2018年12月01日

「滝山コミューン一九七四」原 武史 講談社

滝山.jpg

えっと本書の存在を知ったのは立花氏の本だったかな? それとも5ちゃんねるのスレだったかな?
車で新小金井街道を走っていると滝山団地というところを何度か通り、記憶の片隅にあった地名が別な視点から光が当たり、えっ、なんか有名なの?って感じで本書のタイトルが気になっていたのですが、たまたま、図書館で本書を見かけて読んでみることにしました。

日教組はまあ、左翼系の集まりなのは知っていましたが安保闘争とかの余韻が残っている時代の話ですかねぇ~。
まさに共産系の匂いが漂う、ある種異様な教育現場の生々しい雰囲気が感じられるお話です。
しっかし、本書に書かれていることが事実ならば、よくもまあ、そんなことやっていたし、やらせていたよなあ~と驚き、呆れるばかりです。
呆れるというか、寒気がしますけど・・・。

でも・・・時代背景やその地域の特殊事情を考えるとあり得る話ではあります。

著者が受けた四谷大塚の試験、おそらく・・・私も小6の時だったかな?
公文の先生にお誘い頂いて、わざわざ都内まで出て受けた覚えがあります。
試験の結果に衝撃を受けて、それが遠因か中学から塾通いをし始め、東大目指すことになったのですが・・・(もっとも合格してませんが)、私も都内から引っ越してきて、土地の閉鎖性というか、もうなんというか都内と地方の思考方法ギャップに嫌ってほど苦しんだしなあ~。

立場上、生徒会の役員に立候補する羽目になったり、クラスの代表委員とかなっても辞めるとか言ったり、修学旅行も行くのを取りやめようとしたり・・・いろいろあったなあ~。

とにかく中学(学校、教師、生徒、行事その他)が大嫌いで周りの人が誰もいない(いかないorいけない)、学区制の範囲内で一番の難関校に入って、ようやく抜け出したことを思い出しました。

大学よりも高校の時の方がはるかに自由だった気さえしますね。

ネットで少し調べて本書がドキュメンタリーか何かで賞をもらっていることにも驚きましたが、まあ、今ではあり得ないだろうなあ~。
ネットやSNSでこんなのあったら、すぐに情報が知られて潰されるだろうから。

まあ、昔はあまりに過激な奴は、公務員で早々クビに出来ないから、地方とか都内だと島の方に飛ばすとかよくしてたらしいし、その辺のことは知っている人は知っている話ですけどね。

もっとも私も学校に対する抑圧されたストレスからか、卒論のテーマを「校則と自己決定権について」としたことを思い出しました。
教師は無能で根拠もなく、恣意的に権力を振るっていると小学生の時から思ってたし、非暴力不服従運動ではないが、消極的に教師からの指示をサボタージュするとかよくやってたもんなあ~。クラスの代表委員がそういうことしてた訳だし、学級崩壊してたしなあ~。

授業中にいなくなった生徒を探す為に、校外の裏山を探すとかってので授業を丸々1コマ潰すって、キチガイかと思ってましたよ。
担任教師のことを!

まあ、通知表だっけ?
「協調性がありませんとか、みんなともう少し打ち解けるように」散々なこと、書かれてたしなあ~。

そういえば、小学生の通知表には
「個性的なお子さんです」とか書かれてた。
そういう表現で、異端扱いされていたのを思い出しましたよ。成績が学年トップなので余計扱いつらかったんでしょうね。教師連中には。

著者も本書の中で周囲からどういった扱いを受けたのか、克明に描かれていますが、その一方で凄いというか、どんなにトラウマ的に精神に刻まれてるのか不思議でならなかったのが、小学生の時のこと、そんなに普通覚えてます?

私は大いに不満があった覚えはありますが、具体的な事は正直、ほとんど思い出せません。
著者が当時の関係者に聞いてまわって、みんながほとんど覚えておらず、そんなことあったかも?程度の証言しかないことについて、どうして覚えていないのか逆に不思議に思っている、その事自体に物凄い違和感を覚えました!

逆に著者は年齢(本書を執筆する時)まで、小学生時代のことを克明に記憶していたなんて、どう考えても異常なことかと。
当時の記憶に固執する執着性の気質的素養があるのか、よっぽどの精神的ストレスによる身体に染み付いた記憶なのか・・・?

子供への教育、時代的なことも含めて大変気になりますね。
そういった教育を受けた人達がどうなったのか? また、今の教育でどうなっていくのか?
心配で心配でたまりませんね。

その点では自分には子供がいないことが幸いですね。
本当に心からそう思います。

そうは言っても教育の場だけでなくとも、社会がどうなっていくのか?
いろいろと衝撃を受けた本でした。

もっとも今、その滝山団地行ってみると、どこぞのニュータウンみたいに忘れ去られた過去の地域みたいになっています。
イトーヨーカドーのプライスだっけ、あれも撤退したし、他にスーパーとかあるんでしょうか?

車があれば、まあ、イオンやら何やらあることはありますが、車無しでは結構、今も不便な感じがしますけれどね。
本書の内容は、はるか昔の話ではあります。
【目次】
1 序
2 改革
3 「水道方式」と「学級集団づくり」
4 二つの自己
5 代表児童委員会
6 「P」と「T」の連合
7 6年になる
8 自由学園・多磨全生園・氷川神社
9 林間学校前夜
10 林間学校
11 追求
12 コミューンの崩壊


滝山コミューン一九七四(amazonリンク)
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2018年11月11日

「居酒屋ほろ酔い考現学」橋本 健二 毎日新聞社

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【目次】
居酒屋から日本が見える
第1章 格差社会の居酒屋
第2章 居酒屋考現学事始め
第3章 銀座礼賛
第4章 ヤミ市の夢の跡
第5章 やきとりとは何か
第6章 国境の町を行く
第7章 下町居酒屋の越境体験
第8章 「山の手」の幻影
第9章 格差拡大と日本の酒文化


想像していたものとは違った内容でした。
「考現学」な~んて、名の付くものは大概、しょうもないものなのですが・・・実際、イチイチそんなこと考えながら居酒屋で飲んで何が楽しいの?なんて話だし、やたらとこのご時世にありがちな「二極分化が~」的な階級社会とか言い出すなんて、どんなつまらん話かと思いましたが、まあ、読むと読めてしまうものでした。

でもね、住居地域で階級が~っていうのは、もう山の手や下町とかそれはそれで本に良くなるじゃないですか。私も何冊かその手の本読んでるし、ブログでも取り上げて、それなりにそれらは興味深いと思うんですが、居酒屋でそれやるとは、なんていうか個人的には、違うんじゃないかなあ~というか大いなる違和感を覚えます。

普通に居酒屋なら居酒屋のその話題だけでいいのに、変に文化論、じゃなくて社会論的な視点持ち出して語り始めるとか、興醒めの極み。

出てくる店も知ってる店もチラホラあるのですが、なんかねぇ~違うだろ!って思ってしまう。
暇つぶしに読むには読んだけど、あえて読む価値はない本かと思いました。

居酒屋ほろ酔い考現学 (amazonリンク)

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「立ち飲み屋」立ち飲み研究会 創森社
「ホッピー文化論」ホッピー文化研究会 ハーベスト社
「東京ちょい飲み巡り」葉石 かおり ネコパブリッシング
「居酒屋礼讃」森下 賢一 筑摩書房
「下町酒場巡礼」大川渉、宮前栄、平岡海人 筑摩書房
「東京煮込み横丁評判記」坂崎 重盛 光文社
「続・下町酒場巡礼」大川渉、宮前栄、平岡海人 四谷ラウンド
「酒の肴・抱樽酒話」青木 正児 岩波書店
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2017年07月30日

「ホッピー文化論」ホッピー文化研究会 ハーベスト社

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なんちゃって文化論かと思っていたら、大真面目に文化論を語ろうとしていて、失笑した。

しかも、その文化論の根拠として当時の週刊誌からの抜粋が多々散見されるのですが、週刊誌ってその場、その場で適当に記者やライターがでっち上げで書き連ねたものでしょ。

それをあたかも当時の時代の正確な描写のように、一次資料扱いしてそれを更に適当に解釈して、文化論もどきの事を言っちゃったもん勝ちのノリで書いているのって、いかがなものでしょう?

心ある人が読むと読むに堪えないかと思いますが・・・?

というか、何故にホッピーなのか?
一応、ホッピーを介して文化論を論じるにあたり、その理由を書かれているのですが、全然納得いきません。
今時の居酒屋ブームに乗っかった感じで単にキャッチーなアイテムとして、選択し、事後的に理由をこじつけた感が半端無いです。

その辺が大残念です。
無意味な意味付けをした、文化論もどきではなく、単なるホッピーを巡る一考察ぐらいのノリで好き勝手にああだこうだと書きましたとすれば、もっと内容も膨らみ、共感を覚えて面白くなったかもしれないので、エセ文化論でつまらない内容になっています。

冗談で付けたタイトルかと思ったら、最後まで真面目にやろうとしているようで大変興醒めな作品でした。
【目次】
はじめに(碧海寿広)
I ホッピー大衆化の歴史的背景―戦後日本における飲酒文化の変容―(碧海寿広)
II ホッピーが醸し出すノスタルジア ―「昭和」から感じるなつかしさ─(藤野陽平)
III ホッピーをめぐる豊かな「物語」 ─ヘルシズム社会における酒の語られ方─(濱 雄亮)
IV 東京下町の男たちの〈酒〉から若者や女性も楽しめる〈酒〉へ ―メディアが創出するホッピー・イメージの変遷―(高橋典史)
V 浅草で正しくホッピーを飲む方法 ―下町と居酒屋の再想像―(岡本亮輔)
VI 孤高の「酒」ホッピー―あるいはホッピーの文化人類学─ (小林宏至)
おわりに(藤野陽平)
ホッピー文化論 単行本(amazonリンク)
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「小劇場の風景」風間 研 中央公論社

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もう10年以上前になるでしょうか。
劇団四季や山海塾とかと並行して、こういった小劇場の舞台をあちこち観ていたことがあります。

海外に行って、あちこち観たりもしましたが、個人的にはアングラ系の作品とかも好きだったりします。

蜷川さんとかも好きだったんだけどねぇ~。
お隣の街に住んでいたとは知りませんでしたが、最近亡くなられて寂しい限りです。

本書に出てくる人だと野田MAPや鴻上さんの作品は何本か観ています。
つかこうへいはちょっと違和感があり、避けていたかも?

唐さんのテントはねぇ~。
何度か花園神社でやってたの観に行こうと思いつつ、未だに一度も行ってません。

本書はそういった作品と時代背景を踏まえつつ、小劇場で演じられてきた舞台について観劇者の視点を多分に含みつつ、解説していきます。

実際に観た観客の一人として、その説明には思わず、確かに・・・と首肯する点が多く、またそういう観点があったのかと今更ながらに演じられた舞台の意味に気付かされる点も多数ありました。

読んでいて非常に興味深く、面白かったです。

ただ、今時のサークル的な仲間内仲良しグループノリや自己完結・自己満足型の昨今の小劇場作品は、どんなもんでしょうかね? あまり面白そうに思えません。実際、最近は全然観に行って無かったりする。

所詮、観客に向けた演劇と言っても演者の自己満足である点は確かに今も昔も変わらないんですが、それを観た観客として、満足できるか否かですよね。

私的には何らかの非日常的な刺激を受けに、舞台を観に行くのですが、日常の延長である作品は、正直観ていてダルイです。かったるい。

更にお金を払って、貴重な自由時間を割いてとなると、その辺、我慢できなくなってしまう・・・。

実際、会社の仕事を中断して舞台を観て、また会社に戻って残った仕事をしたりしていた頃、つまらない作品だった時は、上演中に我慢できずに途中で抜け出したこともあったりしたし・・・。

まあ、その辺は置いといて、改めて小劇場演劇の変遷というか、推移を俯瞰するには良い本だと思いました。
実際に当時(今)、観ていた人には興味深く読めるかと思います。
【目次】
第1章 「60年安保」のあと、「若者文化」は炸裂する
第2章 つかこうへいが、演劇を大衆化する
第3章 「カッコウいい」野田秀樹の登場
第4章 鴻上尚史は、若者の感性を刺激する
第5章 「何となくクリスタル」な80年代の演劇

小劇場の風景―つか・野田・鴻上の劇世界 (中公新書) (amazonリンク)

ブログ内関連記事
「劇団四季と浅利慶太」松崎哲久 文藝春秋
ラベル:書評 演劇 新書
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2017年07月02日

「シャルロットの憂鬱」近藤 史恵 光文社

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元警察犬だった犬を引き取って飼い始めたある夫婦の下で起こった日常のちょっと変わった出来事とその謎解き。

ワンちゃんについては、アルアルですねぇ~。
我が家にもドイツ犬種のミニチャア・シュナウザーがいるので、小型犬ではあるのは作中のジャーマン・シェパードとは異なりますが、非常に親近感を持って読みました。

頭の良いワンちゃんは、まさに本書で描かれるような行動をとるのですが・・・。
思わず、そうそう・・・と、うなずかされますし、ですよねぇ~と納得してしまいます。

ただね、う~ん、なんというかワンちゃんを見た人視点で書かれており、個人的にはむしろワンちゃん視点で描いた文章が読みたかったりする。吾輩は猫である、の犬版でね。

ワンちゃんの描写は興味深いものの、ストーリー自体は正直あまり面白くないかなあ~。
謎解きなんて、無粋な部分は要らないので個人的にはワンちゃんの事だけ書いてくれても良かったのになあ~と思いました。

シャルロットの憂鬱(amazonリンク)
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2017年06月23日

「パウロ・コエーリョ 巡礼者の告白」フアン・アリアス 新評論

kokuhaku.jpg世界でも有数の著名な小説家であり、私も何冊もこの著者の本を読んでいますが、本書には正直なところ、ちょっと衝撃を受けました。

確かに作中で述べられるモノの考え方というか精神への高い志向性というか、特徴のある文体は本書を読んだ後に考えれば、なるほど・・・納得のいくものではありますが、正直、精神病院に何度も入っていたとか、監獄にも3回投獄されてたとか、ありとあらゆるドラッグとかコカイン、LSD等の薬物試したり、黒魔術などの秘密結社にも入っていたりとかって・・・。

えっ、本当に、そういうのやったからこそのあの精神性への志向なの?
って、ショックでした・・・よ~。

イエズス会系の学校で教育を受け、反動でヒッピーに行って、マルクス主義とかって・・・。ねぇ~。
その後、何故か知り合いになった歌手に作詞を提供して金持ちになって、ビル5棟所有してたとか・・・。

何度も結婚、離婚を経験していてヒモみたいな感じで奥さんに金出してもらって演劇学校通うって、どんな人生なんでしょう???

そして取材当時、コパカバーナ・ビーチ近くのとこに住んでるって、ねぇ~。
私もそこ行ったことあるけれど、確かにあんなとこに住んでたら、幸せだと思う。いいとこですし・・・。
金があったら、日本に住居構える必要ないしね。

とにかく作品から直接的に受けるイメージとはおよそかけ離れた著者の経歴ではありますが、なかなかに興味深いです。逆にそういうのを知ると、作品についてもなるほどネっと理解が深まるような感じがします(気のせいかもしれませんけどね(笑))。

作品を好きな読書であれば、あえて本書を読んでみるのもアリかと思います。
偏見無く、ありのままを受け入れられるならば、本書もアリかと。

作品に対する思い入れとか、個人的な理想的なものを崩されたくない人は読みない方が宜しいでしょう。
そういった本です。
【目次】
第1章 前兆
第2章 精神病院、監獄と拷問
第3章 私生活
第4章 政治と倫理
第5章 女性性
第6章 魔術
第7章 麻薬
第8章 改心
第9章 作家
第10章 読者たち
第11章 パウラ、アナ、マリア
パウロ・コエーリョ 巡礼者の告白(amazonリンク)
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2017年06月21日

「昭和酒場を歩く」藤木 TDC 自由国民社

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昨今ブームの『昭和』の古典酒場、懐かし横丁等を採り上げた懐古趣味的おじさん語り。

狙いは悪くないし、取り上げられている場所も何ヵ所かは私自身も知っているし、訪れてもいるので書かれている文章も分かるのだけれど・・・年寄りが飲み屋でくどくどと昔を懐かしんで繰り言を言っているレベルの内容で正直お粗末過ぎる。

雑誌に連載していたものをまとめて再利用しているらしいのですが、ちょっとねぇ~。
別にグルメ本ではないので料理や酒を詳しく説明しろとは言いませんが、ただ、古い(ぼろい?)飲み屋で時代についていく努力も無しに昔と同じメニューを出していれば、それでヨシとするのはいかがなものでしょうか?

古くても最近のお店に負けないくらい、酒や肴に工夫を凝らし、昔と変わらぬ美味しいものを手間暇かけて提供している、とかなら素敵なんですが、本書ではただただ古ければいい、昔と変わらず、残っていて懐かしい、そればっかりで客についても年寄視点のうっとおしい昔語りばかりで若い人に突然知ったような語り掛け口調は、正直苛立たしい。

街や地域の成り立ちなんて、本書の読者は求めてないわけでもっと著者独自の視点できちんと語って欲しかったです。ただ、懐かしいとか、時代は遠くになりにけり・・・的な老人の繰り言ではなくて・・・。

せっかく素敵な酒場でもっと素敵なお店があり、素敵な話題があるはずなのに全然生かされていないのが大変&大変残念な本でした。読む価値は無い本でした。
【目次】
宿「思い出横丁」の咋日今日明日
「池袋の夜」を訪ねて―美久仁小路、人世横丁
中央沿線“酒場街”青春哀歌―吉祥寺、西荻窪、荻窪、阿佐ケ谷、高円寺、中野
小岩の酒場に永井荷風の足跡を訪ねて
大井町の夕暮れ―東小路、旧大井新地
近未来から戦前へ 品川駅港南口、旧海岸通り
横浜野毛酒場街の“戦後”を呑み歩く
深川「辰巳新道」下町酒場街にも変化あり
名店居並ぶ大塚酒場街その歴史を“呑む”
錦糸町裏通りで呑む―ダービー通り、花壇街
東京スカイツリー下の酒場街―押上、業平、曵舟界隈
移ろいの街―有楽町ガード下界隈
新橋ガード下酒場街を発掘する
新宿ゴールデン街―その“魔性”の味は?
華やかなりし昭和の残香―“グランドキャバレー”を求めて

昭和酒場を歩く―東京盛り場今昔探訪(amazonリンク)
ラベル:書評 酒場
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2017年05月18日

「ルポ 難民化する老人たち」林美保子 イースト・プレス

いやあ~、下流老人とか昨今のNHKスペシャル見ててもお先真っ暗な日本の未来ですが、この手の本を読み慣れていて個々の章の内容もほとんど知ってはいることばかりでしたが、改めて救いようのない内容で暗澹たる気持ちになりました。

想像していた以上に、気分が沈みます。
ちょっとしたことがあり、ちょうど鬱的に落ち込んだタイミングで読んでしまったのも悪かったのですが、やっぱり働かないといけないんですよねぇ~。当たり前かもしれませんが・・・もう働きたくないなあ~。

なんというか働くのが嫌なのではなく、今の仕事が好きではないのですがそれはどこに行っても同じかな?
努力してもそれが空回りするようで・・・辛い・・・。

もっとも年金のサイトでみても定年まで働いても年金足らないぐらいだし・・・401K始めたの遅かったので溜まってないしなあ~。家のローンも完済まであと数年はかかるし・・・生きていくのは大変です。

つくづくと昔の親の姿を思い出されました。
どんな気持ちで黙々と働き続けていたのか、休みの日に家の庭掃除をしていたのか・・・。

勲章もらってもね、そういうものではないですし・・・。

本当は本の内容に触れるべきでしょうが、精神的に辛くなるので個別具体的にはコメント差し控えます。
まあ、実際はすべてがこれではないですし、必要以上に将来を悲観して人生を楽しめないのはまたいけないですが、意識の片隅にこういったことを置きながら、その一方で希望を持って日々の人生を楽しんでいきたいですね。

自分が不幸だと思ったり、沈んだ気持ちだと周りも不幸にしちゃいますからね。
【目次】
第一章 年金が足りない~底をつく老後資金~
第二章 自分の時間がない~ケアメンはつらいよ~
第三章 仕事がない~フリーランスの末路~
第四章 頼れる人がいない~孤立死の後始末~
第五章 子どもが自立しない~増える年金パラサイト~
第六章 住む家がない~ハウジングプアの悲惨~
第七章 介護施設が足りない~施設不足によって生まれたグレーゾーン~
第八章 お金が戻ってこない~ねらわれる老後資金~
第九章 ローンが終わらない~住み慣れた我が家は砂上の楼閣~
終章 まとめ
ルポ 難民化する老人たち (イースト新書)(amazonリンク)

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「無縁社会」NHK「無縁社会プロジェクト」取材班  文藝春秋
「居住の貧困」本間 義人 岩波書店
「貧困女子のリアル」沢木 文 小学館
「ルポ 雇用劣化不況」竹信 三恵子 岩波書店
「ルポ 最底辺」生田 武志 筑摩書房
「下流社会」三浦展 光文社
ラベル:書評 現代
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2017年05月01日

「下流志向」内田 樹 講談社

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久しぶりに衝撃を受けた1冊でした!

根本的なところで自分は時代を分かっていなかったのか?

本書の説明を読んでいるうちに、うう~む、なるほど・・・とそんな馬鹿な考え方ってあるの?って思いながらも不可解な現象の説明に妥当性がありそうで今後の日本の将来像に暗澹たる気持ちにさせられました。

NHKスペシャルの「縮小ニッポン」の絶望感を上回るくらいの将来性の無さですね。この衝撃は!

もしこの解釈が正しければ、これからの日本はパラダイムシフトなんてもんではない、別次元の理解の仕方が必要な社会となり、将来像も全く違ったものになっていくことでしょう。

本書では大きく「学びからの逃走」と「労働からの逃走」が掲げられていますが、本書の中ではそれらの解説の途中で非常にショッキングが事実とそれに対する解釈が語られています。

例えば、『わからないことがあっても気にならない』。

文章を読んでいて知らない単語があってもそれをスキップして、そのスキップした事実を全く気にしないままでいられて、通常、何か気になる、ひっかかる、といった感覚の欠如が挙げられています。

女子学生が一番読んでいるファッション誌で統計をとり、誌面の分からない文字を調べていくと物凄い虫食い状態の文章になり、それをそのままで受け入れて平然としている事実があるそうです。

これはその人の現実世界の認識が虫食いの穴あき状態でなされていて、その穴を埋めていくといったことをしないでいられる、分からないという本来ストレスフルな環境にストレスを感じずにいられる、ということだそうです。

これって・・・もう普通じゃないレベルですよね!

そもそもの人間の言語能力からしても、英語とか外国の文章読んでてもそうですし、日本語でも自分の知らない分野の本とか読んでてもそうですが、知らない単語や知らない言い回しとかは、大量の文章を読んで何度か目にしていくうちに自然と前後関係からも否が応でも意味を掴んでいくものですが、そういった当たり前の行為すら行われなくなっている、ということですもんね。

いつの頃からか、TVとかを見ても物事を知らないことを前提に、かえって知らないから自分には関係無い、知らないから自分はそれに縛られない、的な愚かな発言をする人が増えていて、この人達は無知を恥ずかしいことだと思わないんだ。しかもそれを堂々と自慢気に話していて、その行為自体が自分が愚かであると公言している事実を認識していないんだと思っていましたが、それも含めて全て認識からスキップしているんですね。

驚愕の事実と著者の解釈が正しいのなら、驚愕の認識です。

あと・・・「不快」という貨幣。

著者が便宜的に定義している概念ですが・・・その貨幣経済(等価交換)の帰結として、『学力の低下は「努力の成果」』という有り得べからざる事実がその通りなら、日本はもう救いようがない感じがしてなりません。

そして、それは現在の日本人が子供の頃から経済合理性を学んだ成果が上記に繋がるというのが著者の説明なのですが、非常に興味深く、且つ絶望的な無力感に襲われそうになりますが、その一方で個人的には大いなる違和感を感じずにはいられません。

子供達が自分なりの価値尺度(経済合理性)で、学習や労働を評価し、合理的な対応をした結果というのですが、それはあくまでも短期的な一回限りの特殊な状況下での取引を想定した範囲でのみ有効な経済合理性でしかなく本来、経済学等で想定している経済合理性を持った人の行動とした場合、教育や労働は長期的なスパンの中で最大効用をあげるべき行動をすると規定され、子供であっても学習の放棄や割に合わない労働からの忌避の説明としては間違っていると思われます。

長期継続的な取引における経済合理性を首肯するなら、情報の非対称性や時間選好率、あるいは囚人のジレンマとかの観点を加味しないと、著者の説明は成り立たなくなると思いますが、著者はその辺、自分の都合の良い解釈としてしまっている点に問題がありそうです。

あとね、大学のシラバスについても学ぶまで分からないのだから、不要みたいな感じの話になっていますが、それもどうなんでしょうね? 大学生であれば、それこそ自己決定権を持っていていい思慮分別のある年齢だと思いますし、シラバスを参考にして、自分が関心(目的)を持って学ぶべき科目を選択するのは妥当な行為だと思います。

師を信じろって、言われても面識もないし、話したこともない人を信じるだけの合理的理由がありません。
オカルトで自分の将来に直結するかもしれない、勉強する科目を判断するにあたり、シラバスは貴重な判断材料だと思うんですけどね。

大学生と中学生、小学生を同列に扱うこと自体に無理を感じます。
勿論、著者が言いたいことは現在の若い人に共通な背景にポイントを置いているのは分かるのですが、それこそ、どこまでを保護者や周囲の教育関係者、世間の人が面倒をみるのか、パターナリズムの問題かと思います。

昔、大学生の頃に「校則と自己決定権」とかで卒論を書いたのを思い出しちゃいました(笑)。

著者はパイプラインからこぼれ落ちる人達に対しても、積極的に関与して、おせっかいも含めて社会全体で面倒をみていくべきと主張されていますが、そこも私的には大いに疑問を感じます。

著者の憲法論まで出して教育とかを語られるのですが、それであれば、当然、そこで法律的に規定された範囲を超えた部分での論拠はどうなるのでしょうか? 当然、法的担保は無いはずです。

本書には、目を見張るばかりの非常に衝撃的な事実と思わず納得してしまいそうな解釈が書かれていて大変勉強になるし、現実認識に際して鋭い視点を示されていて大変示唆にも富む内容なのですが、その一方で法律論、経済論としては都合の良い部分だけをつまみ食い的に解釈している部分も散見されます。

その辺が本書を読む際に注意しないといけないかもしれません。
決して本書で書かれている内容は鵜呑みにはできません。解釈もところどころ、妥当性を欠いているのも事実だと思います。しかし、それらを踏まえても物凄い衝撃を受ける内容だと思いますし、私は大変参考になりました。

これからの日本を理解するうえで、実に興味深く示唆に富む内容だと思います。
私的にはお薦めですね。但し、本書を適切に生かすには読み手側にもそれなりのものが必要になってくるとは思いますが・・・じゃないと本書に流されます。そこんとこ、注意!

