2005年03月12日

「イエスのミステリー」バーバラ・シィーリング著 感想1

「イエスのミステリー」の舞台(クムラン=イスラエル)  記事
実は、この本はまだ読了していないのでこの時点で感想を書いてしまうのは少々問題なのだが、全部読む終わるまで待っていると忘れてしまう部分もあるので、今の段階での感想を書いておこうっと。

角川のクムラン を以前読んだ時、それに先立つ資料として是非読まなければ!と思いつつ、1年ぐらいたってようやく読んでます(高いし、時間がね)。おまけに、ダ・ヴィンチ・コードにも係わる資料だし、いい機会なんで頑張ってTRY。

さて、内容なんですが。これは書店等の書評を読むと、学術書的なノリで書かれてますが、それは間違いです。ダ・ヴィンチ・コードがご存知の通り、明白な創作小説でかなりの部分を嘘で読み物として作ってあるのとは、次元が違うのですが、少なくとてもこの本は学術書ではありません。そこんとこをきちんと認識しておかないと一見した体裁が、論文っぽいノリで騙されます。

確かに最初の前文みたいなところには、歴史学としていかに資料を読み解くのかかなり真摯な姿勢が描かれているのですが、ひとたび、自分の主張に入るや否や、そこで書かれていた前提は全く、遵守されず、独断と偏見に基づく偏狭な仮説(あえてそう呼ぶなら)をあたかも歴史的事実として自明であるかのように主張しています。原文を見ていないので、訳者による間違いの可能性も無いわけではありませんが。

学術的な論文であるなら、仮説であっても根拠のないものは仮説ですらありえず、その根拠について明確な文献も出さず、根拠が自明と勝手に決めたうえで仮説を構築する姿勢は既にその時点で学者のものではないでしょう。個人的に、特におかしいと感じたことは、当時はこういうやり方が普通で現代の人には分からないと述べるだけで、その辺の文献資料や学会での通説的な話は一切されないまま、規定の事実として話が進む事。また、イエスを初め、当時の人の政治的・社会的背景や所属団体を一意に決めたうえで議論を進めるのは、ありえないでしょう。どれ一つとしてまだ確定しているとはいえないようですし、それを勝手に決めたうえでの議論は・・・???

但し、初めて読むと、著者の論理でいくと聖書に出てくる奇跡や不思議な事柄に対して一見、合理的な説明がつき、おお~凄い!となります。本当に気持ちが良くなるほど、明晰にズバズバ謎が解決していくのでこの人は天才か~と思いたくなります。学問的な点を考慮しなければいい作家になれそうですが、学者としては、たいしたことなさそう。

と最初に、批判してますが、それだけ読み物としては興味深く、本当にもっともらしく聖書に隠された真実の歴史をあばく、みたいになってます。事実を誤認して読むと、えらいことになるのであえて、くどいこと書いてしまいました。私自身、最初はこれ、学者が真剣に書いたものなのかなあ~と思いかけていたので、騙される人きっといると思うので・・・・老婆心ながら。

でも、内容はすっごく面白いんです。人間関係や宗教関係が複雑過ぎてついていくのがツライけど、読んでてなんか目からうろこが・・・って感じですもん。聖書に出てくる奇跡やありえない事柄が、なんでも普通の事実であったと説明されて、それが納得しちゃうのがスゴイ!!まあ、つじつまあわせがあるにせよ、あそこまで説明されるとそうかと思っちゃいますよ。仮にこれをNHKスペシャルやBBCのプログラムで流されたら、かなり信じてしまうなあ~、私自身も。

前置きが長過ぎました。面白いところをいくつか挙げると。
結婚式において、ワインが足りなくなった時に、イエスが水をワインに変えた初めての奇跡の説明。クムランの共同体への入会儀礼が2段階制になっており、まずは水による洗礼を受け、2年間精進後に、独身主義者だけがその後、ワインによる洗礼をうけられた。つまり、異邦人や女子、婚姻している者等は、水による洗礼以上に進めなかった。イエスが水をワインに変えたのは、これまでの伝統を破り、独身主義者以外であっても共同体に迎え入れた社会的革命を現すものと捉えるそうです。う~む、と思うよね。

少ないパンで5000人を養うとは、祭司はレビ族生まれでなければならないというユダヤ教のしきたりを破り、イエスが叙任したものは誰であれ、聖務者として仕えられることを示すそうです。パンとは即ち、レビ族を現していたらしい。

もっと凄いというか凄まじいのは、、処女マリアの受胎。エッセネ派は徹底した独身主義者であった為、大祭司やダビデの王族である重要人物だけは、やむをえず家系存続に必要な結婚を認めていた。その結婚とは、長い婚約期間があり、次にテスト的な最長3年以内の結婚が済んだ後に、第二の結婚が行われ、子供ができれば、すぐに離れ離れになり、また独身生活に戻ったのである。ヨセフはダビデ王の子孫であり、婚姻をしたが、マリアとテスト的な結婚中に妊娠させてしまったのである。これは本来的な結婚前の妊娠であり、ある意味、未婚の母のような状態で法的には「処女」であった。それ故に、後世、処女であるマリアがイエスを生んだというエピソードにつながっていくと説明する。非キリスト教の私がいうのもあれですが、こんな説言ってもいいの?と驚きます。推測というか、裏付け無しに突っ走って・・・。もっともあまりに、筋が通っているのでほお~という感嘆もでるんですけどね。

さらに、もう「ダ・ヴィンチ・コード」に直結しちゃう話ですが、マグダラのマリア。イエスに香油を注いだ女がマグダラのマリアだと(いきなり)言い切り、現実にイエスと結婚していたという。上下2冊でさんざん話を引っ張る「ダ・ヴィンチ・コード」の立つ瀬がないほど明確な断言。しかもその論証は無し(オイオイ~)。いや、なんか書いてるけど、論証になってないし、この香油を注ぐ女にしたって、いくつかの説があったはず、確か。強引に決めつけ過ぎだよねぇ~。この辺りで、私的にはこの著者、結構というかかなりペテン師(?)との思いを強くしたのでした。

で、まだまだ続くのですが、とりあえずここまでで。後は感想2以降で。でもでも、面白いんだよね。トンデモ本かも知れないけど、まあ、話のネタに読んでおきたい本です。寛容な精神を持ち、マスコミとかに騙されない理性的な方にはお薦め~!!

そうそう、ググってみたらやはり同じようにこの本について考えられていた方がいたので、その方のサイトも良かったらどうぞ。私よりははるかに真剣に読まれてますので、参考に。

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「イエスのミステリー」バーバラ・シィーリング著 感想2(続き)
『イエスのミステリー』のミステリー
聖書ニュース こちらも参照下さい
posted by alice-room at 00:44
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