衆の間に広く浸透していきました。

 また、身禄は禁制されていた女性の登山も認め、男も女も人間にとって大切なのは心の問題であるとして、事実上の男女平等を説きました。
本書では、道徳がどうとか書いてますが、そちらがポイントなのでしょうか? 専門家でないど素人の私の目には、どうみても違うように感じてなりません。これこそ、「プロテスタンティズムと資本主義の精神」の日本版じゃないの? 江戸の武家社会では、制度的に武士より一段劣るものとされた商人階級や農民階級に対して、自らの職業(特に商業)の正当性を担保したからこそ、支持されたと思いますが・・・。

この文章を書いている人に、直接尋ねたいところですね。最低限、マックス・ヴェーバーぐらい読んでるのかと。専門外で読んでない、とか言ったら、この無教養め、って叱っちゃいます(笑顔)。たまたま自分が読んだ事あると、こういう生意気なことを言う私です。

勿論、実際はどうなのか不明なのですけどね。

この記述を読んだら、普通そう思うけどなあ〜。男女平等は当然、中心となるポイントではないでしょうし。

御師とは、富士信仰の神職であり、現地での案内者でもあった。
これは、どっかで聞いたことある単語でした。意味分からないままだったんで。
【目次】
1富士講の歴史と教義
2講の組織と祭具
3富士詣道中
4富士登山
5富士山御縁年と女人登山
6吉田御師
7富士塚
8区内先達の遺品
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2008年01月24日

「パンとぶどう酒の中世」堀越 孝一 筑摩書房

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しかし、本当にこの著者が書いた本で読む価値があると感じられるものってないなあ〜。あの有名なホイジンガの「中世の秋」の翻訳者でもある著者ですが、この方の書いた本は確か他にも読んでいて、どれもつまらなかったことだけは覚えています。

失礼ながら、だからかな? 今更ながらに「中世の秋」読んでも面白くなかったのは翻訳に問題があったせいかもしれません。翻訳者が下手だとどんな素晴らしい本も台無しになるのは、良くある事ですし、別な方の翻訳した「中世の秋」読んだ方がいいかも? 何故か、本書を読んでいてそんなことを思わずにはいれらませんでした。

とにかく、そんなことを思わずにいられないくらいつまらないし、時間の浪費以外の何物でもない本です。

著者個人に留めておくべき思いをだらだらと文章にし、あまつさえそれを本として出版する気持ちが分かりません? タイトルに沿った最低限必要な内容を満たさずに(=本来、本書で対象としている写本を素直に訳すこと)、ここはどう解釈すべきかとか、ああだこうだとグダグダ書いて、読者には全く無意味以外の何物でもない! 

まずは、素直に翻訳したうえで解説として、著者の専門家としての見解を述べるなら、まだ分かるが、非常に細かな事柄(例えば、当時の貨幣価値や交換レート)にばかり着目し、中世の社会というものを定性的に捉える視点が全然感じられません。

おまけに非常にくだけた調子で、読んでいて単純にイラつきます! 私が若者なら、間違いなくキレますよ、ホント。それっくらい、軽薄で内容の無い文章に思えてなりません。

心の底からつまらないと思いました。全体のほぼ半分140頁まできちんと読みましたが、思わず本を破りたくなってきたのでもうこれ以上は読みません。しっかし、ひどい本だなあ〜。

驚く事に、この著者はNHKのTV講座を今やってるはず。確か「中世」をテーマにした奴でテキストも見たけど、内容が無かったなあ〜。

久しぶりに、かなり最低レベルの本でした。とっても残念&無念の本です。

【追記】
怒りの余り、目次を書くのを忘れていました。改めてみると、目次もなんだかなあ・・・。でも、どなたかの判断の役に立つかもしれませんし、書いておきますね。
【目次】
一冊の本
その後、十日か十二日ほどして
雪と氷、そうして薪
かねがないなら、くるみパンを喰えばよいのよ
いちじくもなつめ椰子の実も喰わぬ
だいたいが、一個二ドニエもしないパンなんて
雨のサンマルタン門外
むかつく麦酒は新酒のぶどう酒
まっとうの飲料
日記の筆者を狩り出す
パンとぶどう酒の中世―十五世紀パリの生活(amazonリンク)

ブログ内関連記事
「世界の名著 67 ホイジンガ」中央公論新〜中世の秋
「中世のパン」フランソワーズ・デポルト 白水社
タグ:歴史 書評 中世
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2008年01月13日

「アレクサンドロス大王東征記 上」フラウィオス アッリアノス

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世界史に残る英雄として、カエサルや始皇帝、チンギス・ハーンなどいろいろな名前が挙がると思いますが、このアレクサンドロス大王(アレキサンダー大王)が抜けることはないでしょう。

私も歴史の教科書などでよく名前を見ましたが、直接この英雄に関する本を読んだのは初めてです。その点では、どうしてこんなにも広大な領土を獲得するに至ったのか? いかにしてそれが可能になったのか? 大変興味深いです。

逃げる敵をどこまでもどこまでも執拗なくらい追い詰める性格や気性。それを部下に対して率先して実行に移す行動力と人心をまとめあげるカリスマや魅力。何にもまして強力な自制心などなど、本当に魅力的な人物であったことが分かります。

単なる歴史上の偉人としてより、この人の処し方、生き方は今にも通じる普遍性があるなあ〜と感じました。なかなか面白いです。ただ、カエサルの「ガリア戦記」には負けてますけどね。

以下、上巻内での記述を元に感じたことをメモ
アレクサンドロス大王は確かに偉大であったが、彼がその力を振るう基盤を作り上げたピリッポス二世の存在なども初めて知った。

ピリッポス二世の国家改造:
・国内各地への都市の建設 → 新たな生活基盤の確立(法や慣習の下での安定した生活)
・市民的共同体に基づく国民軍=王の軍隊
・伝統的な地域支配から中央集権的な統合へ
=従来の部族王、貴族の特権の縮小・廃止
→不満はピリッポス二世の暗殺へ

アレクサンドロス大王の飛躍を支える背景であるこれらの重要点について、私は歴史で習った覚えがない。結果の羅列に過ぎない歴史に意味があるとは思えない。むしろ、その結果を生み出した背景・過程・手法等にこそ、歴史を学ぶ価値があると考える。
・・・現代でもちやほやされる『改革』は常に後ろ向きの抵抗勢力がそれを阻み、実効を挙げ得ないのは周知の通りである。時代は変わっても、それは普遍的な真理だろう。

個別具体的な戦闘における布陣や戦術等が詳しく書かれている。

ロジステクス(兵站)にも十分な意を汲んでいることが分かる
征服地であっても要所要所に守備兵を残し、後続部隊の安全を確保したり、物資の補給にも留意している。湾岸戦争の「山が動く」だったかな?あの本に書かれている本質をアレクサンドロス大王は理解していたのだろう。ナポレオンのロシアでの失敗とは違うようだ。

降伏者には寛大な処置を与え、敵対勢力には断固徹底した武力鎮圧&殺戮をした一方で人質となったものであっても、決して恣意的な扱いはせず、王族等であればそれに応じた扱いをした(征服者としての虐殺や暴行などは極力自制)。
→ 信義ある人物として味方・敵方を問わず、高い評価を受ける