先ほど、少し書いたこぼれ落ちた人に手を差し伸べる対応策についても、その方が費用が安く済むといいますが、それはその範囲に絞った限りでは確かに経済合理性があるのでしょうが、国民感情として受け入れることが出来るとは思えません。

まして進んで自己決定の結果としてその現状があるのであれば、その人達よりも更に優先して国家が福祉政策として対応すべき対象者がいるかと思います。

なんか目についたところだけ、対応しようとして、その局所的範囲で経済合理性を出しても大いなる違和感を覚えずにはいられません。何故、他の対象ではなくその対象が優先されるのか、優先することにより、大局的にどんな長所があり、それが国家としてより好ましいものになるのか、その辺の説明は本書ではされていません。

その辺はアロケーションの問題になりますが、著者はいささか恣意的に経済合理性を出されているようでここも私的には納得がいきませんでした。

ただ、将来も含めた現在の状況に対して、何らかのアクションをしていこうという提言は有りだと思います。そういったものも含めて、久しぶりに考えさせられる本でした。
【目次】
第1章 学びからの逃走
(新しいタイプの日本人の出現、勉強を嫌悪する日本の子ども、学力低下は自覚されない、「矛盾」と書けない大学生、わからないことがあっても気にならない、世界そのものが穴だらけ、オレ様化する子どもたち、想定外の問い、家庭内労働の消滅、教育サービスの買い手、教育の逆説、不快という貨幣、生徒たちの意思表示、不快貨幣の起源、クレーマーの増加、学びと時間、母語の取得、変化に抗う子どもたち、「自分探し」イデオロギー、未来を売り払う子どもたち)

第2章 リスク社会の弱者たち
(パイプラインの亀裂、階層ごとにリスクの濃淡がある、リスクヘッジとは何のことか?、三方一両損という調停術、リスクヘッジを忘れた日本人、代替プランを用意しない、自己決定・自己責任論、貧しさの知恵、構造的弱者が生まれつつある、自己決定する弱者たち、勉強しなくても自信たっぷり、学力低下は「努力の成果」)

第3章 労働からの逃走
(自己決定の詐術、不条理に気づかない、日本型ニート、青い鳥症候群、転職を繰り返す思考パターン、「賃金が安い」と感じる理由、労働はオーバーアチーブ、交換と贈与、IT長者を支持する理由、実学志向、時間と学び、「学び方」を学ぶ、工場としての学校)

第4章 質疑応答
(アメリカン・モデルの終焉、子どもの成長を待てない親、育児と音楽、高速化する社会活動、師弟関係の条件、教育者に必要な条件、無限の尊敬、クレーマー化する親、文化資本と階層化、家族と親密圏、新しい親密圏、ニートの未来、ニート対策は家庭で、余計なコミュニケーションが人を育てる、付和雷同体質、相手の話を聴かない人々、時間性の回復策、身体性の教育)

下流志向〈学ばない子どもたち 働かない若者たち〉 (講談社文庫)(amazonリンク)

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「学歴分断社会」吉川 徹 筑摩書房
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ラベル:書評
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2017年03月25日

「神保町「二階世界」巡り及ビ其ノ他」坂崎 重盛 平凡社

一応、神保町とタイトルにうたっているが神保町以外の花柳街や下町が良く出てきます。
神保町だから本に関係する話かというと・・・関係することもなくはないが、正直あまり関係ない感じです。

文人が愛した花柳街のお店のそれぞれを著者の好みで自己のエピソードや思い入れを加えつつ、書き散らした散文。そんな感じ。

本の本というよりは食べ歩き、飲み歩きの本に近いノリです。
コンセプトも実はそちらのようです。

あまりメジャーな食べ歩きの本には出てこないようなお店についても記述も多く、興味はそそられるもののわざわざ食べに行くほど美味しい店ではなさそう。

本書に出てくる文人も誰一人私知らないし、関心のある人もいないしねぇ~。
はてさて、文章は読みやすくて嫌いではないのですが、私の関心とはことごとく外れているような???

読んでても何も得るものはなし。時間潰しも飽きて、本書は途中で読むのを止めてしまいました。特に後悔なし。
【目次】
其ノ1 この人を巡りて
其ノ2 この町を巡りて
其ノ3 この本を巡りて
其ノ4 其ノ他

神保町「二階世界」巡り及ビ其ノ他(amazonリンク)
ラベル:書評 神保町
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2017年03月19日

「東京最後の異界 鶯谷」本橋 信宏 宝島社

uguisudani.jpg

山手線の駅として知ってはいるが降りたことのない駅の一つ。
個人的には大塚駅とかも昔は池袋のすぐ近くなのに降りたことなかった・・・。
転職先の本社があったので大塚は初めて知ったけれど・・・、鶯谷駅は縁が無いなあ~。

基本、風俗や風俗街としての土地としての鶯谷を紹介しています。

そういえば、予備校の講師が鶯谷には初音というラブホテルがあって、ネーミングのセンスの良さを誉めていたことを思い出した。ウグイスの初鳴きとしての「初音」と初夜としての「初寝」をかけている・・・とか。

大した講義では無かったけれど、何故か未だにその言葉だけが記憶に残っている。

本書もありきたりの風俗街レポート的なノリなのですが、途中から左翼とかそちら系の話が出てきて、ああ~昔はエロと左翼って同系統の人達だったりしたことを思い出しました。

『高度経済成長期』って頃の影響を引きずったその後の末期的症状を呈していた世代にありがちな・・・そういう状況あったんですよねぇ~。アナーキストとかね。

あとね、読み進めていくと実は自分の母校のOBに当たることが分かっちゃってきたりして驚いた!
文章読んでて、もしかしてマジ、うちのOBかよ~と思いながら読んでいたら、最後の方にずばり出てきて、あ~なるほどって思ったりした。

いろんな人いたもんね。あそこ。

私自身も紆余曲折しながら、人生生きていたりしますが、著者の文章にそれほど違和感が無いのも勝手に個人的に納得しちゃいました。

だから、どうというわけでもないのですし、読むのをお薦めする訳でもないのですが、感慨深かったです。
【目次】
第1章 陰と陽の街を歩く
第2章 「鴬谷発」韓デリの魔力
第3章 人妻の聖地―鴬谷
第4章 吉原と鴬谷
第5章 鬼門封じと悦楽の地
第6章 秘密は墓場まで
第7章 鴬が谷を渡る
東京最後の異界 鶯谷(amazonリンク)
ラベル:書評 鶯谷
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2017年03月03日

「だから山谷はやめられねえ」塚田 努 幻冬舎

どういった生活なんだろう?
ふと疑問を持つことがあるが、まず経験することもない日雇い労働者の生活を実際に体験してみた、当時大学生のルポルタージュ。

以前にもこの手の季節労働者の生活を描いたものとかを読んだことがあるのですが、何の保証もなく、危険な労働をしてしかも安い賃金ってのは正直辛いなあ~と思う。

しかもその危険というのが対価たる報酬に比べてあまりにも割りが悪いのはシャレにならない。
ただ、人は追い込まれれば、それでも働かなければならない事情があれば、そうも言ってられないのも事実だし・・・。う~む。

変わり映えすることのない単純作業の繰り返しもそれはそれで苦痛なのだが・・・人の管理で神経磨り減らすのもどうかと思いますねぇ~。

そうそう、高田馬場の日雇い仕事の手配の話が載っていますが、昔、高田馬場に職場があった時にいかにもそれっぽい人が数人集まり、朝からコンビニの前でカップ酒を飲んでいる姿を時々見て、不思議に思ったことを思い出しました。

そういやあ~、なんか人を割り振ってる手配士みたいな人がいる公園もあったなあ~。
あ~、あれの話なんですね。

昔、どっかの印刷工場の日雇い派遣かな?
3日間でいくら?とかいうので駅の〇〇口に集合し、バスに乗せられて工場へ行き、働いたことがありました。
学生の頃だったかな?あれもなんか異様な感じでしたねぇ~。

ベルトコンベアーに載って週刊誌とかが流れてきて、それを仕分けするんですが、結構、重くて体力が必要らしく、案の定、1日やっただけでヘトヘトになって筋肉痛で二日目は行けませんでしたね。

だから、3日間皆勤だと皆勤手当てが別途出るようで、その賃金体系についてなるほど~と実感した覚えがあります。あのノリでしょうか?

しかし、相部屋は辛いなあ~。
プライバシーのない空間ってのはストレス溜まりますもんね。
だからこそ、旅で商人宿とか宿坊に泊まったことはあっても相部屋とかユースホステルとかってのは経験無いんだよね。野宿ってのもしたことないし・・・。

軟弱な旅行好きの私(苦笑)。

指無くすような危険や命に係わる危険がなければ、1日ぐらいなら、経験してもいいかも?ですが、それを一定期間となるとまた、それはそれで大変過ぎて私ならギブ・アップしそうですね。

現在のように家族が病気になった際、有休が取れたり、自分が病気になっても最低限、保険金が受け取れるなどの保障が無いと、どんな労働者でもあっという間に転落だよなあ~としみじみ考えさせられられました。

でも、もっと環境の良い職場に移りたい気持ちは変わりませんが・・・・。

そうそう、本書を読んでいてふと思い出したのは昔読んだ期間工のルポ。
鎌田 慧の「自動車絶望工場」だったかな?

まあ、どちらにせよ、生きていくのは大変ですね。
私もセミ・リタイアしたい・・・本当に心からそう思う・・・。
【目次】
プロローグ 大学三年冬の憂鬱
山谷漂流
飯場漂流1 地下鉄編
飯場漂流2 冬山編
エピローグ 僕の選択
だから山谷はやめられねえ―「僕」が日雇い労働者だった180日 (幻冬舎アウトロー文庫) (amazonリンク)

ブログ内関連記事
「東京の下層社会」紀田順一郎 筑摩書房
「日本の下層社会」横山 源之助 岩波書店
「ルポ 賃金差別」筑摩書房 竹信 三恵子
「派遣のウラの真実」渡辺雅紀 宝島社
「ルポ 雇用劣化不況」竹信 三恵子 岩波書店
「高学歴ワーキングプア」水月昭道 光文社
「ホームレス博士」水月昭道 光文社
「貧困女子のリアル」沢木 文 小学館
「東京難民」上・下 福澤 徹三 光文社
ラベル:書評 労働 雇用
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2017年02月05日

「諸星大二郎の世界」コロナ・ブックス編集部 平凡社

非常に懐かしい、こんな本あったんだと思って読み始めました。
これ、出版されたばかりなんですね。

まあ、評論部分は個人的には普通って感じで特に興味を惹くものはないのですが、著者の本棚とそこにあった蔵書リスト、これは個人的に大ヒット! 
私的にはこれだけで本書を買う価値があるかと思います。

勿論、全335作品初出誌&単行本データ、これも貴重な資料ですよねぇ~。
それなりに私も著者の漫画は読んでいますが、漏れているものもあるはずですので読んでみたいですねぇ~。

資料関連の充実感がある本書ですが、どこが出しているかと思えば、平凡社さんでした。思わず、納得。こういうのは平凡社さん、さすがお得意ですね。いい仕事してます。古いか(苦笑)。

装丁の黄色だけはあまり好きになれませんでしたが、勿体ないなあ~。装丁変えて欲しかったです。
【目次】
諸星研究序説
古代[評論]松木武彦
民俗[評論]畑中章宏
東洋[評論]福嶋亮大
南方[評論]都留泰作
西洋[評論]東雅夫
日常[評論]東雅夫
諸星少年のいた街で。
[エッセイ]諸星大二郎 本木町を訪ねて
諸星大二郎の本棚 モロホシワールドを生み出す小宇宙へ――。
[対談]山岸凉子×諸星大二郎
諸星大二郎に聞く95の質問
略年譜
諸星大二郎主要作品解説
[選・文]斎藤宣彦
諸星大二郎全335作品初出誌&単行本データ
諸星大二郎の世界 (コロナ・ブックス) (amazonリンク)
ラベル:書評 ムック
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2017年01月21日

「プラハを歩く」田中 充子 岩波書店

もっと期待して読んだみたのですが、正直期待外れの本でした。
あれだけの素敵な都市、魅力的な都市に対して非常につまらない解説をしています。

個々の建築物についても歴史一つとっても、もっと書くべきことがあるのでは?と思ってしまいます。
錬金術師や魔女、ゲットー、シナゴーグ、アール・デコ、ミュシャだけでも紙面が足りないでしょうし、フスやプラハの歴史を語るだけでも紙面が足りないでしょう。

それなのに・・・しょうもない著者の個人的なエピソードが無意味に挿入され、それがほとんど無駄でプラハに対して何のプラスの意味ももたらすことなく、呆れ果てます。

中途半端に建築語るなら、ガイドブックレベルの記述は止めて欲しい。
新書にそんなもの求めている人いないでしょう。きっとね。

何もかも中途半端で、あの素晴らしいプラハの街の魅力が読んでいて微塵も感じないのが逆に異常に感じられてならない。ストラホフ修道院のあの図書館一つとってみても本書を読んで私は行きたいとは思わないだろう!!

私が行ったときは、最初それが見たくてそれだけの理由で宿も取らずにプラハの空港に降り立ち、夜明けと共に宿を探したりしたものだが・・・。非常に残念な本です。

本書なぞ読まずにlonely planetでも片手にぶらりと訪れた方が良いでしょう♪読む価値を見出せない本でした。
【目次】
第1章 城―木と石の技術
第2章 旧市街―石の暮らし
第3章 城下町―スタッコの装飾と芸術
第4章 新市街―都市の空間
第5章 郊外―鉄とレンガとコンクリートのデザイン
プラハを歩く (岩波新書) (amazonリンク)

ブログ内関連記事
「物語チェコの歴史」薩摩秀登 中央公論新社
魔女と錬金術師の街、プラハ
「THE GOLD 2004年3月号」JCB会員誌~プラハ迷宮都市伝説~
NHK世界美術館紀行 プラハ国立美術館
ラベル:書評 プラハ
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2017年01月15日

「学歴分断社会」吉川 徹 筑摩書房

感情論やジャーナリスティックな一部分だけを誇張した話とは一線を画し、淡々と現代日本の抱える社会状況を分析していく姿勢は、最近ではあまり見られないだけに貴重な感じがしました。

どうしても格差社会とか、階層の二極分化とか世間の流行りに踊らされてしまうところもある私ですが、学校歴ではなく、名実共に明確な学歴(大卒か、高卒か)による社会的分断があることを本書を読んで実感として納得しました。

大卒でも本当に大卒なの?歳食ってるだけ、人生浪費してるんじゃないの?という感想さえ持ちかねない大卒が実際に存在し、どこの大学を出たかを世間が気にするのも評価のシグナルとしてはあながち間違いではないなあ~とか普段感じたりはしていましたが、本書に書かれているような学歴により社会に対する価値観等が変わってくることについてはあまり意識したことはありませんでした。

確かに昔はどこの家庭も子供を勉強させて少しでも上の学校に入れようとするのが『普通』だった気がしますが、今はそれが『普通』ではないんですね。

自分の親や家庭を翻ってみても進学する気があるなら、上の学校に行かせてもらえたし、学習塾やら習い事も希望すればどれも行かせてもらえましたしね。

親は高卒でしたが実際、私よりも所得上でしたし、今後も抜けないかもしれませんね。
大学院まで行ってもそんなものですが、それでも学校に行ったからこそ、あちこち転職したり、起業した後でもとりあえず、定職につけて自宅も買えましたし、なんとか生きていけるだけ所得があるのは親が金出してくれたからなんでしょうね。

本書でも書かれていますがこの不確実性下の時代、大学出ることによるメリットは限定的ではあるものの、それでもやはり・・・ってのはあることも事実でしょうね。また、自分の属する集団や環境によって、進学に対する評価や価値観も全然変わってくるのも事実でしょう。話している内容が全く異文化というか異世界であったりするこもありますしね。

日本には「お里が知れる」なんて言葉もありますが、更に細かいこと言うと、どこの学校を出たかでも随分と変わってきたりします。大学ではなくて、むしろ幼少期の方が人格形成に及ぼす影響多いですから、地域色や文化水準を反映させる高校や中学校なんかの方がより影響力ありますしねぇ~。

いい歳して社会に出てから相当経ってからでさえ、転職活動中に履歴書の高校名を見て「○○の高校出身なんですね。〇〇のタイプの人、うちにもいますよ~」とか言われても返答に困ったりする。人事担当者は大学名よりもむしろそちらに関心を覚えるようで、つくづく学校歴を痛感させられた経験が思い出される。

まあ、本書の話からはだいぶそれてしまいましたが、ロジカルな分析でいろいろと示唆に富む本だと思います。本書は売り飛ばさずに、手元に置いておこうと思っている本でした。
【目次】
第1章 変貌する「学歴社会日本」
第2章 格差社会と階級・階層
第3章 階級・階層の「不都合な真実」
第4章 見過ごされてきた伏流水脈
第5章 学歴分断社会の姿
第6章 格差社会論の「一括変換」
第7章 逃れられない学歴格差社会
学歴分断社会 (ちくま新書) (amazonリンク)
ラベル:書評 学歴
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2016年12月06日

「新平等社会」山田 昌弘 文藝春秋

雇用とか社会問題を取り扱う本が新書形式の薄っぺら且つ中身のないものばかりしか読んだこと無かったのですが、本書は久ぶりに読む価値のある社会問題を取り扱った本です。

いたずらにマスゴミ受けや大衆受けするような迎合主義とは一線を画し、率直に分析した資料やデータを元に耳障りの良くないことを含めて事実と思われることを軸に、そこから見えてくるものを正面から捉えようとしています。

本当に昨今見た中では唯一まともな社会問題の本かと。
逆に言えば、本書以外があまりに著者の独善的かつ主観的な思い込みによる適当な妄想の垂れ流しレベルの本で酷かったということでもあるのですが、本当に久しぶりにまともって感じがしました。

ニューエコノミーにおける必然的な仕事の二極分化も、そこに至る過程の説明がロジカル且つ丁寧になされ、首肯できるものとなっています。

結婚の話も事実ベースに忌憚なく分析結果を語っており、興味深いです。
結婚に当たって、女性は経済的責任を男性に求める。しかし、女性を満足させる経済力をもつ未婚男性の数は1975年以降徐々に減っていく。一方、期待する生活水準は上昇する。その結果、男性に高い経済力を期待する女性、及び経済力が低い男性に未婚者が増えていく。
・・・・
・・・・
既婚男性と未婚男性の間には平均して各年代で100万円から200万円の年収格差があり、恋人がいる男性といない男性間でも100万円程度の年収格差があるという調査結果だった。
・・・
データをあげながら「低収入の男性が結婚できず、それが少子化につながっている」というロジックを説明した。」

今、日本の社会が置かれている状況について、正確に理解するのに適した本だと思いました。

勿論、本書での説明がすべて正しいかはわかりませんが、少なくとも一定程度の客観性のある説明だと思います。また現状分析を踏まえた提言についても個人的には納得いかないものも多いのですが、それであっても本書は読むだけの価値があるかと思います。

類書が酷過ぎるってのもあるんですけれどね・・・。
実際、大変勉強になりました。
【目次】
はじめに 格差に関する議論が盛んなのはなぜか?

第1部 格差社会を超えて
格差問題を考えるための三つの問い
格差に関わる社会問題を考える際の五つの領域
格差の現代的特徴と平等社会のイメージ
新たなタイプの格差の出現とその理由
新たな平等社会を目指して

第2部 格差社会の断面
仕事格差―フリーター社会のゆくえ
結婚格差―結婚難に至る男の事情、女の本音
家族格差―家族の形が変わり、新しい格差を生む
教育格差―希望格差社会とやる気の喪失
「家族主義の失敗」とリスク構造の転換
おわりに 生活の構造改革を目指して―格差が問題化しない社会を

新平等社会―「希望格差」を超えて (文春文庫)(amazonリンク)
ラベル:書評 社会
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2016年11月10日

「居住の貧困」本間 義人 岩波書店

日本の住宅問題を取り上げ、その歴史的過程を踏まえ、他国との比較を行いながら、具体的な提言をする、ということなんですが・・・。

率直なところ、よくある政府批判と予算の裏付けのない理想論的なあるべき論。
そりゃこの著者の述べる通りのことをすれば、短期的には喜ぶ国民もいるでしょうが、せいぜいが美濃部のばらまき政策で都の財政を酷くしただけの二の舞になるでしょう。しかも国レベルでより大規模に悪化するだけです。

無知な学者さんみたいなこと言ってるなあ~と思ったら、著者って学者さんだったんですね。しかも元・朝日新聞の記者。

そりゃ、政府を批判するだけの訳です。納得!
実際の政治で多様な利害関係の調整をしつつ、予算を獲得して政策として実現していく、その一番大切で困難なところにはほとんど触れることなく、この人、何夢みたいなこと言ってるかと本書を読んでいて思いましたが・・・。

しかも文屋根性が抜けていないようで、客観的な立場からの政策提言みたいなこと言いつつ、時々、個別の政治家個人名を挙げてその政治家が政府の政策に則った企業の役員に名を連ねているとか、訳わからない政治家批判を織り交ぜていて、ただ自分が思ったことを何でもいいから正当化しているどっかの新聞記事の社説とかそのレベル。

学者としても失格かと?

あとね憲法25条が保障している生存権はあくまでも理念であって、具体的な水準はその下位規定の法律によって規定され、どの水準が保障される基準となるかは社会的・経済的な諸条件の中で勘案されて決まっていくことと一般的には解釈されているし、本人も十分に理解したうえで憲法を持ち出すっておかしくない?

だったら、憲法改正、最低でも立法部分から提案すべきですが、現場の官庁さんヨロシク的な丸投げってアホかと?これだから朝日は・・・・って思ってしまいます。

他にも日本の住宅政策が高度経済成長期以降、『量』を優先し、その後、バブル崩壊を経て『質』の充足を優先したことを批判しているが、有り得ないと思うんですけれど???

急成長中のベンチャー企業を例にとっても容易に想像つきますが、伸びている最中はスピードこそが命。
とにかく質になんてかまってらんないから、まずは量でスピード最優先にし、成長を加速させ、その後、成長が端緒についてトレンドとして定着したら、徐々に内部固めをして質を重視した方向へ移っていくのが当たり前でしょう。

国でも同じ。急成長している際に質なんて言ってたら、成長の足枷になり、あっという間に景気は失速してしまいます。本当にまともな一般社会で働いたことのなく、批判だけで飯を食べているジャーナリズム&学者さんの世界は違いなあ~と思いました。

もっとも象牙の塔に籠って非凡な研究をなされる学者や研究者も一部にはいるんでしょうが、中途半端な自称知識人は社会にとって毒にこそなれ薬になりませんね。

だから文科省が科研費削るって話になったんでしょうが・・・ねっ。

理想を唱えるのは誰でもできるし、現実の制約下で実際に実践されている方を批判し、足を引っ張る輩は多数いるけれど、語った理想を一部でも行動で実践し、実現している人は滅多にいない。

本書を読んで、まさにそう思った。
多数決原理の民主主義では妥協の産物にしかならないのが普通。
著者が本当にそう思うのなら、自らが立法に向けて行動されるとか、予算を現実的に成立させるだけの裏付けとなる方法を提示して欲しいと思った。

政策提言は(夢物語を語る)子供の希望を述べることではないと思った。
読むのは時間の無駄な本でした。
【目次】
第1章 住む場がなくなる
第2章 いびつな居住と住環境
第3章 居住実態の変容、そして固定化へ
第4章 「公」から市場へ―住宅政策の変容
第5章 諸外国に見る住宅政策
第6章 「居住の貧困」を克服できるか
居住の貧困 (岩波新書)(AMAZONリンク)
ラベル:書評 住宅
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2016年07月25日

「貧困女子のリアル」沢木 文 小学館

最近、老後破産とか老人漂流とかNHKスペシャル的なものに踊らされているとは自覚しつつも、やっぱり今後どうなるのか不安をかきたてられて、つい関心をもってしまう自分がいたりします。

これも他人ごとではないかなあ~って感じで手にとって読み始めたのですが・・・暗過ぎて鬱になりそうでした。一応、読了したけれど、何にも参考になりませんし、可哀想とか気の毒とか思っても、何も出来ませんし、何もする気になりません。

そんなことよりも自分自身と、自分の周りの出来ることをするだけで精一杯ですしね。
自分の手の届く範囲で幸せにしたいし、幸せになりたいですね。心からそう思いました。

正直、自業自得、自己責任の一言で終わりではありますが、精神的に参ってくるので読むのはお勧めしません。どこまでが事実で、また例え事実だとしても本当はレアケースなのか、普通にあるレベルの話なのか分かりませんが、知ることで自分にプラスにはなりません。

むしろ知らない方がいいように思いました。
個人的にはお勧めしません。
【目次】
第1章 親との問題―支配を愛情と思い込んだ結果は
第2章 見栄―無自覚に消費してしまう浪費女子
第3章 借金―人間関係を維持するための借金
第4章 強いコンプレックス―男性依存、恋愛依存
第5章 学歴―学歴と貧困との関係は?
第6章 ワーキングプア―苦労が癖になる人たち
貧困女子のリアル (小学館新書)(amazonリンク)
ラベル:書評 現代
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2016年04月24日

「バカが多いのには理由がある」橘 玲 集英社

経済関係で有名な橘氏の番外編的な感じの作品。
週刊プレイボーイに連載されていたコラムをまとめたものだそうです。

そのさいか、いささか扇情的な表現や必要以上に、神経を逆なでしかねない単語が並びますが、その辺はメディアに合わせたのかなあ~とも思えます。

ただ、従来の橘氏の文章を読んでいる身としては、この本について違和感を覚えるのは否めません。
まあ、いつもどっかしら醒めていて、世間から距離を置いている立ち位置の著者からすると、あくまでも断面の見え方の問題なのかもしれませんが・・・それこそ、一部の方を炎上させるには向いているような本かも?(笑)

政治の部分。
う~ん、まあ、マスコミやら一部の先導者に煽られたみんなの意見とやらが民意を代表すると信じるポピュリズムなんかが幅を利かし、誰も自分の目や耳を信じないし、自分の頭で考えようともしないのは変わらないからなあ~。

誰もが自分の都合のいいことしか言わないし、事実を歪曲して自分の受け入られる全くの別物に加工してからじゃないと受け入れようとしないからなあ~。

私も相当のひぬくれものであることは自認しているが、本書はかなり毒が強いです。
フェアトレードなんかも、個人的には絶対に信用していないので常々胡散臭く思っていましたが、本書でもその辺のからくりについて諸々書かれています。

表面的な取り繕いだけを見て、物事を気分やノリで判断し、周囲を煽り、結果として本来、意図していたこととは真逆の結果をもたらし、物事を台無しにする。

別にどんな国でもどんな組織でも起こっているし、やっているんだよねぇ~。
うちの会社なんかにも教科書的な(というか小学生レベルの)正しさを教条的に部下に説き、それを丸投げしてやらせることで部署に混乱をもたらし、限界あるリソースの無駄使いで不要に疲弊し、結果的に相当な効率低下をもたらしながら、会社の方針として業務の効率性を上げる愚か者がいるが・・・はあ~。

そりゃ、人辞めていくだろう。
頑張っている人ほど、能力のある人ほどね。

そんなことを頭に浮かべながら、本書を読んでおりました。

そうそう、ルワンダの虐殺辺りの記述は辛辣さを増しますね。
虐殺を行って、殺した人たちの家財道具一式を奪って、他国へ逃げてきた人たちを可哀想な難民として、メディアが取り上げ、その避難場所が空港近いという利便性から、ジャーナリズムも進んで採り上げ、NPOとかも支援を行う。

実態なんて関係なく、取材しやすい、絵になるがポイント。
NPOなら、手っ取り早く物資を配れて、実績作りになるのがポイント。

支援者から同情とともに、たくさんの資金を集める為の悲劇の演出。
ネタかと思われるような話がたくさん書かれています。まあ、私もその背景に関する事情は正直明るくないので、二次伝聞を鵜呑みにしているだけでなんとも言えませんが、おそらく事実なんでしょうね。

たくさんの死体の山ではもう煽情的な見出しにならなくなったメディア連中の求める、インパクトのある『絵』。そこから虐殺ではなく、四肢損壊で這う人々の苦しい表情でより煽るなんて外道か鬼畜の所業ですね。

もっとも何年か前のタイにも手足のないたくさんの物貰いがいましたね。
あれが同情をひくんだとか・・・。

朝早くに誰かが歩道に連れていき、夜にまた誰かがどこかへと連れていく。
あれもそれもビジネス。

本当にうんざりします。
そういやあ~今の国連事務総長も偏見と利己主義の塊で最低ランクに見えますが・・・国際政治の舞台なんて大国のエゴの張り合いですもんね。

そのおこぼれに与ろうと第三国が集まり、既得権益として国連で好き勝手なことやってるわけで、そりゃ大国は距離を置き、都合の良い時だけ国連の名を持ち出す。

もっとも前国連事務総長のアナンさんでしたっけ?
息子をイラクの石油関連の組織のトップにつけて、兆円単位で横流しやら横領やらをやりまくってBBCとかにも大きく報道されてましたねぇ~。

日本だとあまり記事になりませんが・・・。
タレントのゴシップやら政治家発言の揚げ足取りで、庶民に媚びうるマスコミには、そりゃ興味ないでしょうけれど・・・。

衆愚政治こそが民主主義の帰結なのか・・・・先が見えませんね。

とにかく、現在の環境から早く逃れたいと切望する私なのでした。

本書ですが、興味深い点もあるけど、この本はこの本で細かいことはしょって洗浄過ぎ。
読んでいて、不快感も結構あります。

なんかいろいろと辛いことを心に思い浮かべた本でした・
お勧めしません。
【目次】
私たちはみんなバカである
1 POLITICS政治(ニッポンの右傾化
嫌韓と反中
「日本を取り戻す」政策
ニッポンはどこにいくのか?)
2 ECONOMY経済(ブラックな国
イエという呪縛
自虐的な経済政策
経済は面白い)
3 SOCIETY社会(ニッポンの暗部
腐った楽園)
4PSYCHOLOGY心理(こころの内側)
地獄への道は善意によって敷き詰められている


バカが多いのには理由がある(amazonリンク)
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2016年02月16日

「本棚の歴史」ヘンリー ペトロスキー 白水社

読む前に本書に対して期待していた内容とはおよそ異なった内容でした。
私的にはもっと、本の歴史から敷衍した本棚という存在に対する話を想定していたのですが、基本、工業的なデザインとしての本棚を対象として、シンプルに本棚そのものについて、歴史的変遷を書かれている本です。

何よりも著者が書かれている他の本を見ても、あくまでも単純な物の歴史的なものが好きな方みたい。

端的に言うと、内容に深みがなく、有名どころのモーガン・ライブラリーやゲッティミュージアム、イギリスの大学図書館とか触れていてもあまり面白くない。「薔薇の名前」なんかにも触れているのだけれど、有意義な意味を見出せない。

正直、つまんなくて飛ばし読みしたけれど、内容的に目ぼしいものは無かったです。
【目次】
第1章 本棚の本
第2章 巻物から冊子へ
第3章 保管箱、回廊、個人用閲覧席
第4章 鎖で机につながれて
第5章 書棚
第6章 書斎の詳細
第7章 壁を背にして
第8章 本と本屋
第9章 書庫の工学
第10章 可動書架
第11章 本の取り扱い
本棚の歴史(amazonリンク)
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2015年12月07日

「食肉の帝王」溝口 敦 講談社

shokuniku.jpg

友人に○○ハムに勤めている人がいて、工場での状況や職場の人達の話を愚痴交じりに聞くことがありましたが、本書を読んで改めてう~んと考えさせられました。

公務員とかでも採用で同和関係者の枠があるとか、諸々の優遇策があるのは聞いたことがありましたが、税金でこんなことあるなんて、正直ちょっと信じられません!

