2008年03月16日

「新約聖書」NKJ/新共同訳 日本国際ギデオン協会

我ながら、大胆不敵で不遜な企てのように思えるが、非信者としての書評ですので、キリスト教徒の方、気分を害しませんように。

実は、ダ・ヴィンチ・コード読破以後、また、シャルトル大聖堂訪問以後、こりゃ「聖書」を読まないと、私の関心のある事はいくら本を読んでも理解できないなと痛感していました。

エミール・マール氏のキリスト教図像学の本を読んでも、写本の解説見ても大元の聖書を知らないんじゃ、論外ですからね。ここんとこ、あしかけ2年以上かけて毎日数頁づつ読んで、ようやく読破しました!!
思った以上に時間かかったなあ〜、やっぱり。

プロテスタントの友達いわく、「聖書を読むだけでは駄目でその文言の本当の意味を知る為の解釈が大切なんですよ。」とのことですが、まあ、そこまでやってらんないし、私が興味があるのはカトリックの中世時代における解釈だからなあ〜。

そもそも資料文献としての読書なんで意味合いがずいぶん違っていたりする。まあ、それでも単純な読み物としても、結構面白かったです。

特に私の場合は、別な意味で予備知識があったので、ゴシックの大聖堂の建築に表現された理念(タンパンとかね)が、聖書内の文言に相当しているかとか、ステンドグラスの図像が聖書のどの話に由来するのかと、読んでいてネタ探し的な楽しさがありました。

今まで図像を知っていても元ネタを知らなかったんだからねぇ〜。言うならば、同人誌を読んでいても原作を読んだり、アニメを見たりしてない状態ですもん(←ひどい比較の仕方でサーセン)。

改めて、新鮮で本当に面白いんですよ〜。ただ、信徒へあてた手紙部分は、つまんないです。そこいらは我慢して読んで、最後のヨハネの黙示録でおおっ、こういうの有りなんだあ〜? って別な意味で驚いたりします。

天使ばんばん、ひどいことしますよ。極悪非道の限り。俗人の私には、むしろ悪魔の使いにも見えたりしますが・・・。

本書(聖書)を読んで、写本に出てくる象徴的な図像の解説が、ようやく納得いくようになりましたし、シャルトル大聖堂のタンパンのあの図像の意味が、にわかに今まで以上の深い世界観と渾然一体となってきます。サン・ドニのシュジェール院長が目指していたものが、漠然と感じられるような気にもなってきます(大いに不遜な発言だったりして・・・)。

でもあれこれ考える前に、やっぱり読んでみないといけませんね。やっぱり、絶対に必要なことですね。これ読まずして、西洋美術は理解できないと言われている意味がようやく実感できました。ふむふむ。

となると・・・やっぱりコーランも読まないといけないですよねぇ〜。神道や仏教は、何を読めばいいのやら? 何気に何にも知らない自分に気付かれますね。はてさて???

まあ、それらは置いとくとして。
私的には得る所が実に大でした。当然、本書はお薦めです!! どちらかというと、旧約よりも新約の方が美術とか文化理解には役立つかも。両方読むべきなんでしょうけど、なかなかそうもいかないですしね。

聖人伝を集めた「黄金伝説」との関連からも、当然、非常に興味深いです。つ〜か、先に読め、私(自爆)!
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2008年03月07日

「イスラム聖者」私市正年 講談社

あまりにも知らな過ぎるイスラム教のことを、もう少し知りたいなと思って読んでみました。いろんな宗教に聖人はいますが、イスラム教の聖人(聖者)って、ちょっと私には想像もつかなかったのでその点でも実に新鮮でした。

イスラムの聖者にはキリスト教の列聖のような制度がないので、みんなが認めればOKらしく、民衆の支持こそがその基準となるようだ。キリスト教でも元々は、地方限定の聖人がたくさんいたことを思い浮かべれば、その類似性は宗教に普遍的なものなのだろう。

その一方で、本書で初めて知ったのは「バラカ」という概念です。一応、「神の祝福」「恩寵」「御利益」と訳されるそうですが、そんな単純なものではなく、非常に幅広い意味合いを持つ独特な概念のようです。以下、本文中から。
・・・・・
バラカは、イスラムに内在する要素であり、様々な物や者に宿りながら、それらをイスラムの聖性によって結合させる固有の機能であるといえよう。
全体として、可能な限り文献など資料を基にして、イスラム世界における聖者の存在を採り上げようとした真摯な姿勢が見れる真面目な本なのですが、如何せん、イマイチ面白みには欠けてます。

エピソード的なものの紹介よりは、むしろそれらの類型的な分類とその解釈に力点が置かれていますのでご注意下さい。私的には、まずは具体的な聖者のエピソードの方に関心があったので、その意味では残念でした。

まあ、「バラカ」という言葉を知っただけでもヨシとしましょう。
【目次】
1 生き生きとした聖者社会
2 人はいかにした聖者になるか
3 聖者のプロフィール
4 聖者と奇跡
5 社会の中の聖者たち
6 聖者は歴史をどう変えたか
イスラム聖者―奇跡・予言・癒しの世界(amazonリンク)

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「聖典クルアーンの思想」 講談社現代新書
「三大陸周遊記」イブン・バットゥータ 角川書店
「聖遺物の世界」青山 吉信 山川出版社
「守護聖者」植田重雄 中央公論社
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2008年03月03日

「聖徳太子鑚仰」四天王寺編 中外日報社

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どっかの古書市でたったの300円で売られていた本です。非売品らしいのですが、聖徳太子所縁(ゆかり)の四天王寺が研究者や専門家に寄稿を依頼した論文集という形式で編まれた本です。各章毎にそれぞれ異なった人物によって書かれています。

聖徳太子に対しては歴史の教科書程度の知識しかなかったので、本書を読んで正直目から鱗になりました。聖徳太子が何であれほどちやほやされてるのか(←すみません、無知な私の表現です)不思議だったんですが、聖徳太子って単に日本に仏教を広めて定着させただけの人ではなかったんですね!

聖徳太子は、救世観音が姿を変えて現れた化身であり、転生していろいろな姿で絶えず現れて衆生を教化すると考えられたからこそ、日本仏教界の錚々たる人物、空海や親鸞等々が聖徳太子を崇敬したという記述の意味がようやく分かりました。

というか・・・今の今まで何にも知らない私も情けないお話なんですけどね。

また、先日東京国立博物館の映像で観た「聖徳太子絵伝」って、まさにこの「聖徳太子伝暦」を絵解きしたものだと思うのですが、そう思うと実に興味深いです。

「聖徳太子伝暦」は、当時、聖徳太子に関する種々の伝説・俗説が広まっている中で、多くのものを取り込んで集大成したもので後世、聖徳太子のお話は、この伝暦を元に語られるようになっていったそうです。

な〜んか面白いですね。私としては、中世キリスト教の聖人伝を集大成した「黄金伝説」を思い浮かべました。あれも元々は、巷に流布していた伝承諸々をまとめたものなのですが、それ以後は「黄金伝説」を元にステンドグラスや彫刻で図像化され、更に聖人伝が庶民に浸透していく過程の類似性を感じます。

ちょっと話がそれましたが、いろんな意味で興味深い本です。売ってくれたらいいのにねぇ〜。数を限って、関係者間に配られたのでしょうか? 実に魅力的な本です。本書を読んだうえで改めて「聖徳太子伝暦」を読んでから、「聖徳太子絵伝」観たいなあ〜。今度、関西行ったら、四天王寺にも是非行ってみようっと。今まで、全然知らなかったし、興味なかったのですが、もったいないことしてましたよ〜ホント。

聖徳太子好き(どんな人だ?)には、お薦めの一冊でした。

そうそう、一言だけご忠告を。一読してすぐに分かる部分と、難解な仏教思想に関する部分があり、後者は相当難しい・・・というか私にはほとんど理解できませんでした。だから、一般販売しないのかな? 一応、入手を目差す方はご注意を。
【目次】
第一篇
興隆三宝と聖徳太子
聖徳太子の国家理想
日本文化と聖徳太子
聖徳太子と日本仏教
聖徳太子と大陸仏教
聖徳太子

第二篇
勝鬘経義疏のこころ
維摩経義疏のこころ
法華経義疏のこころ

第三篇
憲法十七条奉讃

第四篇
四天王寺本願縁起と太子信仰
法隆寺金堂釈迦三尊と薬師如来の光背銘について
天寿国繍帳銘
聖徳太子伝暦
聖徳太子和讃と聖徳太子講式
聖徳太子絵伝と太子像
和国教主考
聖徳太子の浄土思想
聖徳太子の教育理念
聖徳太子の社会福祉思想の根源
四天王寺
法隆寺
聖徳太子廟の信仰
聖霊会の由来と舞楽法要
四天王寺勧学院の沿革と現状
四天王寺学園の沿革と現状
四天王寺福祉事業団の沿革と現状
聖徳太子年譜
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「聖徳太子信仰への旅」日本放送出版協会
「聖徳太子信仰への旅」〜メモ
「聖徳太子はいなかった」谷沢永一 新潮社
日本最古の建設会社、1400年の歴史を持つ金剛組
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2008年02月24日