最高司令官自身が常に前線にあり、戦闘していたと同時に何度も負傷しながらもそのまま戦闘を続けた点など、まさにリーダーとしてあるべき姿を示している。

同僚や部下を仲間として扱い、褒章だけではなく、個々の人間の誇りを尊重する一方で必要に応じて果断なる処罰も行い、まさに強く指導者そのものだった。

敗走するダレイオス王の追跡劇がまた凄まじいの一言に尽きる!
どれほどの馬を乗りつぶし、馬の乗り換えて一心不乱に追って&追って&追いまくる。夜を次いでの追跡の描写は圧巻です。次々に脱落していく配下の部隊達。戦闘無しでも崩壊しかけていく自軍を尻目に、徐々に精鋭を絞りながら、その都度その都度、適切な指示を与えて所期の目的達成を果たします。

昔読んだ本に書かれていたアレクサンドロス大王関係のエピソードを思い出しました。本書内でも後で出てくるかもしれませんが、インドに達した時に王があれほど信頼していた仲間である部下達がもうこれ以上は進みたくない、故郷に戻りたいと訴えた気持ちが切々と思い浮かびます。「一将校成って万骨枯る」とは、まさにこういうことなのかもしれないと思いました。そういえば、ダイエーの創業者中内功氏を描いた「カリスマ」にもこういうのあったなあ〜。ダイエーの飛躍的発展を支えた幹部たちは次々と倒れ、ダイエーを去っていったそうですが、ここが歴史上の偉人と一般人の超えられない溝なのかもしれません。かの聖人マザー・テレサもそうだったらしいですよ〜。彼女と一緒に働いていた人は熱があって仕事を休みたいというと、激怒されたそうですし、過労か否か、ばたばた亡くなったいう話です。皆さんも出来る人の側にいる時は、ご注意を!!

酒に酔って大切な人を殺してしまった自らの過ちから逃げる事もせず、かといって更に進んで悪徳に身を投げることもなく、人である以上、過ちを犯すことがあることを認めることで人間としての度量の大きさが現れた。

軍団中でも最有力且つ中心である騎兵部隊だったかな? ずっと共に闘ってきた親友に指揮を委ねるのだが、あまりにも精強であった為、信頼はしていても反乱や独立の可能性をなくす為、わざわざ組織を二分し、異なる人物に指揮させる手法など、銀英伝のNO.2不要論ではないが、まさに組織論としても興味深い。組織自体の永続性を考慮すると、常に上の代わりがいることが望ましいが、代替可能性は一面で組織トップのカリスマ性を減少させ、求心力、ひいては強烈な組織自体の活力の減退にもつながりかねないだろう。
以下、アレクサンドロス大王の有名な伝説の一つを本文中より抜粋
ところでゴルディオンに到着したアレクサンドロスは、ゴルディオスおよびその子ミダスの王宮がある城砦へ登って、ゴルディオスの荷車とその荷車の轅(くびき)の結び目を見たいという願望にとりつかれた。かの荷車については、近在の住民たちのあいだに広く流布したひとつの話があった。

伝えによるとゴルディオスは、プリュギアの老人連中の中でも貧乏な男で、彼の財産といってはほんのわずかな耕地と二対の牛しかなかった。ゴルディオスはそのうちの一対を使って畑を耕し、もう一対には荷車を曳かせていたという。

あるとき、彼が畑を耕していると、一羽の鷲が舞い降りてきて轅の上にとまり、牛を解き放つ夕暮れに時になるまでずっとそこにとまったままだった。ゴルディオスはその様子に肝をつぶし、この異象についてテルミッソス人の占師たちのところへ相談に行った。テルミッソス人たちは異象を解き明かす術に長じていて、彼らのあいだいには代々、女子供にいたるまで予言の能力が伝えられていたからだ。

彼がテルミッソス人の住むとある村に近づくと、たまたま水汲みにゆく少女に出会ったので、鷲の一件が自分の眼にどんな風に映ったかをその少女に語って聞かせた。すると少女は、彼女もまた占師の家筋だったので、異象が起こったその場所に立ち戻って、王なるゼウスに犠牲を捧げるようにと勧めた。そこでゴルディオスは彼女に、自分と同行して、供犠の仕方を指図してくれるよう頼んだ。ゴルディオスは彼女に教えられるままに犠牲を捧げると、この少女と結婚して、ニ人のあいだにミダスという名前の男の子をもうけた。

 ミダスが成人してすでに立派な若者となったそのころ、プリュギア人たちはたまたまお互いのあいだの内戦で苦しんでいた。そこで彼らに下された神の託宣は、一台の荷車が彼らのために王を連れてくることになろう、そしてその男が彼らの内戦をとり鎮めてくれよう、というのであった。人びとがまだそのことについてとかく評議している折りも折り、ミダスが父親母親といっしょに町にやってきて、荷車ごとその寄り合いのそばに立ち停まった。人びとは神のお告げをこの男の様子と考え合わせて、神が自分たちに、荷車が連れてこようと言われたのはまさにこの男のことだと衆議一致し、ミダスを王位につけたのだった。ミダスは彼らのために内戦をとり鎮め、父親の荷車は鷲を遣わされた王なるゼウスへの謝恩の捧げ物として、これを城砦に奉納したというのである。これに加えてこの荷車には、さらに次のような話も語り伝えられていた。

つまり、誰であれ、この荷車の轅の結び目を解いた者こそは、アジアを支配する定めにある、というのだ。

轅(ながえ)を結わえた紐はミズキの樹皮でできており、その先端は元も末も結び目のうわべには見えなかった。アレクサンドロスはその結び目を解きほぐすすべを見つけ出すことができず、さりとてほどけないままでこれを放置するのも、その結末が民衆のあいだに何らか不穏な動きをひき起こしはしないかと思われて不本意だったので、一説によれば、彼は剣で斬りつけて結び目をばらばらにし、これで解いた、と言ったと伝えられている。

しかし、アリストブロスが語るところでは、アレクサンドロスは轅を貫通して結び目を固定している留め釘の木片を引き抜いて、轅からから軛(くびき)をはずしたことになっている。この結び目をめぐってアレクサンドロスがいったいどんな風にやってのけたものか、実際のところは私にも確信できない。しかしいずれにせよ彼自身も側近たちも、結び目を解くことについて託宣が求めるところは達せられたとして、荷車から立ち去ったのであった。事実その日の夜に起こった雷鳴と稲妻こそは、それを諾(うべな)う天来のしるしであった。翌日、アレクサンドロスはこれにこたえて、その兆(きざ)しと結び目を解くすべとを、神威によって顕わし給うた神々のために、[謝恩の]犠牲を捧げたのである。
そうそう、最後にあの稀代の戦略家『石原莞爾』が戦史研究の対象として、カエサルの「ガリア戦記」並びにアレクサンドロス大王の戦記を選んでいることを付言しておく。その価値はあると私には思われた。

アレクサンドロス大王東征記〈上〉―付インド誌(amazonリンク)

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「ゲルマーニア」コルネーリウス・タキトゥス 岩波書店
「蝦夷(えみし) 」高橋 崇 中央公論社
「最終戦争論・戦争史大観」石原 莞爾 中公文庫
「知識の灯台―古代アレクサンドリア図書館の物語」デレク フラワー 柏書房
アレキサンダー (2004年)オリバー・ストーン監督
「アラビアの医術」前嶋 信次 中央公論社
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2007年12月26日

「徐福伝説の謎」三谷茉沙夫 三一書房

確か三一書房って、つぶれたんだっけ? 何かの記事で読んだような気がするなあ〜って思っていたら、神田の特価書籍の店に三一書房の本が大量に売られてた。

そこで見つけた一冊。徐福に関する話は、いろんな本でよく聞くもののまとめてきちんと読んだことが無かったので本書はその点で正解でした。

著者は刑事コロンボなどの翻訳や小説を書いたりしている人でご自身も書かれているが、史実としてどうかとかそういった点には関わらず、あくまでも歴史ロマンとして、各種の文献・書物にこういった記述があると引用・紹介している。

