2016年12月23日

「教会の怪物たち」尾形 希和子 講談社

もう少し内容がある本かと期待したのですが、非常に薄っぺらな内容の本でした。

美術史がご専門の方らしいですが、だったら・・・エミール・マールやパノフスキー、フォションがどうとか中途半端な記述をせず、その辺の流れをもう少し丁寧にして、具体的に解説される図像の説明に際して、どこまでが従来のものでどこからが著者の言われるアプローチの成果なのか、明示して頂きたかった。

ところどころに不要な著者のエッセイ的な自己語りが入るくせに、肝心な図像の説明が何の背景的、歴史的な説明もなく、○○を表していると断定されてもあっけに取られます。

あくまでもエッセイなのか、図像の説明をしたいのか、目的を明らかにしてから文章を書くという基本が抜け落ちています。

著名な中世美術史の碩学の名前がたびたび上がるのですが、文脈上必要でしょうか?
肝心な図像の説明はガイドブック並みの表面的な説明で呆れました。

フランスではなく、イタリアだし・・・。まあ、それはおいといて・・・ですが・・・。

数10頁読んで、もう耐えられなくなり、残りは飛ばし読みして内容をざっと見てみてもあえて読むに値しない本でした。講談社選書メチエには、もう少し内容のある本が多かったような気がしますが大変残念な本でした。
【目次】
第一章 怪物的図像とイコノロジー的アプローチ
・従来のイコノロジー研究の限界
・ロマネスク美術の三つの境界侵犯
・新しいアプローチの可能性
第二章 神の創造の多様性としての怪物・聖なる怪物
・セビーリャのイシドールスによる「驚異的なもの」
・神の被造物
・「聖性の顕現」
・反人間形体主義
第三章 怪物的民族と地図
・中世の写本における怪物的民族の図像
・スーヴィニーの八角柱
・床モザイク上の怪物的民族
・ケンタウロス、ミノタウロス、サテュロス
・モデナ大聖堂の怪物的民族
・言語上の誤解が生んだ怪物
・物と動物の境界を越える怪物
・「他者」の表象としての怪物
第四章 「自然の力」の具現化としての怪物
・セイレーンとワイルドマン
・グリーンマン
・「四大」と怪物
・「風」の怪物
第五章 世俗世界を表す蔓草
・モデナ大聖堂のピープルド・スクロール
・キールティムカとグリーンマン=オケアノス
・怪物的形体の装飾的生成
・ロマネスクの美意識と蔓草
第六章 悪徳の寓意としての怪物から辟邪としての怪物へ
・悪魔としてのハイブリッドの怪物
・異教徒や悪徳のアレゴリーとしてのハイブリッド
・悪徳に満ちた世俗の海
・変身について
・悪魔払いされる怪物
・不安の克服の手段
・グロテスクと笑い
・笑いと辟邪
第七章 古代のモティーフの継承と変容、諸教混淆
・セイレーン=人魚と古代美術
・イタリアの紋章と人魚
・ロマネスクの人魚と諸教混淆
・新世界の諸教混淆
・セイレーンと音楽
結び 怪物的中世
教会の怪物たち ロマネスクの図像学 (講談社選書メチエ) (amazonリンク)

ブログ内関連記事
「ロマネスクの美術」馬杉 宗夫 八坂書房
「ロマネスクのステンドグラス」ルイ グロデッキ、黒江 光彦 岩波書店
「中世の美術」黒江 光彦 保育社
「図説 ロマネスクの教会堂」河出書房新社
「ロマネスク彫刻の形態学」柳宗玄 八坂書房
「ロマネスクの図像学」(上)エミール マール 国書刊行会
「とんぼの本フランス ロマネスクを巡る旅」中村好文、木俣元一 新潮社
「カラー版 イタリア・ロマネスクへの旅」池田 健二 中央公論新社
「世界の文化史蹟 第12巻 ロマネスク・ゴシックの聖堂」柳宗玄 講談社
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2016年12月13日

「テンダーワールド」藤木 稟 講談社

藤木氏のちょっと毛並みが変わった小説になります。

SFとまではいかないまでも近未来ものでしょうか?
う~ん、本書だけ読んだ限りでは、全然意味が分かりません。

正直もっと面白くなるかと思ったのですが、ただ人が死んでいくだけでストーリーが収束しないのですが・・・。

無駄にネタを詰め込んで、その行き着く先が本書では分かりません。
うやむやのうちに終わってしまい、なんだかなあ~という感じです。

これは駄作だと思うんですが・・・・。

テンダーワールド(amazonリンク)
タグ:書評 小説
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2016年12月08日