まあ、どこぞの宗教法人みたいに触れてはいけない部分があるんでしょうね。
しかし、使えるものは何でも利用して自らの利益獲得に邁進する、その姿は企業経営者そのものでもあるんでしょうね。グレーゾーンを超えて、塀の中に落ちてしまったら駄目ですが、大企業でもベンチャーでも程度の差こそあれ、やってるもんなあ~。

税金の優遇もそうですが、あのBSE(狂牛病)対策で輸入牛肉の買い上げで検査もせずに、ドンドン言われるがままに買い取って補償金を払い続けた政府関係者。どこまでが事実かわかりませんが、本当なら酷い話です。

鈴木宗男のあの小悪党も筋金入りのクズですね。
利益誘導と支持者の為だけに便宜を図る姿勢は、政治家らしいっと言えばらしいですが、腐り切ってますなあ~。いっそ、清々しいぐらいの悪さです。

以前いた山口敏夫とかあの手の小物の姿を思い出しました。

ヤクザや政治家を使い、あるいは食肉団体の組織力をも使いながら、自らの企業の為に(利益の為に)合法・非合法を問わず、あらゆる手段をとって実行していく、その決断力・先見性・実行力は非凡です。

しかも決して表に出ようとはせず、常に目立たないようにして保身を図りつつ、実を取る姿勢は老練な戦略家でもあるのでしょう。

本書を読むまでは全然、このハンナンという企業グループを全く知りませんでしたが、大変勉強になりました。良い悪いは別にして、やり手の経営者であることは間違いないでしょうね。

どこぞの現場を見ないで、机上の空論を語って、先を読む力のある一流経営者気取りの愚か者よりは、はるかにマシかもしれません。勿論、法に触れたら、論外ではあるのですけれど・・・・ね。

久しぶりに面白い本でした。
ただ・・・著者の客観的に徹する・・・と言いながら、独自取材等の裏付けは一切なく、共産党とかの機関紙からの引用や議会での質疑等、単なる二次資料だけであたかも真実かのごとく書いているのはどうなんでしょうね?

圧力かけられたりするのは怖いからそれを避ける為とはっきり書かれているので、それはそれでありかもしれませんが、適当に拾い集めた文章やネタを元に、都合の良いことを書かれている可能性もないわけではなく、本書自体の信用性は全くないような気がします。

すべてが嘘とはいいませんが、資料から構成したと言いつつ、その資料文献データが満足のいく形で記載されておらず、いかにも日本のジャーナリストが書いた適当な憶測記事の要素もたぶんに含まれています。

本書の内容をそのまま信用することはできませんが、それらを差っ引いてもまあ、面白いです。
金や力を握ったら、人がやることは同じだなあ~と思いました。
【目次】はじめに―「帝王」浅田満の素顔
伝説の奉公人
同和と暴力を両輪に
影の億万長者
北海道に進出
「永田町」と「霞が関」を手玉に取る
鈴木宗男の後見人に
知事もひれ伏した大阪府
地元市長は舎弟
狂牛病騒動で荒稼ぎ
証拠を闇に葬る完全犯罪
浅田流「商売哲学」
「サイドビジネス」が炙り出す底力
史上最強のタニマチ
ファミリーの肖像
虚像が剥がされた帝国
食肉の帝王 (講談社+α文庫)(amazonリンク)

ブログ内関連記事
「世界屠畜紀行」内澤旬子 解放出版社
「ドキュメント 屠場」鎌田慧 岩波書店
ラベル:文庫 同和 食肉
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2015年08月18日

「異形の将軍」上・下 津本 陽 幻冬舎

稀代の政治家 田中角栄について書かれた伝記(?)というか読み物。
角栄氏への関心の高い私としては、この手の本、何冊も読んでいますが出来は中の下ぐらいかなあ~?

いわゆる一次資料(=直接、取材や現地現物調査等による資料)ではなく、他の人が田中角栄氏について書かれた資料をベースに取材した二次資料を元にして描かれており、田中角栄を生々しく描き出すというのには程遠い。

ただ、各種引用を通じて、多面的に角栄という人間像を描写しようとしており、そういった点では主観に偏り過ぎないのは本書の長所かもしれない。また引用に際しても元の資料を明示しており、その辺は好感が持てる。

理研と共に成長した話や政治家になるまでの話、企業家から政治家へ転身、若手有力政治家として成り上がっていく姿など、読んでいると十分に面白いのだけれど、残念ながら、本書を読む事で初めて知るような内容はほとんど無かった。

それこそ、早坂氏の作品に出てくるような生々しい人間 田中角栄の姿は本書では出てこない。
何重かのオブラートに包まれた感じがしてしまうのは、私だけだろうか?

著者が下手に脚色を加えようとしていない点は評価すべきだが、素材が二次資料である以上、本書から得られる新たな気付きや知見などはまず無い。いささか奥歯に物が挟まったような歯痒さを感じてならない。

田中角栄関連の本を読んだことのない人には新鮮かもしれないが、既に関心を持って関連本を読んでいる方にはお薦めしない。一読して、すぐに手放して良い類の本である。

ただ、本書を読んで久しぶりに田中角栄氏のことを思い出した。
毀誉褒貶は当然だが、物事を決めていくあるべき政治家としての姿を体現した存在だったと今も強く思う。

30代で起業した会社を上場させ、会社を売った金を使って40代で政治家に・・・という私のかつての夢破れてしまいましたが・・・(苦笑)。もう少し遣り甲斐のある仕事を出来るように自分から努力しなければいけないんだよなあ~と改めて自戒しました。

待ってても何も来ないしね。当たり前ですが、努力と共に自分で働きかけることの大切さを思い出しました。

異形の将軍 上―田中角栄の生涯 幻冬舎スタンダード(amazonリンク)
異形の将軍 下―田中角栄の生涯 幻冬舎スタンダード(amazonリンク)

ブログ内関連記事
「私の履歴書 第二十八集」(田中角栄)日本経済新聞社
21世紀への伝言 後藤田正晴ロングインタビュー
「岸信介」原彬久 岩波書店

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2015年07月09日

「居酒屋礼讃」森下 賢一 筑摩書房

ひたすら著者が好き勝手なことを書き散らしたまさに売文というか、チラ裏的なエッセイもどきの食べ歩き本も多い中、本書はきわめて真面目な正統派な居酒屋本でした。

日本の居酒屋や酒、肴に関する歴史や雑学的な知っていて為になる知識から、役に立つかは不明ながらも大変興味深いお話が書かれています。

しかも内容は日本に留まらず、著者が海外勤務が長くてあちこちさまよっていたこともあり、世界中の酒や肴、酒場の話で実に楽しい♪

BARやPUBなんかは私も旅行中はよく利用していたのですが、本書に書かれている内容はなるほどねぇ~と自分の経験や体験からも納得しちゃうようなものも多く、読んでいてこれまた楽しい♪

歴史や薀蓄話だけではなく、首都圏については実際に著者が体験したさ酒場を何軒か挙げて紹介されているが、この辺も非常にそそられて実際に今度は自分も行ってみようかな?という気持ちにさせられます(笑顔)。

ただね、この手の本を読むとどこも書いているのと同じ店になってしまっているのは正直残念!
実際にその店はいいのかもしれませんが、誰が紹介しても同じ店ってちょっとどうなんでしょうね?

本書に出ているお店の何件かは知っているし、自分も何度か行ったことのある店も出ていたりする一方、本書でも他の本でもしばしばよく紹介されているにもかかわらず、自分が行った時には酒も肴もイマイチで値段も到底安いとかリーズナブルとは言い難く、二度と行かないと思った店も普通に紹介されている???

なんだかねぇ~?

同じ店でもまあ、その時によって変わるからなんとも言えませんが、一期一会ってのはこういうのでもありますからねぇ~。一度駄目だったところに二度目に行って良かったことなんて、まず自分の経験では一度も無かったような・・・・。

逆に良かった店が駄目になったことは数知れず・・・・(涙)。

本は面白いけれど、お店の紹介はその人の相性もあるし、ある程度は割り引いて受け取るべきなんでしょうね。個人的には大したことないっていうか、下手したらチェーン店以下に感じたお店も出てました。

美味しくない、量が少ない、値段はそれなりにしてる・・・とかね。

さてあさってか、久しぶりにホルモンとかを楽しめるお店に行けます!!
口開け一寸前から、待ってないとすぐいっぽいになるからなあ~。
今週はこの手の古典酒場の本ばかり読んでいたので、すっごく楽しみです♪
明日なんて、仕事なくなるといいのに・・・・ね。
 【目次】
第1章 居酒屋の楽しみ
第2章 居酒屋、酒と肴
第3章 日本の酒場・居酒屋の歴史
第4章 世界の居酒屋
第5章 首都圏酒場見聞録
第6章 銀座とロンドンの居酒屋
居酒屋礼讃 (ちくま文庫)(amazonリンク)

ブログ内関連記事
「東京煮込み横丁評判記」坂崎 重盛 光文社
「下町酒場巡礼」大川渉、宮前栄、平岡海人 筑摩書房
「続・下町酒場巡礼」大川渉、宮前栄、平岡海人 四谷ラウンド
「酒の肴・抱樽酒話」青木 正児 岩波書店
「悪魔のピクニック」タラス グレスコー 早川書房
「日本の酒」坂口謹一郎 岩波書店
「立ち飲み屋」立ち飲み研究会 筑摩書房
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2015年07月06日

「東京煮込み横丁評判記」坂崎 重盛 光文社

nikomi.jpg
【目次】
「プロローグ」と―まずは浅草橋の名店へ
阿佐ヶ谷「立呑風太くん」のもつ煮
小岩の「dada」でダダ話の一夜
新橋地下街迷路くぐり
「煮込み激戦区」京成・立石へ行こう!
浅草「煮込み街道」巡礼
赤羽の居酒屋で羽を伸ばす
何度も来たい北千住
森下、門仲「モツの細道」を巡る
世界の一等地・銀座で煮込み?
上野・山下、煮込みを食べに
昨今のブームがくやしい神楽坂
三ノ輪から日本堤へ・・・夜は深い
「ニコミ王子」を求めて王子へ
立石再訪、危うし「呑んべ横丁」
並じゃないこの濃さ、八広から鐘ヶ淵へ
煮込みにひかれて曳船めぐり
各駅停車のクロスロード・町屋で煮込み
絶賛!大井町の飲み屋横丁
三ノ輪再訪
締めは浅草で吉田類さんと
あとがき
まあ、昨今の非常に多くある下町の大衆居酒屋の食べ歩き(グルメ?)本。
著者のサイン入りとおぼしき本が古書店で売られていたので、中身が気になったので買ってみました。
サインは全く興味なし。

食べ歩きのエッセイというか、ネットでいうならチラ裏とかいう内容ですが、嫌いではないです。
あくまでも自分主体の感性で、その時、その場で、著者が感じたことをさりげなく書き連ねている感じがいいと思います。本書を読んでると、確かにふらっとどっか入ってもつ煮でも食べたくなりますね(笑)。

著者も古書店好きらしく、待ち合わせに古書店とか、文中のちょっとした説明でいろんな他の方の作品での描写なんかにも軽く触れているのがまた自然な感じで良い(酔い)かと。

もっとも私には興味の無い本が多そうですけどね・・・。
完全に傾向は違うな。

まあ、それは別にどうでも良くて、とにかくぶらつくのが好きな方なんでしょうね。
今回の煮込みはあくまでも、本とか雑誌としての企画として出した案と書かれていて、特に煮込み自体に格別の思い入れがあるわけではないとのことですが、それはそれでいいんじゃないかと。

本書はほんとに緩い、酒飲みオヤジが大衆酒場でオダをあげているチラ裏を文章にしたレベルです。
実際に書くのは、そういう訳にはいかないのを分かったうえであえてそのレベルとして読んでいい本かと。

何かを求めて読むたぐいではありませんが、雰囲気が伝わります。生々しく。
(ココ大切!)

書かれている煮込みもおそらく私が食べたら、美味しいとは思わないものも結構ありそう。
値段も必ずしも安いものばかりではないしね。著者もそういう基準で選んでないし、書いてもないと書かれてますし。

お店は参考程度に。
ただ、町歩きしていて酒場に辿り着く辺りはいい感じです。

実際にお店があってもそこに入るのってなかなか勇気がいるお店って多いじゃないですか?
浅草の伝法院辺りのもよく前を通るがどこかに入った記憶がない。
神谷バーは昔からよく行ったけれど、あそこはベタだもんね。

浅草橋とか王子とか食事に入れても、飲みに行くのはなかなかハードル高いっすよ!ホント!

新宿の思い出横丁なんかはメジャー過ぎて本書では出てきませんが、あそこは何軒か行ったぐらいですねぇ~。今度、どっかお店を開拓してみたいもんです。

今週末、まあ、それ系の店で待ち合わせしてホルモンの刺し盛りとか食べようっと。
他にもどっか是非、新しいお店を開拓したいものです。

あっ、お腹すいてきちゃった。
なんかつまんで酒飲んで寝ちゃおうっと。
お休みなさい。

そうそう、最近、古典酒場なんてしゃれた表現のグルメ雑誌というか待ち歩き雑誌で特集あるけれど、なんか無理している感じがしないでもないなあ~。普通の大衆酒場でいいんじゃないかと思うんだけれどねぇ~。

本書、最初のところでとうとうと自分語りっぽく話している部分は、正直かなりうざい。
著者なんてどうでもいいんだけれど・・・いうのが読者の気持ちで読むのを止めようかと思ったけれど、その後はそういううざさが無くなるので、普通に軽く読み飛ばして読了できます。

まあ、そこで我慢できなければ、無理して読むほどの本ではないです。
基本、雑文ってやつです。

東京煮込み横丁評判記 (知恵の森文庫)(amazonリンク)
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2015年03月21日

「遥かなるケンブリッジ」 藤原 正彦 新潮社

以前、著者の本を読んだことがあるが、肩肘張らず、すんなり読めて書かれている大変読後感も良かったことから、今回もそれを期待して読んでみた。

当時の文部省の制度で英国のケンブリッジへ研究員として渡った際のエッセイである。
彼女からも伺っていたイギリスらしさが、本書にも実に溢れている・・・・!

寄宿舎出身の人は、靴磨きを徹底的に習得させられているらしく、どんな靴でも僕はすぐにピカピカに磨けるよとか・・・まさに英国紳士の身だしなみは、そういうところからなのかなあ~と思いましたが、そういえば江田島の日本海軍の兵学校でも至るところに鏡が設置されていて、常に自らの身なりを整えていることがリーダーたる基礎として教え込まれていたそうですが、本書の中にもそれに類する話がたくさん出てきます。

飛び級制度の存在を、有能な人間を早く育て卒業させることに価値を見出すアメリカの大学に対し、社交界の常識を含め、全人格的教育を目指して飛び級自体を否定するイギリスの大学、もっとも・・・時代は変わりつつあるのでしょうが・・・。

根本的に違うんでしょうね。

本書では「pubish or perish」という言葉で表現されていました。
学者としての業績評価として、論文を出すか、そもなければ滅びるか・・・・いかにもアメリカ的な効率主義的発想で吐き気を催す不快感を感じますが、日本の社会が(企業が)まさにそれで良き伝統や価値を損ない続けているのを実際に日々、目にし、実感していると更に嫌悪感を覚えます。

もっとも、そういう自分がまさにその効率主義を実践し、それを先導するような仕事をしているのが自己矛盾を抱えていて、憂鬱になります。

昨日も3/23リリースの新システムの為に今週いっぱいかけてサバ管もどきのフォルダ移行のスクリプト作成や更にVBAのアドホックなツールを4、5本作成や改修して、うんざりしてきたばかり。

現場では業務委託が進み、業務を知らないプロパー社員ばかりが増えて、誰1人として業務の全体像を掴めていないまま、形式的な効率性が向上し、リスク管理として実質の伴わないエビデンスだけが用意されていく。

本当の意味でのリスク管理は、短期的な費用対効果では評価されるはずもなく、経営陣は数年で替わっていく中、誰も本当の長期戦略を生み出されるはずもなく、また、優秀であれば優秀であるだけ、短期的な視点で行動するので、長期的な企業価値向上に資する提案が採用されることもない・・・。

まあ、どこの世界も一緒です。

そういえば、本書ではイギリス的経験論と大陸的抽象論の対比も描かれていて、そういえば・・・と改めて頭では分かっていたが、本書を通じてより具体的な感覚的なものも感じられました。

そうそう、ハリポタではないが、やっぱりイギリスはカレッジなんだねぇ~と思い知らされました。
是非、食事会に招待されてハイテーブルで経験してみたいです(笑)。
まあ、私には格式が高過ぎて浮いてしまい、かえって食事やお酒を楽しめないでしょうが・・・。
根が庶民なもんで。

役に立つ学問。
それはそれで非常に素晴らしいことではあるが・・・、全く社会に貢献せず、ただただ自己満足の為だけに勉強するのって素敵ですよねぇ~。大英図書館で戦争中も含めて何十年も通いつめ、いつも同じ場所に座り、いつもひたすら勉強をし続けてそれを一切、発表することもなく、死を迎える。

そんなことができるならば、やってみたいものです。
大概の俗人は、やたらと自己アピールばかりするが(あるいは自分を他人から褒めてもらおうと求めるが)、浅ましい限りです。

でも、そういう部分が確かに自分の中にもあることを強く認識しつつも、人は人、自分は自分として、好きなことだけを一心不乱にできたら、凄いことですよねぇ~。

まあ、私は好きな本に囲まれて、本を読み、知りたいことを好奇心のおもむくままに知識していきたいです!!

研究者にならなくても装飾写本を自由に見れたら、いいよねぇ~。
まあ、今はデジタル画像で見れるだけでも幸せですけれどね。

本書は少し前の話ではあるが、今でも十分に興味深いです。
自己啓発病の病からは、少しづつ抜け出す人もようやく増えてきた日本の社会ですが、より良い仕事の為にTOEIC頑張ろうとか思っている人とは対極的な価値観の本かもしれません。

努力することは素晴らしいことで、それについては勿論、私も全面的肯定論者ではありますが、あくまでも自分の好奇心の為にやる、その見返りのない無償の情熱にこそ、憧れてやまないものを感じます。

まあ、私自身も仕事に必要な勉強は最低限に抑え、そんな暇があるなら、労働生産性とかには全くつながりそうもないゴシック建築や中世哲学、装飾写本の知識でも増やしてもっとたくさんのことを知りたいですね。
そして、たくさんの書籍を読み漁りたいです・・・・。

そうした思いを特に強くした本書でした。
あ~長期休暇取りたい!!
世界遺産見に行きたいな。

おっと、本書に描かれている英国は問題を多く抱えながらも大変魅力的なのですが、おうちとかはやっぱり効率的というか快適なのがいいなあ~。暖かくて、便利なものに強く惹かれてしまいます。
この辺がなんとも凡人である自分自身を痛感させられます。

でも、今のおうちの方が快適で良いです。
本もまだまだ置くだけの余裕あるしね(満面の笑み)。
【目次】
第1章 ケンブリッジ到着
第2章 ミルフォード通り17番地
第3章 研究開始
第4章 ケンブリッジの十月
第5章 オックスフォードとケンブリッジ
第6章 次男が学校でなぐられる
第7章 レイシズム
第8章 学校に乗り込む
第9章 家族
第10章 クイーンズ・カレッジと学生達
第11章 数学教室の紳士達
第12章 イギリスとイギリス人
遥かなるケンブリッジ―一数学者のイギリス (新潮文庫)(amazonリンク)

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「心は孤独な数学者」藤原正彦 新潮社
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2015年02月22日

「ルポ 雇用劣化不況」竹信 三恵子 岩波書店

今のご時勢、どこも大変というのが身に沁みて感じられる。

ご他聞にもれず、どこの職場もやはりひたすらコスト削減でグループ会社にアウトソーシングして固定費を変動費化し、同じ仕事内容ながら、会社の給与水準で当然かかる費用が変化するわけでより安い賃金で済むところへと水が高きから低きに流れるようにして仕事が流出していく。

本来、正社員がすべきところを請負に丸投げしたり、非正規社員に代えることで費用削減となり、管理職はそれを進めることによって、評価され、給与が上がる(あるいは下がらないで済む)。

確かにどこか納得がいかない感は、日本中のどこの職場でも広がっている。
そして、正社員であってももうかつてのような職場で人を育てる余裕もノウハウもなくなってしまっている。
いきなり、名ばかりOJTで即戦力を求められ、適当なやっつけ仕事で現場を回していくだけに終始してしまっている。

本書で書かれている実態には確かに首肯できるし、共感できる部分が多々ありました。
同一職種、同一職務内容に対して同一賃金というのは、確かに非常に好ましいし、実現を願うものでもあります。

その一方で、実際に何を持って同一職務内容とみなすか、綺麗事ではなくて大変難しいとも思います。
それに・・・ね。
同じ仕事内容といっても、その仕組みを一から試行錯誤して、その業務フロー等に仕上げる苦労をしたうえで形にした人と、ただ、それを引き継ぎ、まわしている人を同列に評価されたのでは現場はつぶれるでしょう。

最初の立ち上げ時の試行錯誤の生みの苦労は申し訳ないが、誰にでも出来るものではないし、通常のまとまった形になってやる人では労力も時間もその何十倍も、場合によれば何百倍もかかる仕事だと思う。

そういったところを無視してベスト・プラクティスをつまみ食いされて、効率良く仕事してますなんていう輩も増えてきたが、はてさて、それが公平な評価と言えるのか?はななだ疑問ではある?

あとね、仕事を失えば住まいを失うとかあるが、本来、職にその部分を求めるのはおかしいとも感じる。
生活の糧を得る為の仕事、そこはわかる。寮完備の期間労働等、それはそれでいいでしょうが、だからと言って、そこにプラスαがあったとして、それはあくまでもおまけでしょう。
それを前提としていること自体に何か勘違いを感じてしまいます。

正規だろうと非正規だろうと、努力して仕事上の成果を出している人には、相応に評価し、それに報い、よって職場・会社の活力を増していく、というのは正論です。私も勿論、大賛成だし、そうあるべきだと思います。

でもね、逆に言えば、そうじゃない人も非常に多い。
単純に時間を切り売りして、決まった賃金をもらえればよくて、それ以上の努力とか増して時間外にも頑張って職業的知識の習得に励む、な~んて人は正直あまりいない。

それが悪いとは言わないし、思いませんん。
でも、それが大多数である以上、人を管理する側ではその多数をメインにした人事管理、人事政策をとるのも合理的であろうということは想像に難くない。むしろ、それが普通でしょう。

その場合、今の日本の職場の現状が生まれてしまうような気がする。
うちの職場も1年前にいた正社員が何人、残っているでしょうか?
派遣社員さんの方がよほど古くから残っています。

下もかわれば、上も出向で来ては戻ったりでかわるし、かつての上司はいつのまにか業務委託先にかわっている。たった1、2年前の事でさえ、職場では誰も覚えておらず、とても事務ノウハウやスキルの蓄積が進むとは思えない。

私もいつしか疲れ果て、ほとんど研修することさえやめた。というよりも担当する職務内容が膨大になり、研修や新しい仕組みを生み出す為に割く時間が取れなくなった。

肩書きだけは管理職扱いになり、確かに管理関係の事務処理仕事が膨大に振られる一方で、現場仕事も未だに丸抱えされ、その反面、属人化のリスクをどうにかしろとか言われて、呆れ果て、幾つか希望を断念する羽目に。

かくして、うちの職場で起るべくして起る、職場の中核人材がドンドン退職(or転職)し、そこを何も知らない中途や新人で埋めるという悪循環を繰り返す。

しかし、これは認めなければならないだろう。
ビジネスモデル自体は一定の合理性を持っているのだろう。
未だに会社は成長し、継続し、利益を出し続けているのだ。
内在するリスクは、そのまま温存され、いつ顕現するかは神のみぞ知るだが・・・。

総論賛成、各論反対をいくら主張し続けても私には意味があるように思えない。
ミクロ的視野で個人としてできることは、現在の状況下で与えられた諸条件を加味し、考慮したうえでより良い環境を求めていくことだと思う。

そのまま残るリスクとそこで将来得られるであろう期待所得を、転職等に伴うリスクと期待所得を比較するしかないだろう。

当面は働きながら、種銭を貯めて、資本収益で暮らしていけるようにするというのがピケティさんの話に便乗する訳ではないが(苦笑)、まあ、正解だと思う。
バフェット本を平行して読みながら、改めて思った。

そうそう、本書でいう妥当な生活できる賃金が必要というのは分かるが、業務委託することでサービスの質が向上し、行政サービスの費用低下で財政難の中で難しい課題を達成しているところも多々あることを付け加えておく。

競争はある程度必要でしょう。
ただ、そこでロストしていく部分を認識したら、今度はそれを防ぎつつ、どうやって競争を維持していくか、そういった好循環を目指すことを考えるべきでしょう。

本書にもある、初めに雇用ありきで新しいことを実施して、一部の問題があるとそれみたことか、従来のやり方に戻せ、では今の世の中では成立しない考え方だと思われる。

しかし、現実は過酷で、努力している人が身体を壊したりしているのも身近なだけになんともやりきれない切なさが残る。
【目次】
序章 賃下げ依存症ニッポン
第1章 津波の到来
第2章 労災が見えない
第3章 しわ寄せは「お客様」に
第4章 「公」が雇用をつぶすとき
第5章 「名ばかり正社員」の反乱
第6章 労組の発見
終章 現実からの再出発
ルポ 雇用劣化不況 (岩波新書)(amazonリンク)
ラベル:書評 雇用 労働 新書
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2014年03月24日

「ルポ 最底辺」生田 武志 筑摩書房

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この手のものを読むと、どうしょうもないやり切れなさに苛まれる。
人は常に自分の価値観を元にして、知り得た客観的事実を理解するが、それはどうしても
その人なりのバイアスがかかっている、本書に書かれた内容もそれを踏まえて割り引いた
うえでも切ない。

勿論、どうにかしてあげたいと率直に思う一方で、著者が語るような内容を行政に本当に
求めたら、社会は日本は立ち行かないと思う。

そもそも全ての人を幸福にというのは綺麗事であり、あくまでもそうであれば良いなあ~と
いう究極の理想でしかない。

ふとイエーリングの「権利の為の闘争」を思い出したが、自助努力は全てにおいての前提条
件としていることさえ、取り払わねば救えない状況では何が出来るのだろうか?