従ってたぶんに眉唾ものらしい伝承や記述が出てくるものの、それはそれとして受け取り側が後で取捨選択し、史実か否かを選り分ければいいことであり、本書は何よりもたくさんの文献から、関連する部分をまとめてくれているのが大変有用です。

本書を読むことで徐福に関する雑多な情報(虚実含めて)の概観をおさえられるし、その幾つかはそのまま引用されている。また、引用先の書名も分かるので、本書をきっかけにしてどんどん調べることもできる。

私のような、何でも知りたい&調べたい派には嬉しい本です。

具体的に興味深い文章も多数あり、それらは別途メモとしてまとめますが、楊貴妃が日本に来たという楊貴妃伝承まで紹介されていて実に楽しいです。

著者が本職のもの書きなので、文章も大変読み易いですし、この手のものに関心のある方にはお薦めです。私もそうしたいですが、本書を読んで更にその原典をあたるとより楽しくなれそうな気がします。

但し、歴史的な正確さ等を求めると本書は対象外になりますのでご注意を。
【目次】
第1章 徐福は神武天皇か
第2章 始皇帝とその時代
第3章 始皇帝の不死願望と神仙思想
第4章 不老不死の仙薬とは何か
第5章 徐福は何をめざして渡来したか
第6章 蓬莱伝説と始皇帝の真人願望
第7章 『宮下文書』にみる徐福の富士渡来説
第8章 日本各地に伝わる徐福伝承
第9章 徐福は弥生文化に何をもたらしたか

徐福伝説の謎(amazonリンク)

ブログ内関連記事
「楊貴妃後伝」渡辺龍策 秀英書房(1980年)
「危険な歴史書「古史古伝」」新人物往来社
「秦の始皇帝」吉川忠夫 講談社
タグ:徐福 歴史
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2007年11月15日

「イギリス大聖堂・歴史の旅」石原孝哉、内田武彦、市川仁 丸善

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率直に言って想像以上に良い本でした。私の思い込みでは、どうしてもゴシック大聖堂というとフランスが筆頭に挙がり、イギリスの大聖堂というといささか亜流的なイメージがあったのですが(エミール・マールの影響かな?)、そのイメージを修正すべきかも?っていう気持ちになってきました。

本書は、イギリス国内に散らばっている大聖堂の中から幾つかをピックアップし、その発祥から現代に至るまでの歴史を概観しながら、数々のエピソードを語る形式で話が進んでいきます。

三人の共著ですが、それぞれ英文学を専門にしている方のようで、歴代の王の名前に負けず劣らず、文学者や作家などの著名人が頻出します。大聖堂に国王や数多くの著名人の墓があるからですが、国王や聖人はともかく著名人が出てくるのは、彼らの職業柄でしょう♪ 

個人的にはその辺りにあまり関心はありませんが、何よりも全体として著述のバランスが良くて読んでいて違和感ないし、興味深いです。

建築関係の話は全く物足りないものの、英国の聖人や聖堂にまつわるエピソードはほとんど知らなかったので本書で初めて知る内容が多くて実に楽しい♪

英国で大聖堂を見てまわる入門書としては、最適かもしれません。本文全体にも幽霊とか古いもの好きの英国趣味が溢れていて、やっぱりイギリスってこういう国なんだと改めて思わされます。

また、著者達は実際に訪れた際に現地でのガイドなどに質問していろいろと生の伝承を聴きだしているのがポイント高い。いかにも噂話的な眉唾ものもあるが、だからこそ面白い。

逆に言うと、その辺はご専門ではないせいか、あまり事前に調べたり予備知識はないままで取材しているように感じられる部分がある(文章からだとね)。ただ、それがいい方向で出ていてあまり知らない人が読んでも分かり易く軽く読める長所として仕上がっている。

観光ガイドでは、内容が無さ過ぎだし、かと言って詳し過ぎる個別テーマの本(ゴシック建築、英国史、聖人伝等)を読むのが大変という人には、うってつけの本です。

参考文献も書かれているので、これを出発点にして更にいろいろ調べていってもいいかもしれません。実に面白い本でした(笑顔)。

以下、幾つか本文から引用。
身廊はラテン語で「舟」の意味を表す言葉である。キリスト教の初期の頃は、教会はノアの箱舟を象徴する舟と考えられていた。キリストは舵取り役で人々はキリストが操る船に乗り込んで人生という大海を渡ってゆくと考えられていた。
身廊を『舟』というのは、しばしば聞きますが、キリストが舵取り役という説明は、私初めて聞きました。そこまで言い切った文章は初めてです。ちょっと何か他の本で確認したいなあ〜。ゴシック建築やキリスト教絡みの本でも、私が目を通した限りではそういった表現は無かったんだけどね・・・。舵の無い舟に乗って、神に委ねるというのはよくあるけど、微妙にニュアンス違うような気がするんだけど・・・。疑問?
旧セント・ポール大聖堂所有の聖遺物:
初代ロンドン司教聖メリトゥスの腕、聖母マリアの乳の入った水晶の小瓶、巡礼者ヨハネの手、聖トマス・ア・ベケットの頭蓋骨の破片、イエスの小刀、マグダラのマリアの頭髪、聖エセルバートの頭、聖パウロの血液
『英国民教会史』を書いた修道士ビードによれば、エセルバートはキリスト教徒に会うときは必ず広々とした屋外で会見したが、これは彼がキリスト教徒は恐ろしい魔法を使う超人的な能力の持ち主と信じていた為と言われている。

 布教の方法も、現代人から見ればかなり強引で、たとえば異教徒を武力で脅して川に追い込み、上流から聖水を注いで「洗礼」と称した。やるほうもやるほうだが、このような暴力的な洗礼を受けた者が、これで自分はキリスト教徒にされてしまったと信じたという。
こんな布教方法は初めて聞きました。さすがはカトリックですね。こうでもしないと信者にならないんでょうが、やっぱり『力』なんですね。神秘の力、って♪
ノリッジの聖ウィリアム:
聖ウィリアムはイギリス各地で行われたユダヤ人による儀式殺人の最初の犠牲者である。当時のイギリスには「ユダヤ人は宗教的儀式にキリスト教徒の犠牲を捧げる」という俗説があり、各地に「ユダヤ人に殺された」とされる犠牲者が現れた。

 伝説によれば、1144年のこと、ノリッジのユダヤ人はイースターの前にひとりのキリスト教徒の少年を買い求めた。皮革業者の徒弟であったという。ユダヤ人はイエス・キリストが受けたのとまったく同じように彼を拷問した後、キリストの礫を記念する聖金曜日に十字架にかけて殺害し、その後、土に埋めた。だが、彼は死後、数々の奇蹟を起こし、やがてノリッジの聖ウィリアムとして知れ渡ることになる。
ユダヤ人の儀式殺人の噂は有名ですね。十字軍に向かう途中で、ユダヤ人達を襲った理由としてもよく挙がられています。
ここで興味深いのは、このペリカンの書見台です。朝な夕なの祈りの折に、この上に聖書を広げて、朗読するのです。この鳥はペリカンでこのように自分の胸をつついて血を出し、それをわが子に与えるのです。これは私たちの為に死んだイエス・キリストの象徴でもあるのです。
本書では、あまり馴染みがないような書き方だったが、この象徴的解釈は、非常に有名で基本のはずだから、やはりその分野はあまりお得意ではないようだ。
リンカン・インプ:
地元の宝石商ジェイムズ・アッシャーはインプの独占使用権を得たが、王室びいきの彼は、このインプをかたどったタイピンを皇太子時代のエドワード八世に献上した。皇太子はこれを気に入り、よく身に付けたがあるときこれをつけた皇太子が競馬で大勝した。以来、これは幸運のインプとして人気を集め、インプは飛ぶように売れた。もちろんアッシャーは大金持ちになった。美術品のコレクターとしても名高い彼が、遺品を社会に還元しようとして建てたのが有名なアッシャー・ギャラリーである。
確か、このインプの話は大変有名でBBCか何かで英文の記事を読んだ覚えがあります。うちのブログでも取り上げた気がするのですが、見つかりません?
【目次】
第1章 大聖堂ことはじめ
大聖堂の歴史