「古本的」坪内 祐三 毎日新聞社

古書にまつわるエッセイ。
正直あまりエッセイとか個人的なものは好きではないのですが・・・その割に古書関係はほとんど著者の独り言なのだが・・・結構よく読んでいたりする私(苦笑)。

こないだは喜国氏の全然興味のないミステリ小説の古書の話でしたが、本書はさらに興味が持ちようがない、作家のゴシップとか明治期の作品の話だったりします。

本書で出てくる作家の名前さえも知らないし、更に作品も全然知らないのばかりで私にとっては情報的には全く無価値な本だなあ~と思いつつ、それでもなんか少し楽しき読みました。

古書会館や神保町の古書店を同じように廻っていても、全然、ジャンルがかみ合わないとこうまで違うんだなあ~と今更ながらに感慨深く読みました。

特に私は作家自体にはほとんど興味なく、本というのは作品自体がすべてであり、それ以外の作家自体とかどうでもいいと思ってしまうタイプなんで、作家一個人の行動やら情報やらは興味もないし、むしろ知りたくもないので著者のような関心をもつ方向性に非常に違和感を覚えながらも、すいすいと読み進めておりました。

映画や舞台見ても、役者とか個人は興味湧かないんですよねぇ~。
あくまでもその作品の中の登場人物として見てしまうので、個々人はあくまで全体の中のパーツと思ってしまったりする。

まあ、どうでもいいんですけどね。

著者は特に博学でもないし、古書収集に異様な情熱をかける趣味の輩でもないが、淡々として自分の好きな本を読むのは同意します。美本でなくても手頃な値段で読めればってのも同感ですしね。

そうそう、私の読書ジャンルからは全く読んで価値がないと思われた本書ですが、意外や意外なことに価値のあることも書かれていました。位置づけ的には「松山俊太郎」というインド学者の凄さを紹介するくだりで澁澤龍彦についての話があるのですがこれがなかなか興味深かかったです。その部分だけでも本書は読んだ甲斐がありました。
河出書房の「澁澤龍彦全集」第五巻の40頁以上もの「解題」。この巻は「サド侯爵の障害」を中心とした作品が収められていて、同作品には桃源社の「マルキ・ド・サド選集」別巻版(1964年)と桃源選書版(1965年)、桃源社の「澁澤龍彦集成第二巻」版(1970年)、そして中公文庫版(1983年)の四つのバージョンがあるのだが、松山俊太郎はその四つのテキストの緻密な校異を行ない、片仮名表記の音引きと非音引きに注目する。1964年の版と65年の版は同じ紙型を使っているから表記の異同はない(つまり非音引きが中心である)。
ところが、新組である1970年版でも表記変更は行なわれていない。だが、これは変だ。なぜなら、その半年後、つまり1970年9月に澁澤龍彦は筑摩書房からジルベール・レリーの「サド侯爵その生涯と作品の研究」を訳出していて、その翻訳文では「一貫した音引き式を採用している」のだから。
この事に関して松山俊太郎はこう推理する。

このような事実は、澁澤龍彦が、遅くとも1970年初頭には、音引き式への転向を必要と認めたものの、旧作の表記改定を志すまでの熱意は、もっと後まで持つにいたらなかったことを物語る。

「もっと後まで持つにいたらなかった」という一節に注目してもらいたい。この一節に松山俊太郎の重心がかかっている。
実は1983年の中公文庫版に至って、にわかに、片仮名表記の大幅な改定が行なわれたのだが、それがはたして、澁澤龍彦自身のてによるものなのかと、松山俊太郎は疑問を持つ。「表記の整理は、他人に任せた疑いが濃いのである」、と。
最初の版では音引きと非音引きが混在していた。しかも同じ綴りを持つ、例えば「カトリイヌ」が、ある箇所では「カトリーヌ」となっていたりする。
松山俊太郎はその使い分けの意味する所を見逃さない。つまり、それはただの表記ミスではなく、澁澤龍彦の意思が込められていた。