お役所が割り切らねば、予算はどうやってもまかなわれるのだろうか?
誰だって、福祉をばらまき、人々から感謝され、賞賛されるのは嬉しい。現に未だに独裁政権
や軍事政権が政治をやるとばら撒きと弾圧の人気取りになる。

ついこないだまでの民主党政権がまさに衆愚政治の一端を示していたが、その期間に日本の国
家としての威信と勢力は地に落ちた。

職の奪い合いを否定するが、過去も、現在も、更に将来はより一層激しい職の奪い合いになる
ことが予想されている昨今。人は動物ではないというが、それも幻想だろう。

人はあくなく欲求と闘争により、他の動物以上に繁栄してきたそれを否定するのは偽善者のよ
うに思えてならない。目の前の事実に対して行動している人を非難する気はないし、それに対
してえらそうに意見する気もないが、個々を見て、全体をないがしろにするのは同意できない。

同情すべき事情を抱えた人は、どこにでもたくさんいる。
日本人だけではないし、世界の身近なところにもっと悲惨でも、努力に努力に重ねてしかもそ
こから這い上がった人もいる。

まあ、私が言っている内容自体も陳腐な絵空事かもしれないが、納得いかないことが世界に溢
れている。私自身としては、自分の家族や友人、知人で出来る範囲で協力して少しでもお互い
に良くなるようにするぐらいだ。

友人でも正直、救えないと思った場合、切り捨てたことがある。
自分もその人と共に落ちて、今度は周囲を不幸に巻き込みたくなかったからだ。
本当なら、友人共々救えるぐらいの度量や気持ちがあれば、いいだけなのだが私は弱く、自分
の心が折れそうだった。

友人で人事をやってる奴がいたが、会社に欝だと医師の診断書を出して休職しつつ、平日に屋外
でバンドやっている従業員の証拠を押さえて追い込んだというが、真面目な人が馬鹿をみる世の
中は、現実としてあってもそれは極力減らしていきたいと誰でもが思うだろう。

生活保護の不正受給もそうだ。
ただ、いくら実情に応じて融通を利かせた対応を行政に求めてもそれはそれでおかしい。
確かに公務員の怠慢による問題もある一方で、杓子定規にすることこそが本来、お役所に求めら
れるはずで都合の良い時だけ、それを変えろというのは無理な話だ。

本書を読んで、いろいろと思うところもあったが、自分で最大限やれることをやらねばと思った。
自分と家族と仲の良い友人、小さな範囲ではあるが、出来る範囲で幸せに近づければと思った。
【目次】
はじめに 北海道・九州・東京、その野宿の現場
第1章 不安定就労の極限―80~90年代の釜ヶ崎と野宿者
第2章 野宿者はどのように生活しているのか
第3章 野宿者襲撃と「ホームレスビジネス」
第4章 野宿者の社会的排除と行政の対応
第5章 女性と若者が野宿者になる日―変容する野宿者問題
第6章 野宿者問題の未来へ
ルポ 最底辺―不安定就労と野宿 (ちくま新書)(amazonリンク)

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「東京の下層社会」紀田順一郎 筑摩書房
「日本の下層社会」横山 源之助 岩波書店
「下流社会」三浦展 光文社
ラベル:書評 現代社会
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2013年03月24日

「ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない」黒井 勇人 新潮社

2ちゃんねるのスレから始まり、映画までなって一躍有名になった「ブラック」企業のはしりですね。
ちょっと流行り物には抵抗感あって、手に取る気はなかったのですが、たまたま見つけたので読んでみました。

横書き、且つ、スレの感じを再現した紙面レイアウトに最初はかなり違和感というか、拒否感があったのですが、読み進めると内容が面白いことと相まって、なんかイイ感じ♪

実に面白いし、いい話ダナ・・・・ってな内容でした。

しかし、酷過ぎる会社ではあるんだけど・・・・いかにも実在しそうだったりする。
ニートだった新入社員が2週間でリーダーって、どんな抜擢人事だよ~(笑)。

うちの職場の上司も抜擢人事っちゃ~人事だけど、30半ばだからなあ~。
以前いた会社では25歳で部署の責任者やらせてたし、私自身も中途入社2年の30歳前後で部署のトップやってたぐらいだから、まあ、珍しくもないのだけれど・・・・。

そういやあ~以前、ブラジル行った時に知り合いになった方は30歳前後で中南米全域の責任者やってたしなあ~。日本の大企業でも海外ではそういう人事をしていたりする。

人事はおいといても、本当にいろんな人いるからなあ~。
登場人物がどいつもこいつも曲者なのですが、いやあ~本当にそういうのがいるから、思わず、頭に浮かんでくるような、なかなかリアリティーある描写がまた素敵です♪

上司や管理職をやらせてはいけないのが、そのポジションにいるのって普通にある日常の悲劇だし・・・・。
スケジュール的に無理な仕事を、無理やりやって周囲の人がつぶれていくってのも、たくさん見てきたしなあ~。

大企業だろうが、中小企業だろうが、老舗だろうが、ベンチャーだろうが、確かにそういう環境はあったりもする。潰れてしまった人もたくさん見てきたし、自分も潰れかねい場合も何度もあったしね。

そういう意味で本書の世界は、決して他人事ではなかったりする。
でも、本書の会社はすぐ辞めた方が良い、まさに「ブラック」企業であることも確実ですけどね。

しかし3人いれば、派閥が出来るというが、どんな小さな集団でも組織を動かすには、相応のノウハウが必要なことを再認識させられますね。みんな、いろんな事情を抱えて生きて、そして働いている訳です。うむ。

主人公の成長と周りの人間が実に、生々しくて読んでいて大変興味深いです。
そして、どこにも素晴らしい人がいて、駄目なやつがいて、ドラマがあることを感じました。

結構、心にジ~ンんとくる熱いものを覚えたりね。
なかなか読ませる物語です。素直に面白かった!
【目次】
第1章 死の行軍
第2章 飛翔か堕落か、プロジェクトリーダー
第3章 そして廃人へ…
第4章 平成の孔明、マ男に過去を語る
最終章 もう俺は限界かもしれない
ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない(amazonリンク)
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2013年01月01日

「物語 近代哲学史」ルチャーノ デ・クレシェンツォ(著)ジョバンニ ピアッザ (翻訳) 而立書房

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非常に独特な文章となっています。

皮肉のスパイスが効いているので、一瞬、イギリスの本?かと思ったりするのですが、どっかで見た文章と思っていたら、日本の訳者とイタリアの訳者が共に、「薔薇の名前」の解説本書いてたりするので、それで既視感が・・・・!

まあ、そういうのは別にしてもかなりクセのある文章となっています。
各哲学者の一面を鋭く切り取って、評していると思うのですが、取り上げている人数に比して、あまりにも割かれている頁数が少ない。

そもそも取り上げられている人物を知っていて読むなら、うむ、確かにと思えなくもないのですが、そもそも全く知らなかったら・・・正直お話になりません。

本書だけでは何にも分からないし、なんの説明にもなりません。
とにかくいろんな意味で足りない。

読み易くて、ちょっとそそられる内容もあるけど、わざわざ読むほどのものではないです。
正統派の哲学史の本ではないので、寄り道するのは時間の無駄かと。

別にこの方面の専門家でもないし、それほど興味があるわけでもないので。昨年、読了してて書評書く暇なかったので、一応、書いておく。
【目次】
ニコラウス・クサヌス
ロレンツォ・ヴァラ
マルシリオ・フィチーノ
ピコ・デラ・ミランドラ
ジローラモ・サヴォナローラ
レオナルド・ダ・ヴィンチ
ロレンツォ・イル・マニフィコ
ピエトロ・ポンポナッツィ
ロッテルダムのエラスムス
トーマス・モーア
ニコロ・マキャヴェリ
フランチェスコ・グイッチャルディーニ
マルチン・ルター
ウルリヒ・ツヴィングリ
ジャン・カルヴァン
ニコラウス・コペルニクス
ティコ・ブラーエとヨハンネス・ケプラー
医師と魔術師
ノストラダムス
ベルナルディーノ・テレジオ
ミシェル・ド・モンテーニュ
ジョルダーノ・ブルーノ
フランシスコ・サレスとルイス・デ・モリナ
フランシス・ベーコン
トンマーゾ・カンパネラ
ガリレオ・ガリレイ

物語 近代哲学史―クサヌスからガリレイまで(amazonリンク)
ラベル:書評 哲学
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2012年12月23日

「閉じられた履歴書」兼松 左知子

人は人であるだけではなかなか幸せになれるものではないというのを感じます。

自分の責任で、自分が好んでそれを選んだ結果なら、自業自得で済みますが、必ずしもそういう訳ばかりではありませんしね。

これは数ヶ月前に読んだ本ですが、なかなか書評を書く暇がなく、他にも何冊分か貯まっているので少しづつ思い出せる範囲で書き留めておきますか・・・。

経済学では、かつて合理的理性を持ち、十分な情報を与えられた中で合理的な判断をする『人』を前提にしてモデル組んでいたりしましたが、人はむしろ非合理的な判断の方が多く、結果として愚かな意思判断をしてしまうのも理解されるようになってきました。

どうしょうもない、暴力男に殴られても殴られてもついていく女性や、メンヘラ女に振り回される男性、浪費することでしか生の充実感を得られない自己破産予備軍の人々等々。

まあ、それらは自己責任でくくれる範囲なので、他人事と一気に切り捨てられますが(実際はそうでもないし、過去のトラウマもあるのだけれど・・・)、真面目に生きてきて本人になんら責任がないのに、避けられない不運としかいいようのないもので、実際、不幸に陥る人々も多々いたりする。

昨日、読んだ「無縁社会」にも自分ではどうしょうもない場合も多々あり、だからと言って、それを外部に助けを求めて、どうにかなるのか・・・・というやりきれない無力感を感じる。

自分さえ、十分に救えない私が他人をどうこうする余裕も気持ちもないが、出来る範囲では、自己満足に過ぎないとしても・・・自分が悔やまない範囲で何か出来るといいかなあ~とは思った。

自分のツレや家族(一部を除く)、仲の良い友人・知人、まあ、それぐらいで手一杯かな。

本書では新宿(私の職場のあるところでもある)で売春などで生計を立てている女性を救うことを仕事にしてきた婦人相談員の方が書かれているが、金銭がいかに重い、人を縛り付ける鎖なのかということも実感する。

かつてのローマ法だったかな、「債権は債権者と債務者を結ぶ法鎖である」と習った覚えがあるが、奴隷制度の無い日本ではあるが、人を縛り付ける『鎖』自体は今も無くならない。

もっとも銀行の預金も預金債権であり、鎖ではあるんだけれどね。

太陽倶楽部ではないが、その法鎖を振りほどくには、自然人なら死ぬというのも一つの選択肢ではあるのだけれど・・・本書にも自殺してしまう結末が幾つも描かれている。

いつの時代も「幸福」とはありそうでなさそうなイデア的な概念なのかも知れませんね。
一瞬、それを感じることはあってもなかなかその永続的存在を実感するには、類い稀な才能 or 幸運が必要なのか・・・。

金が無いのは不幸に結び付きやすいけど、金があってもなかなか幸せとは言えず、宗教に走るわけでもなく、物欲に身を任せるわけでもなく、なかなか精神的平穏というのは得難いものだなあ~と思ってしまう師走だったりします。

現実逃避も悪くないのですが、なかなかそれも一長一短が有り、課題の先送りで一生逃げ切れるのかというのもありますしね。家康のように、重い荷物を背負って坂道を登るような人生の方が重みが実感できるだけ、マシなのかもしれません。

私は楽に逃げ出したいクチですが、逃げるのも最近辛いのですよ・・・。
ちょっと、暗い本を読み過ぎて、精神的に斜め下トレンドに行きそうなので注意しないと。
周りを不幸にしたくはないもんね。

生きていれば、まあ、楽しいこともあるし、美味しいお酒や食べ物を食べれば、幸福感あるしね。
世界遺産を見れば感動するし、ゴシック大聖堂や装飾写本を見れば胸が熱くなって、涙が出るから、もうちょい生きていけるかな・・・・。

さて、他にも溜まってる本、読まないと!!

閉じられた履歴書―新宿・性を売る女たちの30年 (朝日文庫)(amazonリンク)
ラベル:書評 現代
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「僕とツンデレとハイデガー」堀田 純司 講談社

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まあ、最近はありとあらゆる堅めの本の入門書、解説書にこの手の萌え系イラスト&漫画調(ラノベ風?)を採用したパターンがあふれていますが、本書もその手の本の一種。

あるのは知っていたけれど、あまりこの手のを読んだことがない為、いささかの偏見が真実か否か、自分なりに試してみようと読んでみました。

しかしねぇ~。
解説を女子高生がしてくれるのは、いいのだけれど、どうにも設定が無理矢理過ぎて、且つ不自然すぎて、いくらなんでもありの萌え系&ラノベ風でも酷過ぎる(号泣)。

仕事をしているサラリーマンが突然事故にあい、頭の中がどっかの異世界に飛ぶ。
既視感はあるものの、実際の経験とは異なる学生時代。イデア学園へ。

次々と現われ、哲学を分かり易く解説してくれる女子高生がそれぞれの代表的哲学者の顕現っていうのだけれど・・・・、ナンダ、コレっ?ってのが正直な感想。

そんな無駄且つ、無理な設定をしなくても淡々と解説を女子高生がするのでいいと思うのだけれど・・・全く本書の設定は意味がなく、しかも萌えないので個人的にはイラついてしまう。う~ん、残念!

さて、肝心の哲学の説明なんだけれど、まあ、シンプルにしてあると思う。
伝えようとしている内容は、伝わっているかとも思う。

ただ・・・哲学に関心がある奴なんて、多かれ少なかれ、細部にこだわり、ロジカルなものを求めるものだと思うのですが、本書がロジカルかどうかというと・・・ね。

既存の哲学の考え方に問題があるから、それを克服し、乗り越えようとして新しい考えが生まれるわけですが、その前提部分(=既存の哲学的思考)の十分に説明せず、相当はしょっている為、新しい考え方に説得力がないのです。

つ~か、論理的に穴だらけの説明で正直酷くない?
読んでいてそこばかりが目につき、肝心の哲学の説明部分に行き着く前に、『論外』って感じで受け入れが困難になってしまいました。


そりょ、必要な部分を大胆に省き、細部の緻密性を無視することで簡明さを生み出そうという趣旨は分かるのですが、全体として本書、ゴミかと・・・・。

著者の作品の傾向からしても、ご専門でもないのに、萌え系の解説書ってな感じで出版社から企画があったらか書いちゃった感がありませんかねぇ~??? 専門家が書かれた入門書ではないかと。

素人が素人向けに、同人誌で作っちゃった感満載だったりします。
哲学者の名前を日本風にもじって、更にその顕現とか言っちゃったりして、なんか赤面しちゃうんですけど。

本屋で建築基準法を萌え系の女の子が説明している、しょーもない本あったが、あれ以上に駄目駄目かと(内容読んでないので比較できませんが)。

まあ、私は中世哲学だけで十分です。
それ以降の哲学が建築に体現され、しかも私が感動に震える建築があれば、その哲学を理解したいと思いますが、そんなもんないしね。今のところ。

スカイツリーや都庁、関口教会とか、単なるタテモノでしかないし、そこに思想性や神秘性の片鱗さえない。
まだ古代の出雲大社の方がいいね。先日、東博で見たあの巨大柱の方がはるかに素晴らしい!!
 
本書は誰にも読まれずに消えていく部類の本かと。
【目次】
第1章 ルネ・デカルト
月曜日 神の存在を証明しよう
第2章 ベネディクトゥス・デ・スピノザ
火曜日 人にとって人が一番大切なもの
第3章 ジョージ・バークリ&デイヴィッド・ヒューム
水曜日 存在するとは、知覚されることである
第4章 イマヌエル・カント
木曜日 天なる星空と、内なる道徳法則
第5章 ゲオルグ・ヘーゲル
金曜日 世界は、絶対知へと向けて発展する無限の運動である
第6章 フリードリヒ・ニーテェ
土曜日 神は死んだ。しかしなにも変わらなかった
最終章 マルティン・ハイデガー
日曜日 世界がなければ僕たちもいない。
そして僕たちがいなければ世界もない。僕たちはひとりじゃない
僕とツンデレとハイデガー(amazonリンク)

ブログ内関連記事
「反哲学入門」木田元 新潮社
「西洋哲学史―古代から中世へ」熊野 純彦 岩波書店
「西洋古代・中世哲学史」クラウス リーゼンフーバー 平凡社
「中世思想原典集成 (3) 」上智大学中世思想研究所 平凡社
「ルネサンスの神秘思想」伊藤博明 講談社
「中世の哲学」今道友信 岩波書店
「十二世紀ルネサンス」伊東 俊太郎 講談社
ラベル:書評 哲学
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2012年12月22日

「無縁社会」NHK「無縁社会プロジェクト」取材班  文藝春秋

何年か前にNHKスペシャルとして特集された番組で、ネット上では大変有名でしたが、見たことなかったんですよね。まあ、想像はついたけど・・・・。

図書館で見つけたので借りて読んでみた。

「ひとごとでは無い」「明日は我が身」ってのが一番の感想でしょうか。
だからこそ、放送当時、物凄い反響を呼んだのでしょうけれど・・・。

うちの父親も今年、国から勲章と賞状もらったけれど、定年退職後、引きこもってるもんなあ~。
家族と同居して話し相手がいるから、まだマシなんだろうけれど、年金も恩給もあるから、贅沢しなければ、食べるのに困らないだろうが、なかなか難しい話だ。

それでも私自身よりは世間的にみれば幸せなのかもしれない。

親戚つきあいもしてるしなあ~。

田舎の大きな庄屋の本家筋の分家だから、未だに親は親戚の集まりには顔出してるけど、私はもう親戚なんてごく一部しか知らなかったりする。親戚の葬式で、父の兄が「本家を代表しまして・・・・」と葬儀の挨拶をしているのを聞いて、すっごい驚いた自分がいたりする。

本書で「献体」とか「直葬」とか書かれていたけど、それはそれで別にいいとも思う。

他人と極力関わりたくない、というのは、やっぱり率直な気持ちであり、生活の為の仕事とかでなければ、一部の友人・知人以外と関わるのを避けるという行動は、まさに自分自身そうであったりもするので。

一切のプライベートを持つことの出来ない(ように当時は感じられた)企業城下町で働いたのは、いい経験だったのかもしれない。会社の敷地に神社があり、選挙事務所が置かれて基本的人権さえ絵空事に思えた衝撃は、その後、ベンチャー企業をハシゴすることになる私の行動原理の根幹にあるような気さえする。

社縁をはじめ、ありとあらゆる組織的な絆を拒否ってきたのが、今の私の人生だったりする以上、最後も無縁になるのは、不可避的な結末な気がしてならない。

大学の教授の顔が利くところなんて、死んでも就職を世話されたくもないし、まして親のコネなんて、一生私にはトラウマになりそうで駄目。

無職で職を探している時に、以前の仕事関係で勤め先を紹介してくれるという人もいたけれど、みんな断ってどこにも行き場が無くて苦しかったこともある。

どうしても人に頼れない性分なのだろうか。
人間性が矮小故に、未だに小事にこだわり過ぎているきらいがあるのかもしれない。

別に人に頼らないとかいうような立派な人生を送ってきたわけでは到底無いのだけれど、利害関係のある人間関係が大嫌いなんだと思う。

会社を立ち上げ、商売する際、取引先を紹介してもらったり、助けてもらったりは普通にしているのだけれど、貪欲に利益に徹する姿勢が足りなかったことを痛感する。身奇麗にし過ぎて、綺麗事を通し過ぎた故にビジネスで大切な利益を上げれなかったのだから。

幸い、取引先に迷惑をかけずに会社を清算し、個人的な負債も返済して、今は貯金も出来ているものの、一つ間違えば終わっていたかもしれません。

私の何倍もの資本で、ビジネスを切り盛りし、TVとかにも出ていた友人の作った会社も潰れてしまったしなあ~。

仕事を優先し、家庭生活を壊した人の話も載ってますが、普通に当たり前だとも思う。それでなくては、何も資源の無い日本で経済の発展は無かったはずなので・・・・。

「プロテスタンティズムと資本主義の精神」ではないが、勤勉・倹約・刻苦とかいうもの無しでは、資本主義は成立しないとも思う。以前はそれが許されていた、それだけで済むように他の部分を社会が支えていたのかもしれない。

しかし、昔日の日本ではもうなかったりする。
老後に食べるもの、住む所に困らないだけのお金があるだけでも幸せだと言えるでしょう。今の私達、つ~か、より若い人にはたとえそうしようとしても、金銭さえも同じようにはいかないのが普通なのだから。

仕事し過ぎで鬱。
別に珍しくもなんともないし、自分の友人にも何人もいる。
薬を飲みながら、それでも仕事を頑張っているのもいれば、何ヶ月か休職し、しばらく勤務するもののまたぶり返し、休職をする。それを延々と続けているのもいる。

私自身でさえ悩みが続けば、そういう方向になっていく経験もあるのでなんとも言えないものがあるが、自分で変えるしかないような気もする。

周囲への不満を口にしても状況は変わらない。
自分が行動することによってしか、変化は起きないような気がする。
もっとも、なんでもポジティブに行動していくのが『善』というポジティブ病や自己啓発病の類いもあれも漠然とした不安から、愚かにも煽動されてメディアにのせられている感が半端無い。

ブラック企業や婚活なんて単語も、それらを煽る同根は、本書のような「無縁」社会への将来に対する漠然とした不安に他ならないように思えてならない。

もっとも実際、そういったキーワードの並んでいる本を読んだりする私自身が既に踊らされている訳なのですが・・・・。

そういえば、小学校や中学校の同窓会の案内来ても出たことなんて一度も無いし、そもそも会いたくもないものなあ~。学校は常に苦痛だったし、会社も苦痛だったりする。

ひたすら黙々と一人でする仕事なら、疲れても苦痛ではないのだけれど・・・・。
本読んだり、旅行している時だけが束の間の精神的解放なのかもしれない。

ツィッターはフェイスブックなんかもやればすぐ気付くが、あれって申し訳ないが、リア充はやらないような気がしてならない。かりそめの友人とかりそめの共感者、その場しのぎのごまかし以上の価値を見出せなかった、私には。

もっとも、ラジオやTVの人の声だけが心の慰めという本書の文章には、一片の真実があるのも実感する。

2ちゃんに書かれたスレ読んでるのもツィッターとかと実質、たいして変わらないし、そこになるのはやっぱり共感や反感を媒介にした『絆』や『つながり』なのかもしれない。

このブログ自体もそれに近いところあるし、今書いているもの自体が既に書評でなくなっているぐらいだしね。

本書は、現実から目を背けて来た人々に対して、これでもかと近い将来の『現実』の姿を写した鏡だけに、思わず、顔を背けたくなるような辛い姿だが、一読の価値はあるかと思われる。

まあ、何でもそうだけれど、本書を読んで悩んで落ち込むだけなら、読まない方が(知らない方が)ハッピーだと思う。ちょうど年の瀬でもあるし、自分の将来の姿と照らし合わせ、今、何をすべきか方向性を考えるには良い契機かもしれない。

さあ、今年は一生懸命守りに入っていましたが、来年はうって出るか、それとももう少し先の飛躍の為に力を貯めるべきか、選択する必要があるかと思われます。

この年末年始に結論を出そうかと思います!!
(その前に、年内の仕事をまずは終わらせないとですが・・・・・)

風邪のせいか頭痛いなあ~もう、寝ようっと。

そうそう、本書の内容が人ごとでなく感じた個人的理由の一つ。
今年、うちの親戚で新潟から都内に出て働いていた人が亡くなった。50歳ぐらいなのかな?
死因は病気か何かみたいだけれど、一人暮らしをしていて、亡くなったようでまさに本書の内容に重なる部分が多い。

幸い、身元がはっきりしていたので新潟にいた弟さんが一切合財の始末をしに来られたのだけれど、その人の両親は存命だけど、ぼけていたりして弟さんが面倒見ているようで、お葬式にもその弟さん一人が都内に来られたみたい。

うちの両親が身内が一人では何かと心細いだろうと、始発の電車で都内の火葬場に向かって同席したようだけれど、なんだかね。明日は我が身と痛切に感じたのはそれが初めてでした。

それ以来かな? 
ネット上で「無縁社会」という言葉を見て、ピンと来たのは。

まだ、私にはやることがあるので人生の傍観者であるわけにはいきませんが、ふと、それさえも怪しくなることを感じぜずにはいられません。健康、これがなければ、もう全てが成り立たない、そんなことも今更ながらに強く感じさせられました。

元々、身体弱いからなあ~。昨日も早退してるし・・・・。
【目次】
序章 “ひとりぼっち”が増え続ける日本
第1章 追跡「行旅死亡人」―わずか数行にまとめられた人生
第2章 薄れる家族の絆―「引き取り拒否」の遺体の行方
第3章 単身化の時代―「生涯未婚」の急増
第4章 社縁が切れた後に―疑似家族に頼る人々1
第5章 “おひとりさま”の女性たち―疑似家族に頼る人々2
第6章 若い世代に広がる“無縁死”の恐怖―ツイッターでつぶやく将来の不安
第7章 絆を取り戻すために―二度の人生を生きた男
無縁社会(amazonリンク)
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2012年05月22日

「ぼくはお金を使わずに生きることにした」マーク ボイル 紀伊國屋書店

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イギリスの人、っていうと怒られるかな? アイルランドの人が1年間、お金を使わずに過ごしてみた実験的生活を綴った記録(もどき)の本。

その生活を踏まえて書かれているが、別に記録ではありません。
体験談ってところでしょうか?