第2章 ロンドン・イングランド南東部
セント・ポール大聖堂
サザック大聖堂
ロチェスター大聖堂
カンタベリー大聖堂
ウィンチェスター大聖堂

第3章 イングランド東部
ベリー・セント・エドマンズ大聖堂
イーリー大聖堂
ピーターバラ大聖堂
ノリッジ大聖堂

第4章 イングランド西部・南西部
ソールズベリ大聖堂
ウェルズ大聖堂
グロスター大聖堂
ヘリフォード大聖堂
ウエスター大聖堂
エクセター大聖堂

第5章 イングランド中部
サウスウエル・ミンスター
リンカン大聖堂
リッチフィールド大聖堂

第6章 イングランド北部
ヨーク・ミンスター
リポン大聖堂
ダラム大聖堂
そうそう本書で挙がっていた参考文献で私が今度読んでみようと思ったもの。
・「中世イングランドと神秘思想」内田武彦 山口書店
・「イングランド文化と宗教伝説」ノーマン・サイクス 開文社出版
・「イギリスの大聖堂」志子田光雄 晶文社
・「イギリス中世文化史」富沢霊岸 ミネルヴァ書店イギリス大聖堂・歴史の旅(amazonリンク)

関連ブログ
「芸術新潮 2007年04月号 イギリス古寺巡礼」
「聖遺物の世界」青山 吉信 山川出版社
リンカーン大聖堂がダ・ヴィンチ映画で10万ドルもらう
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2007年10月16日

「コンスタンチノープル征服記」ジョフロワ・ド ヴィルアルドゥワン 講談社

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キリスト教の聖地回復に向かう十字軍のはずなのに、同じキリスト教徒の国を侵略し、蹂躙し、略奪した第四回十字軍の参加者による体験記。著者はシャンパーニュ藩の家令職ジョフロワで、この十字軍遠征の中枢に最初から最後まであって、どのような思惑や経緯から今回の悪名高き行為が行われたかを自らの立場を踏まえて書いている。

ヴェネツィア商人に操られて犯した『類い稀なる愚行』として有名な本十字軍であるが、当事者が置かれていた政治・経済諸々の諸条件の元では、どうしてあんなことになっていったのか、本書を読むことでその一端が垣間見えてくる。あくまでも当事者の一方的な見方ではあることを割り引いても、世界史の教科書を読んでも絶対に分からない事情を知ることができ、大変興味深い。

まず、十字軍陣営は決して崇高な使命感に燃えた指揮系統の明確な一枚岩ではなかった。地域に群雄割拠している諸侯の緩やかな一時的な連合軍の域を出ず、それぞれが独自の判断をして行動する烏合の群れに限りなく近かったようだ。名目的なトップはいても基本は合議制であり、教皇の威令さえ、十分に機能したとは言い難い状況であった。

最初のヴェネツィア経由で舟で向かう段階から、独自にヴェネツィア以外の場所から海を渡る者達が多数おり、当初の計画が大幅に狂っている。その結果、十字軍陣営はヴェネツィアに舟の準備や渡し賃として約束した金額を払えず、大いに貸しを作ることになり、実質的な主導権もヴェネツィア商人の意向に沿う形でしか行使できない状況下に置かれる。

信義を重んじようとすればするほど、借金返済の為に聖地回復とは関係の無い場所への戦争へと向かっていったのが分かる。と同時に、コンスタンティノープル(現イスタンブール)内部の政権争いに便乗する形で正当な権利も無しに、侵略していく姿はまさに経済戦争以外の何物でもない。本書ではあくまでも『正義』の為にと強弁しているが、「大量破壊兵器」を所持しているからと言いがかりをつけて石油利権の為に侵略したアメリカ軍中心の多国籍軍と大差ない話だ。

その間にも不毛な経済戦争(侵略戦争)であることに気付き、この十字軍から脱落して帰国したりする諸侯が多数出る一方で、もっと欲深く勝手に別行動する為に十字軍から進んで逸脱する者など、およそ統一軍になりえていない姿が浮かび上がる。

著者自身は、それなりに真面目に聖地回復を願っていた思いが伺われるが、あくまでもそれは少数派であり、自らの利権確保が何よりも重要視されていたようだ。ローマ教会からの破門をちらつかせても一向に気にすることなく、諸侯は自由に参加・不参加を決めていて福音書の上で誓約した誓いさえ全く守られていなかったことが分かる。なんとも天晴れなキリスト教徒の軍隊なのである。

同時に洗練されたギリシア人(コンスタンティノープルの住人)と比べて、フランク人は野蛮人以外の何物でもなく、彼らの目にした「コンスタンティノープル」という都市は、世界有数の豊かで洗練された都であり、金銀財宝の塊であった。まさにそれ故に、それだけで略奪の対象になったらしいことが伺われる。

征服後も十字軍内部では利権や主導権を巡って内部抗争が激化し、自ら弱体化していく一方で、非征服者達や近隣諸国から反乱が起るのは当然の帰結だった。何しろ野蛮人のフランク人は略奪の限りを尽くし、禁止されていた教会内部においてさえ、聖画を引きずり落とし、十字架を破壊した。更に連れてきた娼婦を司教の椅子に座らせるなど非道の限りを尽くし、女子供は乱暴され、殺され、最後に都市に火を放った。貴重で壮麗な建築物、たくさんの人命がそうして失われた。

ヴェネツィア人達は貴重な聖遺物などをせっせと運び出していたそうだが、フランク人は持ち運べないものは全て叩き壊して火を放った。文化的な劣等国の住民に散々の仕打ちを受け、虐殺されておとなしくその支配に甘んじる住人はいない。後に反乱が起きるのは、誰であっても予想できるくらいだが、指揮系統がめちゃくちゃで私利私欲からなる軍にそれらを抑制する力は無かったようだ。むしろ進んでそれを餌にして、かろうじて軍らしきものを維持していた姿が真実のようだ。

本書には少し形勢が悪くなれば、脱落して帰国する者、逃げる者、敵に寝返る者などを批判した言辞が頻繁に出てくるが、よくもまあこんな軍で戦いができたとむしろその事実に驚愕を覚えるほどだ。

外部の敵よりも、内部の仲間割れに苦慮していた姿が本当に痛ましい。信義を重んじる者が一番馬鹿を見て、適当に要領よく立ち回っている者が一番の利益を挙げている姿が描かれており、いつの時代にも普遍であることを読んでいて痛感する。『正義』は建前でしか有り得ないようだ。

他にも感じたり、学んだことは大変多い。時代は古くとも人のすることに変わりはない。今の国連軍や多国籍軍と同様、表面的な物の見方ではなく、本質的な側面を見る必要性を痛感した。勝ってこその正義であり、自らの利権に基づく建前の「正義」しか有り得ないことは時代を超えた普遍性を有するらしい。

個人的には世界史としてではなく、政経の内容だと思うんだけどね。歴史としてよりも政治史として読むと、より面白いです。かなりお薦め!