「坂東三十三所観音巡礼」坂東札所霊場会 朱鷺書房

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札所毎にそれぞれ4頁を割いて簡単な歴史などを解説し、主な法要行事、付近の名所旧跡、宿泊施設、拝観料、納経時間を紹介している。

また、視認性の良い巡礼の道順と地図があり、アクセス関係も具体的に書かれていて有用性が高い。

決して重い本ではないですし、実際に巡礼する際に持ち歩くのにも便利だと思います。また、実際に行く行かないにかかわらず、どういったお寺なのかちょっとその歴史を知りたいときには重宝します。

何よりも私の場合は、本書のおかげで完全に誤解していた点に気付きました。浅草寺なんですが、何故か今の今まで私は江戸時代以降に出来た歴史の浅いお寺だと思い込んでいました。

実は1400年近い歴史と由緒のあるお寺さんだったみたい。歴史が古ければいいというものでもないですが、う〜、何十回も行ってるけど、知らなかったなあ〜(反省)。

決して記述の量が多いわけではありませんが、そこそこの情報が入っていますので、勉強になります。また、次に何の本を読めばいいのか、本書で学ぶ事ができました。以下の本に詳しい縁起が書かれているそうです。今度、探してみよっと!

亮盛師著(1771年)「三十三所坂東観音霊場記」(十冊)・・・青蛙書房で活字本 
続豊山全集にも有り

えっと、これですね。ふむふむ。西国坂東観音霊場記 新装版(amazonリンク)

本書に出ている幾つかの寺はうちの近所にもあり、このブログでも何個か既に採り上げたことのあるもの。他の札所も回ってみたいなあ〜。
【目次】
1 杉本寺 2 岩殿寺 3 安養院 4 長谷寺 5 勝福寺
6 長谷寺 7 光明寺 8 星谷寺 9 慈光寺 10 正法寺
11 安楽寺 12 慈恩寺 13 浅草寺 14 弘明寺 15 長谷寺
16 水沢寺 17 満願寺 18 中禅寺 19 大谷寺 20 西明寺
21 日輪寺 22 佐竹寺 23 観世音寺 24 楽法寺 25 大御堂
26 清滝寺 27 円福寺 28 竜正院 29 千葉寺 30 高蔵寺
31 笠森寺 32 清水寺 33 那古寺

巡礼の十徳
巡礼十三ヶ条の心得の事
坂東三十三観音札所一覧
巡拝計画
坂東三十三所観音巡礼―法話と札所案内(amazonリンク)

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「仏教の説話と美術」高田 修 講談社
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「仏教の説話と美術」高田 修 講談社

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キリスト教の図像学における、エミール・マールが書いたような本を期待しつつ読みました。しかし、いくら読んでも具体的な図像とそこに描かれた内容とが一致するような説明は、一部を除いてほとんど見つけられませんでした。

そもそも本書に入っている図版があまりにも小さい写真であり、説明されている文章との対応関係が明確に分からないうえに、極端に図版の数が少な過ぎることで、およそ図像の説明としては、根本的な問題があるように感じます。

元々の読者としての対象が、十分な予備知識を持っている人だからかもしれませんが、無知な私には、本書で解説される名称の漢字の量で既についていけませんでした。

巻末の初出を見ると分かりますが、複数の雑誌や本に載ったものをまとめた為、内容にも相当部分の重複があります。一方で、本来説明して欲しい用語や一般的な基礎知識部分の説明は既知のものとして、必要以上に省いてあり、決して理解しやすい文章ではありません。

また、それらを克服して読んでいっても、今まで実際の寺社仏閣で見ても分からなかった図像が、目から鱗・・・のように理解できるようになるのでもなく、正直本書を読んでいて感動がありませんでした。

個人的な希望としては、概説的で総括的な部分は削ってでも、もっとポイントを絞って具体的な図像を例示しつつ、それが何を示しているのかを明確に説明して欲しかったです。図像の元となる伝承などは興味深かったのですが、それがいかにして表現されているのか、時代的な推移を踏まえた説明などは、はなはだ不満足です。

う〜ん、この類いの名著って無いのでしょうか? 仏教や神道の図像学的な本があったっていいと思うのですが、私が見た限りでは、ほとんど見たことないんですよねぇ〜残念!

巷にあふれる、安っぽくて陳腐な、初心者をなめきったような入門書ではなくて、難解でも苦労して読む価値のある本があれば、挑戦したいのですが・・・ふう〜、見つからないなあ〜。

あちこちの神社やお寺で見た彫刻も意味が分かれば、もっと楽しくなるんですけどねぇ・・・。是非、研究者さんに期待したいところです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
と批判的なことばかり、書きましたが、本書を読んでいて改めて仏教とキリスト教の違いを感じました。有名な話ですが、例えば、こんな話があります。
「投身飼虎」
ある国に慈悲の心厚い三人の王子があり、一日そろって山中へ分け入り、飢えた雌虎が七頭の子虎をかかえ死にかけているのを見つける。兄弟たちは憐れみの心に打たれるが、どうするすべも知らず遠ざかっていく。ただ末の弟だけは仏道を成就するため、不惜身命の一大決意をして引き返し、自分の体を食べさせようと、着物を脱いで竹の枝にかけ、虎の前に横たわる。しかし母虎は食いつく力もない。そこで彼は竹で自分の首を刺し血を出したまま、高いところから虎めがけて跳び下りる。虎の親子はその血をなめて力をつけ、ようやく肉にかぶりつく。これが物語のクライマックス投身飼虎の場面である。弟を探しに戻ってきた二王子が見出したのは、その残骸だけに過ぎない。二人の号泣と父王夫妻の悲嘆。人々は、無くなった王子の為に遺骨を納めて竹林中に塔を建てたという。
キリスト教だったら、間違っても動物の為に自己犠牲をするなどという場面は出てきません。殉教はOKでも、憐れみの為にいう観念が根本的に欠如している感じがします。
(それにキリスト教では人と動物は等価値ではありません。仏教では、全ての生き物を等価値に扱ってる、と思うのですが? それゆえの憐れみでしょう。おそらく・・・)

だからこそ、仏教の為に争うというのはあまり聞かないのに(一向一揆の扱いは、特異な例としていいのか不明ですが)、キリスト教の為の争いは、あれだけ多いのでしょうね。

そういえば、それに比して神道ってのは、どんな宗教にもあるはずの経典の存在しない超・宗教だと教わった気がするなあ〜。昔、某予備校の講師から。あれって正しい話なのだろうか? 教育勅語が唯一の経典相当だとの話だったのですが・・・。

う〜ん、その辺のことも是非知りたいものです。どっかに良書はないものでしょうか???
【目次】
第1部 仏教の説話
第一章 本縁説話
第二章 譬喩・本生・仏伝
第三章 仏伝文学
第四章 本生譬喩文学

第2部 仏教説話の美術的表現
第一章 仏教と美術
第二章 説話図遺品の分布
第三章 仏教説話図描出の仕方
第四章 仏教説話図と典拠

第3部 美術にみる仏教説話
1 猿の橋渡し
2 孝子の蘇生
3 六牙白象の物語
4 善事太子の冒険
5 投身飼虎
6 命に代えて鳩を救う
7 布施に徹した太子
8 鹿と忘恩の男
9 キンナラに教えられた国王
10 三重苦を装う王子
11 空を飛んだおしゃべり亀
12 首を布施した月光王
13 夜叉の青年と龍女との恋
14 スダナ王子と美しい妖精
15 海水を汲み干そうとする大施青年
16 燃燈仏の予言
17 得眼林
18 舎利仏と外道の通力競べ
19 維摩と文殊の対論
20 善財童子の求法遍歴の旅
21 幻の城の喩え
22 蓮華化生
23 観音の救いはいつ、どこにでも
24 地獄の責苦

第4部 本生物語
一 ルル鹿本生物語
二 尸毘王本生物語

第5部 仏教美術の基本
 起源と伝播
 種別
 仏像
 仏画
 仏教図像学


仏教の説話と美術 大文字版 (講談社学術文庫)(amazonリンク)

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2008年02月17日

「ユダとは誰か」荒井 献 岩波書店

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さ、さすがは「トマスによる福音書」を書かれ、日本のグノーシス派の権威・荒井氏によるユダの福音書の解説本です。ナショナル・ジオグラフィック社の本も勿論、読みましたが、あちらよりも本書の方が、きちんと整理されていて論理的に説明されています。

四福音書との比較や外典で既に知られているものをも視野に入れて、一つ一つ論拠を挙げて説明されているので大変勉強になるし、実に興味深いです。

本書では、各福音書におけるユダの記述を比較することで、それぞれの福音書記者が福音書の記述にあたって意図して点を明らかにしつつ、具体的にどのように記述が異なっているかを明示しています。

またユダが従来、イエスを銀貨で「売り渡す」とされた記述も、元々のギリシア語の意味に遡って必ずしもそのような意味ではなかったことを示し、他の福音書でも「売り渡す」という記述はしていない点を指摘されています。

また、ユダのその後についてもユダ自身が「後悔」した結果としての自殺なら、自殺自体は問題であっても懺悔していることで既に許されている可能性を指摘していて、天罰で罰せられたという記述とは意味が異なってくることを述べられています。

読んでいると、本当にふむふむを頷かないではいられないほど、実に面白いんですよ〜、これが! 