すなわり、「サド侯爵の生涯」を執筆するころの澁澤龍彦は、理屈の上では音引き式表記に移行する必要を認めてはいたが、非音引き式表記にも愛着が残り、新しく扱う人名の表記には艇、抵抗なく音引き式を採用したが、馴染みの深い人名では旧態を保持しようとしたため、変則的な二様表記をあえてしたのだと推定される。
こうして熟知するメディチの悪女は、カトリイヌと昔のままであるのに、たまたま言及した職工の娘は、未練なくカトリーヌと音引きで表記され、そのカトリーヌの別称としてはジュスティーヌという新表記を適用したにもかかわらず、自らの訳著の女主人公は、頑固にジュスチイヌで通したのであろう。

すなわち、「澁澤龍彦による固有名詞の表記のかなり多くが、一般的規則に優越する、個別的理由により決定されているに相違ない」というわけである。
だからこそ最初のバージョンは

片仮名表飯野雑駁さによって、澁澤龍彦の無邪気な”我の強さ”を満喫させてくれる、懐かしいテキストであることが判明し、かれの初期教養形成のあとをたどる手掛かりを留める、有数の資料なのだと認められる。

それに対して文庫版は、

訂正が皮相的かつ不徹底で、滑りが好くなっただけの、澁澤龍彦の人格の投影である書き癖を大幅に削りとった、淋しいテキストに変貌している。

「懐かしいテキスト」と「淋しいテキスト」という、「懐かし」さと「寂し」さの対比が、とてもリアルで素晴らしい。普通の、ただの学者たちのテキストクリテッィクからは、こういう美しい文学的なフレーズは生まれない。
私は改めてこのフレーズに心動かされた。
もうこの部分だけで、私には本書は多大な価値があったと言っていいでしょう。河出の全集も持ってるし、桃源社のも持ってる、白水社だったかなビブリオテカも持っている。勿論、文庫も持っている。あと赤・黒・緑の初版も持っている私としては読んでいて何も気付かなかったことを気付かせて頂きました。

本書読まなかったら、一生知らないままだったかと。
知ったから、何か有意義で価値があるとかそんなことはないのですが、まさに目から鱗で相当な衝撃を受けました。う~ん、学者にならなくて正解でした。私的にも感動物ですね。翻訳もの、あまり揃えてなかったので改めて澁澤龍彦のその辺も集めようかと改めて思ったぐらいです。

その前に中世思想原典集成を全巻購入してからですが・・・・。

あと、そうそう夢野久作の父は右翼の大物で有名ですが、本人に息子がいてその息子に名前が杉山龍丸というのも初めて知りました。

まあ、そういった古本以外の部分で、拾い物がたくさんある本でした。万人向きではないような気がしますが私にとっては価値大いにありでした。
【目次】
1 古本的
2 ミステリは嫌いだが古本は好きだからミステリも読んでみた

古本的(amazonリンク)
タグ:書評 古書
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2016年12月06日

「新平等社会」山田 昌弘 文藝春秋

雇用とか社会問題を取り扱う本が新書形式の薄っぺら且つ中身のないものばかりしか読んだこと無かったのですが、本書は久ぶりに読む価値のある社会問題を取り扱った本です。

いたずらにマスゴミ受けや大衆受けするような迎合主義とは一線を画し、率直に分析した資料やデータを元に耳障りの良くないことを含めて事実と思われることを軸に、そこから見えてくるものを正面から捉えようとしています。

本当に昨今見た中では唯一まともな社会問題の本かと。
逆に言えば、本書以外があまりに著者の独善的かつ主観的な思い込みによる適当な妄想の垂れ流しレベルの本で酷かったということでもあるのですが、本当に久しぶりにまともって感じがしました。

ニューエコノミーにおける必然的な仕事の二極分化も、そこに至る過程の説明がロジカル且つ丁寧になされ、首肯できるものとなっています。

結婚の話も事実ベースに忌憚なく分析結果を語っており、興味深いです。
結婚に当たって、女性は経済的責任を男性に求める。しかし、女性を満足させる経済力をもつ未婚男性の数は1975年以降徐々に減っていく。一方、期待する生活水準は上昇する。その結果、男性に高い経済力を期待する女性、及び経済力が低い男性に未婚者が増えていく。
・・・・
・・・・
既婚男性と未婚男性の間には平均して各年代で100万円から200万円の年収格差があり、恋人がいる男性といない男性間でも100万円程度の年収格差があるという調査結果だった。
・・・
データをあげながら「低収入の男性が結婚できず、それが少子化につながっている」というロジックを説明した。」

今、日本の社会が置かれている状況について、正確に理解するのに適した本だと思いました。

勿論、本書での説明がすべて正しいかはわかりませんが、少なくとも一定程度の客観性のある説明だと思います。また現状分析を踏まえた提言についても個人的には納得いかないものも多いのですが、それであっても本書は読むだけの価値があるかと思います。

類書が酷過ぎるってのもあるんですけれどね・・・。
実際、大変勉強になりました。
【目次】
はじめに 格差に関する議論が盛んなのはなぜか?