ちなみに、こうして奪われた膨大な量の聖遺物がヨーロッパに流入し、各種大聖堂などで宝物として珍重された訳である。

また、あの神の聖域たる『シャルトル大聖堂』などのゴシック建築を作り上げた信心深いはずのフランク人は、そのすぐ後に、神をないがしろにしたこういう大虐殺をしているのも歴史的真実である。

人とは、つくづく不可解な生き物だと思わざるを得ない・・・。

本書からの抜き書きメモはこちら
【目次】
序文
第1章〜第116章

解題
詳細目次
関係年表
文献案内
地名索引
人名索引
コンスタンチノープル征服記―第四回十字軍(amazonリンク)

関連ブログ
「コンスタンチノープル征服記」〜メモ
「十字軍の精神」ジャン リシャール 法政大学出版局
「十字軍」橋口 倫介  教育社
NHKスペシャル 千年の帝国 ビザンチン〜砂漠の十字架に秘められた謎〜
エスクァイア(Esquire)VOL.19
「コンスタンティノープルの陥落」塩野 七生 新潮社
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2007年10月14日

「聖徳太子はいなかった」谷沢永一 新潮社

久々にどうしょうもないゴミの本を掘り当ててしまった感じがする。甘く見ても老人のたわ言レベルの文章で読むに値しない。改めてみると、出版社は新潮か。新潮文庫はいいが、新潮新書は本当にまともな本無いね。確か以前読んだ「関西赤貧古本道」なる本もこの一連の新書だったはず、本当に駄目ですね。率直に言って悲しいです。

書誌学の専門家ということで、それらしい片鱗はあるものの、論旨は不明確で適当に書き連ねているだけだし、説明が酷過ぎる。何がいいたいのか、一番大切なものが理解できない。

他の学者の批判がしたいだけなのか? 愚痴が言いたいだけなのか? 文章が稚拙過ぎる。本文に関係の無い引用や比喩ばかりに力が入って肝心な部分がスカスカ。更にもっともらしい定義をしたりする場面があるが(例えば、『憲法』とか)、語源的にどうかは知らないが、法律学の定義としては完全に間違っているはず。 この人、こんなんで賞をとっているのが理解できない。自分の専門の視野でしか物事の見えてない(本質的に)『頭の悪い』人にしか思えません。

二流の売文家にいそうなタイプだと思いつつ、読んだ。この人が書いた論文は、死んでも読みたいと思わないなあ〜。本書だけで判断して申し訳ないが、二度とこの人の文章は読みたくないです。

勿論、聖徳太子についての説明は、もうどうでもいいです。こんな説明で本書をいくら読んでも関係無いです。時間の無駄。別なまともな本を読み直しますから。従って、いつもは可能な限りメモする目次も書きません。

私だけかと思ったら、やっぱり心ある人はみんな思ってるんだね。amazonのレビューで酷評されてますが、イチイチ同感です。これでお金をとったら詐欺ですよ。

宣伝文句に
「〜実在論を完膚なきまでに粉砕した衝撃の一冊。」とコピーが書かれているが、「自らの手で学者としての存在意義を完膚なきまでに粉砕した衝撃の一冊。」ではないだろうか?

本書だけは絶対に手にしてはいけない一冊です!!

勿論、編集者の良識を疑う。タレント本やトンデモ本の方が(エンターテイメントに徹している分)はるかに良心的でしょう。

聖徳太子はいなかった(amazonリンク)

関連ブログ
「聖徳太子信仰への旅」日本放送出版協会
「聖徳太子信仰への旅」〜メモ
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2007年10月11日

「聖徳太子信仰への旅」日本放送出版協会

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NHKが番組制作したついでに、取材した材料をまとめて本にしたというよくあるパターンの本です。

歴史的な意義における『聖徳太子』像ではなく、現代に至るまで民衆から信仰の対象として崇敬されてきた『聖徳太子』像を採り上げています。

具体的に人々がどのようにして聖徳太子を崇敬を行っているかをレポートする体裁をとるのですが、都会の宗教心が薄れた人々と対比して、田舎の地域共同体に残る素朴で篤い崇敬心をことさら美化したり、スピード化、競争化した現代社会を卑下したり、いささか陳腐でステレオタイプの文明批判的なノリには、苦笑を通り越して、安易さの謗りを免れないだろう。

たぶん映像で見ると、郷愁を誘う感じでそれなりにまとまったイイ感じ系の番組だったのではと思うが、個人的には編集サイドの作為が強過ぎて嫌悪感を覚える。本でもそれが端々に出ていてイヤ!

何故、そんなに地方を特別視するんでしょうね? 旅行していれば、いくらでもそういう民衆信仰が息づいているのに気付きますし、自分の近所でさえ、たくさんあったりする。都内だって古くからいる人なら、思い当たるはずなんですが、地方から都内に根無し草で出てきて、地元をしっかりと見てないから、こんな安っぽい言動が出るのでは・・・?と下種の勘繰りをしたくなります。まあ、視聴率とる為でしょうけど。

まあ、嫌な部分もあるのですが、実際にそれらに目をつむれば、人々の普通の生活の一部(普通に聖徳太子を崇敬する日常)を紹介していて、興味深いです。

そもそも太子信仰が日本全国に広がっているのは知っていたし、地方を旅行する度に寺社の片隅に太子像や太子講の碑文があるのを目にしてきたのですが、その内容って知りませんでした。近所の寺にも太子の像とかいっぱいあるんだけどね。

本書では、実際にどのようにして信仰されているかの姿を通して、諸宗派から信仰され、宗派の祖とされていることや、浄土真宗との結び付き、太子伝会、職人に崇められる太子といったものを描き出していく。

その過程で紹介される寺に伝わる縁起や、『聖徳太子伝暦』『御手印縁起』などの内容が大変面白くて好奇心をそそられる。

本書自体は、軽く読み飛ばすタイプの本でしかないが、次にどういった観点から、聖徳太子の資料を探せば良いか、私には大変良いヒントになった。今度、関連書を読んでみよっと!

こうして、読書の連鎖はいつまでも&どこまでも無限に続いていくのでした。少なくとも聖徳太子について、全然知らない私には、いいきっかけになりました。悪い本ではないかと思います。
【目次】
1 太子道をたどって―飛鳥から斑鳩へ
2 王陵の谷―太子町・叡福寺
3 極楽浄土の入り口―大阪・四天王寺
4 六角堂の夢―京都・頂法寺
5 絵解きの法要―富山・瑞泉寺
6 まいりの仏―岩手・東和町
7 技術の神様―静岡・三島
8 北辺の太子堂―北海道・知床

付表―現代に伝わる聖徳太子信仰
聖徳太子信仰への旅(amazonリンク)
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2007年10月07日

「危険な歴史書「古史古伝」」新人物往来社

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いくら胡散臭いことが好きな私でも、さすがに本書に出てくるような古文書等に書かれた内容を史実とは思っていないし、そもそも冷静に検討すべきとも思ってはいない。

どっからどうみてもやらせの『偽書』っていうのは、本書内でも述べられているが、まさにトンデモ本の宝庫であり、ファンタジーとしては大いに楽しめる本達だと思ってます。

直接的には以前知った「青森にあるイエスの墓」が大爆笑で仲間内で受けてたのですが、それが書かれていたという「竹内文書」の具体的な内容が知りたくて本書を読んでみました。

もっとも残念ながら、本書ではたくさんのトンデモ系の古文書の概説がメインで、詳細は書かれていませんでした。その代わり、名前だけは聞いたことがあるもののどんなことが書かれた本だろうと思っていた、たくさんの古史古伝を知る事ができました。概要だけでもかなり笑えて楽しかったりする(笑顔)。

ただ、第1章や第2章ぐらいまでは読んでもいいものの、3章以降は私には不要でした。そもそもこうった本をどう読むのかとか、わざわざもっともらしく意義付けを求める姿勢がいやらしくありませんか?