時期的に「ユダの福音書」の出版に便乗したのは事実でしょうが、内容的には決してそれに乗じたような安易な本ではなく、さすがは岩波、さすがは荒井氏という感じです。従来の学問的成果の元での「ユダ」の位置付けが本書の主題であり、「ユダの福音書」そのものへの言及は、全体からしたらごく一部でしかありません。

その代わり、ナショナルジオグラフィック社の本「原典 ユダの福音書」ではよく分からなかった、ユダがイエスがバルベロから来たという点。それがもう明白なグノーシス的な特徴であることなどを説明されています。う〜ん、勉強になる。

他にも私的には興味深いことがいっぱいあったのですが、あまり時間がないので取り急ぎ、一部だけメモ。後は時間がある時に別途メモしておこうっと。
パピアスの断片(P119)
ユダは首をくくって死んだのではなく、窒息する以前に下におろされて生き延びた。そして、使徒行伝は、彼はふくれあがり、腹が破裂してその内臓が流れ出た、と述べている(一18)。この点を弟子バビアスは、「主の言葉の説明」の中で次のように述べて、一層明瞭に報告している。
「ユダは不信仰の代表的見本として、この世で生を送った。彼の肉体は大層ふくれあがったので、車が容易に通り抜けるところを、彼は、その頭すらも通り抜ける事ができないほどであった。彼の目のまぶたは大変はれあがったので、彼は光を全く見ることができず、また医者が器具を使って彼の目を見ることもできないほどであったという。彼の恥部はあらゆる恥ずべきものよりも不愉快、かつ大きく見えた。そして、それを通して身体中から流れ集まる体液とうじ虫とが、ただ(身体の)必要性によって運び(出され)て、恥ずべき有様(となっていた)。彼は多くの責苦と(罪に対する)むくいと(をうけた)後で、自分自身の地所で死んだといわれる。その土地は(彼の)においのゆえに、今に至るまで荒れていて、人が住まない。また今日に至るまで誰も、鼻を手でふさがないでは、そのところを通り過ぎる事もできない。彼の肉を通して、地上で、このような流出がおこったのである。
実に、実に興味深いです。

巻末のある「ユダの図像学」というのも、一見の価値有り。私がユダが縊死している彫刻を初めて写真で見たのは、サンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路にある寺院の彫刻でした。その写真が非常にインパクトがあってずっと気になっていましたが、それが本書のような説明を読むことでまた違った見方で見られるような気がします。

本書は実にしっかりした内容の本ですので、胡散臭い表面的な本ばかりが多い中では、強くお薦めできる本です。とにかく面白い♪ 但し、ニ資料仮説とかぐらいは知っていた方が、すんなり理解できると思います。前提条件となる予備知識があった方が無難です。
【目次】
ユダの共観表

T原始キリスト教とユダ
1イスカリオテのユダ―名称の由来とその意味―
2イエスとの再会―マルコ福音書のユダ―
3銀貨30枚の値打ち―マタイ福音書のユダ―
4裏切りと神の計画―ルカ文書のユダ―
5盗人にして悪魔―ヨハネ福音書のユダ―

U使徒教父文書、新約聖書外典と「ユダの福音書」のユダ
6正統と異端―使徒教父文書と新約聖書外典のユダ「
7十三番目のダイモーン−―ユダの福音書」読解―

Vユダとは誰か
8歴史の中のユダ

ユダの図像学



ユダとは誰か―原始キリスト教と「ユダの福音書」の中のユダ(amazonリンク)

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「トマスによる福音書」荒井 献 講談社
トマスによる福音書〜メモ
ユダの福音書の内容(英文)
ユダの福音書(試訳)
NATIONAL GEOGRAPHIC (ナショナル ジオグラフィック) 日本版 2006年 05月号&「ユダの福音書を追え」
「原典 ユダの福音書」日経ナショナルジオグラフィック社
『ユダの福音書』4月末に公刊
イスカリオテのユダ、名誉回復進む!
ユダの福音書の内容は、確実にじらされることを約束する
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2007年11月27日

「ビンゲンのヒルデガルトの世界」種村季弘 青土社

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しばしば中世キリスト教絡みで名前だけは聞いていたのですが、いつか読んでみたいと思っていて著者が種村氏ということもあって読んでみました。

12世紀に現れた女性幻視者ヒルデガルト。聖書を読むこと以外、神学理論などは全く習ったはずのない女性が病の床で見る幻視の数々。しかも強烈な聖職者の堕落批判を伴っていたのにもかかわらず、教皇からのお墨付きを得てしまう。

当時、カタリ派の存在で厳しい批判に晒されていてカトリック側の事情が、この女性の幻視を公式に認めた背景に大きく影響しているが、私だったら、特に知りたいと思うその辺の事情については、本書では軽くしか触れられていない。

本書が扱うのは、タイトルが一番適切に内容を表しているが、あくまでも一女性幻視者としてのヒルデガルトであり、彼女がどういった環境で育ち、どういった行動をし、著作の内容、また、著作に見られる諸般の影響と独自性、等々。そういったことが非常に多角的な視点から、再構成され、当時としてはかなり特異な存在であった彼女の姿を描き出している。

私は本書で初めて知ったが彼女は単なる幻視者としてだけではなく、数々の自然科学や医学、精神医学に関する内容を持った本を残しており、そうした観点からもまさに特別な『例外』であったようだ。

また、終始一貫して病気に悩まされ、常に死と紙一重の状況で物凄く長生きするのも不思議としか言いようがなく、その状況故に、幻視者で有り得たのではないかとも思われる。

非常に内容は盛り沢山で、そういった視点で関心があれば、かなり面白いはずですが、私はあくまでも中世キリスト教に対する影響とか、神学理論への関与等に関心があったので、その意味では本書はほとんど役立たなかった。つまり、私的には全然面白くなかった!

本書でも紹介されているが、私の視点で見るならば、ヒルデガルトの著作そのものである「スキヴィアス」(中世思想原典集成15『女性の神秘家』)を読んだ方がはるかに良かったかもしれない。今度、機会があればそちらを読むかも?

ちなみに言うと、本書は雑誌「イマーゴ」に連載されていたものをまとめたものである。そう、あの雑誌である。私の友人の心理学者に言わせると、「心理学とか思想っぽい・・・雑誌」というアレである。

その辺の事情を理解すると本書の内容も分かるような気がする。本書は幾つかの賞もとってるそうだが、「正直どうよ」ってカンジ。私は、あまりにも退屈で後半はかなり飛ばし読みにした。基本的には、お薦めしません。いい加減な悪い本ではないんですけどね・・・。
【目次】
十字軍と幻視者
光り輝くもの
ルチフェルと宝石
教皇の認可状
卵と車輪
二人の娘
赤ひげ王バルバロッサ
花咲く女子修道院
光と音響
知られざる文字
ラインの魚類学者
女庭師の帰還
病気の治癒力
ジグヴァイツァ共同治療
メランコリアの涙
性と睡眠
風の薔薇
彼岸の王国

ヒルデガルト年譜
家系図
参考文献について
ビンゲンのヒルデガルトの世界(amazonリンク)
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2007年10月19日

「図説 キリスト教聖人文化事典」マルコム デイ 原書房

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聖人をそれぞれのテーマ毎に分類し、計100人を紹介しています。一人の聖人につき、1〜2頁で聖人毎に最低でも一枚は図版が入っていて、とても分かり易い構成です

勿論、聖人暦とか、黄金伝説に慣れている人には物足りないかも知れませんが、例えば絵画を見る時に出てくる聖人についてちょっと知りたいとか、そんな時には重宝するかもしれません。

一応、私黄金伝説とか全部読んだんだけど、知らない聖人がたくさんいて、ちょっとショックでした(ガッカリ)。まあ、日々聖人が生まれてるくらい、ここんとこ聖人が大量生産されてますからねぇ〜。深くはつっこみませんが・・・。

実は、私も読む前は結構なめてましたが、読んでみると勉強になりました。いくつか気がついた点、メモしておこうっと。
モニカ:
アウグスティヌスの母。アウグスティヌス自身が聖人なのは当然ですが、まさか母まで聖人だったとは・・・。でも、それって息子さんのおかげ?