著者は元々、有機食品関係の会社勤めていて、その辺に関心を持っていたそっち系の人。
食品の期限切れ等、食べれるのに捨てられたものを集めて有効利用したり、不用品の交換サイトの利用など、コミュニケーションを駆使して、お金を使わずに厳しい冬も乗り切っていく。

実験生活の開始と最後には、たくさんの人を集めて、無料でおいしい食事をふるまうパーティーを行ったり、まあ、正直マスコミ受けしそうな人です。

「大草原の小さな家」や「ロビンソン・クルーソ」的な完全自給自足生活を期待していたのですが、そういった系統の本ではありません。なんだかんだ言っても、立派に1年間、お金を使わずに生活して凄いことは、間違いなく凄い人だと思います。

でも・・・近頃良くいるエコ、エコ言って、エコバックを持参しつつ、エコバック製造にかかる諸費用を考慮できないタイプの人にもかなり近い感じがしてしまうのも事実。まあ、よくよく読むと著者自身もそういう人とは一線を置いていて、その辺は常識的判断をされている現実主義者でもあるのですが・・・でも、やっぱりフード・マイルとか正直、うざいなあ~と思ってしまう私がいたりする。

雑誌や新聞、マス・メディアで採り上げる環境トピックなんて、大衆迎合的な無知蒙昧の輩を煽って、別な消費に走らせるだけだったりするしなあ~。

車やバイクに乗り、毎日電気をつかって生活して、環境がどうのこうの言う人って・・・・まあ、他人事だし、どうでもいいのですが、少なくても人として信頼はしませんけどね。私は。

自国では原発を禁止・制限しておきながら、原発大国フランスから安く電気を購入しているどこぞの国なども『偽善』以外の何者でもないけど・・・。

著者の場合、そこまでのあざとさは感じませんし、自分なりのルールを作り、それを遵守するなど真摯な印象を受けますが、でも結局は、フリーライドの側面はゼロとは言えません。

そもそも著者は単にお金を使わないで1年間生活してみるっていう実験をしているだけですしね。
それ以上のものを求めるのは、また、周囲の勝手な思い込みでしかないのかもしれません。

あと、本書を読んでいて感心したと同時に、強烈な違和感を抱いたのは、あくまでも人の共同体、他人とのつながりの中で助け合い、協力し合って生活していく姿勢でした。

ん~、コミュ障ではないものの、他人とは距離を置きたいと思う私としては、とんでもなくキツイと思いました。たまに価値観の違う人と知り合い、話したり、飲んだりするのは楽しいけれど、それ以上に一人で何でもしたい、一人でいたい人なので職場で一人で黙々と仕事できない現状も好きではないぐらいだしね。

むしろ、世捨て人で隠遁生活したいぐらいなのに・・・・私の場合。
仕事してない時に、ずっとあちこちの図書館巡って、ひたすら本を読んでいた時の方が幸せだったなあ~。

本書はとにかく行動に移した、っていう点だけで十分に価値はあるかと思いますが、その行動原理は、いかにも今風で私には馴染めません。

食事を心配することさえなければ、いつでも自分が住むぐらいの家は自分で作れると本当に心の底から確信していたりするんだけどなあ~。実際、物作るの好きだしね。何でも、どんなものでも。

著者が何故、トレーラーハウス以外へ関心を向けないのかが、不思議なんだけど???
土地があって、材料の木があれば、なんとかなりそうな気がするけどね。
野菜類もある程度は、種さえ撒いとけば、なるもんなんだけどなあ~。
(虫がつくのさえ、いとわなければ・・・の話ですけど)

そういやあ~、ヒッチハイクとかも載ってましたが、そういうのも私は嫌い。
したこともないし、したいとも思わない。
それだったら、普通に公共交通機関を何故使わないのかが理解不能だったりする。

ひたすら歩けばいいし、歩いていけないところには行かなければいいだけだと思うんだけど・・・・。
普段、歩きか自転車の私などは、思ってしまったりする。
仕事や旅行では、電車・飛行機使うし。

確かに本書を読んで刺激を受けた一面はありましたが、違和感の方が多かったですね。
その人が楽しいやり方で生きればいいのでしょう。

私は、ひたすら本を読んでいるか、どっか旅してた方が本書の中の生活よりは、魅力的であると思いました。
あ~早く7月になって久しぶりにイタリア行きたい!!
【目次】
プロローグ
1. なぜ「カネなし」を選ぶのか
断絶の度合い/負債としてのお金/負債がもたらす競争社会/お金かコミュニティーか――安心感の源/株式会社「地球」/売ることと与えることの差異/カネなしになる方法/「自分が変化になりなさい」
2.カネなし生活のルール
一、「カネなし」の大原則/二、「フツー」の法則/三、ペイ・フォワードの法則/四、尊重の法則/五、「化石燃料不使用」の法則/六、「料金前払いなし」の法則
3.準備を整える
ぼくの消費行動を解剖する/インフラを構築する
◆コラム: タダで物を手に入れる/ロケットストーブの作り方
4.無買日前夜
本番一週間前/無買日前夜、2008年11月28日
◆コラム:カネなしの通信手段

5.いよいよスタート
フリーエコノミー・パーティー
6.カネなしの日常
「貧困」生活第一週/カネなし生活の典型的な一日
◆コラム:洗顔化粧品なしで清潔を保つ
7.無謀な作戦
娯楽/パンクの問題/「スロー」ライフ
◆コラム:本と紙を無料で
8.カネなしのクリスマス
現金を持たないクリスマスとは/おおみそか/冷蔵庫への帰還
◆コラム:ヒッチハイクのコツ/環境への影響が小さい移動手段
9.空腹の季節
エネルギー枯渇の季節
◆コラム:食料の野外採集/キノコで紙とインクを作る
10.春の到来
斧をふるって/恋愛問題/二杯のお茶…/富と健康は比例するのか
◆コラム:セイヨウオオバコの花粉症対策
11.招かれざる客と遠方の同志
招かれざる客/海外にいたカネなしの同志
◆コラム:環境への負荷の小さい住居
12.夏
自転車に乗って/カネなしの夏の食事/タダのランチはない?/フェスティバルの季節/地元フリーエコノミー・コミュニティーの活用
◆コラム:タダ酒! /タダで楽しむ/タダで宿泊する
13.嵐の前の静けさ
野外食料採集の冒険/沈黙の一週間/メディアの嵐 ver.2.0
◆コラム:タダでファッションを
14.一巻の終わり?
フリーエコノミー・フェスティバル2009/続けるべきかやめるべきか(それが問題だ)/決心/フリーエコノミー・コミュニティーの長期的構想/夢と現実のはざまで
◆コラム:おむついらずの子育て/タダで月経に対処する
15.カネなし生活一年の教訓
他人を過小評価しないこと/中間地点としての地域通貨/地域社会の中での自給/将来に不可欠なスキル/与え合いの有機的循環/お金は手段の一つにすぎない/必要は発明の母/物の本当の価値/最後に一言
エピローグ
ぼくはお金を使わずに生きることにした(amazonリンク) 
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2012年03月28日

「ニューヨークの古本屋」常盤新平 白水社

古書、もしくは古書店に関する本だと思い、手に取ったのですが外れでした。
エッセイみたいですが、タイトルと内容に何の関係があるのか私には不明です。

著者は翻訳家らしいのですが、本あまり好きじゃないんじゃないの?
本当の本好きとは、どこをどうみても、どう捉えても思えません!

つ~か、旅のエッセイだったら、私これよりも面白いもの書けるし、書いてるつもりなんだけどなあ~。
まあ、他人が評価してくれてるわけでもないので、私の独り善がりであることを差っ引いても、本書はつまらないし、退屈だし、一切共感したり、感心したりするところがありません。

ただ、あるのは、つまらないダラダラ続く文字の羅列のみ。

著者の訳書を私が知らないし、一冊も読んだ事のないのは、当然だろうなあ~。
間違っても読みたいとも思いませんもん。

最初の50~60頁読んで、いつまで経っても古本屋らしきものが現れず、いい加減、本を捨てたくなり、飛ばし読みして探してみても、意味のある文章を見つけられませんでした。私にはね。

速攻で読むの止めました。時間の無駄。

古書店という点で、本書に関心を持って読む方には、絶対にお薦めしません。
エッセイとしても、全く興味が持てませんでした。

ニューヨークの古本屋(amazonリンク)
ラベル:書評
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2012年03月26日

「30代未婚男」大久保幸夫、大宮冬洋、畑谷圭子 日本放送出版協会

う~ん、テーマに関心が無いと言ったら嘘になるけど、どの本読んでも中身が無いのが事実。
分かっていても、つい手にとって読んだりするけど・・・これも何も得るべきものがないなあ~。

よくあるような社会的環境の変化や、当事者達の意識変化などを適当なサンプルから導いたアンケート結果を元に誘導し、理由に挙げつつ、それらしく評論っぽくしているが、結局、どの本読んでも書かれていることは同じだったりする。

端的に言って、結婚することについて短期的にメリットが無いうえに、長期的なメリットが見えてこないからってことでOK?

また、情報過多のこの時代、計画的に人生を生きようとしても、結果的にそんなのは無理でむしろ場当たり的に流された何も考えていない人の方が結婚しているっていうのを見ると、そりゃ少子高齢化は時代のトレンドであり、趨勢とも言えるでしょう。

まずは服装等を小奇麗にして清潔感を保ち、スタートラインに立った後で・・・。
はい、もう聞き飽きました!

で、マメに・・・・って、仕事の忙しい人は無理ですね。はい、終り。

その程度の内容です。読む必要はありませんね。
やっぱり時間の無駄でした・・・(だったら、読むなよ自分・・・トホホ)。
【目次】
はじめに―男性未婚問題について考えてみる
第1章 30代未婚男の現実
第2章 21世紀の結婚をとりまく制度
第3章 僕らはなぜ結婚しないのか―30代未婚男インタビュー
第4章 結婚情報サービスの現状
第5章 30代未婚男は何につまずいているのか
第6章 30代未婚男はどう見えるのか
第7章 男性未婚化が進む10の理由
ラベル:書評 新書
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2012年03月10日

「東京の中古ワンルームを3戸持ちなさい」重吉勉 かんき出版

不動産関連の本は、数冊程度しか読んだことないのでまだまだ興味深いものの、正直、業者さんの宣伝本だなあ~と思う。

普通に不動産として購入して、利益を上げるって今のご時世、相当難しいはずですよ。
基本的な需要と供給、所得水準の長期低下傾向等々。更に、昨今の日本では、大地震のリスクを考慮したら、投資として引き合わない気がしてなりません!

個人で棟建の建物を何件も所有し、本業はお菓子屋さんで支店も幾つか持っている人が言ってましたが、結局、メンテナンスを極力自分ですることで費用をおさえ、家賃を相場よりも少し低くすることで空室率を減らしてトントン。

本業からの日銭でローンを払うので、建物が資産として丸々残るぐらいだよ。って、聞きましたけどね。

私の席の近くにいた大家さんも、埋まっているのは7割で、それも都内の駅から3分だったかな?
なかなか儲かるというほどまでは言えないそうだす。

中古のワンルームマンションなんて、どう考えてもゴミへの投資にしか思えないんだけど・・・???
本書は、なかなか魅力的な話を紹介していますが、費用関係への言及が明らかに欠如しているように思えてなりません。

みんなと同じに投資をして、特別なスキルや特別な恵まれた好条件無しに、平均以上のリターンを期待するのって宝くじ買って当たると思っている人なんじゃないかなあ~。期待値的には、如何なものでしょう?

納得はいきませんが、それでも本書のような見方もあるのかなあ~と参考にはなりました。
複数の本を読むことで、一般的な常識程度は身につきそう。

後は、実際に買って痛い目に合いながら、勉強するしか知識やノウハウは身に付かないでしょうね。

株でも、仕事でもそうやってきたのでとりあえず、頭金あるし、買ってみましょうか?(笑)
【目次】
第1章 私が不動産投資を勧めるのは、あなたの老後を豊かにするため
1 都内中古ワンルームマンション投資を勧める6つの理由
2 貯蓄VS.ワンルームマンション投資、どちらが早く実現!
3 「物価上昇」と「増税」は避けられない
4 ゆとりのある老後生活を送るために必要な金額とは?
5 老後の収入源は「不労収入」がベスト
6 不動産投資の目的は「不労収入」と「家族の生活を守ること」
7 団体信用生命保険を適用された大屋さんのケース

第2章 10年で3戸の中古ワンルームを持つ方法
1 不動産投資は長期間収益性のある「本当の資産」
2 不動産投資の最大のリスクは「債務」
3 毎月5万円の家賃収入持つ力をご存知ですか?
4 「利回り」と金利が逆転!」それでも購入したほうがいい理由
5 「資産が資産を生む」ベースをつくる
6 「借入割合40%以下」を目標に繰上返済する
7 「資産が資産を生む」を実現するシミュレーション
8 10年先のリターンを読んで投資する
9 不動産投資は休むことも必要
10 都内中古ワンルームマンションは「いまが買い時」!?
11 投資物件は最後まで持つべきか 「出口戦略」

第3章 中古ワンルームでも「築浅物件」を狙え!
1 管理会社だからこそ分かる「物件の選び方」
2 「築浅物件」なら立地がよく資産価値が高い
3 「築浅物件」なら入居者がすぐに見つかる
4 「築浅物件」なら長期的な収入を見込める
5 「バブル物件」は投資には向かないのか?
6 私たちが考えている以上に人生は長い!

第4章 東京の中古ワンルーム投資を勧める理由はこれだけあります
1 3戸のワンルームを持つための失敗しない投資物件の選び方
2 1棟アパート経営をお勧めできないこれだけの理由(1)
3 1棟アパート経営をお勧めできないこれだけの理由(2)
4 不動産投資に最適な東京の魅力とは何か(1)
5 不動産投資に最適な東京の魅力とは何か(2)
6 地方の不良資産を東京の優良資産に買い換える

第5章 不動産投資のリスクはこうして回避する
1 不動産にも“リスク"はある
2 不動産投資の目的は」節税ではない
3 不動産投資は「相続時精算課税制度」をフル活用できる投資法
4 「空室」リスクを回避する3つの要素
5 空室リスクを回避してくれる「立地条件」
6 空室リスクを回避する「商品力」と「営業力」
7 あなたの賃貸管理会社は身銭を切っているか
8 200万人を超える在日外国人マーケットを狙え!
9 自身へのリスクは物件の選び方で対応
10 購入物件の価格下落は本当のリスクじゃない
11 マンション投資の盲点は「管理」
12 こんな建物管理会社には要注意!
13 建物管理会社の言いなりになってはダメ!
14 こんな賃貸管理会社は信用するな!
東京の中古ワンルームを3戸持ちなさい(amazonリンク)
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2012年01月16日

「売春の社会学」ジャン・ガブリエル・マンシニ 白水社

人類最古の職業の一つとも言われる『売春』(俗っぽい噂ですけどね)ですが、非常に古い時代からあったことは有名です。日本における巫女とかでもそうですが、神の花嫁とか、神殿で参詣者に身を委ねる神聖娼婦等枚挙にいとまがありません。

本書が書かれたのは1960年代ですが、今のパリを見てもそりゃコールガール等の宣伝は賑やかですもんね。元々、その手のことに寛容というかお好きな国柄ではありますが、本書はそういった状況に対し、なんらかの改善が出来、また何らかの行動を起こすべきとする積極的な意思を持って、調査研究し、書かれた本です。

著者はソロボンヌ大学を出て、フランスとアメリカで弁護士をし、その後、国連の高級職員として働いた人物で、本書もきちんとした調査を元に書かれています。

ただ、そうは言っても結論としては、どうしても類書と同じ箇所で止まってしまうですが・・・・。

自発的意思で売春を行おうとする人達は、好ましくないにしても一定以内の害悪として許容するのはやぶさかでないものの、詐取・偽計によりそういった境遇に陥ることを防ぎ、陥った後は抜け出すことを支援する方向を示唆してその法制度等の整備を進めたりするのは、首肯しますが、その背景が問題なんでしょうね。

本書では、売春という形で利益を得るひもや売春組織の方に、注目しているのが目新しいです。

莫大な利益を上げる売春ビジネスに群がるその背景部分こそが、一番の諸悪とも見なしています。

まあ、実際、ビジネスとしては美味しいんだろうけどね。各種の参入障壁があるだけ、超過利潤が生じ易くなるのは勿論だし、人間の根本的な欲求に基づく需要だけに、市場が大きく永続性があり、デジタル化し得ない故に労働集約的でさえあるが、工場のような生産管理は無理だしね。

もっともかつての娼館では、トヨタ生産方式のような『カイゼン』が図られ、手練手管に磨きをかける方向で顧客満足度を高める努力は行われていたんだけどね。この関係は、本書ではあまり触れられていません。

本書では、ひもや売春組織への規制や禁止により、社会構造化する売春の仕組みを断ち切ろうとするわけですが・・・、実情を知らない理念だけで語る人達の存在でなかなか困難であることも語られています。

本書はまともな資料ではあるものの、既存の問題点を明確化し、再確認するに留まっているようにも見えます。実際、行動に移しても成果が限定される他、既存の利益を享受する人々からの妨害も多いようです。

社会政策論としても、正直、実現の難しいさを感じるばかりでした。

そうそう、男娼とかに触れていたのは、当時としては進んでいたように思います。もっともその歴史から言えば、ローマ時代には、男娼の方がより洗練されていたのだと思いますけどね。

以上、面白い本ではないし、知らなかったことはあまりありませんでした。昔、結構、この手の文献を読んでいたので、今更ねって感じ。

卒論に売春や猥褻、賭博とかの法規制をやろうと思っていたぐらいですしね。
【目次】
第1章 売春の定義
第2章 売春の沿革
第3章 売春の地理学
第4章 売春婦の募集と売春の実際
第5章 売春仲介組織
第6章 社会の側の反応
結論
売春の社会学 (文庫クセジュ 357)(amazonリンク)

ブログ内関連記事
「図録 性の日本史」笹間 良彦 雄山閣出版
「性風土記 」藤林 貞雄 岩崎美術社
「江戸の性談」氏家 幹人 講談社
「風俗の歴史 6」フックス 光文社
ラベル:書評 社会学 売春
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2012年01月15日

「神田神保町とヘイ・オン・ワイ」大内田鶴子、 小山騰、藤田弘夫、熊田俊郎 編集 東信堂

科研費を使った成果がコレですかい?
昨今のご時世を鑑みるに・・・税金の無駄使い・・・・とか浅ましいことは申しませんが、もうちょい中身のあるものだと良かったんですけどねぇ~。

しかもあえて一般向けにして本まで出す意義が分かりません?まあ、出版社さんが損しないと思ったんならいいのでしょうが、内容を読んだうえで浅学のわたくしには分かりかねました。

要は特徴のある街作りで成功を収めている・・・・町おこしで地域活性化の成功事例として、日本でも何かぱくれないか? 過疎化で地域経済が衰退していくのを防ぐ、何かに使えないか・・・そんなもっともらしい理由でもつけて予算取った結果なのでしょうが、本当に驚くほど薄っぺらな内容です。

両者とも共通点は『本』というキーワードであり、お役所の関与しない、個人的 or 完全に民間の人達が自発的に生み出したものであり、そっから何かを得ようとしても意味ないかと。

ヘイ・オン・ワイは、私的にも行ってみたいとかねがね思ってはいたものの、あれは特殊な1個人の宣伝・企画の才能に由来することは、周知の事実だし、それをモデルにしようとした世界の他の地域もあそこまでの成功には至っていないかと。

まともな研究対象にそもそもなるとは思えないし、本書の内容もどっかで読んだ内容の切り貼りみたい。思わず、wikiや論文検索サイトで出てきたものをコピペして作った学生の卒論かと思っちゃいました。
(参考文献出てるけど、もっといい資料使いましょう。見知った本なども幾つかありましたけどね)

実際、そのレベル以上ではないかと。

本書の中にも出てきた表現でいうと、本書は内容的にはツブしていいものだと思いました。読むだけ時間の無駄です。ヘイ・オン・ワイについても、神保町についても、それぞれについての基本的な知識も不足してるのがうかがえます。

また、昨今の事情でインターネットへの露出や、それによる宣伝、販売等への影響も関心を持って書かれていますが、本当に研究として客観性を意識しているなら、もうちょい統計的なデータを出しましょう。

安易な検索数やネット経由での販売金額とか、表面的なものではなく、他の業態との比較や公的に出されているデータから一定の手順を踏んで加工するなど、定性的な面ばかりでなく、定量的な側面もね。基本でしょう。

かなりイタイ本でした。
【目次】
1部 イギリス・ヨーロッパの古書のまちづくり
古書の町とまちづくり―古書の町ヘイの誕生とブックタウン運動の広がり
ヘイ・オン・ワイの古書店とインターネット―ヘイ・オン・ワイと神田神保町の比較研究の視点から
ブックタウンによる地域経営―本から生まれる滞在型観光のヒント
ヘイ・オン・ワイの古書店街を歩く―古本の魅力

第2部 日本の古書のまちづくり
本屋仲間―本の文化の担い手としての神田神保町古書店街研究
日本の古書店分布と地方古書の町の可能性―福島県只見町・たもかく本の街を例として
「ブックタウン」という試み―本と観光・まちづくりの接点

記録:古本屋の生の声
イギリス、インタビュー記録
ベルギー、ルーベン大学インタビュー記録
神保町、インタビュー記録―若手後継者の本音
神田神保町とヘイ・オン・ワイ―古書とまちづくりの比較社会学(amazonリンク)

ブログ内関連記事
「神保町の虫」池谷 伊佐夫 東京書籍
「古書街を歩く」紀田 順一郎  新潮社
「世界の古書店」川成洋(編) 丸善
「世界古本探しの旅」朝日新聞社
「本の国の王様」リチャード ブース 創元社
「ヨーロッパ古書紀行」文車の会 文化出版局
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2011年09月18日

「結婚難民」佐藤留美 小学館

いかにももっともらしい理屈を並べて、『婚活』とか用語を作って社会を煽って、小銭を稼ぐタイプの本等に比べると、基本、かなり良心的で偏らずに現在の社会について、語っている感じがします。

極端な例とは言わないものの、どうしても一般的、というか平均的な姿を描くのは困難な為、本書も幾つかの例を挙げて、説明しています。

確かにいそうだし、それに近いような(よりディープな)実話も幾つも知っているので否定はしませんが、でも、それが一般的でないことも事実です。

金やブランド等、目に見えるモノにしか関心のないどうしょうもない女性もいますが、異性をうっとおしいだけで仕事の邪魔と言い切ったり、欲望の対象メインとしてしか認識しようとしない、どっかおかしい男性もいるからね。

男尊女卑を心底支持している奴も表面に出さないだけでいるからね、本当に。

まあ、私も異性に幻想を持ってた頃もあったので人の事言えませんが、自分が話をして本当に分かってもらえると思える友人は同姓・異性を問わず、正直なかなかいなかったしね。理解してもらおう、なんて随分前に諦めた覚えがあるなあ~。

割り切って、違う価値観は価値観でいいと思うけど、最低限度の教養レベルでさえ、話が合わないと辛いのも事実。

別に仕事の愚痴を話したいとも思わないけど、どんな仕事をしてるか話した時に、およそ常識レベルで理解できない人も辛いよね。仕事のジャンルは違えども、普遍的な要素は何でもあるし、そこを共感できない人も続かないでしょう。たぶん。

本書もそうですが、他の婚活関係もこの辺のオーソドックスな基本部分は、もう話題にも上がらないようです。ある意味、話が合う合わないというのは、結婚等でも一番大切なように思われますが、そんなこと書いても本、売れませんからね!

どうしてもそれ以外の男女を取り巻く社会環境の変化や、意識の変化などに注目していかざるを得ないのでしょう。

食っていけることさえ確保できれば、後は一緒にいて嬉しい人。話が出来る人だと思うんだけどね。

本読まない人とは、たぶん、一緒にいられないよなあ~。ギュスターブ・モローを知らない人ともたぶん駄目だろうし、ミュージカルとか一緒に観ても興味無ければ、それも無理か。さすがに装飾写本とかそちらまでは求めませんが・・・。どんなレアな興味?

思いっきり、相手がいなさそうな私(苦笑)。

もっとも、興味や関心が全く違っても、しっかりと語るぐらいのものを持っている人とかだと割合、どうでもいいんだよね。その人の話を聞くのも、全く知らない世界でも面白いし、その手の人は、逆の立場でもうまく話し合えて、どっかしら共通点とか相違点を話しあえて有意義な会話ができたりする。

一番困るのは、本当に何も語るべきものが無い人は合わないから辛いなあ~。
旅行でもいいんだけど、自分で考えて旅をしている人と受身で旅をしている人では、また全く違うからなあ~。

本書の内容に戻ると・・・
私が書いた当たり前の条件以前に、結婚とかの前に人として駄目じゃない?と思われる人達が多々紹介されています。ブランダ物買い漁ったり、家庭の掃除・洗濯等の維持さえできない人とか。ゴミ屋敷になっちゃう・・・。

そりゃ、人として駄目でもあくまでも個人で周囲に迷惑をかけなければ自己責任で許されるのでしょうが、人として駄目な人がそもそも他人である人と結婚して共同生活を送ろうとすること自体が、許されべきでない間違いではないかと思いました。

結婚して離婚した人もたくさん知っているし、分かれた後、外国の女性と付き合ったりする人も何人か知っているので、正直結婚するリスクの大きさもあるように思えてなりません。

一緒にいるのって、やはり好きな人であっても大変だと思いますしね。
まして、好きではない、話も合わない人といるのは人生の浪費でしょう。

本書で紹介されてる例は、うまくいった例もそうでない例も含めて、個人的には『無理』ですね。自分的にはマイナスにしか評価できないので、間違ってもこの例で結婚したくはないなあ~。

まあ、そんなこと言ってるから、まだ独身なんでしょうけど(苦笑)。人との出会いの場を広げるのは良い事だと思いますが、無理しても破綻した実例の方が教訓になってしまいますね。困ったものです。

世界や世間とは広く接したいところですが、人生を浪費したいとはつゆとも思わない私でした。そういうのを再確認する意味では価値があったかもしれません、本書も。
【目次】
はじめに 3
第1章 僕たちはやっぱり結婚したい 15
どうして結婚しないの?
〈実例1〉図書館で恋愛本を読破する派遣コールセンター男
〈実例2〉正社員じゃないから、7年付き合った彼女とも結婚は無理
自分に「ワーキングプア」のレッテルを貼る
〈実例3〉アラサー女の無神経に傷つけられる団塊ジュニア男
〈実例4〉携帯メールの即レス要求にウンザリ
〈実例5〉年収1億円なのに来るのはセレブ狙いの薄っぺら女だけ
女性不信に陥ってしまう原因は女にある!?