実際にインタビューで答えられている方も、私的には古史古伝と同等の胡散臭さを感じずにはおれません。高橋克彦氏なんかいい例で、小説は面白いので好きですが、SF系のものは、かなりあちらの世界へいってしまっているものが多くてなんだかなあ〜???と思ってしまう作品が異様に多い。作品の中で、本書に出てくる古史古伝を扱ったのを読んだこともありますが、いささか呆れてしまって興醒めだったことを覚えています。

そもそも発行元の新人物往来社自体が、なんでも面白ければあり、って姿勢で部数を伸ばしてる会社だから、期待してはいけませんね。割り切って読む分には、楽しいからいいんですけど・・・。

まともに良識を持って、ファンタジーを楽しめる方は第1章をお薦めします。嘘だと分かっていても、やっぱりそそられる面白さはありますよ〜。

例えば、竹内文書については、モーゼが日本に来て「表十誡」「裏十誡」「真十誡」を天皇に捧げたそうです。そして、モーゼは富山県に住み、皇室の女性を娶り二人の子供まで設けたそうです。そして「十誡石」といわれる石が日本で発見されたことになってるらしい。

他にも同じ竹内文書には伝説の「ムー大陸」と「アトランティス大陸」に相当するような「ミヨイ」「タミアラ」という大陸の記述があって、海底に沈んだことになっているんだそうです。

まあ、ファンタジーですね。そんなすごい文書に書かれていたのが、以前うちのブログでも取り上げた青森の「イエスの墓」伝承ですから、あとは推して知るべし、ってところでしょう。

他にも不老不死の薬を求めた徐福が書いたとされ、富士山麓に栄えた古代王朝を述べた宮下文書だって! 

いやはや、凄まじいというか凄いというか・・・。ハリーポッターよりも夢のある世界かもしれません(笑)。
【目次】
第1章 「古史古伝」カタログ
 上記(ウエツフミ)/竹内文書/秀真伝(ホツマツタエ)/宮下文書(富士文献)/九鬼(クカミ)文書/東日流外三郡誌(ツガルソトサングンシ)/先代旧事本紀大成経/物部(モノノベ)文書/契丹(キッタン)古伝/揆園史話/桓檀古記/天書記(アマツフミ)/日本総国風土記/前々太平記/伊未自由来記/但馬国司文書/安部文献/カタカムナノウタヒ
 
第2章 「古史古伝」・超古代史MAP

第3章 「古史古伝」わたしはこう読む!
 インタビュー 高橋克彦(作家)
 インタビュー 伊沢元彦(作家)
 インタビュー 鎌田東二(宗教哲学者)
 インタビュー 西垣内堅佑(弁護士・縄文ネットワーク代表)
 北山耕平(口頭伝承研究家) 歴史にとってヴィジョンとはなにか
 
第4章 現代を動かす「古史古伝」
 「古史古伝」は新興宗教にどのように取り込まれたか 〜オウム事件まで〜 日高恒太朗
 戦後「古史古伝」研究の展開と波紋 原田実
 「古史古伝」とUFO 岡田光興

第5章 「古史古伝」論争最新改訂版

第6章 「古史古伝」と偽書研究の最前線
 「古史古伝」研究の現状と展望 原田実
 『先代旧事本紀』と神々の原像 大野七三
 神字と新字 府川充男
 偽書『神道五部書』で解明される伊勢神宮の謎 菅田正昭
 「古史古伝」各文書の位相 原田実
 「古史古伝」関連インターネット・サイト
 対談 「古史古伝」可能性とその限界 原田実・田中勝也
危険な歴史書「古史古伝」―"偽書"と"超古代史"の妖しい魔力に迫る!(amazonリンク)

関連ブログ
日本のイエスの足跡(BBCのイエスの墓の記事による)
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2007年10月04日

「大満洲国建設録」駒井徳三 中央公論社

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満州国建国の立役者にして、建国後は経済関係の最高の地位を占め、その仕組みをまさに一から作り上げた稀有な『文官』であった人物の手になる歴史的記録です。

現代の歴史的評価から見たら、納得できない部分(柳条湖事件の首謀者の件や、満州国の主要財源等々)が多々あるものの、教科書で安易に軍部の暴走でとか、日本の権益確保の為に戦争を起こしたとか『無知』としか言いようがない記述がいかに誤っているかを痛感させられる。

満州国は戦争に関わっている。戦争は良くない。だから、満州国は良くない。こういった幼児的三段論法レベルで議論をしている方々には是非一読をお薦めしたい!つ〜か、これ読んでからでしょう!

まさに昭和8年という時代に、歴史的出来事の当事者が自らの行動の意義を世論に訴えんと欲して書かれた本書には、自らを捨石にして日本と中国の永続的協力関係を築こうとした人々の情熱と苦悩の姿が描かれています。

実際、著者は内地に隠居していたのを陸軍大臣から「明日の日本と中国の為に」と再三の要請を受けて中国に向かいます。その際は二度と日本に戻らない覚悟で、自分の財産を処分し、それらは全て妻子に分け与えると共に、仕事の支障になってはいけないと妻とは別れて単身で中国に向かったそうです。

著者自身が勿論、有能な人物であった共に幼少の学生時代から中国の重要性を鑑み、大学の卒業論文では農業による中国の発展を企図して「満洲大豆論」を書いています。その後、満鉄に入り、自らの信ずるところを為さんとして中国全土をくまなく歩いて回ったそうです。

それほどまでに深く、中国と人民を熟知したうえで両国の架け橋たらんとした人物ですので、行動には真摯な情熱と深謀遠慮が交錯します。

治安が悪化した危険の真っ只中で護衛もつけずに大陸を車で疾走し、兵士に銃を向けられて監視される中、中国の実力者と会見して日本にとって必須であった交渉をまとめるなど、まさに命がけで行動しています。

そうかと思うと、あの国連のリットン調査団に対しても満州国が堂々と対応し、外交下手な日本人とは思えないしたたかさを見せてますが、著者自身が書かれているように、その間の日本政府の対応のまずさ(外務省の事なかれ主義と偏狭な島国根性を酷評してます)も致命的なミスであったことが分かります。

諸外国の対応も教科書に書かれているような、決して一方的な日本批判だけではなく、その背後にあった国際情勢や各国の思惑なども書かれていて実に興味深いです。勿論、あくまでも著者の立場からという限定がついてはいるのですが、教科書やそれを教える教師がこれらの事情をどこまで分かったうえで記述しているのか、私にははなはだ疑問に思えてなりません。

本書を読んでいて、そこに指摘された中国民衆の特徴(小さな集団や家族を統治するに非凡な才能を有するが、極端に個人的利益に走る為、天下国家的大集団を統治することが甚だ困難)は、まさに今の中国的資本主義の弊害そのものに一致するのみならず、日本国内の諸問題についての指摘が、今も変わらず妥当しているのに驚かされます。