コルンバ:
アイルランドの聖人。この人にまつわる奇蹟譚が面白い。
「舟をこいで渡ろうとしていた仲間の一人が海の怪物に追いかけられた時、コルンバはその怪物を鎮めたといわれている。それ以来、今日ネス湖の怪獣として知られているその生き物は、目撃はされるが、決して人を傷つけないという。」

ピオ神父:
聖痕を受けた人物で2002年に列聖。この人って何気に映画「スティグマータ」のあのピオ神父じゃないの? 実在のモデルがいたんですね! そういえば、どっかで聞いた名だと思っていましたが、正直かなり驚きました(アセアセ)。

ドミニコ会
即ち、ドミニカンズは domini canes とあだ名されたが、これは「神の犬たち」というラテン語の意味になるそうです。
ここで気付いたのですが、現在の教皇が「教義の番犬」という異名だというニュース記事を以前読んだのですが、単純に教理聖省のトップだからという意味で私は理解していたのですが・・・。教皇は確かドミニコ会の人だから、ここでいう「神の犬たち」にも意味をかけていたのかな? だったら、全然ニュース記事の意味合いが変わってきますね。う〜無知な私は、ニュース記事を誤解していたかもしれません? やっぱり物を知らないといけないなあ〜と痛感しました。(でも、翻訳した人は分かって訳してるのかなあ〜???)

柱塔行者シメオン:
柱の上で不自由な生活をする苦行を最初に行った人物。先日読んだ「コンスタンチノープル征服記」の中で処刑された前皇帝が突き落とされた柱塔とは、まさにこの苦行用のものだったはずです。う〜ん、知識がこんなふうにオーバーラップしていくのは、とても面白いものです。
【目次】
序文
第1章 家族と家庭
第2章 動物・植物・自然
第3章 社会
第4章 宣教と旅
第5章 災害と救済
第6章 苦難
第7章 仕事と職業

諸聖人の祝日
人名索引・項目別索引
図説 キリスト教聖人文化事典(amazonリンク)

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「聖者の事典」エリザベス ハラム 柏書房
ラッツィンガー枢機卿。バチカン教理省の長官を務め、「教義の番犬」の異名を取る
スティグマータ 聖痕 <特別編>(1999年)
「コンスタンチノープル征服記」〜メモ
「黄金伝説1」ヤコブス・デ・ウォラギネ著 前田敬作訳 人文書院
「黄金伝説2」ヤコブス・デ・ウォラギネ 人文書院
「黄金伝説3」ヤコブス・デ・ウォラギネ著 人文書院
「黄金伝説4」ヤコブス・デ・ウォラギネ著 人文書院
エスクァイア(Esquire)VOL.19
「守護聖者」植田重雄 中央公論社
「中世の奇蹟と幻想」渡辺 昌美 岩波書店
聖ニコラウス伝承(巷にいうサンタクロースさん)
オプス・デイ創立者、列聖へ  カトリック新聞
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2007年10月12日

「新ローマ教皇 わが信仰の歩み」ヨゼフ ラツィンガー 春秋社

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なんかあまり面白そうではなくて、この本は知っていたのですがずっと読まないでいました。しかし、最近ラテン語のミサの復活やバチカンのある種、昔に戻るような言動・動きなどに関心を覚え、まずは入門書として読んでみました。

教皇の自叙伝的な部分は、個人的にはあまり関心を覚えなかったし、前教皇と比べるととりたてて感動するような場面もなかったのですが、読むだけの価値がありました。

それは何かというと、本書が出た時点では気付かなったであろう典礼についてのそもそもの教皇の考え方でした。昨日、今日の思いから、先日ニュースになったラテン語ミサの件が出てきたのではなく、ずいぶんと以前から心の中で考えてきた事だったことが本書を読むと分かります。

キリスト教神学とかは、あまり知らない私が理解した(と思っているだけかも?)範囲でいうと、次のようになります。
・トリエント公会議後、新しいミサ典礼書が作られたが、それは以前のものを使用禁止にして完全に新しいものにしてしまっている。これまでのミサ典礼書は、従来のものの延長線上でったのに対し、典礼の歴史の断絶を意味する。
・人が何もかも決めていくことが、できるかのように誤解する風潮が著しいが、あくまでも全てを定めているのは『人』ではなく『神』であるという視点が失われつつある。
・神学的な解釈にしても、論理性や文献学的な正しさだけという視点ではなく、歴史的経緯の中で採用されてきた解釈・理解の意義付けを踏まえたうえで新たな神学的解釈を行っていくという姿勢を採用している。

上記から分かるように、ミサ典礼の断絶という認識を常々抱いていたことから、最近話題になっている「ラテン語によるミサ典礼の復活」に繋がっているんだと思います。

いくつかニュース見たけど、海外の記事も含めてそういった視点から、解説されていたのはほとんどなかったように思います。本書は教皇自身が書かれたものを翻訳されているので、教皇の考え方を理解するうえで大変有用だと思います。興味のある方にはお薦めします。

もっとも、『啓示』と『伝承』などの解釈や神学的な論争の話が随所に出てきます(だって教皇は神学者だもん!)。従って、神学的な用語や知識が無いと、たぶん挫折します。

私は、神学的知識はほとんどないので本書の内容をどれくらい理解できたか怪しいのですが、それでも類書をいくつか読んでいたので、まだ抵抗感は少なかったですが、普通の人が読むとパンクします。つ〜か、全然分からないし、苦痛だと思いますのでご注意下さい!

ただ、文章自体は平易ですし、翻訳をされてる人がなんと、ラッツィンガーさんのドクターコースでの教え子らしい。後半の4分の1くらいは、その翻訳者による教皇の人となりの説明になります。

それを読んで、初めて理解できることもあるので全部読破しましょう!本書を読むことで、現教皇の行動原理が少し分かったような気がします。類書が少ないので(後は神学の本がほとんど?)、こういう本は良いかもしれません。
【目次】
新ローマ教皇 わが信仰の歩み
 少年時代―イン河とザルツアッハ川のあいだ
 村への配転と小学校入学―「第三帝国」の影
 トラウエンシュタインのギムナジウムでの日々
 兵役と捕虜
 フライジングの神学校で
 ミュンヒェンでの神学の勉強
 司祭叙階―司教ー博士論文
 教授職獲得の試験の劇的展開とフライジングの日々
 ボン大学教授になって
 公会議の開始とミュンスターへの移行
 ミュンスターとテュービンゲン
 レーゲンスブルクの日々
 ミュンヒェン・フライジングの司教

ラツィンガー教授から受けたこと、その想い出
 ラツィンガー教授の想い出
 キリストのからだとしての教会
 神の民としての教会
 司教の合議制と教皇
 三位一体論とペルソナの思想
 キリスト論
 聖書と伝承
 原罪について
 聖母マリアについて
 仏教について
 ラツィンガーは保守主義者か
 ベネディクトという名前と近代の諸教皇について
新ローマ教皇 わが信仰の歩み(amazonリンク)

関連ブログ
「典礼の精神」ヨセフ・ラッツィンガー サンパウロ社
「信仰と未来」ラッツィンガー著 あかし書房
新教皇ベネディクト16世(ヨゼフ・ラッツィンガー枢機卿)略歴
ラッツィンガー枢機卿。バチカン教理省の長官を務め、「教義の番犬」の異名を取る
新法王、ナチス青年組織メンバーの経歴
新法王にドイツのラッツィンガー枢機卿を選出=コンクラーベ
教皇のラテン語ミサ許容に反応さまざま
ラテン語ミサ典書が復活 保守色を深めるローマ法王ベネディクト16世
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2007年10月10日

「サンティヤーゴの巡礼路」柳宗玄 八坂書房

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いつも愛読している柳宗玄氏の手になる著作集の一つ、サンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路に関する本です。

中世において、大変有名な巡礼案内書を全訳していると共に、著者自身が何度も実際に道を辿った経験を踏まえつつ、その内容について解説を加えています。

本書は決して学問的な観点(歴史学等の視点)から書かれた本ではなく、進んで中世の非合理的側面と切って捨てられる側面に光を当てることで、中世の世界を、中世の人々を理解しようとした本です。

本書内で随所に出てくる巡礼路の写真も著者自身が撮影したものらしく、実際の巡礼路を彷彿とさせます。

そもそも巡礼路に興味を持っている人だったら、巷に出ている現代的なサンチャゴ・デ・コンポステーラの巡礼本とは、一味違った楽しみ方、味わい方ができる本だと思います。逆に興味無い方は全然面白くないでしょう、きっと。

巡礼者は人々の善意や喜捨で露命をつなぎつつ、ひたすら聖地を目差すのですが、そういった人々を食い物にする悪人達が出てくるのもやっぱり悲しい事実だったりします。

本来無税の巡礼者に税をかけ、あまつさえ、通常の倍の税を取ろうとする役人。川を渡すからと高額な渡し賃を取るにとどまらず、舟を川の途中で転覆するように仕向け、巡礼者が溺死すると残った手荷物を横領する輩など、いつの時代も旅は本当に命がけだったことが分かります。

まあ、未だにどこの国に行っても空港からタクシーに乗る外国人がぼったくられますが、それなんて可愛いものなんでしょうね。もっとも、日本の田舎へ観光に行ってタクシー乗っても、回り道して時間と料金を倍請求することがしばしばあるし、性悪説を採らないと酷い目に合ってしまうことを本書を読んでいても痛感します。