第1部 格差社会を超えて
格差問題を考えるための三つの問い
格差に関わる社会問題を考える際の五つの領域
格差の現代的特徴と平等社会のイメージ
新たなタイプの格差の出現とその理由
新たな平等社会を目指して

第2部 格差社会の断面
仕事格差―フリーター社会のゆくえ
結婚格差―結婚難に至る男の事情、女の本音
家族格差―家族の形が変わり、新しい格差を生む
教育格差―希望格差社会とやる気の喪失
「家族主義の失敗」とリスク構造の転換
おわりに 生活の構造改革を目指して―格差が問題化しない社会を

新平等社会―「希望格差」を超えて (文春文庫)(amazonリンク)
タグ:書評 社会
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2016年11月29日

「神秘の中世王国」高山 博 東京大学出版会

shinpicyusei.jpg

十二世紀ルネスサンス。
それとの関連で実際にアラビア語からラテン語に各種文献が翻訳された場所の一つがシチリア王国のシチリアであり、ここを通じて中世ヨーロッパに古典古代の知識が再度もたらされたのは有名ですが、それを可能にしたこのシチリアという土地に興味を持って、本書を読み始めました。

想像以上にコスモポリタンな環境ですね。
また、思ってもしなった高度な行政機構に官僚組織、本書で初めて知りました。

そうそう、本書の内容は結構アカデミックな方向で書かれてます。
一般人の歴史好きにはちょっと細か過ぎて、いささか食傷気味になりますが、勉強にはなります。
関心のないところは読み飛ばしていけばいいのですが、中世についての世界観が改めて大きく変わること間違いなしですね。

『暗黒』の中世、なんてどこの話?っていう気になります。

まあ、私はそんなこと思ったことはありませんけれど・・・ね。
こういったシチリア王国のような存在があった初めて『十二世紀ルネサンス』が可能となったことを痛感します。

また、中世を学ぶなら、ラテン語、ギリシア語だけではなくアラビア語も出来ないといけないと、どっかの中世史学の学者の本に書かれていましたが、強く納得致しました。どの言語もできない私は学者を目指さなくて正解でしたね(苦笑)。

そうそう、さらに「13世紀ルネサンス」の本も買ったんだよねぇ~。本書に啓発されて・・・ってわけでもないですが流れでポチッと。そちらも読まないとね。

持っていていい本ですが読んでると退屈なのも事実。
【目次】
Ⅰ魅惑する王国
1章 きらめく過去への扉
2章 羊皮紙に記された三つの言語

Ⅱ神秘の中世王国
3章 三人の王の物語
4章 王国に住む人々
5章 王の支配

Ⅲ地中海世界のプリズム
6章 王国内に併存する異文化
7章 異文化圏を行き交う人々

神秘の中世王国―ヨーロッパ、ビザンツ、イスラム文化の十字路 (中東イスラム世界) (amazonリンク)

ブログ内関連記事
「中世シチリア王国」高山博 講談社
「十二世紀ルネサンス」伊東 俊太郎 講談社
「十二世紀ルネサンス」チャールズ・H. ハスキンズ(著)、別宮貞徳(訳)、 朝倉文市 (訳)みすず書房
「中世イスラムの図書館と西洋」原田安啓 近代文藝社
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2016年11月25日

「不動産裏物語」佐々木 亮 文藝春秋

もう少しして不動産市場が暴落したら、今度は投資用に購入したいと思い、読んでみました。

基本的に知っている話ばかり。
「大島てる」だとか、「両手」や3件目に本命物件を置いて複数物件の案内とか何を今更な話ばかり。

本書を読むことで新たに得た知識はありませんでした。
著者曰く、営業マンにありがちな即日契約のクロージングに持っていく話がありましたが、むしろ私が不動産探しをした際にはそういう営業マンは避けるようにしました。

実際、数ヶ月かけて相当数の物件を見て回ったし、一時、流れに任せて意思決定しそうになった時はあえて物件が流れてもいいとして、1か月物件探しを中断して冷静になるまで冷却期間を置いたりしました。