満鉄の理事に内地から現場を知らない者が送り込まれ、数年おきに交代してしまう。対応する中国側は同じ人物でその間変わることがない。とてもではないが、交渉する以前の問題で話にならない。

あるいは、国連で全権大使として交渉に当たっている人物に対してでさえ、外務省寄りの人物でないというだけで必要な情報の提供を怠り、十分な資料が無い為に、外交交渉が不首尾に終わる。それもこれも、些細な縄張り意識に凝り固まった島国根性と歯に衣着せずに語っている。

また、平時にいかに優秀且つ事務処理能力に長けていても、火急の緊急時に即座に対応できるか否かは、別問題であり、それなりの修羅場や場数を踏んでいない人間は使えないと手厳しい。

著者は高邁なる理想を追い求める理想主義者であると共に、冷徹な政治を遂行してきた極めつけの現実主義者でもあって、相反するような両者を統合していくその考え方や行動原理は大変勉強になります。と同時に、非常に感銘を受けずにいられません。

まさに『大志』を抱く人物だったのだと信じて疑いません、私。

満州国成立後は速やかに日本人が特権的に有していた治外法権を撤廃し、日本の属国ではないことを明確にする必要を述べているし、満州国と日本国の経済関係もあくまでも互恵的な立場にたって、日本側の利益だけを追い求めるような形ではいけない、などと主張されている。ラスト・エンペラーの日本人像は、あくまでも映画の世界に過ぎない。

全く本書を読むと、NHKのプロジェクトXなんて、まるで児戯にしか思えません。たかだか新技術の一つや二つ、あるいは一企業の成功なんてどうでもいいし、それに関係した人の情熱も申し訳ないが、たいしたことないように思えてなりません。

本書を読んでいて痛感したのですが、責任を回避することに終始する姿勢は、今に始まったことではなく、まさに日本の有する伝統的病(やまい)なんだあ〜とつくづく思い知らされました。戦後何十年経とうが、日本って変わっていない。

誰も彼もが勝手に意見を述べ、誰も責任を取らず、マスコミはその無責任さを助長し、お祭り騒ぎにしてしまう。戦争が何故いけないか、何故それを起こしたのかを掘り下げない議論は、無意味なんだけど、日本の学校で議論なんて経験したことないもんなあ〜。大学に入っても、あまりそういう機会無かったし・・・。

まあ、現代の憲法9条問題もいいのですが、過去を冷静に見つめ直すこともできずに表面だけ騒いでもしかたないような・・・。とにかく、本気で議論するなら、こういった本も是非復刻して誰もが読めるようにして欲しいなあ〜。

とりあえず国会図書館に入ってるようですし、ご興味ある方は是非読んでみて下さい。得るものが必ずあると思います!!
【目次】
満州事変の渦中に投じて

事変直後の満州四頭政治
 人材に富める関東軍
 満鉄幹部の周章狼狽
 関東庁及び在満各領事の無力

馬占山説得記
 チチハル攻略前後
 軍使となって

建国工作の概要

建国直後の満州国
 新政府の経綸
 中央政府部内の雰囲気

満州国と連盟調査団
 国際連盟より見たる満州事変
 リットン卿会見顛末記
 国際連盟会議対策私見

新国家に対するデマの横行
 対満認識不足の悲哀
 国都建設を繞りて

満州国承認裏面史

満州産業開発管見

日本の経済政策並に政治政策より見たる満州国
 満蒙独立国家の建設と其経済的経営
 満州国経営上の政治問題

在満人問題に就いて

満州国要人列伝
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<付録>
新支那建設の一駒
満州国全法令便覧(満州国国務院法制局編纂による)
新満州国地図(満州国民政部地方司版に拠れる最新版)
大満洲国建設録 (1933年)(amazonリンク)
[駒井徳三氏の著作リスト(私が見つけた範囲)]
麦秋駒井徳三 (1964年) 蘭交会

大陸への悲願 (1952年) 大日本雄弁会講談社

大陸小志 (1944年)講談社

満洲大豆論(1912年)東北帝国大学農科大学内カメラ会 経済学農政学研究叢書;第2冊

南満洲農村土地及農家経済ノ研究(大正5年)南満洲鉄道地方部地方課 産業資料;其7

支那棉花改良ノ研究(大正8 )支那産業研究叢書発行所 支那産業研究叢書;第1冊

満洲国の今後 (1933年)大阪図書販売 時局問題叢書;第5編
今度、探して読んでみよっかな?

関連ブログ
「満洲帝国」学研
「最終戦争論・戦争史大観」石原 莞爾 中公文庫
古本まつり(西武百貨店)満州国の絵葉書
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2007年10月03日

「中世シチリア王国」高山博 講談社

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以前読んだ「十二世紀ルネサンス」の中にスペインのトレドと並んで、シチリアが古典の復興に多大なる貢献をしていたことを知り、もう少し知りたいなあ〜と思って読んだ本です。

あとここのシチリア王が、閉塞感いっぱいで成果の上がらない十字軍を尻目に外交交渉だけでエルサレムの支配権を獲得した話も他の本で聞いていたので、私の中に漠然とシチリア王国に対する関心を抱いていました。

上記の関心を本書が満たすかというと・・・。
十二世紀ルネサンスとの絡みでいうと、ほんの少ししか本書では言及されていません。著者の関心が中世の西欧世界に対するシチリア王国の影響という『従属した』視点ではなく、あくまでもシチリア王国を『主体にした』視点で捉えようとしており、古典の翻訳等は異文化が接触した際に生じる通常の『文化移転』の範疇であると看做していることによる。
(←学者は自らの専門的立場から、物事を見るのでそうなるのでしょうが、中世史的にみてシチリア王国の重要性がそれほどとは思えないんだけどなあ〜私には)

一方で、イスラム勢力の内情を熟知し、どうすれば、自らの欲する所を得られるかを既に知っていたであろうシチリア王が「外交交渉」という手段を戦略の一つとして採用したのは当然であったことが本書を読むと自明となります。

支配地域の住民に多数のイスラム教徒を抱え、統治機構の運用者としてイスラム教徒を官僚に積極的に登用していたシチリア王にとって、イスラム世界を熟知していなければ、そもそもその存在基盤さえも揺るがしかねない状況であったでしょう。また、敵対する諸侯や都市勢力の抑止力としてもイスラム教徒の懐柔と利用は必須だったようです。

結論として、直接的な『十二世紀ルネサンス』を本書で求めても期待外れとなりますが、それを成し遂げることができた背景を知るには、好適書かと思います。

また、中世の西欧においてもっとも早く高度化した官僚制を採用したのもこのシチリアであったそうで特殊な政治的状況からそうなった背景も含めてその点でも興味深いです。

と同時に、シチリア王国の宗教的寛容も政治的要請によるものであり、トレドでレコンキスタ後にユダヤ人への迫害が強まったように、イスラム教徒を利用する価値が相対的に減少するにつれ、種々の制約が課せられていったことが述べられています。実に考えさせられる話ですね。『正義』が勝つのではなく、勝ったのが『正義』であり、何をしても許されるというのは、まるで現代に通じる国際政治のようです。

個人的にはシチリア王国のみは全然関心がありませんが、中世史に関しての独特の役割と、イスラム教文化圏とギリシア文化圏(ビザンチン)とキリスト教文化圏のそれぞれが交差する特殊的事情は大変面白かったです。そういう観点で興味のある方にはお薦めします。