その一方で、実に善良な人々の存在もあり、ほんと世の中って不思議です。時代が変わっても、国が変わっても、それは普遍だったりします。

私的には、結構楽しく読めました。一度は是非、読んでみたいと思っていた『巡礼案内書』がようやく読めたしね(笑顔)。そうだ、巡礼案内書の内容についてもメモしておきます。
『サンティヤーゴ巡礼案内書』の日本語訳目次
第一章 サンティヤーゴへの巡礼路
第二章 サンティヤーゴへの巡礼路の宿場
第三章 巡礼路に沿う町村の名
第四章 この世の壮麗なる三大救護院
第五章 サンティヤーゴへの巡礼路再建に貢献した人たち
第六章 街道沿いの悪しき水と良き水
第七章 街道沿いの土地の名と住民の特色
第八章 参詣すべき街道沿いの諸聖人の墓所、聖エウトロピウスの受難
第九章 ガリスィヤにある聖ヤコブスの町と聖堂の特色
第十章 聖ヤコブス参事会の人数
第十一章 サンティヤーゴへの巡礼者たちの善きもてなし
旅に必要な水や食べ物、土地の人々の性情などなどまさに旅のガイドブックです。当然、巡礼中に訪れるべき聖地・聖遺物(観光スポット?)も詳しく書かれています。ご利益の内容や由来なども。

で、最後には、終点であるサンチャゴでの詳しい町情報も完備。これもって、巡礼したいものです・・・。

そうそう、本書の最後にある「奇蹟」に関する引用文も大変興味深いです。実際に当時、巡礼した人が残した文書に記載された奇蹟の内容です。人はいつでも奇蹟を待ち望んでいるものですね!私もですが!!

但し、内容は悪くないけど、値段は高過ぎでしょう。どう考えても内容からして半値以下が妥当でしょうね。もっとも購入者数から判断すると、この値段になってしまうのかもしれませんが・・・需要がいかにも少なそうだし。

「サンティヤーゴの巡礼路」〜メモ本文中の抜き書きメモはこちら。
【目次】
サンティヤーゴの巡礼路

第1章 聖ヤコブスの聖地へ
第2章 巡礼に旅立つ人々
第3章 ガリスィヤを目指して
第4章 さいはての大聖堂
終章  中世の巡礼たち

全訳『サンティヤーゴ巡礼案内書』
「サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサーダの奇蹟」(コーモンの領主ノパール筆)
サンティヤーゴの巡礼路 (柳宗玄著作選)(amazonリンク)

関連ブログ
「巡礼の道」渡邊昌美 中央公論新社
「中世の巡礼者たち」レーモン ウルセル みすず書房
「星の巡礼」パウロ・コエーリョ 角川書店
「スペイン巡礼の道」小谷 明, 粟津 則雄 新潮社
「芸術新潮1996年10月号」生きている中世〜スペイン巡礼の旅
「スペイン巡礼史」関 哲行 講談社
「聖遺物の世界」青山 吉信 山川出版社
「スペインの光と影」馬杉 宗夫 日本経済新聞社
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2007年09月23日

「広島大学フランス文学研究(通号22、23)2003、2004年」広島大学フランス文学研究会

記事名「聖ブレンダンの航海(1)」、「聖ブレンダンの航海(2)」太古 隆治。

聖ブレンダン航海譚はラテン語の他、各国の言葉に翻訳されて広く知られたベストセラーであった。本書以外に現在の邦訳には、2種類がある。

1)Benedeit のフランド韻文詩の訳。
  (村松剛:冥界往来―「聖ブランダンの航海」東京大学教養学部外国語科編「外国語科研究紀要―フランス語教室論集」第39巻第2号、1991年)
2)1476年のドイツ民衆本の訳。
  (藤代幸一:「聖ブダンダン航海譚」法政大学出版局1999年)

本書は、それらの各国版に先立つラテン語版の邦訳に当たるそうです。興味のある方は是非、読み比べてみて下さい。ずいぶんと内容が異なってきているのが分かります。

私は、2)の藤代氏のドイツ語訳を先に読んだのですが、ちょっと前で記憶は怪しいながら、かなり違う印象を受けました。勿論、訳出された文体の影響もあるのでしょうが、こちらの訳は読み易いし、どちらかというといろいろな要素が付加される前の原形故か、ストーリーがすっきりした内容になっています。比較しながら読むときっと更にその面白さが増すと思います。

後は1)のフランス語版の訳かな。これはまだ読んでないので機会を見つけて是非読んでみたいと思います(笑顔)。三つを並べて読むと面白そう!

ご興味のある方、お薦めします。

なお、この広島大学紀要のラテン語訳ですが、Curraghさんの「聖ブレンダンの航海」というサイト上で公開されています。ご興味のある方は、そちらもどうぞ!
風が止まった時、舟が止まった時、「兄弟たちよ、心配はいらない。神が私達を助けて下さる。神は私達の船頭、私達の舵取り、私達を導いてくださるお方です。櫂と舵を中にしまいなさい。ただ帆は広げたままにしておきなさい。神がそのしうもべと舟をお望みのままになさるでしょう。
「子供らよ、やめなさい。いたずらに体を疲れさせるのは愚かなことです。なぜならば、神みずから、お望みのままに私達の旅を導いていらっしゃるのです。
上記の2ヶ所は、本文中で気になった引用部分ですが、黄金伝説の中にもこれとよく似た部分をいくつも見たことを思い出しました。

例えば、マグダラのマリア一行が航海中に遭難して死ぬようにと、帆の無い舟に乗せられたにも関わらず、神のご加護で無事に岸に上陸したとかね。

確かその伝承もケルト文化の影響の残るプロヴァンスのものだと思ったが・・・。ケルト的キリスト教の特徴(名残り)なのだろうか? 神に全てを委ねるという考え方自体は、キリスト教だけではないし、珍しいものではないが、その表現として舟の進行全てを委ねるというのは、いかにもケルティックなキリスト教に思うの私だろうか? ちょっと、気になったのでメモ。

そうそう、この航海譚で出てくる『ユダ』がなんと言っても印象的。とっても面白い(こういう表現っていけないのかな?)。ユダのイメージって私の中では固定化されていたので、かなり意外な感じを受けました。

後は、『レヴィアタン』の呑み込む部分かな〜。いわゆる『地獄の口』の事でしょうね。ここでは、こういう形で表現されているのかなあ〜と勝手にふむふむとか思いながら読んでました。違ってたら、恥ずかしいけど・・・、いろいろと知識は複合的に機能するから、もっと勉強せねばと思ったりもしました。

単純に物語として読むだけでも、いろんな意味で実に面白いお話ですよ〜。お薦め!

関連ブログ
「聖ブランダン航海譚」藤代幸一 法政大学出版局
聖ブレンダンの航海譚 抜粋
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2007年09月22日

「清泉文苑(通号 23) 2006年」清泉女子大学人文科学研究所

記事名「シャルトル大聖堂の彫刻と出会う(1)洗礼者ヨハネ像」高野禎子。

記事検索をしていて見つけたのだが、大学の紀要らしい。論文か何かと思って読んでみたら、単なるエッセイだった。

しかも、なんらヨハネを選んだ意味がないままに、単純な旅行者が抱くような印象を書いている。まあ、エッセイだからと言ってしまえばそのままだが、あまりにも内容が無くて落胆した。

しかしさあ〜大学の紀要に書くエッセイなら、もうちょっとアカデミックにしても宜しいのでは?と思うのだが・・・。予型論も少しだけ触れていたが、あんなの解説でも何でもないしなあ〜。二度とここの紀要は読まないぞ!と自戒の意味も含めて個人的メモ。
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2007年09月19日

「異端者の群れ」渡辺昌美 新人物往来社

もう何冊かの著作を読んですっかりファンの渡辺氏の若かりし頃の本です。タイトルにそのものズバリの『異端者』の文字が入ってるし、いかにも私が好きそうなタイプの本ですね。池袋の古書市で速攻、購入してしまいました。

ただ、出版社の新人物往来社がこんな本を出していたんだあ〜っていうのが意外。あそこ、歴史物を中心に扱っていて面白いんだけど、結構、売れる為に無理した(=根拠の無い仮説、というかいささかトンデモ系の説)話が多くて、信憑性や信頼性に欠けるんだよねぇ〜。

だから、まともな研究者は書かないと思っていたんですが・・・(失礼!)。自称研究者や郷土史研究家ってたくさんいるし、大学の先生でも『?』のつく方って確実にいるからなあ〜。

渡辺氏が書かれているのに、驚いた訳が分かるでしょう。そして、本書の内容自体も、私には驚くべき事が多かったりする!(それでちょっと気になったんです)

例えば、異端が猖獗を極める南仏のラングドックは、普通、農業生産の豊かな経済的な先進地域であり、文化の先進地域でもあることが異端を支える条件の一つとして挙げられるが、本書ではラングドッグに新しい農業技術である有輪鋤は最後まで導入されず、むしろ農業生産性が低く、経済の後進地域であったとする。

元々は南部の方が農業生産性は高かったが、農業革命以後、北部と南部のそれは逆転したという。う〜ん、私が今まで読んでいた本では、全く聞いたことが無かったのですが、これって現在はどう評価されているんでしょうか? 学説って時代によって変遷があるからなあ〜。どうもすっきりしない?