第2章 結婚してはいけない13の女 39
「壊れかけの女」にご用心
1 家賃より高い靴に散財する「ルブタン女」
2 骨と皮でもまだ痩せたい「絶食女」
3 セレブのエコ生活に心酔する「超エコ女」
4 行く末は新興宗教一直線?「スピリチュアル女」
5 男の生気を吸い取る「クーガー女」
6 性さえもファッション?「『Lの世界』女」
7 下手をすれば殺される!?「デートDV女」
8 笑いながら手首を切る「リスカ女」
9 朝から晩までネット三昧「ギーク女」
10 変身願望が止まらない「週末激変女」
11 将来の介護は期待できそうにない「通い婚女」
12 完璧主義が止まらない「プチ整形女」
13 関心事は子どもの成長より自分の成長「スキルアップ女」
「結婚してはいけない女」の見分け方
「結婚してはいけない女」は少数派
「結婚してはいけない女」が壊れてしまったワケ

第3章 ロスジェネ男が結婚しないこれだけの理由 99
四面楚歌のロスジェネ独身男
〈批判その1〉「責任感がないから結婚しない」
〈反論〉非正社員の多くは年収200万円のワーキングプア
〈反論〉3割のロスジェネ男が「結婚の障害がある」
〈反論〉「一生結婚するつもりはない」ロスジェネ男が増加する背景
〈反論〉正社員も辛い
〈反論〉管理職に上がれるロスジェネ世代はたったの3割?
〈反論〉親世代も貧困化し、パラサイトできない
〈批判その2〉「最近の男たちは女を口説かない」
〈反論〉「告白すること自体ありえない」と突き放された
〈反論〉恋愛市場から降りたロスジェネ男
〈反論〉二次元の世界にのめり込むのは深刻な「女性嫌悪」が理由
〈反論〉デートするカネもないから「口説けない」
〈反論〉残業漬けでデートするヒマもない
〈反論〉ワーク・ライフ・バランスの導入でも報われないロスジェネ正社員
〈批判その3〉「モテないくせに妥協しない」
〈反論〉「モテない男」は究極のロマンチスト
〈反論〉いいものを見過ぎて身近なところじゃ手を打てない

第4章 ロスジェネ女はこんなに質素で堅実 137
結婚難を招くロスジェネ男の思い込み
「女はカネで男を選ぶ」という誤解
求めるのは「収入」より「やさしさ」
意外と質素なロスジェネ女
ロスジェネ女が望む年収は?
節約上手なロスジェネ主婦
経済力より生活力を評価
「稼ぎのいい仕事」より「人の役に立つ仕事」
イケメンを求める女は少数派
「面白い人」より「話を聞いてくれる人」

第5章 男たちよ自信を持て!
みんなやっぱり結婚したい
父親の価値観に引きずられない
「結婚=女房・子供を食わす」という思い込みを捨てる
「女性とどう接したらいいか分からない」人は風俗を賢く利用する
「今までモテない=今後もモテない」ではない
別世界で「モテる男」として生まれ変わる
最愛の人が失恋するのを待つのも手
ラベル:書評 社会 結婚
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「脳を活かす勉強法」茂木健一郎 PHP研究所

TVをあまり見ないで知らないのですが、よくTVに出てたりする人らしいです。
そういえば、ちょっと見たことあるかも? 正直あまり頭が良さそうに見えません。

本書を読む限り、う~ん??? そこいらにあるビジネス書レベル以上のものではありません。

やたら活字が多くて、情報量の少ない紙面構成からも軽く作って、頭の悪そうな読者(私のことかな(笑)?)に売っちゃおう、てな水準でした。他の本にこの著者が書かれていることと同じ事言ってますしね。ミラーニューロンがお好き?

受験勉強法の和田氏とかの本と共通する感じ。

正論ではあるけど、クリエイティブではないなあ~。
独創性ってのは、ある種の領域を突き抜けた執着心の為せる業(わざ)と思っちゃう私にはなんか大変ぬるく感じられました。

勉強を楽しくなるようにすることで、自然と勉強する回路を作ることで黙っていても勉強を続けるようになり、結果が出てくる。

よくありますよね。他の本でいうと勉強する『仕組み』を作ることで放っておいても勉強するようになる、アレと同じですね。

後は、安全基地を確保して、新しい不確定要素のあることにチャレンジとか、まあ、なんだ、どっかで見たような話で全頁うめられてます。大きな活字&たっぷりの余白で、読むところはほとんどなくて、しっかり本代は他の本と同じって・・・。

たぶん、しばらくするとTVに出てこなくなる人でしょうね。本に中身がありません!
【目次】
第1講 脳は「ドーパミン」と「強化学習」が好き
第2講 「タイムプレッシャー」が脳の持続力を鍛える
第3講 「瞬間集中法」で勉強を習慣化させる
第4講 茂木健一郎流「記憶術」
第5講 茂木健一郎の「読書のススメ」
第6講 脳のコンディションを把握しよう
第7講 自分を変える「一回性」に巡り会うには
第8講 偶有性がさらなる脳の発達を促す
脳を活かす勉強法(amazonリンク)
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2011年09月12日

「婚活」時代 山田昌弘、白河桃子 ディスカヴァー・トゥエンティワン

今更ながら、関心を持ったのと、先日職場の人に冗談で言ったら、真顔で返されてリアルな話を聞いたのでちょっと読んでみました。

正直、この手の流行語的なものは、苦手つ~か嫌いです。

世相をうまく表現している反面、これで商売にしようとする方達が無理矢理流行らせている場合が結構あるんでね。言葉が独り歩きし、それに踊らされてしまうようでいささか抵抗感があるのも事実。

本書もこれで一発当てた方が書かれている訳ですが、それなりに上手にまとめられています。でも・・・ご自分の関係しているような団体をあまり宣伝されるのにはいささか食傷気味になります。

それを乗り越えれば、いかにもブームになったのは、こういうことかと鮮やかな手際というか、説明の仕方を理解できるようになります。

世間一般の人が認識している「婚活」という定義、否、イメージをきちんと把握することで何かに役立つかもしれません???(笑)

最近、(特定以外の)異性とお出掛けすることないし、あまり知らない人達の集まりとかも全然出ていないんだよね。ちまちました資格試験のお勉強がずっとあったこともあるけど、以前の会社のように職場の人誘ってデートに行く事も無いし、世界が狭くなり、良くないかもしれませんね。

昔良く合ってた人達は、結婚したのだろうか? 一人結婚した噂は聞いたけど、後分かんないなあ~。あまり興味も無いけど・・・。

異性に限らず、狭い世界にいることにはいささか問題があるかもしれません。来月で一区切りつくはずだし、都内で何か習い事とか始めるのも良いかもしれません。部屋借りる話も放置しっ放しだしなあ~。

ちょい、私には刺激になりました本書。

本書はまあ、いろいろと書かれていますが、具体的な行動戦略として勧めているのは性別毎に以下のもの。
男性:自分磨きと(結婚まで)流される勇気
女性:経済的に自立し、男性を狩りに行く
だそうです。

本書に書かれている内容ですがもっともだとは思うのですが、明示的に示されていない暗黙の前提に『幸福は結婚している状態』があります。

ただね、少し前には『非婚』とかが流行ったし、洋服の流行と同じで、常に変えていかないと飽きられるから、目先をコロコロ変えているだけなのも事実だと思う。マーケティングって、本来そういうもので常に大衆の求めるものをぶら下げて、刺激し、それを消費活動につなげて金儲けに繋げるものだから。

本書でも実にたくさんの有料婚活サービスを紹介しています(笑)。

雑誌であおって売上をあげる他、広告代がそれ以上に大きいでしょうね♪ 実際は、みんなつぶれかけて、異業種の傘下に組み込まれていたりするけどさ。スポンサー様にも誉めて頂けそうだし。

いささかうがった見方を私はしていますが、私も含めて切実な人もたくさんいるでしょう。
友人からも教えてもらったことがありますが、見た目を気をつける。当たり前ですが、基本的な事は大切ですね。それは本書を読んでも同感しました!

でも、流される勇気って・・・?
まさかろくでもない相手の為に24時間稼動のATMにはなれないでしょう。冗談はよしてね。

今の日本では、結婚しない or 結婚できない人はそれはそれで幸せだから、いいんじゃないでしょうか?
勿論、そうじゃない場合もあるのは分かっていますが、自分が変われず、現状維持のままであるならば、つまり今こそが『幸福』なのだと思います。

「青い鳥」ではありませんけどね。
【目次】
1 「婚活」時代の到来
2 結婚したくてもできない!
3 「婚活」前時代vs「婚活」時代
4 彼と彼女が結婚できない理由
5 結婚したいのにできない社会的要因
6 現代日本、「結婚」と「婚活」の実態
7 四十歳からが結婚適齢期?三十五歳からの婚活
8 成功する婚活
「婚活」時代 (ディスカヴァー携書)(amazonリンク)
ラベル:書評 新書
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2011年09月10日

「名門高校人脈」鈴木隆祐 光文社

meimonkou.jpg

まあ、別に県の公立高校の出身なんで名門校というほどでもないのですが、この歳になっても、未だに転職活動の面接時に高校の事、話題にあがるんですね。

高校3年、大学4年、大学院1年半&職歴の総合電機、ベンチャー企業数社の中で、かなりの確率で人事担当者が関心を持って一言言われるのが、高校だったりする。

「○○さん、変わった御経歴をお持ちでしたが、××高校の出身でしたか、なるほど・・・。
埼玉県では有名ですよね。うちにもいますよ、ちょっと変わった方が多いですよね。」とか・・・。

関西出身の人事の方に「関東の事はあまり詳しくないのですが、高校のお名前はいろいろと伺ってますよ。有名ですよね。」とか・・・・。
(何の件で有名なんだろ?出来るくせに仕事しないでいるとか・・・。以前のベンチャーで散々上司に言われたなあ~。○○君、本気出したら凄いのに・・・・。酷い言われようだこと(トホホ))

とまあ、そんな経験が多々あり、新卒時の就活でさえ、大学のことよりも高校の話をされてしまった記憶もあって、高校人脈について関心を持っていました。

また、地方の公立高校出身の友人と話しても、大学なんてどこ出ても(例え東大でも)地元でお嫁さんをもらうなら、地元の名門高校を出た方がはるかに評価が高い!ってことも普通にあるらしい。

不思議だよねぇ~、たった3年間過ごしただけなのに。

本書のタイトルを見て、早速読み出したのは以上の理由からでした。

で、内容。
各県毎に、所謂名門校として評判の高校を何校か選び、各大学への合格人数と簡単な(簡単過ぎる!)校風紹介と、そこの出身者の有名人を列挙しています。

採り上げている高校が多いので、出身者として取り上げる人数も多くなり、各人への詳しい説明はないのにだいぶ本自体は分厚いです。

それと人脈といいながら、普通だったら、それを拾い出す参考資料として紳士名鑑とかそれ系のものを使うのが普通だと思うのですが、巻末の文献を見る限りでは、それらを全然使ってません。

著者が個人的且つ、恣意的に関心のあるものを調べて、列挙しているだけなので正直偏り&漏れが多過ぎです。あのカミソリ後藤田さんさえ、書かれていない人脈って・・・・穴有り過ぎ。

決して合格点に達してはいませんが、友人や知人達の出身校を見つけて、興味深く読みました。それなりには面白いです。一つのきっかけとして、眺めるにはいいかと思います。

ただ、決して網羅的ではなく、恣意的な列挙であり、人脈として挙げている基準も無い事だけは了解しておかないといけませんね。知っている人が見たら、もっといるだろう、凄いOBと必ずなりますから!

たぶん、著者のようなジャーナリズムの方ではなく、大手企業の人事担当者とかだと、社内的な高校の傾向的評価とかもっと面白く、中身の濃ゆいものになったかも?

でも、ちょっと新鮮な視点で楽しく読みました。悪くはないかと。

あと、私が高校生の時とはだいぶ個々の学校の評価が推移してますね。

私の母校は当時毎年40~50人ぐらいは東大入っていて、残りの160~170人ぐらいが早稲田だったような?
1クラス5人ぐらいは東大で担任も新潟高校出身の東大出だったけど、独身者だったなあ40代で。
私もクラスでちょうど4、5番目で東大志望だったけど、何故か東外大に行き、すぐ中退して結局、別の国立だしなあ。

ずいぶんと懐かしい記憶を呼び起こしました。
大学の校歌なんて知らないけど、高校のはちょっと聞けばすぐ思い出す自身があります。校歌3番までと応援歌まで。

なんせ、入学式の翌日から3日間、応援部の人が来て、ひたすら柔道室だったかな?校歌と応援歌を教えるんですよ。3日間フルに朝から晩まで通して。あれは凄かった!

よく休講は『カット』と称して繰り上げてたし。自主カットばかりしてた私。勿論、授業さぼりってこと。
いや懐かしい。今の仕事なんかも自主カットしたいもんです。ホント。
【目次】
都道府県別の索引
プロローグ
1章 名門公立高校人脈
 北海道?沖縄
2章 名門私立高校人脈
 男子校/女子校/共学校
3章 名門国立高校人脈
あとがき
主要参考文献
名門高校人脈 (光文社新書)(amazonリンク)
ラベル:書評 新書 名門校
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2011年09月09日

「派遣のウラの真実」渡辺雅紀 宝島社

う~ん、個人的にはかつての友人と話していてよく話題になる、『派遣』という形態になることで本来もっと評価すべき人が適正に評価されない弊害や、同一職場に長期に継続して働くことで自らも職場外の時間に自己啓発というか、自主的に勉強していることの意義を持たせることなど、そういった問題に関心があって手にした本ですが・・・。

あまりに・・・・特殊な話で内容がありませんでした。

要は昔の女工哀史みたいなもん? 
つ~か、本人確認しないで雇用? 稼いだ金はギャンブルで使って、前借り有り。
前科者、薬物中毒やらって、もうそもそもまともに雇用する対象外ではないかと・・・。

雇用する企業側も、雇用保険無し、健康保険無し、年金無し等々、全て法律違反だろって。

そりゃ、そういうのが現実にあるのは分かりますが、それがいわゆる派遣労働の問題ではないでしょう。

手配師に連れて行かれて、タコ部屋に住み込みで働くとか、そういうレベルの特殊な話をあくまでも個人的な経験で、書き連ねています。

それはそれで問題ではありますが、なんか違うでしょう。

というか、友人とよく話題になる限りでは、関連会社から来た人に仕事を教えることでその人がその職場を離れてもグループ企業内にノウハウの蓄積&伝播が可能になり、トータルで企業グループ全体での労働力の質の向上につながる・・・そういうのがかつてはあったが、現在は、それが成り立たないような仕組みになってしまっている。

また、そうでないとコスト削減要求に対応できない・・・という現実がある、それこそが問題だと思うのですが・・・。

ベンチャーで働いた経験が多かったので、研修制度どころか、その意義さえないがしろにされがちなところも多かったですが、それでも個人レベルや一部の部署レベルでは、研修や勉強会等を自主的に実施し、ノウハウの共有や習得に努力している人達もいるんですよね。

今、勤めているところもそういうのは、非常に弱いなあ~。
少しずつでもそこは草の根的に、改善していければと強く思います。

ただ、本人がやる気がない場合、勤務時間内に勉強する時間を与えても「寝てる」(←マジ)人がいたので、だったら、単純作業をやってもらっていた方がいいかなとも思ってしまいます。
それもあって、最近、人に教えることを減らしつつあるのはいけない傾向ですね(反省)。

だいぶ、話はそれてきましたが、本書は特殊且つ旧態以前の手配師による労働者斡旋レベルの話なので、それを理解しない限り読む価値はありません。出版社さんがセンセーショナルなテーマで目立つことに長けた宝島さんなので、大袈裟にこの手のをブームに乗って出した、そういうった内容の本です。
【目次】
第1章 使い捨てにされる派遣社員
第2章 派遣社員の犯罪と現実
第3章 違法に走る派遣会社
第4章 派遣会社が抱える悩み
第5章 派遣村だけではない甘い行政
おまけ もしも貴方が派遣切りに遭い職もお金も住む場所もなくなったら
派遣のウラの真実 (宝島社新書)(amazonリンク)
ラベル:書評 新書
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2011年09月08日

「日本の童貞」渋谷知美 文藝春秋

道後温泉が台風で中止になり、新潟へ行った時に新潟駅のブックオフで目に止まった本。

少しはアカデミックにロジカルな展開があるのかと思って読んでみたら・・・大はずれ!

研究対象として最初に『童貞』の定義を試みようとするのは、当然だし、もっともだと思うのですが、幾つかの候補を列挙して、さんざんなんだかんだと言いながら、結局、用語の中身には触れないことにし、定義さえもないまま、適当に進めるのってアリ? 

その時点でかなりゴミだし、少なくても用語の定義無しに研究とは片腹痛い。

いくら社会科学系といってもこんなので、研究したとか言っていいのか、個人的には甚だ疑問です。

しかも、著者は一切のフールドワークをすることもなく、公的な機関の統計データさえも満足に無い中で、「童貞」の体現する社会的価値観や歴史的推移をとうとうと述べるのですが、その調査対象が「平凡パンチ」や「プレイボーイ」、「アサヒ芸能」、「SPA!」等々。

まじで笑えるんですけど・・・。

図書館や、おおかた大宅文庫辺りで単なるキーワード検索や関連語検索程度で拾い出した雑誌記事を、適当に自分の都合よく取捨選択し、独断的な解釈を施して、そも説明に一貫性があるかのように示す、2流以下の手法を地でいってます。

勿論、これだけではなく、それっぽいまとまな公的機関の統計資料もありますがごく一部のみ。

申し訳ないけど、基本の資料が全て嘘で書かれた記事をベースにしていくら架空の論理を作り出しても全く価値はないかと・・・。

私は通販会社にいてカタログを雑誌として出版することにも関わった経験がありますが、100%とは言いませんが、雑誌の9割以上は嘘です。こんなのは少し出版業界のこと調べれば分かるでしょう。

他にもジャーナリズム系の関連書籍がたくさん挙げられますが、資料的な価値は全くありません。著者が世間知らずの学生さんなのは、別にしても活字になってれば、正しいなんて、いつの時代の発想なのやら?

しかもその裏を取る、一番大切な苦労を一切していません。
wikipediaをコピペして卒論書くアメリカの大学生が相当昔に問題なっていましたが、ここにも同程度の学生さんがいました。

つ~か、それを本にする文藝春秋もさすがは大衆系。俗っぽさはピカ一です。

ただ、この手のなんちゃって研究もどきに補助金を出す団体もあるようですが、ひどいなあ~。
民主党さんは大嫌いですが、こういう団体に国から金出していたりするなら、即刻、停止して欲しいです。
まあ、事業仕分けは強制力もないし、気分でやってるから無理なのかな?

本書は一次資料にあたることなく、またその裏付けの確認もなく、また、調査対象とした記事の採用基準さえも怪しい(?)、というか不適切だと思われます。本書の記述自体は、全てエッセイあるいは小説程度の信憑性ですね。


全体を通していえるのは、とても研究には値しないレベル。新書であっても許されるのでしょうかね?
2ちゃんねるのチラウラ相当でしょう。

ちょっと3行以上書いちゃいました。誰も読まないけどね~っとね。

「やらはた」でもなんでもいいのですが、個人的には「魔法使い」になりたかったなあ~。残念ながら、なれなかったけれど。

プログラマ35歳定年説のレジェンドを破ったからいっか?(笑)
まあ、個人的にはもう飽きてしまい、さっさとそれ以外の企画系のお仕事したいけど、うちの会社じゃないもんなあ~。

まあ、いつ機会があるかもしれないし、必須資格取得し終わったら、そちらへ向けて勉強しましょう♪

すみません、本書の内容自体については目次の通りですが、どれも噂話の域を出ないのであえて紹介していません。
【目次】
第1章 「新妻にささげる贈り物」としての童貞―一九二〇年代の学生たち
第2章 童貞のススメ―男の性の問題化と医療化
第3章 貞操の男女平等の暗面―「花柳病男子拒婚同盟」への反応
第4章 女の童貞、男の童貞―「童貞」という言葉の変遷
第5章 「恥ずかしいもの」としての童貞―戦後の雑誌言説
第6章 シロウト童貞というカテゴリー―「恋愛の自由市場」の一側面
第7章 「やらはた」の誕生―童貞喪失年齢の規範化
第8章 マザコン・包茎・インポ―童貞の病理化
第9章 「童貞は見てわかる」―童貞の可視化
第10章 童貞の復権?
日本の童貞 (文春新書)(amazonリンク)

ブログ内関連記事
「もてない男」小谷野敦 筑摩書房
「江戸の性談」氏家 幹人 講談社
「惜春」花村萬月 講談
ラベル:書評
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2011年08月07日

「ヘンタイの哲学」キム ミョンガン 日本文芸社

まあ、著者さん、良く分からない学校の講師さんやってると経歴からしても、なんちゃってレベルの本です。

特殊な性癖というか、世間一般に異常とみなされているものは、決して特別なものではないんだよ~ともっともらしく、それっぽい根拠もどきを列挙しているだけで、本当に学究的に理論立てて説明しているような本ではありません。

正直期待外れ。の程度の内容、ごめん、10代で知ってたよ。
すべてについて、内容が薄くて底が浅い。

いろいろと特殊な性癖や性欲についても、大衆雑誌の記事以上のものはなく、単なる列挙で終わってませんか? そもそも引用先がサブカル雑誌とは情けなさ過ぎて、涙が出る。
もっとも、本書で採り上げられたサブカル雑誌、ほとんど知ってるし、読んだこともあるのだけれど・・・。個々に書名書くと、友人が減りそうだから止めときますが・・・(苦笑)。

つ~か、「責苦の庭」ぐらい読んだらいかがでしょう?いくらなんでも、教養水準を疑います?
マルキド・サドもサドの革新性は、当時の社会通念では受け入れられない性癖ではなく、全ての社会秩序、既成概念への懐疑と、それからの近代的自我である個人による超越、真の一個人たるまさに何者にも束縛されないラディカルな『自由』の表現としての意義があるのですが・・・。

残念ながら、著者にはその辺、全く理解されていないようですね。
責め絵の伊藤晴雨の誤解について書かれていますが、ご自身の誤解・無理解には気付いておられない様子。

本書に何の価値も見出せないなあ~。

衆道とか、なんか全てにおいて列挙して、適当な大衆雑誌やサブカル雑誌と絡め、たまにもっともらしい歴史上の豆知識レベルで補完されても、ポカンとする以外ないでしょう。

つ~か、学究の徒としてなら、もうちょい、きちんとした文献を漁るべきだし、或いは体験に基づくものでもいいのですが、それなら、もうちょっと経験積んでからおいで、というところです。

不勉強さがにじみ出ていて、読んでいてイライラしちゃいました。古典中の古典『愛の技法』(ローマ帝国時代のアレ)とか、房中術の本でも読んだ方がなんぼかマシです。

タイトルの「哲学」に至っては、おこがましくて恥知らずの何者でもないかと。
【目次】
第1章 ヒトの性欲をハダカにする―ヘンタイこそ、ヒトのヒトたるゆえんである
第2章 “極上の快感”はヘンタイにあり―性欲の異常と正常を分ける基準って何だ?
第3章 ヒトの性ほど奥深いものはない―エクスタシーを得るにもルールとマナーがいる
第4章 ホントはこんなプレイを愉しみたい―ヒトの身体はどこでも“快感の源”である
第5章 めくるめくアブノーマルの世界―タブーなき性の多様性がヒトの証
第6章 がんばれ!性の求道者たち―ヘンタイこそ生きるエネルギーだ!
ブログ内関連記事
「カーマ・スートラ」ヴァーツヤーヤナ(著)、大場正史(訳) 角川文庫
「ローマ・愛の技法」マイケル グラント,マリア・テレサ メレッラ 書籍情報社
「江戸の性談」氏家 幹人 講談社
「食人国旅行記」澁澤龍彦 河出書房新社
「性風土記 」藤林 貞雄 岩崎美術社
「房中秘記」土屋英明 徳間書店
「色道禁秘抄」福田和彦 ベストセラーズ
「恋は肉色」菜摘 ひかる 光文社
「風俗の歴史 6」フックス 光文社
「色街を呑む!」勝谷誠彦 祥伝社
「AV女優 (2)」永沢 光雄 文芸春秋
「図録 性の日本史」笹間 良彦 雄山閣出版
「遊女の文化史」佐伯 順子 中央公論社
「訴えられた遊女ネアイラ」デブラ ハメル 草思社
「赤線物語」清水 一行 角川書店
「責苦の庭」オクターヴ・ミルボー 国書刊行会
ラベル:書評 性愛
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2011年07月24日

「事業仕分け」の力 枝野幸男 集英社

「何故2番じゃ駄目なんですか?」の迷言で有名なスパコンの予算を削ろうとしたり、原発のメンテ費用の10%カットだったかな? 他にも「はやぶさ」等の宇宙開発予算の削減など、まあ、この事業仕分けについては、あちこちらで耳目の注目を集めておりましたので、私自身も大変関心は持っていました。

たまたま見つけた本書も、その関心の延長線上で読みました。

本書を読んだ第一印象は、一読した限りでは、民主党って想像以上に正しいことをきちんと秩序立って行っていた正義の味方のような感じです。もっとも、うがって考えなくても自分達の政治的手法の正しさを喧伝する為に書かれた本だと思われますから、そう受け取られられなかったら、出版自体を中止したと思いますけどね。

私も読んでいて素直に首肯できる点は多々あったので、ざっと列挙してみると・・・。
・国民が見える公開の場で行うことで外部視点の導入
・予算編成の政治主導の実現
・事業の必要性の立証責任を削減する側から、要求する側への転換
等々。

お得意の具体例(メールでの職業相談等)も幾つか挙がられていますが、それはそれで評価すべきことでしょうが、個々の事例は参考程度ですね。自民党時代でもいくらでもそんなのあったでしょうし。列挙してたら、キリがありません。

勿論、新しい政権として、予算決定に対して予算決定のプロセスの透明化を試みた。それ自体は、本当に評価に値することではあるし、むしろ、進めてしかるべきだとは思うが、本書でも書かれているが、仕分け人の明確な法的な位置付けがなく、ただやってみました。

それをどこまで採り入れるかは、お役所さんの方の問題で、この評価過程を繰り返すことで徐々にその事業仕分けが反映されていく、な~んていうのは、あまりにも理想論ではないでしょうか?

政権を取って、予算作成時期まで時間的猶予が無かったからというのは、言い訳でしかありません!
民主党の政策は、全てにおいてど素人が理想論を語っているだけと思うのは私だけでしょうか?

何も知らず、何も勉強せず、一切の準備もしないまま、その発言の影響さえも考慮せず、党内での調整すらしない? できないまま、やるとか言っちゃうのは、いい加減やめて頂きたい(切なる願い)。

自分達の政治手法を弁護すべき本書でも、その辺のボロボロさが散見してしまうのは悲し過ぎる。
この事業仕分けも、個々の事業の必要性、正当性、金額の妥当性等を判断するに足るだけの勉強は一切していないことが本書を読んだだけでも丸分かりなんだもん。

準備期間が無さ過ぎるのは重々承知のうえだけど、かつての自民党が代議士になった若手のうちから、官僚との勉強会(酒飲んで税金を無駄使いしてるだけなのもあるのだろうけど)で何年もかけて、その仕組みやノウハウを習得し、実際に個々の立法等の政策決定に関与する経験を経てから、大臣等になっていたのと比べたら、どうやっても無知過ぎるでしょ。

いくら自分達の専門でない部分は、民間の専門家を入れて活用し、補ったと言っても、絶対に政策ブレーンになりうるような人材では無さそうですが・・・そのメンツ見ても。

自民党は、周知のように日本最大のシンクタンクでもある官僚組織を利用し、一時は、その官僚を抑える為に、学者などを諮問委員として使いつつ、官僚を牽制しながら、政治を行ってきたわけですが、民主党は、それらに変わるものを作り出したようには見えない。

友人、知人などに聞いても各種機構などの動きをみても、民主党政権になってから、混乱と業務の停滞が著しい限りらしい。方針が変わるのはいいが明確な指針がなく、場当たり的であり、事前に良く検討し、実施可能性を踏まえたうえでの指示ではないので全てにおいて、自民党政権より業務効率が劣化しているのは、心ある人なら、誰でもが知っている。

日経新聞の社説や1面の特集を見れば、これ以上ないぐらいに徹底して政権批判をしているのも珍しいと思われる。しかし、それが実際に日本で仕事をしている社会人の気持ちだと思う。

一般人の無知や無能は許されても、為政者の無知や無能は極刑ものだと思う。
失われた10年、20年ではすまないし、日本はてっぺんから奈落の底に転げ落ちる、まさにその瞬間でそれを政権担当能力に欠けた人々によって政治が担われている怖さ。・・・・夏の怪談も真っ青だろう。

衆愚政治もここに極まれり!