物件買う際もまずはその市の人口増減を数十年スパンで緩やかな増加傾向にあることを確認し、付近の同程度の物件の賃貸価格を調べて、収益還元法からも採算が取れる水準の価格であることを確認しました。

土地の公示価格や国土交通省の不動産の取引価格も調べたしねぇ~。
レインズ自体は見れませんでしたが、過去の物件の価格は分かるしね。

登記簿も事前に自分で取得し、ハザードマップも確認。わざわざ台風の時に、タクシーで物件まで来て状況を確認したりもしたしねぇ~。

その後は購入前にホームインスペクション入れて、全部チェックし、売買契約書も事前に入手し、専門のところで契約書のチェックをしたうえで、更に不動産屋さんに事前に半日かけて内容説明をしてもらい、事前に契約書の内容確認を自分自身でもしたもんね。

登記の司法書士も相見積とって価格を比較したうえで妥当なところに任せたし、保険は不動産屋に付き合いで1年とか言われたけど、はっきり断って別なところにしたしなあ~。保険についても相当時間かけて内容を調べたうえで比較したしね。

いやあ~かなり頑張って勉強しただけに、本書以上にかけそうな気がしちゃいます。
ど素人なんですけどね。

そういやあ~団信とかも本書に載ってますが、私の場合はローン金利に0.3%上乗せして相当手厚い保険をつけてますね。体弱いですもん。いつ死んじゃうかわかりませんしね。

本気で不動産を買おうとして勉強すれば、初歩的な内容ばかりであえて読む必要はありません。
もっとちゃんとした本の方がいいかも?

私の場合、ローンが払えなくなった場合まで含めてシミュレーションしてみたもん。
もう少し株価が上がって売り抜けられたら、不動産の暴落をじっくり待ちますか。

以上から本書もあえて読むほどの価値はありませんでした。
【目次】
第1章 売る側の論理
第2章 マンションを買う人たち
第3章 悪徳不動産屋の手練手管
第4章 物件を探す人たちへ

不動産裏物語 プロが明かすカモにならない鉄則 (文春文庫)(amazonリンク)
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「読書・満漢全席」植沢 淳一郎 ブレーン

古書関連のエッセイ or 情報本かと思って読んだのですが・・・曲がりなりにも古書関連としての本としては最低レベルの本でした。

なんで古書を扱うのに冒頭の1章から政治批判をするかなあ~。しかも的外れのいかにも日教組的な無知蒙昧な輩の主張してるし、読み始め早々から呆れ果てて、速攻ブックオフ行きを考えるほどヒドイ。

更に読んでも読んでも古書ってテーマ関係なくない?
あまりにも無意味なエッセイで声も出なくなるほど。
昭和のノスタルジーに浸っている老人の戯言以外の何物でもない。

更に後半にかけては古書におよそ関係があるとは思えないくだらない同人レベルの私小説もどきを古書をテーマにしている本に載せる意図が分からない。しかも内容が低レベル過ぎる。

編集者や出版社の良識(常識)を疑うほどだが、さらに今時の本で誤字・脱字レベルのものが多くて、ほとほとあきれてしまう。文字校、著者校してこの水準。

まあ、著者はもともとファンジン等やられてたそうですが、自主製作でやめておけば良かったですねぇ~というのが正しい評価かと。論外過ぎて言葉が出ない。

勿論、古書マニアとしても2級以下かと・・・。
無知な子供相手に知ったかぶりの教師をされていた姿が目に浮かぶ。
だから・・・教育レベルが下がったんだろうなあ~と心底思いました。

時々、本の紹介もあるのですが、紹介の内容もひどく、紹介される本もつまらな過ぎて話になりません。
ここしばらくの間で一番、最低の本でした。
お薦めしません!
【目次】
第1章 戦後七十年及び、乱歩没後五十年の風景
第2章 ホンの立ち話
第3章 古本ミステリー―夢のなかの古本屋「獲り逃がした獲物」
第4章 SF私小説―神田わが町「懐かしの喫茶店」
読書・満漢全席―本に関するコラムと古本ミステリー&SF(amazonリンク)
タグ:書評 古書
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2016年11月24日

「夜の写本師」乾石 智子 東京創元社

日本人の著者によるファンタジーって、実際あまり読み応えのないものが多くて全然期待していなかったのですが、本書は予想に反して充実した読み応えのある、ちゃんとしたファンタジーでした。