あと本書では異端の考え方についての説明が大変詳しい。且つ、かなり明確になされている。カタリ派の考え方についての説明は、たくさんの本で何度も読んではいるが、本書を読んで今までの理解とは全然異なることに気付いた!

カタリ派が二元論を採り、善神によって支配される精神世界と悪神によって支配される物質世界(=現世)から世界が成り立つとするのは、知っていましたが、その帰結として出てくる内容には初めて知ることがあり、驚きを禁じ得ない!!

カタリ派は新約聖書を認めるが、旧約聖書を認めないんだそうです。旧約聖書には天地創造が書かれていますが、物質世界を牢獄と捉える以上、天地創造の意義は逆転し、旧約の造物主は悪魔となり、旧約は悪魔の書になるからだって。

また、イエスが善神であり、人の肉体を持って現世に現れたというのは、肉体が悪神によるものである以上、これも有り得ないと退けられる。イエスの現世への出現は、幻であったと解釈されるそうです。

同時に幻(まぼろし)であるイエスを生み出した母マリアが肉体を持っていることもおかしいので、マリアも幻であったそうです。う〜む。

そしてかつてないほどまでにローマ・カトリック教会から敵視され、完膚なきまでに殺戮されるに至る異端カタリ派は、従来の異端とは性格を異にしていたらしい。通常の異端は、あくまでも宗教の内部の在り方や方向性などに関しての異同が原因で生じ、妥協や方向性の修正など話し合いの余地があるが、カタリ派の場合、現世にある『教会』というのは、即ち悪神の支配下にある物質的存在であり、存在していること自体が『悪』に他ならない。

教義的にカトリック教会が善神の教会に成り得る可能性はなく、ひたすら抵抗し、攻撃し、滅ぼすべき悪神の手先そのものなのだ。

だからこそ、「悪しき教会とは、すなわちローマの教会。これこそ、偽りの母、大いなるバビロン、娼婦の家、サタンの祭壇。」と言って非難するのも道理に適った行為となる。

他にも「洗礼の水は不浄の物質、ただの水、悪しき神の作ったもので、霊を浄化する力は無い。貪欲な聖職者は、その水を売って金にするのだ。ちょうど、死者の墓のために土地を売り、終油と称して瀕死の病者に油を売っているのと同罪だ。」とか、辛辣な言葉が引用されている。

本書では他の本では見られないほど、分かり易く突っ込んだ内容が盛り沢山に、且つ平易に説明されている。読んでいて実に分かり易くて嬉しいのだが、学問的な正確さが犠牲になっていないか心配になってしまうぐらい。大丈夫かな?

でも、異端やカタリ派に関心があるのならば、本書は是非読んでみて欲しい本かもしれない。

具体的なアルビジョワ十字軍の内容と、その前後でうごめく国際政治の駆け引きが更に&更に興味深いです。

やっぱり、腹黒くてしたたかでないと世俗の勝利者にはなれないですね。現世は悪神の統治する世界っていうのも納得です。フランス王の家康張りのたぬき親父には、怒りを通り越して、畏敬の念さえ抱いちゃいますよ〜。

自分は可能な限り手を出さずに最終的に、あのラングドックを王家の支配下に組み入れる手際はまさに悪魔の手業かと思いました。ホント。

と同時に、十字軍に攻められると帰順を示しながら、ちょっと手薄になると即座に反旗を翻す誠意の無さは某○朝鮮や某○シアの国かと思っちゃいました(サハリン天然ガスのあの横暴さとかね)。う〜ん、日本の学校のようにルールを守りましょう、なんて教育では国際社会を生きていけないんだけどなあ〜。ルールなんて、権力や資力のある者によっていくらでも変更されてしまうというのが、実態なんだけどなあ〜。まあ、だから某横綱みたいなのが人生をエンジョイできるんでしょう。

余談が過ぎましたが、ころころと態度が変わる被征服地の住民や領主は、絶対に信用できなかったでしょうね。何度も裏切り、隙を見せれば後ろから、殺そうとし、あまつさえ身内や仲間が実際に騙し討ちにあってバタバタ殺されたそうですから、処分は過酷なほどの厳罰をもってあたり、街の住民を皆殺しにしたのも当事者としては、妥当な判断だったのかもしれません。

歴史はやっぱり一面から見たのでは分かりませんね。私は今まで、アルビジョワ十字軍は残酷で奢り高ぶったカトリック側の傲慢と、略奪目当ての騎士達によるものと思っていましたが、どうして&どうして一概にそうも言えないだけの事情があるようです。

歴史の面白さであり、難しさですね。どれもが一面では真実なのでしょうが、解釈次第で意味は180度変わってしまうのですから。

ただ、本書は大変面白い! これは誓えますね。でも、参考文献等は巻末に挙げられていませんし、初めて聞く内容が多かったので類書で確認していく必要がありそうです。一般向きの本だからでしょうが、念の為、ご注意を!
【目次】
聖ベルナールの怒り
南フランスの風雲
異端カタリ派
アルビジョア十字軍
百合の紋章
後日譚

「世界のドキュメント」シリーズの一冊。
異端者の群れ(amazonリンク)

関連ブログ
「中世の奇蹟と幻想」渡辺昌美 岩波書店
「巡礼の道」渡邊昌美 中央公論新社
「フランス中世史夜話」渡邊 昌美 白水社
「異端カタリ派」フェルナン・ニール 白水社
「異端審問」 講談社現代新書
「モンタイユー 1294〜1324〈上〉」エマニュエル ル・ロワ・ラデュリ 刀水書房
「オクシタニア」佐藤賢一 集英社
「西洋暗黒史外伝」吉田八岑 桃源社
「黒魔術の手帖」澁澤 龍彦 河出書房新社
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2007年09月13日

「聖なるものの形と場」頼富本宏 法蔵館

国際日本文化研究センター 共同研究の記録

国際日本文化研究センターで行われた研究会の成果ということで、かなり広範な分野の研究論文がまとめられている。

私はゴシック関係の部分だけに関心があり、そこしか読んでいないので本書全体の感想については触れない。

実際に私が読んだ部分は木俣元一氏によって書かれた章で、タイトルは、【シャルトル大聖堂「使徒伝」の窓における正餐の秘蹟の主題に関する試論】

以下、興味深い部分だけ抜き書きメモ。
シャルトル大聖堂に現在するステンドグラスの下端部には、職人、商人たちが仕事を遂行する姿が多数描かれている。これらは中世芸術の伝統にはない当時の風俗を活写する画像とされ、伝統的にそれぞれのステンドグラスの寄進者像として一面的に解釈されてきた。
 〜
シャルトルのステンドグラスが聖職者により精密に構築された、全体として一貫性のある教会神学的図像プログラムを基盤としているというのが、筆者の現在の主張である。
ステンドグラスで描かれたパン生地を小麦粉と水から練り上げる場面には、少なくとも三つのレベルが重ね合わされていることが、これらの祭壇で行われる秘蹟について論じたテクストからうかがわれる。
 一つはステンドグラスに描写されている世俗のパン職人がパン生地を作るということ。二つ目は、パン生地がキリストの身体であり、信徒たちの集まりであるキリスト教会を象徴するというレベル。そして三つ目に、これらのテクストが前提として語っている、教会で実施される目に見える徴としての秘蹟のレベルである。
基本的に、木俣氏が他の著書でも繰り返し述べられている主張がここでもされている。先行する研究成果を踏まえつつ、具体的な根拠を示しながら、反論や異論を唱えながら、新しい仮説を提示していくのは、まさに正統的であり、その論理の展開が大変説得力があって面白い!

タイトルが「試論」になっている関係上、本来の内容のごく一部分についてしか記述されていないが、それでも読むに値するだけの内容があると思います。

また、著者がこのテーマで書かれている他の文書よりも分かり易いので、その点でも読んでおいていい本でしょう。但し、非常に大部だし、高いし、必要なのはごく一部だと思いますので借りて読む本ですね。

なお、説明が大変詳しいのもポイント高いかも。抜き書きでは結論だけ抜粋してるのでイマイチ理解できないと思いますが、本書を読めば、きっと意味が分かります。私的には有意義な本でした。
【目次】
聖なるものの形と場
見えないものと見えるもの―聖と俗の密教学
中観派における勝義と世俗のあいだ―「言表される真理」と「不可説の真理」
戦う聖者佐々井秀嶺(アーリア・ナーガルジュナ)
インド的楽舞の受容と展開
チャイティヤと仏教信仰の習合―聖樹・聖柱・舎利・仏塔・聖地・表象
後期密教における聖なるものの形と場
インドネシア、ジャワ島に現存する密教遺跡の「聖なる場」
北魏金銅仏の同年銘像について
八部衆像の成立と広がり〔ほか〕
聖なるものの形と場(amazonリンク)

関連ブログ
ゴシックのガラス絵 柳宗玄〜「SD4」1965年4月より抜粋
「ステンドグラスの絵解き」志田政人 日貿出版社
「ステンドグラスによる聖書物語」志田 政人 朝日新聞社
「図説 大聖堂物語」佐藤 達生、木俣 元一 河出書房新社
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2007年09月11日

「神の植物・神の動物」ジョリ=カルル ユイスマン 八坂書房

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本書は、ユイスマンスの「大伽藍」 のうち、翻訳されなかった残りの部分を「大伽藍」の翻訳者・出口裕弘氏とは別人だが、知り合いである野村氏によって訳されたものである。

一部だけの翻訳の為、本書だけ読んでもあまり意味が無い。本書だけ見ると、キリスト教的象徴として、植物や動物が何を現しているかを書いているようだが、それはあくまでも表層的な見方に過ぎるので要注意!