いささか感情がこもってしまったけど、事業仕分けは、結果的に壮大な政治的パフォーマンス以上では無かったでしょう。どんなものでも強制力を有しないものに価値はない。

まして、はぐらかすのが何よりも得意な官僚組織において、何らかの新しい改革を本当に実施する気概があるならば、まずは事業仕分けの立法根拠を明確に位置づけるべき必要な立法措置をすべきで、法的な仕組みさえできれば、言葉は悪いが民主党が消えても、今後の日本にとって意義ある政権交代だったと思うが・・・。

むしろ、無知で無能な政治主導ほど、国家にとって害悪とかえって官僚優位にさえ、なりかねないことを危惧してしまう。

まあ、事業仕分けは、個々の妥当性は別にしても素人から見ても、明らかに予算使い方がおかしいものだけ、止めましょう。そのスタンスは分かるものの、あまりにも手抜きではないでしょうか???

医療関係の電子カルテ推進とかは、自分達の支持者である医師会に配慮して、なし崩し的に自民党時代より、劣化させてるし、各種手当てはあくまでも対処療法で、将来を見越した戦略的な投資としての予算配分はほとんどなされていませんよね。

結果として、移動できない米軍基地絡みで、だれだけ無駄に予算と時間と外交的ポイントを損失してます?

結果を残せるなら、ある程度のムチャも予算の浪費もまだ許容される場合はありえますが、結果の出せない指導者は、責任を取るべきだし、取らせるべきかと。

株式会社だったら、株主訴訟を起こしても良いレベルですね。
民主党に投票した人は、押し付けられた(今度、押し付けられる)国債に対して、黙って甘受するんだろうか?

本書は民主党が行った事業仕分けの意図を明確に理解する手助けになります。と同時に、心ある人が見れば、そもそもこのやり方が内包する問題点と実施側の甘さに気付く事でしょう。

表面的な文章に踊らされなければ、得る所はあるかと思います。
【目次】
第1章 「政治文化」の革命としての事業仕分け
第2章 事業仕分けとは何か
第3章 事業仕分け最前線
第4章 事業仕分けに対する批判に答える
第5章 有権者の意識改革としての事業仕分け
補章 事業仕分けの歴史
「事業仕分け」の力 (集英社新書 540A)(amazonリンク)
ラベル:政治 書評 民主党
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2011年06月27日

「蟻族」廉思 勉誠出版

副題に「高学歴ワーキングプアたちの群れ」とあるが、先日の「ホームレス博士」よろしく、博士号をとってもアルバイトぐらいしか職がない、といった日本国内の問題とも共通する点があるように思った。

共に国家の政策に騙され、あるいは進んでそれに便乗することで自らを客観視できないまま、流され続けて、人生を棒に振りつつある人達。そんな捉え方も出来ると思う。

大学の学部卒や院卒がエリートであった時代は、中国においてでさえ、もう過去の夢でしかない。まして、都市戸籍と農村戸籍で、純然たる差別が存在する現代中国で、昼間の本科生でさえなく、農村から夢だけを抱えて出てきた彼らに、明るい明日は難しいのかもしれない?

そういった中国特有の事情はあるものの、時代故か妙に日本の今に重なる姿が痛々しい。

自ら努力することで、自分の将来は開けると漠然と夢を見ながら、現実の中で翻弄され、それでも自らの能力を客観視できない悲劇。中途半端な知識で、矮小な自らを尊大に過大評価し、あるいは、今風の若者気質か、他人との関わりを避け、他人とのコミュニケーションを満足に取れないまま、社会不適合者になっていく姿など、まさに日本の今時の人に思えてしまう。

(そういったことをリアルに経験して、未だにそのメンタリティから卒業したとは言い切れないような私自身がいうのも相当の抵抗があるのも事実なのだが・・・)

権利意識や自らへの自尊心は高くても、実際に行動に移せず、またそうした団体行動自体を避ける性質を持つ故か、ネット上での活発な意見表明や伝達等は、ある一つの勢力になりつつあるそうです。

「人肉検索」なんて言葉も始めて知りましたよ。

ネットで標的になった人間を、リアル社会で周囲の人間が情報を集め、ネット上で晒し、徹底的に攻撃したりすることらしいですが、その姿は、東電役員等の晒しなども含めて、日本にも共通するものを感じます。

気持ちは、激しく同意なんですが、それやっちまったら、最後だろって気もしちゃいます。

時代に翻弄されて、本人が知らず知らず時代の犠牲になっている気の毒な面もある一方。

親が田舎の実家に戻ってこいと行っても、都会での自由で刺激のある生活を失う事を恐れ、同時にもしかしたら、一発当てて自分の知識や能力が正当に(?)評価され、成功する可能性もある、そんな夢を捨てきれずにズルズル都会の片隅に残り続けている人達が多数存在しているらしい。

中国の人は、日本人の考える以上にはるかにプライド高いからね。
出来ないことを出来ないって、まず正直に言える人いないし、自らの能力を自覚できていない人が多いから、余計に他人と競い、自らを追い込んで破滅していく人が多いのも事実。

もっとも、それが彼らの強力な競争心をかきたて、常に追い込まれた状況で努力に努力を重ねて、成功する人物もいるのも事実。日本も昔は、ハングリー精神ありましたしね。エコノミック・アニマルなんて、今のゆとりで既に絶滅危惧種らしいけど・・・。

以下、本書より抜粋。
私は今年23歳、社会生活に足を踏み入れたばかりと言うべきだが、人生のあらゆる奥深さや魅力は私にはもはや存在せず、まるで人生の行き止まりまで来てしまったかのようだ。
・・・・
・・・・
時代は前進していると言われるが、その推進力となる腕に私は触れることができない。世の中にはスケールが大きく偉大な事業があると言われるが、私はそれがどこにあるのか分からない。人生の道はどうして行けば行くほど狭くなるのか?
蟻族:「大卒低所得群居集団」
蟻は知能指数が高い。蟻の知能指数の高さで「蟻族」の「高度な知能」や「高等教育を受けている」などの特徴を表すことができる。
蟻は群棲動物に属し、一つの蟻の巣には何千何万という蟻がおり、これは「蟻族」が物理的な状況から群居生活をしているという特徴と合致している。
蟻の長所が「蟻族」集団と極めて類似している。
例えば、不撓不屈の精神がそうだ。たとえ行く手を遮ろうとしても、蟻はすぐに別の道を探し、障害物を乗り越えたり、迂回したりする。
さらには、希望を持ち続けるところも似ている。
冬の間ちゅう、蟻は夏を夢見ている。厳冬期、蟻達は厳しい寒さはすぐに去り、暖かく過ごしやすい日々が間もなくやって来るのだと、いつも自分に言い聞かせている。珍しく小春日和にでもなれば、みな巣から出てお日様のもとで体を動かし、ひとたび寒波が押し寄せれば、たちまち暖かな巣穴に隠れてまた太陽が出るのを待つ。
まあ、本人自身の責めに帰すべき事由で自業自得の例もあるが、努力しても&努力しても厚い社会の不公正な壁に阻まれ、人生を浪費してしまう姿は、胸を熱くするものがある。

日本の場合と違い、中国はやっぱり日本以上に、社会的不公正がはびこっているのは事実でしょうし、辛いです。もっとも、中国が特別な訳ではなく、世界中のあちこちでそれ以上のことは、当たり前に存在するんですけどね。

正義が勝つ、なんて、まさに夢のお話で勝たなければ、何も始まりませんけどね。
悪い事してでも勝つ、っていうのも一面では真実でしょうが、無理して得たものは、所詮無理なバランスの上に存在する以上、バランスはいずれ崩れるのも真実。

王道や正統が、長い目では一番コストパフォーマンス良さそうですが、短期では自ずとそれも変わってくるので難しいところですね。

余談で話飛びまくってますが、考えさせられる話です。世界の工場、中国ですが、足元のこれらの問題を内部に抱えて進んでいく以上、そりゃ、自ずと対応も違ってくるってものでしょう。

良い勉強になりました。

そうそう、この蟻族の仕事見てたら、比較的割が良く、彼らがつける可能性のある職として、プログラマー(PG)が幾つかあがってました。

う~ん、やっぱり日本ではPG喰っていける訳ないですね。2ちゃんねる見るまでも火を見るより明らかですか・・・。

人ごとじゃないね。気をつけましょう。

昨日、応用情報技術者試験を1日5時間受けてきましたが、あとデータベースとかITアーキテクチャーの高度試験を少し取ったら、もう情報処理は要らないなあ~。

8月は証券1種で、あとは内部管理者試験取れば、お仕事関係資格はほぼ終り。

最低限、どこでも食っていけるぐらいには評価されたいもんです。資格は経験があって、初めて評価される程度だしねぇ~。

そういやあ~中国でソフトウェア開発を委託してたところも、それなりに作れてたもんねぇ~。あの低価格でさ。私のテスターとしてのお給料より、請負価格安いんだから、ビックリ!

ただ、バージョン管理さえも満足に出来ていなかったけど・・・。あっ、日本で上場している独立系ソフトウェア会社でもそうだったっけ? たいして変わらんか? 日本もお寒い限り・・・・。

まあ、今のご時世、各自で頑張るしかないんだろうなあ~。

本書はいろいろと考えさせられる内容でした。日経ビジネスの中国レポートとかにも、本書と符号するような記事多いよなあ~。ふむふむ。
【目次】
1 「蟻族」誕生記
接触
第一次研究調査
研究チーム
第二次研究調査
八〇後

2 「蟻族」のすべて
基本概念
発生原因
心理状態
性・恋愛・結婚
所得状況
職業
教育状況
インターネット
集団的行動の傾向

3 「アリ」伝奇―「群居村」取材レポート
都市のスキマ階層に触れる
北京での奮闘
非主流の道を突き進んで
すべてはうまくいく
村から村へ
上京記
保険会社のガゼル
孤独な旅人
唐家嶺を離れる
下を向いた青春―「高学歴」貧民村調査
「大学村」での奮闘
唐家嶺のショバ代
蟻族―高学歴ワーキングプアたちの群れ(amazonリンク)

ブログ内関連記事
「ホームレス博士」水月昭道 光文社
「高学歴ワーキングプア」水月昭道 光文社
NHKスペシャル「激流中国・小皇帝の涙」
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2011年06月19日

「中世の哲学」今道友信 岩波書店

先日読んだ「反哲学入門」で改めて中世哲学の面白さに心惹かれ、本屋で見つけた本です。

それなりに高くてどうしょうかと思いましたが、自宅近くの図書館でふと見つけて借りてきました。
うん、なかなか面白い(笑顔)。

なんというか―哲学臭さ―はあるものの、私の関心の源である、ゴシック建築を生み出す思想的基礎たる中世哲学、その観点から、本書は読む価値あると思いました。

先日の反哲学入門の『理性』しかりですが、本書に書かれているプラトンの『美学』への認識など超越を経て神への一体化など、「光の形而上学」への理解を深める良い契機になりました。

あと去年フランス行って見まくったサン・ドニ修道院での間違い(ディオニュシウス)の件ですが、その歴史的事実は知ってましたが、経緯は知らなかったので、アベラールの発見と指摘であったことなど勉強になりました。

これ読みながらだと、いつのまにか寝てしまい、よく寝れるし、仕事のことを気にしなくなるのでお薦め♪

ただ、いかにも哲学&哲学してますので、苦手な人は決して手を出さない方が良いかと。抵抗ない人ならば、部分だけ拾い読みしても面白いかもしれません。

私は400頁ぐらい頭から読んでますが、別に飛ばし読みでいいと思います。関心のあるところだけでもね。

もっとも、個人的には購入するなら、こちらではなく、上智の中世思想原典集成を買いますけどね。

なお、興味深かった点は以下の抜き書きメモへ。
中世の哲学~読書メモ1
中世の哲学~読書メモ2


【追記】
最後まで目を通して読んでみた。450頁以降の一部は飛ばし読みしたけど、改めて結構面白いと思う。

いかにも哲学、哲学してますが、中世哲学の基本的なポイントをロジカルに説明していて分かり易い。断片的にかじっただけの知識しかないど素人の私でも納得して腑に落ちることが多々ありました。

何よりも私の関心事、ゴシック建築へ関わりを考えるうえでもこの本は有用だと思います。

最後の最後に「キリストにならいて」が出てきたのには、ちょっとびっくりしましたけどね。この本、手元において良いかも~? 購入する価値はあるけど、私の部屋の許容範囲的にはきついけど、価格的には十分に価値あるかと思いました。前言撤回(オイオイ)。

しかし、いろんなものが関連し合っているんだなあ~。実感しました!
【目次】
豊饒なる中世―霊性の輝き
1 信仰と言語―教父哲学
2 形式と方法への志向―スコラ哲学
3 未来への遺産―大学哲学
4 大学哲学の対極的位相
中世哲学の解纜―中世哲学における距離のパトス
中世の哲学(amazonリンク)

ブログ内関連記事
「反哲学入門」木田元 新潮社
反哲学入門~読書メモ
「西洋古代・中世哲学史」クラウス リーゼンフーバー 平凡社
「中世思想原典集成 (3) 」上智大学中世思想研究所 平凡社
「岩波哲学・思想事典」岩波書店 ~メモ
「西洋哲学史―古代から中世へ」熊野 純彦 岩波書店
「キリストにならいて」トマス・ア ケンピス 岩波書店
ラベル:哲学 中世 書評 美学
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2011年06月11日

「ホームレス博士」水月昭道 光文社

確かこの著者の本は何冊か読んだことがあるような気がします。

知り合いで何人か大学院に進んだ人もいますし、私自身も院に行ったけど、途中で修士を取る価値を見出せず、中退して就職した口なので、読む前から内容については想像がついていても、やはり手に取ってしまいますね。

そして読了後に感じるのは、いつも同じような感想です。

進学したくても進学できない人がたくさんいる中で、大学卒業後、わざわざ自主的に自分の趣味(!)で働きもせず勉強していて、それで就職先無いから、なんとかしろと言われてもねぇ~。

世界中の人が職を求めて競争しあうこのご時勢に、採用する企業があるとは思えません。

だって私が就職後、経済の大学院に行く時でさえ、文系の大学院なんていったら、学者になるか、シンクタンクぐらいしか行くところなく、もう堅気の人生諦めますか?って感じでしたもの。

当然、学者なんて、コネか本当にごく一握りの優秀な人材以外は無理ですしね。まあ、実際、うちの院も変な人しかいなかかったけど・・・(まあ、『変ゼミ』みたいなもんだね。笑)。

自分の進路を決めるに辺り、将来どうなるか知らなかったなんていうのは、完全に自分の責任ですし、誰を批判できるのか?

そんな論理が通ると思っちゃったりしているのが、現実を直視せず、モデルや理論だけで説明つけば良いとしちゃうところも正直痛いかと。でも、著者さん、実社会で働いたこともあり、分かったうえであえてそういうこと文章に書いてお金にしちゃう辺りは、まあ、確信犯的な気もしますね。

逆に商売上手ってね。(私の考えがうがち過ぎ?)

でも、博士号はせいぜい学問の世界(それより実際は狭い世界)での評価でしかなく、それが日本社会全体で評価されるレベルでないのは自明でしょ。研究自体が金銭的価値、経済的価値があれば、黙っていても企業か食指を動かすでしょうが、そういう価値は無いってことでしょう。

言ってしまえば、個人的趣味の延長線上ぐらいの意味しかないってことじゃない?
自分がいくら社会的・文化的、その他なんらかの価値があると言っても、世間の評価とは別でしょう。

ただ、勘違いして欲しくはないのですが、金にならなてくも本当に価値ある研究ってのはあるでしょうし、10年も20年も経って初めて価値が見出される研究もあるでしょう。それはそれとして、大切だとは思います。

研究したければ予算を取る為、どんなことでもしなければでしょうし、同時に自分の生活費を稼ぐ為に雇用も探さなければならないでしょう。それが出来ないのを、自分以外の責任にするのはいかがなものかと。

友人で日本では専門でやっていけず、海外で講師してる奴もいたし、国内でちゃんと准教授以上になってるものもいましたが、みんな大変な中、自力で活路を開くしかないと思いますよ。

そもそも今の日本に、これほどの数の大学自体が必要か、まして院生以上も必要か、甚だ怪しい限りです。そんな勉強してる? もう10年以上前だから、現在は分かりませんが、うちもそこそこの国立の大学院でしたが、正直院生のレベルは低かったですよ~。

修士論文も書けば、卒業させてやると言われて、速攻で辞める準備に入った私が言うのもなんですけどね。私の場合、近代経済学の基本だけ体系的に勉強したいと思ったので入学しましたが、M1で卒業に必要な単位は取り終え、修士論文出すだけでしたが、大学院に失望して中退し、そのままベンチャーに飛び込んだからなあ~。

博士号を持っている人間が無為に人生を浪費し、希望も職もないまま、社会の中で消えていく。
それは社会的に損失だし、そもそも個人の責任ではなく、そういう社会システムを既得権益等を持つ者達が仕組んだものだというのが本書の主張なのですが・・・・?
(私はそう受け取りました)

その博士号自体に意味がそもそもなく、社会の損失自体に値しないというのもあると思う。例えば、博士号を取る過程で身に付けた知識や経験というものが、経済社会的に評価するだけの価値があると思うのが間違っていると思うのですが・・・。

ロジカルに分析し、判断し、新しいアイデアにつなげていく。PDCAサイクル的なのは、別に大学院いかなくても普通にビジネスやっていれば、当然身に付けていてしかるべきだしね。

それを実際の業務(仕事)で実施し、それで成果を挙げている人と、学校出て初めて、それを応用してこれから成果を挙げられるかも(?)しれない人のどちらを評価します?

可能性はあっても不確定要素が増える分だけ、期待値は下がりますよね。博士号取得後、採用するなら、そういった管理職クラスと比較をせざるを得ないのは、日本の人事評価上、止むを得ないでしょう。

まして、現在、転職市場で高学歴、資格持ち、職歴も十分な人材が転がっている中で、まともに就職できなくなることを承知で大学院に行き、そこでやっていけないから、普通に就職しようとした人物をあえて採用するだけのリスクを冒す企業って、本当にごく少数でしょう。

新卒の若いのがいくらでもいるんですから・・・。

かくいう私も転職先が見つからずにだいぶ苦労していた人ですが、まあ、今はなんとか職があるだけマシですかね。その代わり試験に追われていますが・・・損保、生保、証券2種取ったので、今月は情報処理、8月は証券1種、その後は内部管理責任者試験か。入社1年以内に取りあえず全部取ってしまいたい。あ~めんどい。フランス語やANDROIDの勉強したい・・・。

よく言われる事ですが、周りのせいにするよりもまずは自分が変わるしかないでしょう。自分が専門で勉強したいから、それで食べていきたい・・・・ミュージシャンを夢見る若者ではないのですから、現実を直視しましょうね。

だって、工場とかで自分の専門職と思い、何十年もやってきたことが、会社側の都合で突如その仕事がなくなり、何十年にも渡って蓄積したノウハウがゼロになってしまう人だってたくさんいる時代ですよ。たかだか、学校で数年勉強した程度でどんだけの専門?(苦笑)

短期間でそれなりに出来る人なら、どんなとこでもやっていけますよ。たぶん・・・。

挑戦するのは良い事だと思いますが、駄目なら、その責任も自分でしっかりと負うべきでしょう。私だって会社作って失敗した後、働きながら、会社設立時に借りた金を払い終えましたからね。当然のことです。

生きている限り、再起はできるしょうし、やりたい事がある以上、努力して考え、実行していくしかないんですから。

まあ、メーカー、小売、ソフトウェア、金融とそれなりに業種を巡りましたが、なんとか経験を生かしていきたいですね。どこでも一生懸命やると、それなりに身に付く事はありますし、決して無駄にならないのは本当ですね。(もっとも直接的に生きてくる訳ではなく、形を変えて別な場合に生きてきます)

人材の流動性確保、本書の中でもありましたが、実際は難しいですよね。
この点、同一労働、同一賃金が合理的だと考えるので基本、私も賛成ですが、今の日本では、正社員の首切りが自由に行えるようになるだけなんでしょうね。

新卒が就職決まらないであぶれている中、定年を60歳から65歳に延ばすように企業に働きかけてる政府。年金支給を遅らせるから・・・というミエミエの懐事情で、年寄りの給料を払うために、本来、もらえるはずの給料を削られていく若者達。

子供手当てや授業料の無料化よりも、雇用の確保、補助金頼みのその場しのぎではなく、経済の活性化以外の正統手法はないと思うんだけどね。それなのに浜岡原発停止で、定期点検の原発が次々と停止。

稼動再開のメド立たず、関西でも節電呼びかけ、工場の稼働率を落とさせると・・・。それが経済、ひいては税収にどれほど影響を与えるか、市民運動家出身の民主党の政治家皆様にはご想像がつかないと!

衆愚政治もここに極まれり。
民主党に投票した人は自業自得ですが(私入れてないし)、自民党も何もしない、できないのは悲しい限り。

批判だけで何もしていない私も傍観者気取って、(非消極的)共犯だね。少しでも経済が良くなるように、自分のできることを頑張りますか?

お仕事を頑張ることと、あとは消費活動にいそしみますか。さて、飲みに行くか(笑顔)。
【目次】
第1部 派遣村・ブラック企業化する大学院
第2部 希望を捨て、「しぶとく」生きるには
対談 大学院に行く意味を考える(鈴木謙介×水月昭道)
ホームレス博士 派遣村・ブラック企業化する大学院 (光文社新書)(amazonリンク)

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「高学歴ワーキングプア」水月昭道 光文社
ラベル:書評 雇用 学者
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2011年06月05日

「反哲学入門」木田元 新潮社

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率直な話、哲学自体にはほとんど興味が無い私です。

でも、著者の本は一度読んでみようと思っていて、購読リストに入れていた気がする。たまたまこないだ書店で平積みになっていて、手に取り、た著者名を見てそういえばあの著者じゃんと、あまり考えずに購入した本です。

結果は大正解!

私的には、ずっと疑問に思っていた謎が本書のおかげで一つ解けました(満面の笑み)。それだけで購入金額以上の価値有り♪

そもそも去年かおととし頃、著者が日経の「私の履歴書」に連載されており、それを読んでいてその生き方や学究的な姿勢に大いにそそられ、是非、何か著書を読もうと考えたのがきっかけでした。

「私の履歴書」がかなり面白かったんですが、やはり私の面白い本を探す嗅覚もなかなかのもんだと一人悦に入っていたりする。

さて中身ですが、この世に存在するものを自然として、あるがままに受容してそれを出発点に考える日本人には、自然を超越した超自然的思考方法である西洋哲学は異質であるが故に、かつて「哲学」が存在しなかった、ということを初っ端から、述べたうえで、ずばずば切り込んでいく感があります。

「哲学」や「形而上学」という単語自体が、良く分かっていない奴が分からないまま使い始めちゃったり、定着したりした経緯などにも触れて、常識というか形式にこだわらず、より本質的な原義に遡って説明していくのは、なかなか他では見られないように思う。

タイトルには『反』というものの、うがった解釈や視点ではなく、個々の細部の説明にこだわらずに、より大きな流れで哲学の流れを捉えており、正統部分はきっちり抑えられているように感じた(私自身が、哲学自体の素養が無いので、この評価が正しいのかは不明)。

何よりも私が哲学に関して、一番関心のあるキリスト教との関わりが大変分かり易く、明快に書かれていて大変勉強になった!!

要は、私がゴシック建築と思想的背景として、中世哲学の「光の形而上学」を理解しようとして、どうにも腑に落ちなかった欠落部分を本書は埋めてくれました。

というのは、「光の形而上学」は、新プラトン主義の偽ディオニシオスを踏まえ、人は現実世界の美しいものを通して神の世界の完璧な姿を感じ取れる、としていますが、それを感じ取れるのは、人間が神により作り出されたことにより、生来備えている『理性』があるからとなっています。

この『理性』がいわゆる、通常語として使用される「合理性」や「論理性」ではなく、神が被造物に与えた神の完全性の一部、「神の理性の派生物」として理解されていることを知りました。

実は、ゴシック建築関係の書籍を読んでいたり、中世哲学の本を読んでいて、いつもここがしっくりこなくて、違和感を覚えていたんだよね。本書を読んで、ここのつっかえがようやく解消されました(笑顔)。

他にも、キリスト教の清貧に絡む動きとそれに対応する、プラトン哲学とアリストテレス哲学の教義への取り込みなど、実に、気付かされることの多い本でした。

ちゃんと「薔薇の名前」の話も出てたしね。

一読しただけでは、私の頭では十分に消化し切れていないので、今は2回目読みつつ、抜き書きメモを作成中。メモしながら読み返すと、更に勉強になることも多く、実に楽しいです。

改めて、中世哲学はもう少し勉強しなければと思いました。

じゃないと、あのシャルトル大聖堂の美しさを完全に理解できないもんね!

勉強意欲を書き立てられる一冊です。
いろいろと悩む為に哲学をやられるような人はさておき、中世美術(建築)を理解したい人ならば、その目的には、大変有意義な価値ある本だと思います。

一般の哲学好きの人には、どうなんでしょうね? 私は、思考実験的なものにはあまり興味がありませんのでなんともいえませんが、中世興味あるなら、読んどいて間違いないでしょう。
(まあ、それでも法哲学とかは好きだったりするが・・・オイ)

現物の絵やモノを観るのもいいですが、背景を知らずして、目の前のものの価値を分かることは難しい、個人的には思ったりする。

いやあ~とにかく本書は一部の人は強くお薦めします。 近代以降はどうでもいいので読み飛ばしましたが・・・・。

以下、抜き書きメモ。
反哲学入門~読書メモ
【目次】
第1章 哲学は欧米人だけの思考法である
第2章 古代ギリシアで起こったこと
第3章 哲学とキリスト教の深い関係
第4章 近代哲学の展開
第5章 「反哲学」の誕生
第6章 ハイデガーの二十世紀
反哲学入門 (新潮文庫)(amazonリンク)

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「中世思想原典集成 (3) 」上智大学中世思想研究所 平凡社
中世思想原典集成 (3)~メモ「天上位階論」「神秘神学」
「西洋古代・中世哲学史」クラウス リーゼンフーバー 平凡社
ゴシックということ~資料メモ
ステンドグラス(朝倉出版)~メモ
サン・ドニ大聖堂1~フランス(20100625)
「岩波哲学・思想事典」岩波書店 ~メモ
ゴシックのガラス絵 柳宗玄~「SD4」1965年4月より抜粋
「バラの名前」百科(而立書房)~メモ
「西洋哲学史―古代から中世へ」熊野 純彦 岩波書店
ラベル:哲学 書評 中世
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2010年09月18日

「高学歴ワーキングプア」水月昭道 光文社

だいぶ前から雑誌などで取り上げられていた話題です。この手のものの最新版なら大量粗製乱造気味の新司法試験合格者とかになるかな? 対象は変わっても基本的に社会(システム)が悪いと言ってるだけで、居酒屋で愚痴を言ってストレス発散している以上の展開はありません。

勿論、その手の批判を考慮に入れてか、専門性を生かしつつ、社会に受け入れられるような仕事の創出(?)的な提案もしていますが、正直、机上の空論以外の何物でもありません。具体的には専門家と一般人の間を埋めるアドバイザー or コーディネーター(?)的な仕事を挙げているのですが、笑止!