本格ファンタジーとか説明に書かれていますが、本格というかこれが当たり前のあるべき姿のファンタジーだと思います。確かに魔法が出てきたり、この世の中には有り得ないとされるような力や理が支配する、この世ならざる異世界の話なのですが、確固たる世界観の下で構築された物語にはある種のリアリティーを強く感じぜずにはいられません。

次元を超え、空間を超え、重層的に重なり合う世界はややもすると、誰が誰なのか、何が何に変わったのか、置いていかれてしまうきらいはあるのですが東洋的『輪廻転生』とは異なる、呪いによる繰り返しはなかなか興味深いです。

謎解き部分は、もう少し解説が欲しかったりもするのですが、それだと物語的にはかえって興を削ぐのかもしれません。ほどほどにして、巻数を追って徐々にってのもありかもしれませんし・・・。

本書を読んでいて強く印象が被ったのがタニス・リーの一連の作品群です。
「死の王」とか「闇の貴公子(?)」とか、そういう系の色彩を強く感じ、それらの一つとして翻訳物であったりしても違和感ないぐらいの親和性を感じました。

タニス・リーの作品が好きな人ならば、本書もきっと好きだと思います。

内容を少し。
本書の世界は魔法を操る魔導士が出てきます。その魔法とは一線を画し、それでいて効果は魔法のように初動される写本の存在。そんな特別な力を持った写本を描く人物が本書の主人公である『夜の』写本師です。

ありていに言えば、自らの近しい存在を魔導士に殺され、生き残った者による復讐劇。
少林寺拳法の映画なんかのように、身内やお師匠さんを殺されて子供や弟子が修行し、敵を討つっていう定番のストーリー。

勿論、王道のもののファンタジーである以上、その舞台である世界自体がどこかにありそうな実在感を持った存在として描かれます。独自の歴史や文化、価値観を有した世界の中でその世界に縛り付けられながら、一方でその世界を超越して物語は進んでいきます。

本当に久しぶりに読み物として読むに値する感じがしました。
著者のシリーズ作品は今後読んでいきたいと思いました。

夜の写本師
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2016年11月20日

「時間のおとしもの」入間 人間 アスキーメディアワークス

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みーまー以来、この著者の作品は結構、読んでいるのですが、なんか最近は正直大したことのない作品が多かったりする。人間心理の微妙なところをなんとも冷たい、冷ややかな側面から切り捨てるような表現や描写がぞくぞくしたりしたのですが、本書もなんですがあんまりそういうのはないです。

なんかすっかりと普通の作家さんになられたみたいで、面白みが少ないです。
ただ、相変わらず作品数は増えているみたいですねぇ~。

燃え尽きてしまったのでしょうか・・・とても残念です。

本書は短編集なのですが、まあ、読んで面白いとか惹かれるものは少ないです。
個人的には一つだけかな?あとは読まなくてもいいです、私的には。

タイムマシンを作る人、を描いたものが気になりました。
結末はまあ、あってもなくてもいいのですがこの作品だけ、ちょっと惹かれましたね。
ふっと、大学時代のけだるい、何もしても何もしなくてもいい・・・そんな感覚を思い出しました。

今日みたいに休日に出社している社畜としては、あんな時代の私でさえ、リーマン出来るのだから不思議なものだなあ~と改めて思いました。

ふと「ドレミファ娘の血が騒ぐ」が頭をよぎりました。

時間のおとしもの (メディアワークス文庫)(amazonリンク)
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2016年11月17日

「下京区花屋梅小路上ル 京極荘と百匹のうた猫」由似文 KADOKAWA/アスキー・メディアワークス

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京都を舞台に女子大生がとあることから巻き込まれる百人一首を巡る謎解き冒険譚。

そこまでの冒険ではないか?ミステリーというほどでもないし、とっても緩いほのぼの系のお話。

京都らしい雰囲気はよく出ているように思います。
今時としては珍しい(そうでもないかな?漫画や映画もあるけど・・・)百人一首に関連した和歌の読み解きがメインになっているのですが・・・まあ、謎は正直大したことないし、大きなどんでん返しがある訳でもなく、ただひたすら、のんびり緩い時間が漂う作品となっています。

1巻の最後も綺麗にまとまっているんだけど、心には何も残らなかったりする。
悪い読後感ではないのだけれど・・・なんというか物足りなさが残ってしまいますね。

読んでもいいし、読まなくてもいいかな?
嫌いではないけれど、人にお薦めするような本ではないですね。

下京区花屋梅小路上ル 京極荘と百匹のうた猫 (メディアワークス文庫) (amazonリンク)
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