本来の「大伽藍」全体の文脈の中で、シャルトル大聖堂という神の『聖域』において、ステンドグラスや彫刻に表現された図像の解釈があくまでも基本で、そこから敷衍して一般論になっている流れが大切!!

それもあってわざわざ冒頭30頁以上もつかって概要があるのだと思うが、翻訳部分との関係性を明示的に示してないので気付かない人は、何も分からないままで読んでしまうかもしれない・・・。いささか、不親切とも言える。

また、ほとんど頁で頁の上部には挿絵(植物、動物)が入っている。文章中の内容の理解を助ける意味もあるのだろうが、真実としては翻訳する分量があまりに少ない為、空白を埋め、頁の水増しを狙っている気がしてならない。

冒頭にある概要もそういう視点で見ると、頁の水増しの可能性が倍加してしまうのが悲しい・・・。

そもそも翻訳されていない一部分だけ訳すなんて怠惰な事をせずに、最初から全文を訳すべきでしょう。翻訳者が甘えているように思えてならない。部数が期待できないからと、内容が薄っぺらな割に、強引な価格付けもいかがなものでしょう?

今更ながら、『大伽藍』の翻訳者・出口氏が最初から全訳じゃないのがいけないんだろうけどね。出版社との関係や諸般の事情があったにせよ、本書の部分は、中世の図像学の点を踏まえても、原著者ユイスマンスの意図からも絶対に削って良い部分ではないと思うんだけどなあ〜。

大聖堂が示す神の世界を現す欠く事のできない部分としての図像なんだけど・・・。この部分が、主人公デュルタルのキリスト教理解の深さを占めすものでもあるのに・・・。

かくいう私もエミール・マールの「ゴシックの図像学」を読んでやっとその深遠な意味に気付きましたので、えらそうなこと言えません(苦笑)。翻訳者さん、最低それぐらい読んでると期待してますけど、読んでなかったら、文字の翻訳はできていても内容理解の水準は低いかもしれません。

ずいぶんと前置きが長くなりましたが、改めて本書の内容を言うと、シャルトル大聖堂に描かれた植物や動物の図像を契機にして、物語の主人公デュルタルが神が望まれている象徴としての植物・動物の意味を探ろうとした話が述べられています。

やがてその話は、シャルトルに限定されず、一般化されていくのですが、例えば、柱頭飾りの植物や四福音書記者の象徴、葡萄圧縮機にかけられるイエスや製粉器を経て生成される粉としての聖書の聖句など。私的には幾つかの本で御馴染みになった象徴がたくさん出てきます。

(うちのブログでは頻出してますが、古書で購入した時祷書の挿絵にあった奴です。あと、宗教改革時のパンフレットに刷られていた図版とかのアレです。無関係にバラバラで得た知識がこういう偶然に結びついてくるのが、知識を習得した時に感じられる純粋な喜びですねぇ〜、うんうん。)

この辺りの記述は、そもそも何故に『象徴』というのが出てくるのか、神学的な基礎知識が無いと面白みがないかもしれません。本書だけでは説明不十分かも? 逆に知っていれば、それが『大伽藍』の他の章に実に意義深く関わってくるのかに気付きます。

本書を読んで『大伽藍』にもっと深い意味があったことにようやく気付きました。個人的には、元々1冊の本を、わざわざ2冊購入して初めて理解できるなんて馬鹿な状況が解消されることを切に望みます。一人で訳せると思うんだけどなあ〜。

世の中にフランス語ができる日本人はたくさんいるのに、ユイスマンスを興味持って訳してくれる人がいないのは悲しい限りです(涙)。人に頼らず、自分でフランス語ぐらいは勉強しないといけないのでしょうかね、やっぱり・・・。

ゴシック関係の文献も日本語や英語では限られてそうだし、フランス語を学ぶ必要性を痛感しつつある昨今なのでした・・・。さあ〜って、どうしようか?
【目次】
『大伽藍』概要
神の植物(『大伽藍』第十章)
神の動物(『大伽藍』第十四章)
神の植物・神の動物―J.K.ユイスマンス『大伽藍』より(amazonリンク)

関連ブログ
「大伽藍」ユイスマン 桃源社
「シャルトル大聖堂」馬杉 宗夫 八坂書房
「ゴシックの図像学」(上)エミール マール 国書刊行会
「ゴシックの図像学」(下)エミール マール 国書刊行会
「ルターの首引き猫」森田安一 山川出版社
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2007年09月05日

「キリストの棺」シンハ・ヤコボビッチ/チャールズ・ペルグリーノ(著)、ジェームズ・キャメロン(編集) イースト・プレス

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読む前から、本屋でパラパラ見てても内容の無い本だと思ったが、図書館で借りれたので改めて読んでみた。

そもそもキャメロン監督が映画にするずいぶん前から、イエスの銘のある石棺があるのは知られていたし、私でさえも知っていたぐらいで完全に『ネタ』としての話だった。(かなり有名な話です。)

と、同時にイエスの弟の石棺についても本書で触れられているが、私も意識していたので経過を知っているが、明らかに偽造だったのに、本書の著者は、本書執筆時点でもあれは本物だったと主張している。この一点だけ採り上げてもまともな理性を有する人は、本書の主張を肯定したり、信じたりする事はできないだろう。

実際、読んでいて失笑を禁じえない場面が続出する。深呼吸して読んでみれば、キリスト教関係の知識がなくても、論理的に考えても実に胡散臭い内容の本であることが分かるはずである。

実際に、読んでいて論外だと私が感じた点を思いつつくまま挙げてみよう。

「マリアムネ」という銘のある石棺があったので、googleで検索したら、マグダラのマリアの本名であることが分かった、そうです。
・・・つ〜か、ググんなよ〜っといいたい。google検索は便利であるが、ネットの世界は虚実混淆である。まともな良識のある人物が、アカデミックな事柄に関して『ググる』なんてことは有り得ない!!

正直、この記述読んだ時点で本書は終わったと思った。検索で出た内容が正確か否かが問題なのではなく、その方法自体が決定的に間違っていることに気付かない著者達に失笑を禁じえない。

それと著者達が力説する統計によるイエスの骨棺である『確率』について。彼らは肝心の数式を書いていないので、確率が10分の1だろうと、1億分の1だろうと何を言っても説得力がないうえに、全く意味が無い。更に、彼らが確率を計算している前提条件はたかだか数百個のサンプル中、いくつ該当する事象があったかという、非常にアドホックな例を元に確率を推定し、ひどいことにこのアドホックな確率を複数回かけて確率を出している。

要は、適当に決めたパラメータを何個も掛け合わしているので、そんな確率は0%から100%までいくらでも作り出せる数値であり、全く意味が無いように思えてならない。

同じモデルを使い、パラメータの数字が一つ二つ違うだけで、マイナスの経済成長と10%以上の高度経済といった経済予測をするシンクタンクの予想を見れば、そのいい加減さは歴然だろう。(などと言っている私自身が以前提出した企画の損益シミュレーションの数値を操作していたのだから、確信を持って言える!)。

まあ、騙されやすいけど、もっともらしい専門家の出す数値というのは複数の仮定があってのものなんで、仮定が変われば、全く意味無かったりする。

それ以外にもたくさんあったなあ〜。そうそう、本書読んでいてさすがにこれは・・・と思ったのにテンプル騎士団の関与がどうとかあった。もうここまでくれば、TVの企画屋さんが大好きな『ネタ』としか思えないでしょう♪ 
実際、著者は自分がTV局にこの手のものを売り込む企画屋さんだと言ってるしねぇ〜。

既述したけど、あくまでも「イエスの弟の骨箱」の件、あれは真実だと固執してる時点で論外なんだけどね。

本書は読んでもいいけど、買ってまで読むべき本でないことは保証します。映画の公表前にやっつけ仕事で書かれた本らしいし、翻訳もやっつけみたいです。こんな薄っぺらな本を分けて翻訳する人達もなんだかなあ〜。私一人でこれぐらい訳せますって!マジに。