もっとも、本書では、こまごまとした人名がたくさん出てきてしまい、眠くなる典型的な歴史の本となっているマイナス面があります。できれば人名は大胆に削って、本質的な説明部分をもっと明確にしてくれた方が理解しやすいし、役立つんだけどね。個人的には、王や諸侯の名前なんてどうでもよくて、その人が果たした歴史的意義が知りたいだけなんだけど・・・。その点は残念でした。

歴史に興味がない人には、最後まで読み通すのも難しいかもしれません。
【目次】
プロローグ もう一つの中世ヨーロッパ
1章 地中海の万華鏡シチリア―錯綜する歴史
2章 ノルマン人の到来―地中海とノルマン人
3章 王国への道―シチリア伯領からシチリア王国へ
4章 地中海帝国の夢―ロゲリウス二世の新王国
5章 強大な官僚帝国へ―ウィレルムス一世悪王と宰相マイオ
6章 動乱から安寧へ―ウィレルムス二世善王の時代
7章 南国の楽園―めずらしい果物の島、美しい建物の町
8章 異文化接触の果実―イスラム、ギリシャ、ラテン文化の出会い
エピローグ 混迷の時代へ
中世シチリア王国(amazonリンク)

関連ブログ
「十二世紀ルネサンス」伊東 俊太郎 講談社
「十二世紀ルネサンス」チャールズ・H. ハスキンズ(著)、別宮貞徳(訳)、朝倉文市(訳)みすず書房
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2007年09月30日

「日本の下層社会」横山 源之助 岩波書店

以前に読んだ「東京の下層社会」で先駆的な細民研究の資料として挙げられていた本の一冊が本書。

早速、読んでみたものの、正直肩すかしをくらったような感じ。それぞれの地区の細民の居住状況や生活状況などをレポートしているものの、それほど突っ込んで仔細に調査しているようでもない。

前掲の紀田氏の本で、エッセンスたる興味深い点が要約・引用されていていささか出がらし状態になっているようにも思える。逆に言えば、「東京の下層社会」を読めば事足りるし、あちらの方が他の本からまとめた詳しい記述が多くて読んでいても面白い。

あえて本書を読む価値としては、引用元に当たって確認する点と共同長屋について説明している点の二点だと思う。後者の共同長屋は、紀田氏の本で見なかったような気がする。あったとしても記述はこちらの方がはるかに詳しく、成立の歴史から説明されていたのでその点では意義がある。

もっとも社会生活史とかに格別関心のある一部の人を除いて、一般読者としてなら、本書ではなく、紀田氏の本がずっといいと思います。私、読んでて全然面白くなかったし。

日本の下層社会(amazonリンク)

関連ブログ
「東京の下層社会」紀田順一郎 筑摩書房
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2007年09月21日

「十二世紀ルネサンス」チャールズ・H. ハスキンズ(著)、別宮貞徳(訳)、 朝倉文市 (訳)みすず書房

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伊藤氏の書かれた「十二世紀ルネサンス」を読んで大変感銘を受けまして、その本の原点たる本書を是非読もうと考えていました。

で、読んでみたんですが・・・。

う〜ん、事前に伊東氏の本を読んでいたからこそ、本書で言われている『十二世紀ルネサンス』の意味が分かりますが、いきなり本書だけ読んでも本質的な部分がなかなか理解できなかったと思います。

本書では概論的な部分が少なくて、個別具体的な事例を挙げつつ、この分野ではこうだった・・・的な説明が延々とされていきます。まさに各章毎に。

逆にそういった個別の事例から演繹的に十二世紀ルネサンスの姿を浮かび上がらそうとしていると思うのですが、私のように薄っぺらな予備知識しか持たない者には、正直かなり苦痛です。

ラテン語の著名な作家の作品とか、その内容に関連した話をされても・・・内容が分からないままでは、何が何やら???

法学の復活は、学部時代の法律を学んでいたし、ローマ法の西欧における影響に関する本とか読んでいたから理解できたけど、普通の人には辛いじゃないかなあ〜?

歴史の著述は、本書でもエミール・マールの本に触れていますが、その中で読んだ『鏡』とかのことなんで分かったけど、それ読んでなかったら理解できなかった。たぶん。

大学の起源も、中世の大学に関する本を読んでいたので、見当がついたけど、本書の記述だけで理解するのは至難の技かと。

全般的に、事前の予備知識を十分に持ったそれなりの人を読者に想定した本かと思います。端的に言うと、読者に求められる水準が高過ぎてめちゃくちゃキツイです。

本書全体をいっぺんに理解する事は無理でも、章で取り上げられている分野の本を読むときに、本書を絡めて読むことで両方共に理解が深まるような気がします。(じゃないと、事項の羅列とか思えなくなってしまいます。私レベルの知識では)

私と同じぐらいの一般レベルの読者諸氏には、およそ薦められない本ですね。でもね、ある程度、知っている部分だと、ああっ、このことを言っているんだなあ〜となります。

決して面白いとは言えません。でも、知識があるともっと楽しめそうな予感がする本でした。ただ、個人的には、伊東氏の本をお薦めします。個別論は置いといて、十二世紀ルネサンスの意義を理解するには、あちらが絶対にお薦めです!!
【目次】第1章 歴史的背景
第2章 知的中心地
第3章 書物と書庫
第4章 ラテン語古典の復活
第5章 ラテン語
第6章 ラテン語の詩
第7章 法学の復活
第8章 歴史の著述
第9章 ギリシア語・アラビア語からの翻訳
第10章 科学の復興
第11章 哲学の復興
第12章 大学の起源
特別に重要な訳ではないのですが、ちょこっとだけメモ
12世紀と15世紀は、学問的な資料にもある程度連続性があって、古い時代の個人の写本がヴェネツィアやパリの図書館に集められ、シチリアの国王蔵書がバチカンのギリシア語蔵書中核になっているらしい。
科学の面では、十二世紀ルネサンスはかくのごとく、アラビアのルネサンスである同時に、ギリシアのルネサンスであった。
12世紀のプラトン的イデア論は、主としてシャルトル学派に代表される。
関連ブログ
「十二世紀ルネサンス」伊東俊太郎 講談社
「中世の大学」ジャック・ヴェルジェ みすず書房
NHK世界遺産〜中世の輝き 永久の古都 スペイン・トレド〜
「世界大百科事典」平凡社(1998年)〜メモ
「ゴシックの図像学」(上)エミール マール 国書刊行会
「西洋古代・中世哲学史」クラウス リーゼンフーバー 平凡社
「アラビアの医術」前嶋 信次 中央公論社
posted by alice−room at 22:05| 埼玉 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 【書評 歴史】

2007年09月09日

「佐渡の順徳院と日蓮」山本修之助 佐渡郷土文化の会

【目次】
順徳天皇 佐渡の御遺跡
佐渡伝説 順徳院物語
日蓮聖人と佐渡
佐渡の日蓮伝承
本書は目次にある通り、4冊のそれぞれ別の小冊子で出ていたものをまとめて一冊にまとめたものらしいです。

購入時にも書きましたが、ISBNコードもないから、全国配本されない地方出版物みたいです。国会図書館には蔵書ありましたし、値段も書かれてるから一般販売はされていたようです。

著者は、旧家の出で天皇陵の管理をしていた公務員だそうで、本の冒頭に宮内庁の人間の推薦まで入っているから、それなりに信頼が置ける人と考えられているようですね。

さて、本書の内容はあの有名な承久の乱で佐渡へ配流になった順徳院のその後について詳しく書かれています。現存する文献からだけでなく、佐渡に現在も伝わる伝承などもフィールドワークで広く採取していて、普