そもそも学校で勉強しただけの知識を専門的な使える知識として社会が必要とするのでしょうか?需要があるならば、とっくにビジネスとして成り立っているはずです。需要が、必要がないのです。そもそも。

のっけから否定的なことを書いてしまいましたが、私は博士号も持ってませんし、修士もあえて中退してベンチャー企業に飛び込んだクチなので本書でいう高学歴にはあたりませんが、一応、大学院や研究室のことはある程度分かるつもりです。

当時、友人にも博士課程出てアメリカで講師やってるかと国内の私大で講師やってるとかいっぱいいたしね(今は、教授職になれたのかは不明?)。

博士課程に進学する段階で、将来が予測できないってこと有り得るでしょうか? この情報溢れるご時勢に?

昔の話かもしれませんが、大学院ってのは、先生から素質ありと見込まれて声かけられるか、最悪、就職できずに無職でも暮らしていけるだけの経済力が(実家等に)ある人間がいくところだと思います。ましていわゆる文科系なら、それはいまでも当然でしょう。

予備校で講師をやっている人が、博士号を持っていて3ヶ国語ぐらい普通に話せても教員の職にありつけないってのも私の知っている方でいました。実際、似たような人、何人もいます。

失礼だが、当人の専門的な知識を身に付けて研究をしているというその価値は、果たして社会的に有意義な価値があるものなのでしょうか?

この手のモノをどう評価するかは尺度次第でいくらでも変わるのでその話をすると、話自体が進まなくなるのですが、あえて乱暴に言ってしまうと、独り善がりのお遊びに予算つけろ、科研費出せ、評価しろと言われても???

要らないんじゃないの?っていう気がしないでもない。勿論、論文を出せないすごろくの上がり状態の現職の人達を批判するのは、分かるのですが、そもそもそういうところだもの。分かっていて貴方が希望したんでしょ、としか言う言葉はない。

知らなかったのは、本人の過失であり、修士まで行って気付かなかったはずはないのだから、ドクターコースは、現実逃避で進んで予想通り職が無いっとのは当たり前ではないでしょうか?

うちの学校の場合だと、たいがい修士・博士は東大や一橋の大学院行って、イギリスやアメリカへ留学してあちらで博士号とり、そのまま海外で講師やって箔つけて、先生のご加護のもと、国内の大学で講師とかへて准教授へ、ってパターンだったような気がする。

私は、それが見えていてその世界が嫌だったから、実社会で自分を試したいと思い、ベンチャーへ行ったんだけどね(シンクタンクには、社内の内規で役員面接前に落とされたけど)。

その後も紆余曲折しまくりでそこそこ出世はしたものの、辞めて自分で起業したり、失敗してまた雇われ人になったり、未だに苦労はしているものの、他人のせいにするつもりはないけどなあ~。

まして自分で好んで大学院へ進学して好きな研究をしたんだから、親の強制で家業を継がされたり、経済的な事情で勉学を諦めたりとは訳が違うでしょう。

博士号を取ったら、まさかみんな教授になれると思っていたわけではないしょう。子供じゃないんだから。

こんなに努力して勉強・研究したんだから・・・という時点で学生さん気分がまだ抜けていないのかと思います。社会で働きながら、努力している人なんて、いっくらでもいますし、本当に頭が下がるくらい頑張っている人がたくさんいます。

でもね、そのうちのどれだけの人がその努力が報われているのでしょうか? 100の努力で50も評価されれば、いい方ではないでしょうか? それでもね、報われてなくても淡々と努力している人はいるんです。いっぱい。

人は所与の条件下で自分にとって最適な行動を選択するしかないわけで、(巡り巡って自らの行動が所与の条件に影響を与え、変えることも有り得なくはないですが)そのルールに従って生きていくしかない中で、一定に保たれている前提での条件を問題にして、一番大切な自己の行動の選択については、うやむやにしているのは、はてさて理解に困ります。

感情的にはすっごく分かりますし、たいした業績無いのに上の先輩がだぶついていて割をくっている人とか、実績的にみてもどう考えてもおかしいことはあるでしょうが、そんなのどこの社会に行っても一緒です。

日本人が幻想を描いてみている国連なんか、人間の欲望の主戦場でしょう。その中で、現実の力に押しつぶされずに、理想を一かけらでも実現しようと文字通り命をかけて頑張っている人もいたりする訳です。

そういやあ~本書では博士号持っていても国連で働くという話は出ていないですね。国連は修士以上が採用条件で大概は博士号と実務経歴を評価するみたいで、一応オープンに採用してますよね。うちの大学院には募集あったけど。あとIMFとか。

あと日本で評価されず、本当に実力があるなら、海外で評価されるところに行けばいいと思うのですが、その点も本書では触れられていません。

もし、国内でしか評価されないような研究であるならば、なおさら与えられた条件下で不満を言っても笑われてしまうかと思うのですが・・・・?

院生時代の友人も学習塾で講師とかしてますが、少なくとも社会のせいにはしないようなあ~。自分で選んだ道ですから。文化省のやり方もそりゃ、問題あるでしょうが、批判ばかりしててもあまり納得できませんでした。

逆にそこまで大学で職を得ることに価値あるのでしょうか?一般企業へ就職しても研究する事はできないのでしょうか?(まあ、理系の場合は、設備とかの制約でできないかもしれませんが)

極端な博士号取得しているパチプロの話なども出てますが、いかにもとってつけたようなエピソードで本書自体の評価を下げてしまいますね。

「人は人とし生まれただけで自由である」っていうのは幻想ですから!
勿論、平等ではありません。
でも、自由であろうとし、平等であろうとして努力することはできるはずです。

まずは、そっからではないかなあ~と思います。さて、私も報われるか分からない仕事絡みのお勉強でもしましょうか(苦笑)。

そうそう、本書を読んで初めて知ったことなどもありました。『特任教授』の『特任』とか。

いわゆる本来のアカデミズム以外の出身者に多いなあ~とは思っていましたが、そういうことだったんですね。

必要な時に、必要だけ外部から調達する為にわざわざ作った用語なんですね。ふむふむ。勉強になりました!
【目次】
第1章 高学歴ワーキングプアの生産工程
第2章 なぜか帳尻が合った学生数
第3章 なぜ博士はコンビニ店員になったのか
第4章 大学とそこで働くセンセの実態
第5章 どうする?ノラ博士
第6章 行くべきか、行かざるべきか、大学院
第7章 学校法人に期待すること
高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書)(amazonリンク)
ラベル:書評
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2010年08月17日

「心は孤独な数学者」藤原正彦 新潮社

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インドに現れた無名の一経理事務員が、ケンブリッジの並み居る数学者達をはるかに凌駕する業績を成し遂げた。まさに謎に満ちた『天才』の生涯を辿った物語です。

本書の中では、他にも二人の数学者が採り上げられていてそちらはそちらで十分に魅力的ではあるものの、やはり、紙面の3分の2近くを占めるラマヌジャンの物語が秀逸です。

日本人の数学者である著者が格別の関心を持って、インドへ向かい、ラマヌジャンの足跡を辿るのですが、著者が旅人として書いた紀行文とも読める文章が大変魅力的です。

それが実に自然体で、それでいて見るべきものをしっかり見て、しっかり自分の中で感じ取っている姿勢が大変共感を覚えますし、考える事、感じさせられることの多い文章です。

紀行文としても興味深く、インドという国について改めていろいろな認識を新たにしました。通り一辺倒の「カースト制から抜け出して、IT立国へ進むインド」などという日経的ステレオ・タイプは、やはり作られた虚像(あるいは、ごく一面)なのかなあ~とも今、思い始めています。

そして何よりもラマヌジャン!
噂だけは知っていたものの、これほどまでに独創的で常人離れした天才とは・・・。

通常なら、一年に半ダースの公式や定理を発見できれば、優秀な数学者と言われるところを毎日半ダースの公式や定理を発見していったとは・・・!!

しかも本人はその裏付けたる数学的厳格さを保った証明の重要性、必要さを最後まで納得できないでいたというのも、また不思議です。

もっとも、それははるか昔から数学をそういう神への栄誉としてみなし、他者との関わりよりも神との関係で、殊更に自己の名声を誇ることに価値を見出さないインドの伝統的価値観によるのでは・・・という見解が挙がられています。(まるで西欧中世の芸術作品みたいです。)

他にも、ラマヌジャンが独学で学んだテキストがそもそも証明や解説の無い公式集で、だからこそラマヌジャンは自分でそれらを一から自分で作り上げて理解していったというのも一因らしい。

今の日本でも、ビジネス本やらなにやら本を読んで勉強して仕事に役立てようというのがブームですが(私も嫌いじゃないけど)、上っ面だけ学んだ効率良さをウリにしているが、所詮付け焼刃ではないかと思う。

まあ、凡人はそちらの方が確かに時間の節約なのかもしれませんが、彼等は未来永劫、本質に辿りつく事はないし、そこからラマヌジャンは生まれることだけはないでしょうね。絶対に。

この天才レベルの話とは比較できないのを承知で言うと、やっぱり何事も自分で苦労して試行錯誤して見に付けたものでないと、本質的な意味で自分のものになっていない気がします。

事象の類型化(パターン化)が形式的な為、ちょっとした変化でもう何もできない人って周りにいません?

逆にいうと本質を身に付けている人は、状況が変わっても、しばしば言われるように応用がきき(=本質で捉えるから)、対応できちゃうんですよ~。

まあ、それは置いといて。

興味のある数学以外は全てそっちのけで、当初はもらえていた奨学金を失い、大学を中退せざるを得なくなど、いやあ~驚異の集中力と共に、なんとかと紙一重です。まじに。

その一方で、職もなく、ひたすら石板に数式を書いては消し、書いては消ししているだけの、ある意味、社会の落ちこぼれ的な存在になっても、それを支える家族。彼の才能を認める周囲の人々。

彼をこのままインドの片隅に埋もれさせてはいけないと、本国英国の数学者にラマヌジャンの成果を評価してもらえるよう、働きかけ、数々の支援と共に支えた人々。

う~ん、本当に人間って素晴らしい人達がいることを感じます。

仕事もしないでひたすら数学を考える事しかできない彼を、経理事務員として雇い入れて、仕事をさせずに自由にさせておくなど、法律事務所で下働きしていた棟方志功をふと思い出しました。どちらも似たり寄ったりみたいですが・・・笑。

偉大な才能は、それを評価し、支援する存在があって初めて世に出るのだなあ~と思いました。

ラマヌジャンの場合、彼が厳格な戒律を守る模範的なバラモンの階級出身であり、貧しくても芸術や学問などを尊重し、それに価値を見出す環境にあったことも大切なポイントだったようです。

純粋数学は、論理だけではなく、そこに美的感覚が必須になるようですが、それを可能にしたのもバラモン特有の精神性を重んじる土壌があったればこそみたい。

また、彼がバラモンだからこそ、どんなに貧しい身なりであろうと、一目置かれるような大物が彼に会ってくれ、また、彼をそういった人物に結び付けてくれたのもバラモンというカーストが育んだ独特の価値観故というのは、実に考えさせられるものが多いです。

人としての誇りがあるんでしょうね。きっと。

英国のパブリック・スクールなんかも、そういう意味での誇りを持った人材育成なんだと思う。

日本にも、昔はいたみたいだけどねぇ~。能力のある人物を引き立て、支援するような地元の名士とかね。

紆余曲折ありつつ、彼は王立フェローの一員になるなど、素晴らしい評価を得る一方、宗教上の理由によるものなどもあり、満足に食事さえできずに心身を損ね、30ちょっとであっけなく夭折しちゃんです。

健康の為にインドへ戻っても、愛する母と妻の確執や争いでますます精神を病み、肉体も弱まっていくというのは・・・・文字通り悲劇です。なかなか人は幸せになれないものなんだと思います。

才能や努力とは別次元で、『幸せ』って何かと深く考えさせられます。

人間の素晴らしさ、切なさ・・・・胸を熱くするほどの感動も覚えましたが、やり切れない切なさ・哀愁をも感じました。

読む人次第で、多様な読み方が出来る本だと思います。

そうそうケンブリッジの卒業試験「トライポス」も面白いです。
最初は数学だけ、後世でも数学の比重が大変高かったこの試験は、中世の哲学に変わって論理的な思考力を見るものらしいですが、なるほどねぇ~っと思います。

先日もアルゴリズムの勉強しようと本読んでいて、「ロゴス」をテーマにした本があったのですが(読書途中なんだけど)、それがまさに哲学的な論理思考を題材にしていてね。

実に、実に興味深かった! 
論理的に事象を処理するための記号として、仮想言語まで出して、論理説明してたもんね。ふむふむ。なんか数学重視、分かるなあ~。

まあ、リーガルマインドとかも究めれば、そこに行き着くとは思うんだけどね。

話がそれたか。
ラマヌジャンは、ナーマギリ女神の崇拝者でもあり、夢の中でナーマギリ女神から公式を与えられたと本気で言っているぐらいなので、そりゃ独創的でしょう。

同時に、彼をイギリスに招聘して、正しくその才能を評価し、一緒に共同研究を行った当時のイギリス数学者の第一人者ハーディ博士も凄いよねぇ~。

ラマヌジャンの既存のものに縛られない、真に天才的な才能を生み出す自由な発想を最大限に尊重し、それを損なうかもしれない高等数学の学習をあえて薦めなかったり、行ったりしなかったそうだし、彼をよく支えたのもハーディ博士だったそうです。

他にも、いろいろな箇所で興味深いところがありました。
くだらないノウハウ本読むよりは、本書を一冊読む方がその後に、大きく得るものがあるかもしれません。読み手次第だと思いますが、私は本書から大変感銘を受けました。是非、心ある方には読んで欲しい本です。

あっ、また思い出した!
インドの文化として、数学でも国語でも理科でも、ありとあらゆるものが詠唱によって学ばれることが書かれていました。

音読もそれに通じると思いますが、これは一つの真理でしょう。

物事を考える時、一定のリズムに乗って多面的に丸ごと頭に入れるのは、英文の音読丸暗記みたいなもので、一番人にあった学習法かと思います。

話があっちこっち飛んでしまいますが、この本はイイ!
絶対に読むべきでしょう♪(笑顔)

・・・・
当時の硬直した学校組織において、ラマヌジャンの救われる道はなかった。今のインドでも、日本においてさえも、救われるか疑問である。無限大の能力者は無限小の確率でしか現れない。このような人間の出現を想定して規則は作られていない。すなわち規則破りの特例で対応するしかない。人間を扱う教育現場では、公平の原則からいったん離れ、時には特例を認める度量が必要なのだろう。この点ケンブリッジは立派である。高卒のインドの事務員に過ぎぬラマヌジャンを、招聘したばかりかフェローにまでしたのだから。・・・・


【目次】
神の声を求めてーアイザック・ニュートン
アイルランドの悲劇ーウィリアム・ロウアン・ハミルトン
インドの事務員からの手紙ーシュリニヴァーサ・ラマヌジャン
心は孤独な数学者 (新潮文庫)(amazonリンク)

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2009年12月28日

「フリーランスのジタバタな舞台裏」きたみ りゅうじ 幻冬舎

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SE関係の会社や業界を裏側から見た内輪ネタを武器に、人気だった著者の作品ですが、本書は正直SE関係にはほとんど関係ありません。

フリーで頑張る事の大変さを伝えてはくれますが、全然面白いとも思いませんし、作家や独立したSEさん以外の話でもっと&もっと大変な話を知ってますので。

私も自分で会社作ったりしたので、それなりに大変さは想像がついたりしますが、この本にお金出してまで読む付加価値を見出せません。

というか・・・ご自分でも書かれていましたが、本当に食っていくだけの技術力があるなら、そちらをメインにして副業で作家さんやイラストレータをされたほうが成功されるのでは?と勝手に思ってしまいました。

だって、自分の経験した業界をタネにした本はまともに仕事している人ならば3冊は書けるといわれてますが、それ以上、書いていけるのが本物の作家さんということらしいですよ。

最初の本は面白かったのですが、明らかにネタが尽きた感がしてなりません。期待したいただけに残念!

著者の作品は、もう私は手に取らないと思います。残念です。
【目次】
会社を辞めたのだ
火だるまゴロゴロ
隠居生活のはじまり
自由は冷や汗とともにある
バーゲンセール、捨てる神ありゃ拾う神
自分色のヨロコビ
アリの一念岩をも徹せ
じわりじわり
寝れないんだもん関係ねぇや
うれしいお知らせ
社長の苦悩とキャバクラと
快・進・撃
二年目に出た結論
時給とのタタカイ
十年振りの再会
自由業は不自由業
天井知知らずは空青く
フリーランスのジタバタな舞台裏 (幻冬舎文庫)(amazonリンク)
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「SEのフシギな生態」きたみ りゅうじ 幻冬舎
「SEのフシギな職場」きたみ りゅうじ 幻冬舎
ラベル:書評
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2009年12月16日

「合コンの社会学」北村文、阿部真大 光文社

もう、だいぶ行ってないのですが・・・(苦笑)。2、3年前に友人に誘われて行ったきりかな?

以前は、むしろ企画して自分から人を集めていたクチ。オフ会同様、週末の土日連チャンで予定うめたり、一日で昼と夜で別集まりに顔出していたりするほど、エネルギッシュだったけど、なんかもうだいぶ前からは面倒。

異業種交流会とかもあちこち顔出していたけど、率直なところ、時間が惜しいなあ~。稀に、本当に素晴らしい人に出会ったり、大変勉強になることもあるが、確率的に言うならば3%以下。

本読む時間の方が欲しいかもしれない。

本書でも書かれているが、確かに知らない人と出会うのは、新しい刺激であり、面白いのですが、同時に時間のロスも大きい。ただ、たまにはいつもの知り合い以外と会って自分のキャパ広げたり、刺激を受けることも必要なんだけどね。

本書は、合コンを真面目に採り上げようとしている社会学っぽい体裁をしているが、まあ、読む前から想像がついたとおり、中身は無い。

というか、何かを期待して本書のようなタイトルの本を読む方が間違い。光文社さんの新書だしね。言わずもがな。

一応、私は会社の飲み会の幹事やもろもろの幹事はだいぶやっているので、本書で書かれているような駆引きや、場を適度に維持(盛り上げまではやらない)するのは良く知ってますので、改めて整理してあるのは、ふむふむと読みましたが、別にだからと言って何か得るものがあるわけでもないです。

ただねぇ~。

本当に勘違いしちゃっている人とかが往々にしていて、場を壊していること自体に気づかず、周りを不快にしちゃう人がいるのでそういう人は、読んで欲しいかも。

会社の愚痴や上司の悪口、あまつさえ、職場の異性の悪口なんて聞きたい人は誰もいない。仕事が大変だとか、俺は頑張っているとかいう奴は、ほとんど冷笑よりも失笑されていることさえ、気づかないとかね。

たぶん、この人、職場でも使えない人なんだろなあ~と思えてしまうのは実際によくいたりする。周りが関心の持てる範囲での趣味の話ならいいけど、ディープな話をしても引くしね。

もっとも、私の場合は、ある程度人を選んで、その手のことに興味のありそうな人にだけ、相手の水準に合わせて相当配慮して話したりするけど、そういうのが嫌いな人、あるいはそもそも出来ないし、意識したことのない人も多い。

職場でも、友人間の集まりでも、私はそれぞれの場でたいていキャラを演じているが、結構好きなんですけどね。そういうの。

本書の中では、それが不自然に演じているように書かれているが、私の場合はそれが自然なんですが・・・・。不変の自分なんて、そちらの方が作られて存在みたいで違和感を覚えます。

というか自分の中で持っている多面的なもののうち、相手に合わせて、場に合わせて、その一つを選んで選択的に顕在化させているというのがより正確だったりする。

だから、相手がいろんな意味で水準が高ければ、それ相応に話題のレベルも変わるのは普通だと思うんだけどなあ~。

もっとも、私は誰とも話さなくても苦痛でないし、延々と話しているのも苦痛ではない。時間を無駄にすることだけは嫌いだし、我慢できないだけですけどね。

本書では、合コンが社会的に認知された出会いを提供する社会制度だといってますが、まあ、どうでもいいし、誰もそんなことは興味ないでしょう。

そもそも本書に意味や価値は無いしね。

逆に、この本を買う人がいるってことが、現代社会の置かれた状況を考えさせられます。まあ、読む暇な人がいるってことです。おそらく私のようにもてない人が・・・笑。

まあ、ネタに出来れば御の字といったモノです。ただ、合コンではないけれど、オフ会で知り会って結婚したカップルは、相当数知っています。一応、みんな幸せそうでなにより。

私は苦い思い出しかありませんが・・・・。
【目次】
第1章 出逢いはもはや突然ではない―合コンの社会学・序
第2章 運命を演出するために―相互行為儀礼としての合コン
第3章 運命の出逢いは訪れない―合コンの矛盾
第4章 運命の相手を射止めるために―女の戦術、男の戦略
第5章 運命の出逢いを弄ぶ―自己目的化する遊び
第6章 それでも運命は訪れる―合コン時代の恋愛と結婚
第7章 偶然でなくても、突然でなくても―合コンの社会学・結び
補論 合コン世代の仕事と恋愛―自由と安定のはざまで
合コンの社会学 (光文社新書)(amazonリンク)

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「もてない男」小谷野敦 筑摩書房
ラベル:書評 合コン
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2009年12月10日

「「渋滞」の先頭は何をしているのか?」西成活裕 宝島社

最近、巷の一部でちょっと話題になっている『渋滞学』ですが、その着眼点が面白そうなので読んでみました。

読む以前から、何かロジスティクスや在庫論、業務の作業効率化等にも応用が効きそう・・・といういかにも俗っぽい発想を持っていたのですが、まんまその通りだったことに、ビックリしました。

そうか、やっぱりそれね、という納得と、それも含めて、やはり事象の捉え方が既存のモノとは異なる視点で、結構刺激を受けました。それだけでも価値ありかと。

経営小説で有名な「ゴール」で一躍脚光を浴びたボトルネック解消型の問題解決ではないところが、ポイントの一つでしょうか?

まるで、コップ上で盛り上がり、今にもこぼれんばかりに液体がふくらんだギリギリの表面張力で保たれているような「メタ安定(準安定)状態」が、少しの刺激でコップからこぼれてしまい、もうこぼれらない均衡に達した「安定状態」へ移行する・・・・相転移。

本書の面白さは、表面的な渋滞という事象に限らず、一見すると別なものと思われるような事象にも、『渋滞』に相当する性質を見出し、その視点から捉える事で改善策を検討する、この視点のユニークさだと思う。

もっとも、昨今流行のビジネス書でしばしばいわれる発想法に他ならず、他分野の知識・思考方法を別なジャンルで応用し、あるいは既存のものの組合せで新しいモノを生み出すというまさにそのパターンである。

ちなみに・・・本書でもいくつかの解決策を提示しているが、それ自体は、別によく聞く話のたぐいで新しいものではなさそうだし、それが実効性のあるものかどうかは別問題だと思うし。

その解決策そのものには、特に価値を見出せないが、トヨタ生産方式や外部不経済までその視野を広げているのは、有意義に思われる。広く学際的な視点から、実際の社会現象を認識して研究対象としていく姿勢は、時代の趨勢でもあるが、まだまだ数は少ないだけに、もっともっと盛んになればと思わずにいられない。

ただね、車間距離を十分にあければいいとか、教育によって認識を広めることで、合理的に思考する人なら、実際の行動へむすびついていく・・・といった主張はいささか希望的観測に過ぎるだろうと個人的には思わざるを得ない。

勿論、著者も人は多様な発想をし、多様な行動をするから、なかなか難しいとは言っているのですが、その根本認識にいささかの疑義を呈したい。

合理的な人間、経済学が仮定する『人』がそれに相当するのだろうが、目的地に早く着くことが効用が最も高いという前提そのものが疑問だ。

少し前に注目された行動経済学とかでもそうだと思うが、人の持つ効用関数は複雑で、例え目的地へ向かうという行動であっても「絶対的に早く着く」よりも「周囲のものよりも早く着く=相対的には到着が遅くても」ことの方が効用が高いケースは十分に有り得るでしょう。

そして、それが肯定しうるなら、車間距離をあけても割り込まないという、条件は永遠に満たされないでしょう。

そういう視点へ言及が本書ではあまりなされていないように感じました。まあ、外部不経済へ言及しているだけで合格点としてもいいのかもしれませんけどね。

あっ、でも私的には、勉強になったこともあります。メモメモ。
限界質量(クリティカルマス)。一定のしきい値を超えると、連鎖的に急激に情報が広まる事。

定義:
渋滞とは、密度の増加とともに流量が減少する状態。
【目次】
第1章 「渋滞学」へようこそ
第2章 「渋滞」の先頭は何をしているのか?
第3章 世の中は「渋滞」している
第4章 渋滞学が実現する快適社会
「渋滞」の先頭は何をしているのか? (宝島社新書)(amazonリンク)
ラベル:書評
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2009年11月20日

「叙情と闘争」辻井喬 中央公論新社

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詩人、というよりは言わずと知れた、知らなきゃモグリの西武流通グループ(セゾングループ)のトップである堤清二氏の回想録。

新聞に連載してたんですね。ほお~。

著者の本は、昔、何冊か読んでいてコクドや更に有名なかつての衆議院議長の話なども数々の本で知っていたのですが、いつもにも増して、散文的だなあ~。

勿論、押さえた表現の中にちらほらと鬱屈した思いと理想と挫折からの反動らしき、類い稀なる行動力の源が見え隠れするものの・・・どうかな、面白いというタイプの本ではない。

人脈やコネというものが、やっぱり違うんだなあ~と庶民の私は思う反面、もうこの歳になると羨ましいという気持ちも率直なところ、浮かばないなあ~。

ただ、セゾンも過去のあだ花として歴史的には終わるのかなとも思う。感性に訴えかけるCMやかつて流行った美術館・文化路線なども、一過性のもので終わってしまった感は否めないだろう。

以前、通信販売協会(JADMA)のセミナーで西武系の通販のマーケティング担当者と知り合いになり、話した時も正論だけど、リアルな数字を見ないなあ~と強く感じたけど・・・。オーナー企業は、そうなるんでしょうね。

もっとも、私が勤めていたオーナー企業も、去年か創業以来初(?)の赤字になり、経営権を譲渡するとか言ってたし、似たようなもんか。

コツコツ地道にやりゃいいというもんでもないし、やっても報われないことも多いのも事実だけど、それでも腹くくってやらねばねぇ~。

率直なところ、まさにお友達紹介といった回顧録以外の何物でもないですね。よく誰も読まない自伝を自費出版して、知人や家族に配って閉口されることがあるが、あのパターンに限りなく近い。

まあ、著者だから許されるところもあるのでしょうが、ほとんど得るものもないなあ~。ただ、阿部公房とも面識があるとは、意外。顔広いなあ~。

そして、それ以上に驚いたのは、三島由紀夫とだいぶ関係あったんですね。かの楯の会の制服等に絡んでいたとは・・・これは大いなる驚きでした!! へえ~。

でも、本書はすぐ忘れられて埋もれていく方の本でしょう。読まなくても良かったと思いました。

あとね、西武リブロも以前は品揃え良かったんだけどね。今は、町中の消えゆく本屋の一つでしかないです。時々覗くけど、客がいないもんねぇ~。寂しい限りです。

あと・・・読売だから駄目なのかな? 日経の「私の履歴書」だったら良かったのかもしんない? 偏見かな?

叙情と闘争―辻井喬+堤清二回顧録(amazonリンク)
ラベル:セゾン 書評 西武
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