本屋で手にとってみれば分かりますが、これほど活字が大きくてスペースがある本ってのも・・・? テイムリーに一瞬で売って稼がんとして書かれたよくある本です。しかし、文字数少ないなあ〜。

そうそうダ・ヴィンチ・コードで小説としての面白さを出す為に、語られていたイエスとマグダラのマリアが結婚していた、という『ネタ』が本書でも繰り返されています。う〜ん、二番煎じだし、それが科学的調査で明らかになったと言われても・・・上記の通りだから、その信憑性って???  暇つぶし以上の何物でもないですね、本書って!

amazonの書評も見ましたが、私には信じられないことばかり書いてあるんですが・・・? うちのブログを見られた方には、くれぐれも騙されませんように、老婆心ながら。

【追記】
アメリカの大学にいたことのある友人と話をしていたところ、アメリカの大学では、参考文献としてweb上の資料を挙げることもOKなんだそうです。政府関係が公表する経済統計とか、研究者が公表している論文とかなら、タイトルとurlを列挙したりするそうです。

ということは、別にググったからといって私のような評価をするのは、早計らしいです。う〜ん・・・。まあ、電子証明とタイムスタンプとかいろいろあるからかなあ? 私的にはweb上にあるデータは、いつでも変更の恐れがあるし、必ずしも常に参照できる安定性もないから、どうかなあ〜と思っていたんですが、考えが古いのかもしれませんね。

ふと思ったのですが、上記のようなことを踏まえると、以前読んだニュースでアメリカのテストでwikipediaを参考文献に挙げるのが禁止になったという意味がようやく納得できました。ふむふむ。
【目次】
第1章 2000年の封印が解かれた日
第2章 <シンハの報告 1> それは偶然の出会いから始まった
第3章 <シンハの報告 2> 墓は生きていた、しかも呼吸して
第4章 <チャーリーの報告 1> 250万分の1という確率
第5章 <チャーリーの報告 2> ジェームズ・キャメロン参上
第6章 マリアムネと呼ばれたマリア
第7章 双子という名の息子
第8章 <チャーリーの報告 3> 反証に光を当て、厳しく再検証
第9章 なぜ不当に高い? 「キリスト標準」
第10章 ナザレ人(ルビ・びと)の末裔
第11章 <シンハの報告 3> ついにタルピオットの墓に!
第12章 <チャーリーの報告 4> イエスの骨棺が壊れた!
第13章 DNA鑑定が明らかにした「真実」
第14章 <チャーリーの報告 5> 鑑識にまわされたイエス
エピローグ <シンハの報告 4> 真実の確証
キリストの棺 世界を震撼させた新発見の全貌(amazonリンク)

関連ブログ
「イエスの弟」ハーシェル シャンクス, ベン,3 ウィザリントン 松柏社
イエスの兄弟の石棺は偽物 CBSニュースより
「イエスの王朝」ジェイムズ・D・テイバー  ソフトバンククリエイティブ
「キリストの墓」発見か――「妻」マグダラのマリアと息子も?
エルサレムで発見された「イエスの墓」
キリストの「本当の墓」発見? 米で映画化へ 教会反発
posted by alice−room at 19:32| 埼玉 ?J| Comment(2) | TrackBack(0) | 【書評 宗教】

2007年08月30日

「バチカン・エクソシスト」トレイシー・ウィルキンソン 文藝春秋

exocist.jpg

ニュースでバチカン内の大学でエクソシスト講座が開設され、エクソシストの養成をしていることは知っていましたが、本書は実際にバチカン公認の下で、日常の職務の一環として悪魔祓いをしている人々を取り上げています。

「悪魔祓いを体験するのに16世紀へタイムマシンで行く必要がなく、ただ、イタリアへ行けばいい」という言葉は、眼からうろこ・・・ですね。イタリアには二度行きましたが、神秘的なものをそのまま現実の存在として受け止める国民性、未だに聖人崇拝が衰えない国、何よりもバチカンが存在し得ているのもまさにそれが根底にあるのかもしれませんね。自分が本質的なものに気付いていなかったんだなあ〜って思いました。

ジローラモさんのちょいワルオヤジもいいのですが、セラピーに通院する患者のように、毎週定期的に悪魔祓いを行う司祭の下に通う人々が普通にいるイタリアの現実をもっと知りたいと強く思いました。

本書には、カトリックのことをよく知らない私には、驚くべき内容が淡々と書かれています。前教皇ヨハネ・パウロ2世も3回以上エクソシストとしての経験があるとか、ヨハネ・パウロ2世が行った悪魔祓いでも失敗して祓えなかった悪魔がいるとか・・・えっ!? 本当? って思いません?

勿論、ジャーナリストである著者がそう書いているだけでどこまでが真実なのかは不明です。ジャーナリストは注目を浴びる為、往々にして真実以外の虚構を作り出し、真実かのように語るので為政者同様に疑ってかからねばならないとは思うのですが、本書全体を通して受ける印象では、誇張は抑制気味で著者自身の判断はできるだけ避けているし、取材や調査によって自分の知りえた内容を伝えようとしている姿勢はうかがえます。

他の情報などで確認しないと安易に信じる事は危険ですが、バチカン側の主張や実際にエクソシストを行う司教側の主張が微妙に食い違い点や公表されているとして紹介されている事実などは、非常にリアリティがあります。

イエス・キリストが悪魔祓いをしたのは聖書に書かれているし、カトリックの教義の根幹にも関わることであるものの、それが乱用されたり、変に脚光を浴びて世間から誤解やあらぬ注意を集めるのは避けたい。というバチカンの姿勢などは、まさにいろいろなニュースから伝わってくる内容と一致しているように思いました。

と同時に、実際に悪魔祓いを必要とする人々は増加するのも事実らしく、知識と経験豊富なエクソシストが従来以上に求められている時代が現代というのも本当らしいです。

通常、悪魔祓いにはイエスの名の他、聖人の名前もあわせて呼ばれますが、最近では「ヨハネ・パウロ2世」という名が悪魔に効果的というのは、ちょっと驚きますよね!

あと、悪魔祓いにはラテン語が一番効果的なんだそうです。だからなんですかね、ミサをラテン語で行う事を復活させたのもその流れの一環として捉えると、最近見るニュースの見方も全然変わってきます。

本書によるとヨハネ・パウロ2世は神秘主義的な傾向があったが、現教皇のラッツィンガー氏は神学者でもあり、ドミニコ会出身で教理聖省のトップだった経緯からして、論理性を重視される方なんだそうです。

その現教皇が現在、エクソシストに対してかなり踏み込んで肯定的な発言をされている背景などの説明は、実に興味深いです。今まで眼に触れていたニュースなどもこうした説明を意識しながら、見直してみると、非常に多くの点で気付かされる事があります。

率直に言って、本書の信憑性は不明だし、奥深い解説がされているわけでもありません。詳しい人には、物足りないとも思います。それでも本書で初めて聞く事があり、ここで紹介される視点は、カトリック関係のニュースを理解する時に大いに役立つような気がしてなりません。

良くも悪くもジャ−ナリストの書いた本ではあるるのですが、『いいきっかけ』になる本だと思います。本書をうのみにすることなく、関連書を読んだりして調べると絶対に更に興味深くなりそうです。

買うのはちょっともったいない気もしますが、眼を通しておいて損はない本です。

【余談】
本書の解説者だったか、訳者だったか忘れましたが、映画の「エクソシスト」に出てきた端役の司祭は、本物のカトリックの神父さんだったらしいです。つまり・・・バチカンの暗黙の公認の下であの映画は作られていた、そういう経緯が事実としてあるそうです。

いやあ〜、驚きますね!! 世界中に広まったエクソシストブームは必要があってバチカンが関与していた結果だったそうです。う〜む。情報戦略の一環ですね、まさしく。

そうそう、更にいうと、うちのブログでも先日紹介したニュースのハリポタの件。カトリック(のとある司祭)は、「ハリーポッター」というのは魔法の存在を信じさせ、悪魔崇拝などの現代的な病癖へ繋がる現実的危険と認識されているんだそうです。

私はいくらなんでも過剰反応では?ってコメントしてましたけど、実際にそういった現代の風潮から生じていると思われる危険があるならば、あながち否定もできないですねぇ〜。なんでも知らないところで、いろいろとあるんだと改めて気付かされました。

まあ、天気予報と一緒に朝の番組で占いをみている人がたくさんあり、それを公共の電波を使ってTVで流してる国だからなあ〜日本も。細木かず子が出ている番組が今も放送されているのも信じられないけどなあ〜。ちょっと私には論外だし。すみません、余談ですね。
【目次】
第1章 現代の悪魔祓い師たち
第2章 儀式は聖水とともに始まる
第3章 歴史
第4章 横顔
第5章 悪魔に憑かれた三人の女性
第6章 悪魔崇拝者たち
第7章 教会内部の対立
第8章 懐疑主義者と精神科医
バチカン・エクソシスト(amazonリンク)

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posted by alice−room at 18:29| Comment(0) | TrackBack(1) | 【書評 宗教】

2007年07月31日